6 うかつにもほどがある
誤字報告をして下さった方々、ありがとうございます。
「リチャード、本当にごめんね。昔の私が調子に乗ってたせいで……」
お嬢様はしょんぼりとうなだれている。
「アラン君って、今はあんなに大きくなってるけど、昔はとても小さくて……庭の隅で泣いてる姿がすごく可哀想だったの。なんとか泣き止ませたくて話してるうちに、ついついノリノリになっちゃったんだよね……まさかあの作り話をあんなにも気に入ってくれてたなんて……」
それはちょっと違うような……。
第二王子とお嬢様の温度差がすごい。
「話の続きをせがまれたらどうしよう……関ヶ原の戦いの話とかするべき? アラン君は、あ、今は大きくなったからアラン様って呼ばなきゃダメかな? アラン様は、桶狭間の戦いのシーンとかすごく喜んでたんだよね」
「……お嬢様」
「えっ? 関ヶ原は駄目? 大阪夏の陣とか冬の陣とかの方がいい? ごめん、私、歴史そんなに詳しくなくて……どっちが先だったかも覚えてないの」
「冬の陣が先です」
「わあ! リチャードすごい!!」
「ありがとうございます……って、今はこんな話してる場合じゃないです! あの第二王子、お嬢様に婚約を申し込んできてるんですよね?」
「はっ! そうだった! ど、どうしようリチャード! 『星空の下の恋人たち』の設定に近づいちゃってるよ!」
いや、そんなくだらない小説のことは正直どうでもいいのだ。
俺がソフィアなんて名前の男爵令嬢と恋仲になるとか、悪役令嬢のお嬢様を恨んで殺すとか、そんな馬鹿馬鹿しいストーリー、口に出すのも悍ましい。
こんなとんでもない小説を読んでるやつの気がしれない……って、お嬢様の愛読書だったか。
そんなことより今は、お嬢様と第二王子の婚約を全力で阻止しないと!
先程の第二王子のあの様子だと、お嬢様にかなりの執着があると見た。
お嬢様を見つめるあの熱の籠った目……思い出すと腹が立つ。
まずは婚約の話がどれくらい進んでるのか調べないと。
「とりあえず、お嬢様は、これ以上あの第二王子に近寄らないように気をつけて下さい。対策はこれから追々考えていきましょう」
「わかった。……リチャード、本当にごめんね。私、いつもリチャードに頼ってばかりで……」
「お嬢様、俺はあなたの従者なんですよ? いつでも頼って下さい」
そう言いつつ、お嬢様の頭に軽く手を置くと、お嬢様がぱっと笑顔なり言った。
「ありがとう、リチャード! リチャードって本当に頼りになるわよね! 私、リチャードがいてくれて本当に良かった! もうリチャードがいない人生なんて考えられない!」
リチャードがいない人生なんて考えられない……
リチャードがいない人生なんて考えられない……
リチャードがいない人生なんて考えられない……
ああ、お嬢様、あなたって人は、本当にもう……
俺の方こそ、あなたがいない人生なんて考えられないです!
