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8 大好きな二人

今回は、ソフィア視点のお話です。

13歳の春に、王都の学院に入学した。

家から通える距離ではなかったので、学生寮に入った。

家族と離れて暮らすのは寂しかったし不安だったけど、幼馴染と一緒だったので少し心強かった。

私の家は、王都から少し離れた郊外にある。

爵位は男爵家で、一応貴族だが、領地は狭いし特に特産品もない。

ただ、領地の真ん中を物資の流通に重要な役割を果たす大きな街道が通っていて、賑わう宿場町があったため、領民の暮らしは豊かだった。


学院に入ってから、容姿を褒められることが増えた。

最初は嬉しかった。

親兄弟以外の人から可愛いと言われるなんて、今まではなかったから。

王都の人は皆褒め上手だな。もしかして、とりあえず褒めるのが礼儀なのかな、などと軽い気持ちで受け流していた。

だが、だんだんと、これはちょっとまずいなと思うようになった。


「波打つようなハニーブロンドに、はちみつ色の潤んだ瞳。ああ、ソフィア嬢、君はなんて可愛いんだ」


令息たちはみんな、そんな風に言って近寄ってくる。

私に近寄ってくるのは大抵が、将来騎士になる予定の貴族の子息達だ。

彼らは必ずしもどこかの家に婿に入る必要がなく、自分で気に入った娘と自由に結婚できる立場だ。


伯爵以上の家の令嬢達は、従者や婚約者がいることが多かった。

子爵以下の家の令嬢達は、跡取り娘以外はとくに決まった相手がおらず、できたら学院在学中に結婚相手を見つけたいと思っている娘がほとんどだ。

私もそうだった。

なので、多くの子息たちに声を掛けてもらえて最初は嬉しかった。


でも、それが幼馴染には面白くなかったらしい。


彼女は隣の領地の子爵令嬢で、小さい頃からよく遊んでいた仲だ。

よりによって、彼女が好きな男の子が私に告白してきたのが引き金となった。


彼女は私のことを「可愛いからっていい気になって」「たくさんの男の子達に媚びていて」「モテない女の子たちを陰で馬鹿にしている」と言いふらした。


噂が真実かどうかなんて、多くの人にとっては問題じゃない。

人は噂を無邪気に聞き、悪意なく他人に広める。

いつのまにか、噂は真実と同じような力を持ってしまう。


それから、周りの女の子達に遠巻きにされるようになった。


学年が変わってクラス替えがあって、今度こそ仲良くしてくれる友人を作ろうと頑張ってみるが、噂は根強く、私はいつまでたっても「鼻持ちならない嫌な女の子」と言われた。


――私は、何も悪いことはしてないのに。



私は髪を三つ編みにし、目が悪くもないのに眼鏡を掛け、なるべく地味に見えるように気を付けた。

ソフィア・カーソンだとわかると、「ああ、あの生意気な男爵令嬢ね」と言われ遠巻きにされてしまうので、新しく知り合う人達には「フィーと呼んで」と言った。


放課後、友達や彼氏と買い物したり、カフェでお茶をしたりしてみたかった。

領地にいた頃に、一緒に楽しく遊んでいた幼馴染とは、お互いにもう決して仲良くすることはないだろう。

彼女がやったことは許せなかったし、彼女も許してもらおうとは思ってないだろう。


放課後は一人で図書館に行くことが多かった。

おかげで成績だけは良かった。


そんな寂しい日々を送っていた私には、ささやかな楽しみがあった。

それは、こっそりと、エリザベス様とリチャード様の様子を眺めることだった。


お二人を初めて見たのは入学式の時だった。


初めに目についたのはリチャード様で、なんてかっこいい子なんだろうと驚いた。

領地にいた男の子とは全く違う生き物に見えた。

サラサラの黒い髪、女の子みたいに白い肌、切れ長の黒い瞳。

整った顔立ちで、無表情でちょっと近寄りがたい雰囲気。


入学式の会場で、彼は私の数列前の席に座っていた。

私は彼から目が離せなくなり、学院長の話の間、ずっと彼を見ていた。

式が終わり、彼が席を立った。

すらっとしてかっこいい。座っててもかっこいいのに、立ってもかっこいい。

完璧だな、と思った。

その時、彼の隣に座っていた女の子が立ち上がり、後ろを振り返った。



――可愛い!!



この世の者とは思えないほどの可愛さだった。

サラサラで柔らかそうな長い銀の髪、宝石みたいな青い目、日差しを浴びたことが無いんじゃないかと思うくらい透き通った白い肌。

まるで絵本で見た妖精のようだった。


その妖精が隣の彼に向って何か話しかけた。

彼はちょっと顔をしかめたあと、彼女の耳元に顔を寄せ、内緒話をするように囁いた。

すると彼女は真っ赤になって耳を押さえ、それを見た彼が握った右手を口に当てて楽しそうに笑った。

そうやって笑うと、さっきまでの近寄りがたい雰囲気が嘘のように優し気に見えた。


――なんだろう、この気持ち。


二人を見ていると、心が踊るようにときめいて、息が苦しいくらいだった。



あれ以来、エリザベス様とリチャード様は、私にとって最高の活力となっている。

お二人を見ていると、孤独な日々が癒され、辛いことがあっても忘れられる。

生きていて良かった、これからも頑張ろうと思えてくるのだ。


リチャード様は本当に優秀で、全科目で優秀な成績を収め、学年主席を常にキープしていた。

彼は文武両道で、剣術の成績も素晴らしく、学内の剣術大会では常に優勝していた。

エリザベス様の従者としてふさわしくあろうとする彼の姿は、見ているものの心を震わせた。


エリザベス様も大変に優秀で、リチャード様に次いで学年2位を維持していた。

いつだったか、試験の成績が貼り出された時、皆から称賛されると「だって、もう子供の頃に1回習ってるから」と答えたのだ。

すでに家庭教師に習っているということなのだろう。

これは自分が優秀なのではなく、ただ先に習っていたからできたに過ぎない、という謙遜なのだと思う。だとしても、小さな頃からのエリザベス様の努力を思うと胸が熱くなる。


そんなお二人はとても仲が良く、いつも一緒に過ごしていた。

時々、リチャード様がエリザベス様のことを、なんともいえない愛し気な目で見つめていることがある。

そういう場面を見た日は、日記を書く勢いが止まらなくなる。



そして、ついに奇跡が訪れた。

お二人と、最終学年で同じクラスになれたのだ!

