11 俺の涙を返せ!
これでひとまず完結となります。
お嬢様を抱きしめながら、俺はずっと泣いていた。
背中に回されたお嬢様の手が、子供をあやすようにリズミカルな動きでポンポンと動く。
今までの苦労が報われたようで、嬉しくて、涙が止まらなかった。
お嬢様はいつも俺を認めてくれる。
俺の欲しい言葉をかけてくれる。
初めて会った時から、ずっと、変わらず。
「ねぇ、さっき、アラン様は手を上げてなかった? 何があったの?」
「……もう、全て解決しました。お嬢様がはっきりと彼に、好きではないって言ってくれて、俺のことを好きって言ってくれたからです。ありがとうございます」
「だって、フィーがね、『好きじゃない人に気を持たせるのは良くないです! はっきり好きじゃないって言うべきです! あ、あなたよりリチャード様の方がずっと好きって言うのが効果的だと思います!』って言ってたのよね。じゃないと、しつこく付きまとわれたりするからって。でも、ちょっと言い方キツかったよね? どうしよう」
「…………えっ?」
「えっ? 何? 私、何か変なこと言った?」
……あれ? 何か思ってたのと違うような。
「お嬢様、俺のこと好きですよね?」
「うん。大好きよ!」
「ちなみに、ソフィア嬢のことは?」
「好きよ」
「マーガレット嬢は?」
「好きよ」
「…………俺の父のことは?」
「大好き!!」
…………くそっ!! 俺の涙を返してくれ!!
※※※
その後。驚くべきことに、第二王子はロトリア王国に戻ってしまった。
「どうしようリチャード!! 私の言い方がキツかったせいだよね!?」
お嬢様はその知らせを聞いてから、真っ青になって慌てている。
「そんなこと無いです。第二王子には、あれぐらい言わないとわからないでしょうし!」
「でも……」
「『やはり、6年間通ったロトリア王国の学院で卒業式を迎えたい』と言っていたそうですので、お嬢様は何も気にしなくていいです」
「…………えー。そうなの? でも、こっちに戻ってくる時に、送別会とかしてもらってるんじゃないの? なのにすぐ戻るって気まずくない? 大丈夫かな?」
お嬢様は優しいから、第二王子のことでも気にかけてしまうようだ。
もう、第二王子のことは頭から消し去って欲しい。
「ところで、お嬢様」
「何?」
「卒業後のことですが」
「うん」
「俺と結婚してくれるんですよね?」
「…………!!!」
お嬢様の顔がこわばった。
「そ、そのことなんだけど……あの、私って、前世は28歳の社会人だったのよ。だからね、18歳の男の子とはちょっと抵抗があるっていうかなんというか……」
「問題ないです。俺は前世で24歳でしたから」
「え!?」
「4歳差です。全く問題ないです」
「え? そ、そうかな」
「はい。それに、もう待てません。このままお嬢様を野放しにしておくと、何が起きるかわからないですから」
「リチャード、ひどい!!」
「俺が…………待てないんです。早くあなたを俺のものにしたい」
「…………!!! 耳元で囁くのは反則!!」
お嬢様は真っ赤になって耳を押さえている。
「お嬢様は、まだあの小説のように、俺がお嬢様を傷つけると思ってるんですか?」
「ううん。そんなことないよ。私、わかったの。前世の小説なんて、私達には関係ないって。だって私は悪役令嬢エリザベス・フォークナーじゃないし、リチャードは、私のことが好きな優しくて頼もしいリチャード・ベルクなんだもの。これは『星空の下の恋人たち』とは全く関係ない、私とリチャードが一緒に作り上げてきて、これからもずっと一緒に作り続けていく物語なのよ。リチャード、今までごめんね。私はもう、リチャードを疑ったりしないって誓う!」
「お嬢様…………」
胸が熱くなる。
ああ、お嬢様はやっぱり俺の欲しい言葉をくれる。
「ふふっ、やっぱりリチャードは泣き虫だったのね」
お嬢様が微笑みながら言う。
相変わらず、天使のように可愛らしい。
信じられないことに、この天使が、もうすぐ俺のものになるのだ。
涙を止めようと、無理におどけた調子で言ってみる。
「お嬢様、俺を早く、リチャード・フォークナーにしてくださいね」
「………………え?」
お嬢様の動きがピタッと止まり、その後、何故か驚きの表情になり、叫んだ。
「嘘でしょう!?」
※※※
お嬢様の話だと、この世界は、お嬢様が前世に読んでいたサスペンス小説『偽りの微笑み』の世界らしい。
これもまた、お嬢様の大好きなイラストレーターが挿絵を描いていたそうだ。
お嬢様は震えながらその内容を語った。
――リチャード・フォークナー。フォークナー伯爵。彼は美貌と名声、そして莫大な財産を持っていた。彼の完璧な人生に、美しい妻の突然の事故死という悲劇が訪れる。妻の死は事故に見せかけていたが、実はリチャードが計画したものであった。その裏には彼の隠された心の闇が潜んでいた。彼は、暗い過去によって心に深い傷を負い、その結果、残酷な人間へと変貌していたのだ――
イラストレーターが同じだからか、リチャード・フォークナーの顔は、『星空の下の恋人たち』のリチャード・ベルクとよく似ているらしい。
ファンであるお嬢様でさえ、ホクロがあるか無いかで見分けてたくらいのそっくりさだったとか。
「ああ、どうしよう! 私、美貌の伯爵リチャード・フォークナーに殺される妻になっちゃう!」
「お嬢様! さっき『私はもう、リチャードを疑ったりしないって誓う!』って言ってましたよね!?」
お嬢様、ああもう、あなたという人は…………!!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。