【番外編】今年最初の誕生日プレゼント
エリザベスの誕生日は9月です
「お誕生日おめでとうございます」
その言葉を、誰よりも早く伝えることができたら。
ずっと、そう思っていた。
俺がその言葉を口にする頃には、お嬢様はもうすでに沢山の人から声を掛けられている。
どんなに朝早く駆けつけようとも、俺が一番に祝いの言葉を伝えられることはない。
フォークナー伯爵や伯爵夫人。マリーさんにケイトさん、それからマーカスさん。
もしかしたら料理長にも先を越されているかもしれない。
それが悔しくて悔しくて。
ある時、お嬢様にそのことを伝えると、お嬢様は笑いながらこう言った。
『順番なんて関係ないのに』
だとしても、一番最初に伝えたいのだと我儘を言ってみると。
お嬢様はにっこりと笑った。
その年のお嬢様の誕生日のこと。
一番乗りではないにせよ、できるだけ早くおめでとうございますと言いたかった俺は、非常識にならないギリギリの時間にフォークナー伯爵邸を訪れた。
マーカスさんやマリーさんは、早朝にも関わらず、そんな俺を笑顔で迎えてくれた。
お嬢様の支度がまだだろうから、てっきり応接間で待たされるものとばかり思っていたのだが。
何故か、お嬢様の部屋へと向かうことになった。
こんな早朝に部屋に行くなんて嫌がられるんじゃないかと不安になり、マリーさんにそう言ってみる。
だが、マリーさんは、「いいえ、お嬢様はもうお待ちですよ」と言う。
そして。
お嬢様の部屋に入ると。
すでに身支度を整えたお嬢様が、笑顔で迎えてくれた。
「お誕生日おめでとうございます、お嬢様」
まずはそう伝えると、お嬢様は喜びいっぱいの笑顔で嬉しそうに「ありがとう!」と言った。
そして、その後に続けられた言葉に、俺は耳を疑った。
「リチャードが一番最初におめでとうって言ってくれたのよ」
「え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「リチャードに一番最初に祝って欲しかったから、屋敷の皆に会わないようにまだ部屋から一歩も出てないし、誰にも会ってないの」
だからね、とお嬢様が嬉しそうに笑う。
「今年、一番最初におめでとうって言ってくれたのはリチャードなの」
「俺が? 一番最初ですか?」
「そうよ。あのね、リチャード。以前、『順番なんて関係ない』って言ったけど……ふふっ、リチャードに一番に言ってもらえて凄く嬉しいの。やっぱり、一番最初って特別ね!」
「お嬢様……!」
俺の我儘な願いを叶えてくれたお嬢様。
そう、お嬢様はいつだって俺が欲しい物をくれる。
一年で一番、自分が甘やかされてしかるべき日ですら、お嬢様は俺を気遣って俺の願いを叶えてくれるのだ。
今年だけでなく。来年も、そのまだ次の年も。
俺が一番に「おめでとう」と言える日が続きますように。
そう心の中で祈った俺に、お嬢様は「やだリチャードったら、何で泣いてるの?」と少し困ったような顔で慌てて言った。
※※※
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
日付が変わると同時に、そう言って唇に軽くキスをした。
嬉しそうに微笑むエリザベスは、ほんの少し眠そうな目をしている。
「眠いですか?」
「ふふっ、大丈夫よ。あなたこそ、眠いんじゃない?」
結婚して最初の妻の誕生日。
こうして同じベッドの上で、一緒に日付が変わる瞬間を迎えることができるなんて。
ああ、なんて幸せなことだろう。
今までのように、早朝に駆けつけなくても良くなったのだ。
「今年も一番乗りできました」
「ふふっ、あなたは本当に負けず嫌いなんだから」
「いつだって、一番でいたいんです。お嬢様、貴女に関することは全て」
「もう、お嬢様って言うのは止めてって言ってるのに……」
「そうでした。でも、長いこと呼び慣れたせいか、ついついお嬢様って言ってしまいますね」
「まあ、私も咄嗟の時はリチャードって呼んじゃうから。その気持ちもわからないでもないけど」
エリザベス。
愛しい妻。
かつてお嬢様と呼んでいたその人は、今や俺の最愛の妻となっている。
「ねえ、あなた。明日は一日中一緒にいてくれるのよね?」
「はい。その為に、一生懸命働いて休みを作り出しましたから!」
「嬉しいわ、でも、その、あんまり無理しないでね」
「大丈夫ですよ、これくらい。俺は体力はある方ですから。…………エリザベス」
そう言って頬に手を添え、再び軽く唇を重ねる。
瞑っていた目を開け、俺を見つめるエリザベスの表情を見ていたら。
どうしてもこのまま眠りにつくのが惜しくなってしまった。
申し訳ないが、もう少しの間、眠らせてあげるわけにはいかないと伝えると。
少し恥ずかしそうに「今年の誕生日の最初のプレゼントね」とエリザベスが耳元で囁いた。
ああもう、お嬢様……じゃなくて、エリザベス。貴女という人は…………。