表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

[第一話]前兆

ルーリア国の片隅、小さな村に一人の少年がいた。名はカイ。魔法が使えない彼は、周囲から落ちこぼれと嘲られ、ひっそりと日々を送っていた。そんな彼をいつも慰めてくれるのは、幼馴染のリズだけだった。


「俺はどうして魔法が使えないんだろう……」

木陰の下でうつむきながらつぶやくカイ。その声には深い落胆が滲んでいた。


「カイ、またそんなことを気にしてるの?気にする必要なんてないわ。」

明るい声が響いた。カイは少し驚いて振り返ると、そこには笑顔を浮かべたリズが立っていた。


「あまり落ち込まないで。加護を授かれば、きっと魔法も使えるようになるよ」

リズの優しい声に、カイは小さく微笑んで答えた。


「……ありがとう」


「そうだ、明日は私の誕生日よ。忘れてないよね?」

突然話題を変えるリズ。


「もちろん覚えてるよ」

カイが答えると、リズは満足そうに微笑んだ。


「ちゃんと教会に見に来てね」

そう言い残し、リズはすっとその場を離れた。



この世界では、十二歳の誕生日を迎えると、人々は教会で「神々の加護」を授かる。

加護とは、神々が人間に与える特別な力であり、その種類は神によって異なる。

世界には十二柱の神々が存在し、それぞれが異なる性質と力を司っていた。


通常、人間は一柱の神から一つの加護を授かる。しかし、稀に二柱、あるいは三柱以上から加護を受ける者もおり、そのような者は強大な力を持ち、冒険者や聖騎士として歴史に名を刻むことが多い。


カイの夢は、冒険者になって大金を稼ぐことだった。その夢を支えてくれたのは、両親の愛情だった。父と母は一生懸命働き、魔法の本や歴史書を買い与え、カイにたくさんのことを教えてくれた。しかし、父が病気で倒れてからは、母が一人で家族を支えていた。そんな母を助けたい。その思いだけがカイを突き動かしていた。


「ただいま……」

家に帰ったカイは、どこか沈んだ声で母に挨拶した。


「どうしたの?またいじめられたの?」

母が優しく声をかけると、カイは黙り込んだ。


「カイ、あなたは人一倍努力してるんだから、きっと加護をもらって魔法だって使えるようになるわ」

母の優しい言葉に、カイは軽くうなずくと部屋に入った。ベッドに腰を下ろし、窓の外を見つめながら一人考え込んだ――。


翌日、リズの誕生日を祝うために、村人たちは教会に集まった。12歳の誕生日を迎えた子どもが神から加護を授かる瞬間は、村全体にとって一大イベントだ。特にリズは明るく誰からも愛される存在で、村人たちは期待に胸を膨らませていた。


「これよりリズ・エステルの加護の儀式を執り行います。」

厳かな声で司祭が宣言すると、教会内は静まり返った。リズは緊張しながらも誇らしげに祭壇の前に進む。そして、光が彼女を包み込む。


「……精霊神エレウスと水神アルナスの加護を授けられた!」

司祭の言葉に教会内がどよめく。二柱の神から加護を授かるのは非常に稀なことで、リズの才能が証明された瞬間だった。


「すごいよ、リズ!」

カイは心から嬉しそうに声をかけた。リズも笑顔で応えたが、その後ろにはカイ自身の不安が影を落としていた。自分には加護がないのではないか――そんな思いが胸を締め付けていたのだ。


それから数日後、カイ自身の12歳の誕生日が訪れた。リズの時と同じように村人たちが教会に集まり、カイの番を迎える。カイは緊張しながら祭壇の前に進む。


「……カイ・ルシウスの加護の儀式を執り行います。」

司祭の声が響き渡り、カイの周囲に淡い光が生まれた。しかし、その光はすぐに消え失せた。


『……加護は……何もない。』司祭が震える声で告げた瞬間、教会内には重苦しい沈黙が広がった。カイは視界がぼやけるのを感じた。


「そんな……どうして?」

カイは肩を落とし、その場を逃げるように去った。リズや母親が追いかける声も耳に入らなかった。


教会を離れ、村の外れにある森にたどり着いたカイは、一人静かに涙を流していた。


「俺は……本当に何もできないのか……」


その時、不意に周囲が暗くなり、異様な冷気が森を包み込んだ。カイは驚いて顔を上げると、目の前に黒いローブをまとった謎の男が立っていた。


「泣いているのか、小僧?」

低く冷たい声が響いた。


「……誰だよ!」

カイは恐怖心を隠そうと必死に叫んだが、男はゆっくりと近づいてきた。


「お前の中に、眠れる魂がある――それを目覚めさせてやろう。」

男が手をかざすと、カイの体が青白い光に包まれた。そして、頭の中に見たこともない光景と声が流れ込む。


『戦え――神に抗う力を得るために。』


カイは激しい頭痛と共に気を失った。目を覚ました時、カイの手には見慣れない紋章が浮かび上がっていた。それは、300年前の英雄――レインが持っていたものと同じ紋章だった。

