2 爆弾発言
誤字報告ありがとうございます!
あれから、お嬢様と俺は、お互いの前世について話した。
俺が前世では大学院生だったことを話すと、お嬢様は急に「良かった…!」と言って泣き出した。
慌てて理由を問いただすと、驚愕の事実が判明。
なんと、お嬢様は、初めて出会ってから6年間もの間ずっと、俺に殺されるかもしれないと思っていたらしい。
お嬢様が言うには、俺は「星空の下の恋人たち」という小説の主人公なのだそうだ。
その小説の中の俺リチャード・ベルクは、男爵令嬢と恋に落ち、その男爵令嬢に懸想する第二王子から逃れるため、二人で国外逃亡を図るが失敗。
男爵令嬢は塔に幽閉。リチャード・ベルクも地下牢に投獄されるが、脱出し、男爵令嬢を助け出し、再び逃避行を図る。
そこで邪魔をしてくる悪役令嬢が、お嬢様と同じ名前のエリザベス・フォークナー伯爵令嬢。
そしてリチャード・ベルクは、以前から恨んでいたその悪役令嬢を殺すのだそうだ。
そこまで聞いて、俺は激怒した。
なんてくだらない小説だ!!
だが信じられないことに、お嬢様はこのとんでもない小説の愛読者だったのだそうだ。
「主人公のファンだったの。イラストがすごく良くて……主人公がとくに素敵で……」
主人公――リチャード・ベルク。
それはすなわち、俺のことじゃないか!
ということは、お嬢様は俺の容姿を気に入っている……
嬉しい。頬が熱くなる。
お嬢様が、俺が小説の主人公だと気付いたきっかけは、顔合わせの日に見た父の姿だったそうだ。
「いやもう、ベルク伯爵があまりにも素敵で……理想の男性が目の前に!!って大興奮だったの」
……聞き捨てならない。いくら父でも許せない。
「でも、誰かに似てるなって思って。あ! 「星空の下の恋人たち」のリチャード・ベルクだ! って気づいてからはもうパニックで」
それからずっと、お嬢様は俺がいつ豹変し自分を殺そうとしてくるかと怯えていたのだそうだ。
……ありえない……!!
俺の存在が、お嬢様を不安にさせていたなんて……そしてそれに気づかなかったなんて、俺は従者失格だ……
お嬢様は、落ち込む俺に言った。
「でも、私、もう不安じゃないよ。だって、今のリチャードは『星空の下の恋人たち』のリチャード・ベルクとは全く違う子だもの。それに、前世は日本人だったんだもんね? 大学院生だったんだっけ? そんな子が復讐のために人を殺すなんて、普通に考えてありえないもんね」
「はい……」
「え、やだ、リチャードったら落ち込まないで」
お嬢様は慌てたように俺の手を握ってきて、にっこり微笑みながら言った。
「それに、あの小説のリチャード・ベルクより、こっちのリチャードの方がずっとずっとかっこいいしね!」
お嬢様……!
お嬢様はいつも俺を褒めてくれる。
初めて会った日からずっと変わらず、俺に優しい言葉をかけ励ましてくれる。
お嬢様ほど俺を認めてくれる人はいない。
何故か時々、同い年なのに俺のことを子ども扱いするけれど、そんなところも含めて慈しみ深い素晴らしい女性だと思う。
「ありがとうございます。俺はそんなくだらない小説の主人公などではありませんし、そもそもお嬢様は悪役令嬢ではありません! これからは、お嬢様がそんなくだらない妄想に悩まされずに済むよう、より一層励んでまいります」
「やだリチャード、本当に真面目なんだから」
クスクスと笑うお嬢様があまりにも可愛らしくて胸が苦しい。
お嬢様には、こんな風にずっと笑っていて欲しい。
※※※
なのに。
「リチャード……!! どうしよう!!」
それから数日後、お嬢様が泣きながら叫んできた。
一体、何があったのだ。
俺とお嬢様は毎朝一緒の馬車で学院に通っている。
俺が自宅からフォークナー伯爵家に行き、そこでお嬢様を乗せ、学院まで行くのだ。
今朝もいつも通りフォークナー伯爵家に行き、馬車を降りたところ、待っていたお嬢様が勢いよく走り出てきた。
とにかく事情を説明してもらおうと、お嬢様の手を取り馬車に乗せ、自分もあとから乗り込む。
遅刻してはまずいので、とりあえず馬車は走らせた。
「リチャード……!! どうしよう……私、どうしたらいい!?」
「お嬢様、落ち着いてください。一体何があったのですか?」
お嬢様があまりにも取り乱しているので、落ち着かせるようにできるだけ穏やかな声で問いかけた。
「うう……リチャード、なにそれすごいイケボ……」
「はい?」
「いやなんでもない。それより、リチャード、どうしよう……!」
それから、泣きながら話すお嬢様をなだめつつ聞き取った話は、とんでもないことだった。
「今朝、朝食のあと、おばあさまに言われたの。王妃様が、私を第二王子の婚約者に望んでるって……! 昨日の王妃様主催のお茶会で、王妃様直々にお声がけがあったんだって……!」
なんてことだ!!
そういえば、父が先日なんか言ってたな。
隣国に留学していた第二王子が、近々帰国して学院に編入してくるとなんとか。
興味がないので気にも留めてなかったけど、まさかこんな、自分に濃密にかかわってくる話だったとは……!
うかつだった……もっと真剣に聞いておくべきだった!
「リチャード、どうしよう。第二王子の婚約者になんかなったら、ヒロインを虐めたあげくリチャードに恨まれて殺されちゃうよ!!」
「お嬢様、落ち着いてください、俺がそんなことしないって、わかってますよね?」
「でも、第二王子だよ!? 今まで全く関わりなかった第二王子が、今になって登場するなんて……怖い怖い怖い!!」
頭を抱えパニックになるお嬢様をなんとか落ち着かせようと、向かいの座席からお嬢様の隣に移動し、そっと抱きしめる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。どうか落ち着いてください」
「……イケボ万歳……」
腕の中のお嬢様は頬が赤くなっている。
泣いて興奮したからだと思うが、万が一熱が出たのだったら大変だ。
思わずお嬢様の額に手を当てる。熱はないようだが、お嬢様の顔はますます赤くなった。
「大丈夫ですか? ご気分は悪くありませんか?」
「う、うん、大丈夫だよ、もう落ち着いてきた。そうだよね、パニくってても仕方がないもんね!」
そして、突然、お嬢様が決意したように叫んだ。
「リチャードお願い、私の婚約者になって……!!」
私の婚約者になって……
私の婚約者になって……
私の婚約者になって……
あまりのことに、頭が真っ白になった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。