神様が、辛い日々を耐える私に「良く頑張ってきたね」とプレゼントを下さったんだと思った。

これからは毎日、より近くでお二人を眺めることができるのだ。授業中も!

嬉しくて嬉しくて、その日書いた日記は20ページを超えた。


しかも! 同じクラスになれただけでも、奇跡のようなのに、ある日教室で一人本を読んでいた私に、エリザベス様とマーガレット様が話しかけてきて下さったのだ。


「あなたの読んでいるその本、私も大好きなの。挿絵がとても綺麗で。私、その画家が挿絵を描いてる本は全部見るようにしてるのよ」

「エリザベスったら。相変わらず、小説の中身そっちのけで挿絵ばかり眺めてるようね」


憧れのエリザベス様に話しかけて頂けたなんて!

私はもう、天にも昇るような気持だった。

正直、舞い上がってしまって、ろくにお返事ができなかったのが残念だったが。

マーガレット様もさっぱりとした気持ちの優しい方で、エリザベス様と仲が良かった。

お二人は幼馴染だそうだ。

私とあの幼馴染とは大違いだ。


それ以来、私は、エリザベス様とマーガレット様と三人で過ごすことが多くなった。

幸せだった。

お二人は私より遥に美しく、何につけても私より優れている。

エリザベス様にはリチャード様がいるし、マーガレット様にも婚約者がいる。

なので私を妬んだり羨んだりすることは絶対にないのだ。

だからといって、下に見るようなことも無い。

お二人は本当に心が綺麗で、私は時々、悪いことを考える自分が恥ずかしくなる。



※※※




今朝のことだ。

挨拶をしようと、馬車から降り歩き出すエリザベス様とリチャード様に近寄ると、

向こうから誰かが走ってくるのが見えた。

金髪に緑の瞳の若い男の子で、制服ではなく白のフロックコートを着ていた。

今までに見かけたことのない子だった。

驚くべきことに、彼はリチャード様の方には見向きもせず、エリザベス様だけを見つめて

「ああ、エリザベス…………やっと、やっと会えた……」と言った。


――――ちょっと待って!! あなた誰!?


私は心の中で絶叫した。

リチャード様がエリザベス様を背後にかばうように立つ。素敵。

エリザベス様は、警戒しているようだったけど、しばらく話しているうちに打ち解けて話されるようになった。

二人は知り合いだったみたいだ。

でも、リチャード様はずっと警戒してる。

何を話しているんだろう。声が小さくてはっきりと聞き取れない。

そうこうしているうちに、エリザベス様が真っ青になり倒れた。

周りが騒然となる中、リチャード様がエリザベス様を抱きかかえ、医務室に向かって走り出す。

謎の彼もついていこうとするのを、リチャード様が「ついて来ないで下さい!」と制止する。

それでも謎の彼は諦めない。


――今こそ恩に報いる時!


私は全力で謎の彼に駆け寄り、後ろから彼に体当たりした。

彼がバランスを崩して転んでいる間、リチャード様は無事に逃げ切れたようだ。


「申し訳ありません! 足元が滑ってしまって……」


さすがに、必死に謝る初対面の女生徒に怒ることはできなかったようで、謎の彼は悔しそうに去って行った。


彼は一体何者なんだろう。

それにしても、エリザベス様を見る、あの目つき。

私は直感した、彼はエリザベス様のことが好きに違いない。

それはすなわちリチャード様のライバルということ。

ならば私にとっても敵だ。


その後、エリザベス様が教室に戻ってきた。お元気そうな様子で安心した。


三人でしばらく話していたら、突然、マーガレット様が言った。

「ところで、素敵な男性といえば、先程お見かけした第二王子殿下、あの方もとても素敵でしたわね」


彼は第二王子だったんだ!

私はエリザベス様が彼をどう思っているのか知りたくて、咄嗟に彼のことを褒めてみた。

するとエリザベス様は笑顔で、次回声を掛けてみるようにと私に勧めてきた。

この感じは、とくに好意を寄せているわけではなさそう。良かった。


「ふふっ。フィーは恥ずかしがり屋さんね」


エリザベス様が笑顔で言う。マーガレット様もにこやかに笑っている。

お二人は本当に優しい。

その後、学院で受けた様々な辛い出来事を思い出しながら、ついつい卑屈なことを言ってしまったが、エリザベス様は私の肩に優しく手を置き、透き通った宝石のような目で微笑みながら言った。


「そんな悲しいこと言わないでちょうだい。フィーは私の大事なお友達なんだから」


ああ、エリザベス様!!!

マーガレット様も隣で頷いてくれた。


「エリザベス様、マーガレット様……ありがとうございます。お二人に仲良くして頂けて、本当に嬉しいです」


興奮のあまり、声が震えた。


「私は……ソフィア・カーソンは、この御恩は一生忘れません!」

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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