「ねぇ、大丈夫!? 何があったの?!」

リズの声が頭に響き、カイはふらつきながら答えた。


「わからない……急に変な男が現れて……」

「とにかく村に戻りましょう。休まないと。」


リズはカイの肩を支えながら、ゆっくりと村へ向かった。広場に差し掛かると、村の不良たちが目についた。


「おい、またあの出来損ないがリズに助けられてやがるぞ。」

ダンが嘲笑交じりに言った。


「どうせスライム相手にでもやられたんだろう。」

ケイネが大声で笑う。


「あんまり笑うと可哀想よ。」

彼らの小馬鹿にした笑い声が広場に響く。


リズはカイを慰めるように優しく話しかけた。

「あんな人たちの言うことなんて気にしないで。」


「……僕は出来損ない。仕方ないさ。」

カイは落胆した声で答えた。


その時、村の武器屋のローレンさんが声をかけてきた。


「おい、大丈夫か?最近、森の様子が変だって旅の冒険者たちが言ってたから、あんまり近づくんじゃないぞ。モンスターも凶暴化してるらしいからな。」


「ローレンさん、ありがとうございます。気をつけます。」


「……それと、加護のことは気にすんな。冒険者にならなくても道はいくらでもある。俺の弟子になって武器屋の修行でもしてみるか?」

ローレンは明るく励ますように言った。


「お気遣いありがとうございます。でも、まだ諦めたくなくて……もう少し修練を続けます。」

カイは気落ちしているのを悟られないよう、空元気な声を出した。


「そうか、頑張れよ!リズ、お前さんは何か防具でも買っていくか?未来のスターに俺の作った防具をつけてもらえるなら光栄だぜ。安くしとくからな。」

ローレンはそう言いながら、どこか申し訳なさそうにカイを見た。


「ありがとうございます。今度改めて伺います。その時はよろしくお願いします。」

リズは丁寧に答え、その場を後にした。


「今日はゆっくり休んでね。」

リズは心配そうにカイを見つめながら話した。


「ありがとう。でも、母さんには何も言わないでくれ。心配するから。」

カイはそう言い、家へ戻った。疲れ果てた体をベッドに投げ出し、すぐに眠りに落ちた。


その時、村の空気が一変した。


「おい、あれを見ろ!」

広場にいた村人が叫ぶ。空を覆う黒い影が現れ、周囲の光を全て飲み込むような真っ黒な渦が村の上空を覆っていた。


「この世の終わりが来た……」

老婆が震えながらつぶやいた。


村の騒ぎにカイも目を覚ます。異様な空気を感じ取り、外へ飛び出した。目に映った光景に驚きのあまり腰を抜かしてしまう。


漆黒の馬にまたがるローブ姿の異形が、村の中央に現れていた。まるで空気そのものが凍りつくような威圧感が周囲を包み込む。その者は低く冷たい声で語り始めた。


「……我が主、魔王エルビンの命により、この地を滅ぼす。」


村の上空を覆う黒い渦から、不気味な音が響き渡った。その音は雷鳴のように轟き、まるで空そのものが泣いているかのようだった。渦の中から次々と姿を現したのは、黒い霧をまとった異形の魔物たち。獣のような形をしたもの、ねじれた人型のもの、どれも禍々しく、見る者に恐怖を与える存在だった。


魔王の使いが冷たい声で命じる。

「この村を焼き払え。人間どもは生かしておく価値もない。」


その言葉を合図に、魔物たちは咆哮を上げて村へと襲いかかった。


「きゃあああっ!」

村人たちの悲鳴が響き、広場は一瞬で血の海と化した。鍬や棒を手にした村人たちが抵抗を試みるが、魔物の力は圧倒的だった。何匹もの魔物が同時に襲いかかり、瞬く間に村の家々が破壊されていく。


カイとリズも広場に駆けつけたが、目の前の光景にカイは立ち尽くしてしまった。恐怖で体が動かない。


「カイ!後ろに下がって!」

リズが叫ぶと同時に、彼女の体が淡い青と透明な水色の光に包まれた。精霊神エレウスと水神アルナスから授かった二つの加護が発動し、リズは魔物たちに立ち向かった。


「この村は私が守る!」

リズは魔物の群れに向かって杖を掲げる。空中に描かれた魔法陣から、無数の氷の刃が降り注ぎ、魔物たちを撃ち抜いた。次に水の波が広場を飲み込み、魔物を押し流していく。


「すごい……」

カイはその光景を見て息を飲む。しかし、魔物の数は多すぎた。リズの魔法で倒れる魔物もいたが、次々と新たな魔物が渦から現れる。


「どうしてこんなに……」

リズの額には汗が滲み、息が乱れてきた。魔法を使い続ける負担が彼女の体に重くのしかかる。そんな彼女を目の前にしながら、カイは拳を握りしめて立ち尽くすしかなかった。

 


「僕には……何もできない……」

目の前で次々と命を奪われていく仲間たち。そして、必死に戦い続けるリズの背中。その光景を前に、カイの胸にはどうしようもない自己嫌悪と絶望が渦巻いていた。何もできない自分が憎い。足はすくみ、震える手は武器さえ握りしめられない。



魔物がリズの背後に迫る。


「リズ!危ない!」

カイが叫んだ瞬間、何かが彼の中で弾けた。


手の甲に浮かんだ紋章が激しく輝き、その光は雷鳴のごとく爆発した。周囲の空気が揺れ、魔物たちが次々と跡形もなく消え去る。そして、無意識のうちにカイの口から低い声が漏れた。


「消えろ……!」


彼の左手から放たれた衝撃波が広場を駆け抜け、魔物たちは一斉に吹き飛ばされた。黒い霧に包まれた魔物の体が次々と消滅し、村全体が静寂に包まれる。


「カイ……?今の、何……?」

リズは目を見開いてカイを見つめた。だが、カイは答えることができなかった。強烈な頭痛に襲われ、体が崩れ落ちる。



「……僕は……どうして……」

それだけつぶやくと、カイは意識を失った。


リズは慌ててカイの体を抱き上げる。

「カイ!しっかりして!」


広場には魔物の残骸も、村を脅かしていた脅威もすっかり消え去っていた。しかし、先ほどまでの惨劇の記憶と、カイの体から放たれた謎の力だけが、静かにその場に残されていた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