4 お久しぶり!
誤字報告を下さった方々、ありがとうございます。本当に助かります!
「ああ、エリザベス…………やっと、やっと会えた……」
男はそう言うと、感極まったようにお嬢様を見つめる。
長いこと会えなかった恋人にようやく会えたかのような、そんな喜び溢れる表情で。
この男は一体誰なんだ。
少なくとも、今までこの学院では見たことがない顔だ。
制服を着ていないが、教師というには若すぎる。
ウエーブ強めの金髪で、前髪は長めで襟足は首筋にかかるくらい。
少し垂れた緑色の瞳。
こんな容姿の男がいたら、女子生徒が騒がないわけがない。
「会いたかった…………」
男がそう言いながらお嬢様に近づく。
咄嗟に、お嬢様の前に出る。
「ええと。どなたでしょう?」
俺の背後から、困惑したようにお嬢様が問いかけた。
「どこかでお会いしたことがありましたかしら? 申し訳ありません、お名前を存じ上げなくて」
俺と二人きりの時とは全く違う、冷ややかで貴族令嬢らしい話し方。
名前を名乗りもしないで近づいてくる男を警戒しているのだろう、声に不信感を滲ませている。
「え?……まさか、僕のこと、覚えてないの……?」
男はショックを受けたかのように、苦しそうな表情で呟く。
「そんな……僕のことを覚えてないだなんて…………アランだよ。どうか思い出して」
「アラン様……?…………あっ!!」
「思い出してくれたんだね!! ああ、エリザベス、会いたかったよ!」
男は、今度こそお嬢様に触れようと手を伸ばしてきた。
思わずその腕を掴む。男がキッと睨んできた。
「何をする!」
「失礼。お嬢様が怖がっておられるようですので」
「そんなことあるはずないだろう!! ねぇ、エリザベス?」
「アラン君だったんですね!! あの頃とは全然別人ではないですか! アラン君だったなんて、言われるまで全く気付かなかったです。しかしまあ、お久しぶりですね、なんて懐かしい!」
信じられないことに、お嬢様は満面の笑みを浮かべて、アラン君とやらに親し気に話しかけている。
「初めて会った時から30センチ以上背が伸びたからね。わからなくても無理ないかもね」
「いやもう、全然別人ですよ! でも、よく見るとあの頃の面影がちょっとあるかも」
「そう? エリザベスは……なんて美しいんだろう。昔も天使のように可愛かったけど、今の君は……月の女神が空から舞い降りてきたかのようだ……」
まずい。
お嬢様が警戒を解いて、くだけた口調になってきている。
お嬢様が俺以外の貴族子息とこんな風に話すのは珍しい。
なんだかこのままではとてもまずいという気がしたので、無理やり二人の会話に割って入る。
「お二人は、小さい頃からのお知り合いなのですか?」
「あ、うん、そうなの。アラン君とはね、12歳の時、そうそう、リチャードと会うちょっと前くらいかな? 何回かお茶会で一緒になって遊んだことがあるの。ふふっ、私よりちっちゃくて、女の子みたいに可愛かったんだから。よく泣く子で、初めて会った時も泣いてたっけ」
お嬢様は当時を思い出したのか、クスクスと笑っている。可愛い。
「そうそう。あの頃は、隣国に人質に出される不安で毎日ちょっとしたことで泣いてたんだ。でも、あの日、君に会って僕の世界は変わった。君が僕を励ますために話してくれた物語のこと、僕は今でも覚えている」
「あーそうそう、アラン君があまりにも泣くから、泣き止むようにお話を聞かせたのよね」
「すごくワクワクする話だったよ。僕と同じように人質に出された少年が、長じて強く賢い王になるまでの物語で。僕はその少年と自分を重ね合わせて聞いていたんだ」
アラン君とやらは、当時を思い出したのか、少し興奮したように話す。
「とくに印象的だったのは、山頂に雪が積もった大きな山が見える砂浜を、主人公が白馬に乗り駆けていくシーン。主人公はその時決意するんだ。『自分がこの国を平和な国にしてみせる!』って」
「あーそうそう、そんな話したかも」
「君の話は本当に面白かった。主人公の周りの人達も個性的な者ばかりで。行く先々で悪事を暴き人々を救い、お供の者に『頭が高い! この紋章が目に入らぬか!』って薬入れを掲げさせる老人の話も好きだったな」
お嬢様、それってもしかして。
思わずお嬢様を見ると、さっと目を逸らされた。
「それにしても、人質ってどういうこと? アラン君は遠くの国に引っ越すって言ってなかった? ああ、でも、確かにそんなことをちょっとだけ言ってたかも。だから私もああいうお話をしたんだった」
「ああ、あの時は、人質なんて物騒なこと大きな声では言えなかったからね。隣国ロトリア王国との関係が最悪で、第二王子である僕が、ロトリア王国の学院に留学という形で人質に出されたんだよ。今度、ロトリアの王女が兄上のところに嫁ぐことになっただろう? もう僕が人質としてロトリアにいる必要がなくなったんだ。だから急いで帰ってきたんだよ。少しの間だけでも、エリザベスと一緒に学院に通いたくて。今日は学院長に挨拶にきたんだけど、来る早々に君と会えるだなんて」
「…………第二王子? あれ? え?……アラン君って第二王子だったの……?」
「そうだよ、知らなかったの?……って、エリザベス!? どうしたの!?」
お嬢様は真っ青になり気を失った。
※※※
あれから、倒れたお嬢様を抱きかかえ、医務室に運んだ。
ついてこようとする第二王子を押しとどめるのが大変だったが、どうにか振り切ることができた。
養護教諭は、「これから教職員の会議があるから、悪いんだけどリチャード君はエリザベスさんについていてもらえる?」と言って部屋を出ていった。
言われなくてもそうするつもりだ。
少しして、目が覚めるなりお嬢様が叫んだ。
「どうしよう、リチャード! あの人、第二王子だよ!」
「そのようですね」
お嬢様は頭を抱えて言った。
「あああ、あのアラン君が第二王子だったなんて! 泣いてばかりいる可哀想な子だと思って、泣き止ませるために適当なお話作って聞かせてただけなんだよ! それがまさかこんなことになるなんて!」
前世の記憶を思い出した今ならわかる。
お嬢様が、本当に適当に、時代劇やらなにやらをくっつけて物語を作っていたということが。
「ちなみにお嬢様、主人公のモデルは」
「徳川家康。それにちょっと暴れん坊将軍風味と水戸黄門風味も足してみた」
やっぱりそうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。