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7 前言撤回

今日、二つ目のお話です。短めです。

「だって! みんな彼女のことフィーって呼んでたし! 『星空の下の恋人たち』のソフィアと全然似てなかったから!」


帰りの馬車の中。

お嬢様が両手を顔の前で合わせ、こちらを拝むように必死に謝ってくる。


「それにしたって。今まで全然気づかなかったなんて。うかつすぎるにも程があるでしょう!? 同じクラスになって8ヶ月も経ってるんですよ!」


「そんなこと言われても! フィーがあの男爵令嬢ソフィアだなんて、全く思いもしなかったんだから! だって、小説の中のソフィアは……『ゆるく巻いたハニーブロンドの髪を靡かせて、はちみつ色のキラキラと輝く瞳を潤ませる可憐な令嬢』だったんだよ! フィーだってとても可愛いけど、いつも三つ編みにしてるし、眼鏡をかけてて目の色もあまり目立たなかったから」


確かに。

ソフィア嬢の外見は、主人公と恋に落ちるヒロインというには、かなり控えめな印象だった。


「もしかしてですが。……ソフィア嬢は、今までずっと他の令嬢から心無い仕打ちを受けていたのではないですか?」


「えっ? フィーが? リチャードはどうしてそう思うの?」


「先程、お嬢様がお優しい言葉を掛けた時、彼女は涙ぐんでいましたよね? 随分と喜んでいたように見えました。普通ならあそこまで喜ぶことはないでしょう。髪を三つ編みにして眼鏡を掛け、控えめに振舞っていたのも、可憐だという容姿を妬まれないためではないでしょうか」


お嬢様は、ハッとしたような表情で言った。


「確かに、言われてみればその通りかも……フィーはすごくおとなしくて、一緒のクラスになった初めの頃は、一人きりでいることが多かったの。だから私とマーガレットで声を掛けて、三人で一緒に過ごすようになったのよ」


お嬢様もマーガレット様も、一見おっとりしているようだが、実は伯爵令嬢らしく周りのことをよく見ている。

それは貴族の社交をする上で大事なことの一つだ。

そしてお嬢様は困っている人を放っておけない。見つけるとすぐに自分から手を差し伸べる。

私の愛するお嬢様は、本当に心優しい方なのだ。

それが仇となり、第二王子のような怪しい人物を惹きつけてしまうこともあるのだが。


「フィー……辛い思いをしてたのね……」


お嬢様がしんみりとした口調で言った。


「でも、これからはお嬢様とマーガレット様が一緒なのですから。彼女も楽しい毎日が送れるはずですよ」


「そうよね! 今まで辛い思いをしていたのだから、これからは毎日楽しく過ごして欲しいな。学生らしく恋とかしちゃったりして…………ハッ!!」


お嬢様が、怯えたような目で俺を見る。

何を考えているかのか表情でバレバレだ。

なので、少し拗ねたような口調で言ってみる。


「言っておきますけど、おれは男爵令嬢なんかと恋に落ちたりしませんからね! お嬢様はどうしてそんなに俺を疑うんですか?」


「いや、疑ってるわけじゃないから! ただ、どうしても『星空の下の恋人たち』のストーリーを思い出しちゃって……」


「お嬢様がこんなに怯えるほど、その小説の中のリチャード・ベルクは怖かったんですか?」


「そりゃもう!」


そして、お嬢様は「星空の下の恋人たち」のワンシーンを語り出した。


――地下牢から脱獄したリチャードは、塔に幽閉されていた愛しいソフィアを救い出し、再び手に手を取って逃避行を図る。そして、その行く手を阻む悪役令嬢エリザベス・フォークナーを捕らえ、喉元に光るナイフを押し当てながら言う。

『どんなにこの日を待ちわびていたことか……ご存じでしたか? 俺はずっとあなたを恨んでいたんですよ。子供の頃から、ずっとね。あなたから受けた屈辱を思えば、一思いに殺してしまうのは何だか惜しい気がしますが……時間が無い。残念ながらここまでです』


「凄くドラマチックでね、リチャードがかっこいいシーンだったの! 前世ではそのシーンの挿絵を喜んで見てたけど、あの恐怖に震えるエリザベス・フォークナーの顔……あれ、本当に今の私そっくりなのよ

……だからもう、怖くて……」


ああ、お嬢様、貴方という人は。

また小説の中のリチャード・ベルクに怯え出したようだな………


これはもう、荒療治をするしかないですね。

現実の俺が、小説の中のリチャード・ベルクの言葉を()()()するとしよう。


俺は向かいに座るお嬢様の座席の後ろの壁に手を付き、お嬢様の耳元に顔を寄せ、できる限り小説の中のリチャードの言葉を真似て甘く囁く。


「お嬢様……『()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()』……もうすぐ伯爵邸に着きますからね」


「ひー、リチャード!! 壁ドンなんていつの間にできるようになったの? まるで王子様みたいじゃない! それにしても、本当になんていい声……リチャード・ベルクのイメージぴったり!! って当たり前か!?」


「いいですか、お嬢様がわかって下さるまでおしおきです。こうやって何度でも耳元で囁き続けますからね」


「え……、それってむしろご褒美でしかないよ!」


お嬢様が真っ赤な顔で呟く。

俺だって、日々学習してるんですよ。

お嬢様の考えていることくらい、手に取るようにわかりますからね。


そう思ったその時、お嬢様が急に顔をパッと輝かせて叫んだ。


「いいこと思いついた!! アラン様とフィーをくっつけちゃえばいいんじゃない? フィーはアラン様のこと憧れてるみたいだったし! 私が婚約者にならなくても済むじゃない!」


お嬢様、そんな、いかにも「良いアイデアでしょう?」みたいな顔でこっちを見ないで下さい。

ああ、前言撤回だ!

お嬢様の考えることなんて、若輩者の俺にはまだまだ想像もつかない。


「そうと決まれば即行動よ! 私にいい考えがあるの」


ああ、もう、嫌な予感しかしない。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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さぁ、お嬢様が斜めに突っ走ったらどうなるか。ワクワク。
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