※※※
しばらくして、第二王子を警戒しつつ教室に向かった。
幸い、あの後は第二王子の姿を見かけることは無かった。
教室に戻るとお嬢様の友人が二人、心配そうに近寄ってきた。
「エリザベス、大丈夫?」
「急に倒れられたので、びっくりしましたわ」
「ええ、もう大丈夫よ。心配させてごめんなさいね」
お嬢様の言葉に、二人ともホッとしたように笑顔になった。
この二人はお嬢様と特に親しくしている令嬢で、二人ともおっとりしていて穏やかな性格だ。
類は友を呼ぶというやつだろうか。
男女別の授業で俺がそばにいない時は、三人で過ごしていることが多いようだ。
肩までの栗色の巻き毛で緑の瞳の令嬢は、マーガレット・スペンサー伯爵令嬢。
お嬢様とは昔からの友人で、お互いをエリザベス、マーガレットと名前で呼びあっている。
背中の中ほどまで伸びたハニーブロンドを三つ編みにした眼鏡の令嬢は、今年から同じクラスになった、カーソン男爵家の令嬢だ。
名前は確か……お嬢様はフィーと親しげに呼んでいるようだ。
彼女はまだ知り合って日が浅いせいか、それとも身分を気にしてなのか、マーガレット様、エリザベス様と様付けで呼んでいる。
二人ともお嬢様が元気になったと聞いて安心した為か、少し砕けた調子で話し始めた。
「それにしても、エリザベスを抱きかかえて走るリチャード様ったら……」
「そうそう! すごく素敵でした! 周りの皆様もうっとりされていましたよ」
「はっ……そういえば、リチャードに運んでもらったんだった! リチャードごめんなさい。重かったでしょう?」
お嬢様が申し訳無さそうに言う。
その後、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で、「最近、おにぎり食べすぎちゃってたし……」と呟く。
「どうかお気になさらず。お嬢様くらい、抱えてどこまででも走れますよ。そのために普段から鍛えておりますので」
にっこりと微笑みながら言うと、令嬢達が、頬を染めながらうっとりとため息をついた。
「リチャード様って、エリザベスにとても優しいわよね」
「本当に。こんなに優しくて素敵な従者がいらして、エリザベス様が羨ましいです」
二人がそう言うと、何故かお嬢様が得意気に言った。
「そうでしょう! リチャードは本当に素敵よね! 声もすっごい良いし! 大事なことだから2回言うけど、とにかく声がいい! 外見もかっこいいし! お父上のベルク伯爵譲りの艶のある黒髪、黒曜石のような瞳! 将来はきっと、ベルク伯爵ジェームス様のような色気のある素敵な男性になること間違いなし! ジェームス様のような目の下のホクロが無いのがちょっと残念だけど。ああ、リチャード、久しぶりにジェームス様にお会いしたくなっちゃった! 近いうちにお宅に遊びに行ってもいいかしら?」
「…………はい」
……親父め。絶対に会わせるものか!
俺の態度に不穏なものを感じたのか、マーガレット嬢が慌てて話を変えた。
「ところで、素敵な男性といえば、先程お見かけした第二王子殿下、あの方もとても素敵でしたわね」
「本当に……! あんなに素敵な方と、少しで良いからお話してみたいです……」
カーソン男爵令嬢は、かなり第二王子のことを気に入ったようだ。
「あら、では、今度第二王子がいらした時、お声を掛けてみては?」
「いえ……私など、畏れ多くて」
「ふふっ。フィーは恥ずかしがり屋さんね」
お嬢様がそう言うと、カーソン男爵令嬢は少し俯きがちになり、首を左右に振った。
「いいえ。お二人はお優しいから、身分を気にせず私のような者にも親しく接して下さいますが……普通はそうではないのですよ」
「フィー……」
今まで、男爵令嬢という身分のせいで、高位の令嬢達から心無い言葉をかけられてきたのだろうか。
「そんな悲しいこと言わないでちょうだい。フィーは私の大事なお友達なんだから」
お嬢様が、カーソン男爵令嬢の肩に手を置き、優しい声で言う。
マーガレット嬢も頷いている。
カーソン男爵令嬢は、感極まったように声を震わせて言った。
「エリザベス様、マーガレット様……ありがとうございます。お二人に仲良くして頂けて、本当に嬉しいです」
令嬢達の美しい友情か。癒される。
見ていて思わず微笑んでしまった。
だが、次の瞬間、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「私は……ソフィア・カーソンは、この御恩は一生忘れません!」
ん?…………ちょっと、待て。今、なんて?
ソフィア・カーソン?
フィーじゃなくて、ソフィア?
――ソフィア・カーソン男爵令嬢!?
思わずお嬢様の方を見ると、顔面蒼白でこちらを見ている。
心なしか涙目になっているようだ。
「灯台下暗し……」
お嬢様、あなたという人は……!!
なんで今まで気づかなかったんですか……!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。