9 来るなら来い!
本日2話目です。短いです。わらしべ長者。
伯爵邸に着くと、マリーさんが淹れてくれた蜂蜜入りの紅茶を飲みながら、お嬢様が言うところの「作戦会議」を始める。
――私にいい考えがあるの!
お嬢様は自信満々そう言っていたが、いったいどんなことを言い出すのだろう。
聞くのが怖い。
お嬢様はお茶をぐいっと飲み干したあと、何故か姿勢を正し、キリッとした表情で言った。
「まず市場に行ってミカンをかごいっぱい買ってくる」
「はい、却下」
「えっ、なんで?」
「これ以上聞きたくないからです」
「だって、そういうエピソードがあったんだよ!」
お嬢様曰く、あの不愉快な小説『星空の下の恋人たち』の中で、第二王子と男爵令嬢ソフィアが初めて出会うシーンにミカンが出てくるのだそうだ。
――男爵令嬢ソフィアが籠にいっぱいのミカンを持って街を歩いていると、一人の男性に声を掛けられる。「そのミカンをひとつ譲っていただけませんか? どうにも喉が渇いてしまって……」
心優しいソフィアは、快く男性にミカンをわけてやった。「ひとつと言わず、いくつでもどうぞ」
「その男性が第二王子だったんですね?」
「違う違う、気が早いな、もう」
――男性はお礼にと、絹のスカーフを差し出す。ソフィアは「こんなに上等なものはとてもじゃないけど頂けない」と遠慮するが、男性はにっこり笑って、「私は隣国から来た商人です。このスカーフは売れ残ってしまったものです。売れ残りで申し訳ないですが、よろしければ、お使い下さい」と言う。ソフィアはそのスカーフを首に巻き、お礼を言って男性と別れた。その直後、走ってきた男にぶつかる。男はひどく焦った様子で「すまないが、そのスカーフを貸してくれないか! お礼は後でするから!」と言った。ソフィアがスカーフを渡すと、男はそれを頭から巻き付け、顔まで覆うと路地裏に身を隠した。
「それが第二王子だったの。その時王子は追われていて、ソフィアのスカーフのおかげで逃げ切ることができたのよ」
「……お嬢様、あなたという人は本当にもう……」
「何?」
「だったら、ミカンじゃなくて、最初からスカーフを買えばいいじゃないですか?」
「……!! リチャード、なんて賢いの!!」
お嬢様は、ものすごい笑顔でパチパチと手を叩く。
「じゃあ、市場に行ってスカーフを」
「はい却下」
「なんで!」
「スカーフを買ってどうするつもりですか?」
「フィーに渡しておいて、アラン様が誰かに追われてるときに渡してもらえば……」
「落ち着いてください。学院内でそんなこと起きるはずがないでしょう!?」
「それもそうか……」
お嬢様はしょんぼりと言った。
「こうなったら、フィーに直接聞いてみるわ。第二王子のこと好き?って。で、脈ありなら私がアラン様との仲を取り持つ」
「やめておいたほうがいいと思います」
「どうして?」
「どうしてもです」
お嬢様は納得がいかない様子だったが、絶対にやめておくようにと強く言い含め、作戦会議終了を宣言した。
お嬢様はマリーさんに2杯目の蜂蜜紅茶をいれてもらっていた。
マリーさんは、レモンの輪切りも添えてくれた。
疲れがとれる。ありがたい。
お嬢様はレモンを直接手でとって口に入れ食べだした。
「淑女のすることではないでしょう」
そうたしなめると、お嬢様は悪戯を見つかった子供のように無邪気に笑いながら言った。
「ふふっ、リチャードの前でだけだよ、こんなことするの」
リチャードの前でだけだよ……
リチャードの前でだけだよ……
リチャードの前でだけだよ……
……天使か。
※※※
次の日、あれだけやめておけと言ったのに、お嬢様はソフィア嬢に「第二王子のことどう思う?」と聞いたらしい。
「やめろって言いましたよね!!」
「ごめん、でも、どうしても気になっちゃったんだもん」
「で、どうでした?」
「それがさあ……」
お嬢様が、ちょっと浮かない表情で言った。
「フィーがね『気持ち悪いと思います。あの方のエリザベス様を見る目ときたら……エリザベス様、気を付けて下さいね!』って言ってた」
「ねぇリチャード、どういう意味だと思う?」
「その通りだと思います」
「えっ?」
「ソフィア嬢の言う通りです。お嬢様、アラン様にはくれぐれも気を付けて下さいね」
「もちろんだよ、言われなくても気を付けるよ」
ソフィア嬢……彼女は本当に人を見る目がある。
お嬢様の友人としてふさわしい。
どうかこれからもお嬢様と仲良くしていって欲しい。
「でもね、リチャード、怒らないでね」
なんだろう、嫌な予感がする。
「今度、アラン様が登校したとき、校内を案内することになった」
なんだって!?
「引き受けたんですか!?」
「だって、学院長直々に頼まれちゃったから断れなかったんだもん!!」
「怒らないでねって言ったのに」とお嬢様が恨みがましく呟いている。
「……わかりました。お嬢様の代わりに、俺が案内を引き受けます! お嬢様に案内なんて、絶対にさせられないですからね!! 」
「えっ! いいの、ありがとう! でも、気を付けて。地下牢に入れられちゃわないでね!」
お嬢様が明らかにほっとしたような顔で言う。
しかし第二王子め……学院長に、お嬢様が案内するよう小細工したに決まってる!
――そっちがその気なら、受けてたとうじゃないか。
最後までお読みいただき、ありがとうござます。