5 やっと会えた
今回はアラン視点のお話です。
会いたかった。
長い間、ずっと、ずっと。
何度も何度も夢に見た。
夢の中の君は、いつも僕を励ますように笑顔で言ってくれた。
『大丈夫! アランくんなら、きっと大丈夫!』
今、目の前に立つ君は、幼い日の面影を残しながらも、僕が想像していた「成長したエリザベス」の姿よりも遥かに美しい。
サラサラと流れ落ちる腰まで伸びた銀の髪。
長いまつ毛に縁取られた澄んだ青い瞳。
陶器のように滑らかな白い肌。
艷やかで形の良い唇。
ああ、エリザベス。やっと、やっと君に会えた。
なのに……
「ええと。どなたでしょう?」
君は僕のことを覚えていなかった。
嘘だろう? 信じられなかった。
君が、僕のことを忘れてしまうだなんて、そんなこと。
絶望に目の前が暗くなりかけたが、アランと名を名乗ったら、ようやく思い出してもらえた。
良かった。本当に良かった。
※※※
隣国ロトリア王国で過ごした日々は、表面上は穏やかなものだった。
王族としての待遇はきちんと受けていたし、ロトリア王国の学院にも通い人並みな学生時代を過ごすこともできた。
だが、学友達は表向きは仲良く接してくれたが、いつ敵国となるかもしれない国の王子、しかも人質としてやってきた王子と心の底から打ち解けてくれる人間は、いなかった。
あの、孤独な日々。
明日には殺されるかもしれないと怯える毎日。
あの日々を、狂わずに乗り越えてこれたのは、幼い日に出会った美しい一人の少女――エリザベスのおかげだった。
エリザベスは、母である王妃のお茶会に呼ばれたフォークナー伯爵夫人の孫だった。
伯爵夫人の娘であり、エリザベスの母親マーガレットは、母の学院時代の親友だったそうだ。
隣国に行くことが決まってから、不安で泣いてばかりの僕の気を紛らわそうと、同い年のエリザベスが呼ばれたのだ。
だが、僕は、誰かと遊ぶような気になれず、お茶会の場には頑なに参加しなかった。
中庭の茂みに隠れるようにして、膝を抱えて泣いていた。
「どうしたの?」
現れた少女を見て、僕は目を見張った。
なんて可愛い少女だろう。
天使ってこんな子のことを言うんじゃないかな?
驚きのせいか、いつの間にか涙が止まっていた。
「悲しいことがあったの?」
心配そうに言うと、彼女は僕の隣に座った。
「それとも、どこか痛い?」
彼女の声には心から心配してくれているような、そんな響きがあった。
だから、僕は、ついつい心の内を明かしてしまった。
「ひ、ひと……じ……ち……に、行かなくちゃ……ならないの。遠い外国に……」
泣いていたせいか、鼻声だし、はっきりと話せなかった。
「え? ひとじち? いやそんなはずないな、聞き間違いだよね、うん。……遠い外国に引っ越すの?」
「……うん、……そんな感じ」
実際に人質なのだが、それをはっきりというのは憚られた。
そうこうしてるうちに、また涙が込み上がってきて、僕は顔を伏せた。
「うわうわ、泣かないで! そうだ! 面白いお話を聞かせてあげるね! えっとね、えっと、そうそうせっかくだから、大河ドラマっぽいのがいいかな」
人質という言葉が頭に残ったのか、彼女が始めたのは幼い頃に人質になった王子の話だった。
「昔々、あるところに、竹千代という幼い王子様がいました」
「……タケチヨ? 変わった名前だね」
「そうかな? そこの家の子は、跡継ぎは代々竹千代って名前なんだよ」
「タケチヨJrとか、タケチヨ3世とか?」
「いやいや、そんなルパン3世みたいな感じじゃなくて、みんなただの『竹千代』」
「……へえ、変わってるね」
彼女の話す『タケチヨの物語』は、とても面白かった。
いつの間にか彼女の話に夢中になり、涙はすっかり止まっていた。
そうして2人で中庭で過ごしていると、時間があっという間に過ぎた。
侍女が来て、「エリザベス様はもうそろそろお帰りの時間です」と言われたとき、思わず、
「ねえ、また来てくれる? またお話聞かせて!」
と、彼女の手を掴み、必死に強請ってしまった。
すると彼女は、にっこりと笑いながら言った。
「もちろん! また来るね!」
天使のような、無邪気な笑顔で。
それから、彼女は何回か王宮に来て、物語の続きを話してくれた。
さすがに毎日は無理だったので、会えない間は、次はいつ彼女が来るだろうとワクワクしながら待っていた。
そして、タケチヨ少年が成長して青年になり、立派な王となった頃に、僕はとうとう隣国へ出発することとなった。
その頃にはもう、僕が不安で泣くことはなくなっていた。
「明日、隣国に行かなきゃならないんだ」
僕がそう告げると、エリザベスは長いまつ毛に縁取られた目を伏せながら言った。
「そうなんだ。寂しくなるね」
彼女も寂しいと思ってくれているんだと思うと嬉しかった。
「隣国で暮らすのはちょっと不安だけど、タケチヨを見習って頑張るよ」
「うん。大丈夫! アランくんなら、きっと大丈夫!」
彼女は僕の手を両手で握りながら、笑顔でそう言ってくれた。
彼女の笑顔は天使のような無邪気な笑顔で、僕はあまりの可愛らしさに息が止まるかと思った。
そう、僕は大丈夫。僕はなんだってできる。彼女がそう言ってくれたんだもの。僕はきっと大丈夫。
それから、隣国で暮らす僕にとって、彼女の言葉は心を照らす光となった。
何かあるたびに、彼女の言葉を思い出した。
そして、そのたびに困難を乗り越えることができた。
何度も何度も彼女の夢を見た。
夢の中の彼女は、いつも優しい笑顔で僕を励ましてくれた。
ずっと、ずっと会いたかった。
これはもう恋だと思った。
何度も何度も想像した。
今の彼女がどんな風に成長しているか。
成長した彼女に会い、彼女の手を取り、「ずっと会いたかった」と言いたかった。
その日が待ち遠しくて、彼女が恋しくて、僕は毎晩夢の中の彼女に跪き、思いを告げた。
そして、やっと。
やっと、帰国できる日が来た。
※※※
学院は18歳で卒業となる。
今から学院に編入しても、最終学年の残りの半年しか通えない。
だが、少しでもいいから、彼女と一緒に学院生活を過ごしてみたかった。
帰国後、母に用意してもらっていた制服を試着すると、袖とズボンの裾が少し短かった。
「一年前に誂えたのに。男の子はどんどん大きくなるから困っちゃうわね」
母が嬉しそうな表情でそんなことを言った。
結局、制服は新しく誂えることとなった。
制服ができるのを待つ間、とりあえず学院に編入の挨拶だけでも済ませておくことになった。
エリザベスに会えるかもしれない、そう思うと、子供みたいに前の晩からドキドキして眠れなかった。
――そして、やっと、やっと君に会えた。
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