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10 あなたが大好きです

いつも頑張っているリチャード君へ、作者からのクリスマスプレゼントのつもりで書きました。

腹が立つ。

あの卑劣な王子に腹が立って仕方がなかった。


王妃様からフォークナー伯爵夫人に婚約の打診があったと聞いた時、何故、今、この時期になって、と不審に思った。

だが今ならわかる。あの第二王子は、お嬢様のことが好きで、確実に手に入れようとしている。


初めて会った日から6年。

俺は、お嬢様の従者として恥ずかしくないよう必死に努力してきた。

学業も、剣術も、誰にも負けないようにと常に全力で取り組んできた。

俺は従者で、必ずしもお嬢様の婿になるとは限らない。

だが、俺より劣る者が、お嬢様の隣に立つことは絶対に許さない。

それを周りの男達に見せつけ納得させるため、俺は常に周りより優れた人間でいなければならなかった。

そう努力し続けた結果、俺を差し置いてお嬢様の婿になろうと望むような愚か者は、周りから消え去った。


俺は正直油断していた。

俺よりお嬢様にふさわしい人間はいない、と。

俺からお嬢様を奪える奴なんていない、と。


俺が腹を立てているのは、あの第二王子だけではない。

自分自身にもだ。

獲物を捕らえたと安心して、横から搔っ攫われそうになっている間抜けな自分に腹が立って仕方がない。

怒りと焦りで、どうにかなりそうだった。


――もう、いっそのこと、お嬢様を攫って逃げてしまおうか。

ふと、そんな考えが浮かんだ。

それは、悪くない考えに思えた。

いや、悪くないどころか、これ以上無い素晴らしい考えだと思えてきた。


――お嬢様と二人。二人きりで暮らす。

お嬢様が俺だけを見て、俺だけのために微笑む。

そんな甘美な想像に浸って、本当にそうしてしまおうかと思った。


だが。それはできない。

そうすることで、お嬢様の今までの努力を無にすることはできなった。


お嬢様はフォークナー伯爵家に引き取られたあと、祖父母である伯爵夫妻にとても感謝していた。

その恩に報いるため、伯爵家の跡取り娘として恥ずかしくないようにと、常に努力し続けた。

『おじいさまとおばあさまに、誇りに思ってもらえるような、そんな人になりたいの』

そう言って微笑むお嬢様の顔が目に浮かんだ。


――あれはいつだったか。


たしか、学院に入る少し前のこと。

ダンスが苦手なお嬢様が、練習に付き合って欲しいと言ってきたことがあった。


二人でフォークナー伯爵家の大広間で踊った。

足を踏むと大変だからと、お嬢様は靴を脱いで裸足になった。

驚いて、淑女は裸足になどなるものではないと(たしな)めると、お嬢様は『リチャードが痛い思いをするのは絶対に嫌だし、誰も見てないからいいのよ』と笑った。

その後は二人で、裸足でずっと踊り続けた。

ターンが続いたあとにお嬢様が『なんだか楽しくなってきちゃった』と言った。


『ありがとう、リチャード。リチャードのおかげで、私、ダンスが苦手じゃなくなったわ! 楽しくてずっとこうして踊っていたいくらいよ!』


頬を上気させ、心から嬉しそうに笑うお嬢様を見て、思った。

この先もずっと、ずっと、あなたと一緒に踊るのは俺であって欲しい、俺だけであって欲しい、と。

そして、ずっと、こんな風に笑っていて欲しい、と。







※※※






一週間後。第二王子が登校してきた。

お嬢様の代わりに俺が学院を案内すると言ったら、彼はあからさまに嫌そうな顔になった。


「では、とりあえず、二人きりで話せるところに案内してもらえるかい?」


笑顔ではあったが、声には挑発するような、敵意が込められていた。

人気の無い中庭に行き二人きりになった途端、彼は取り繕うのを止めたようだ。


「僕はね、ずっとずっと、長い間、エリザベスのことを想ってきたんだ。邪魔をするのは止めてくれないか?」


思わず拳を握りしめた。怒りで気が狂いそうだった。


「6年間、ずっとずっと、エリザベスのことだけを想ってきた」


「その6年間、俺はずっとお嬢様の隣で、お嬢様だけを見ていた。邪魔なのはお前の方だ」


「……!!」


彼が怒りに任せて殴りかかってこようとした。

その時――


「何してるの!?」


お嬢様が、息を切らせながら立っていた。


「フィーが、リチャードとアラン様の様子がおかしかったって言うから探しに来たの。二人とも、どうしたの? 何があったの?」


「エリザベス…………」


彼は、振りかざした手を下げ、お嬢様の方を見た。


「エリザベス、僕は君のことが好きだ。初めて会った時からずっと、ずっと君のことを想っていたんだ。どうか、どうか僕と婚約してくれないか」


「アラン様……」


お嬢様は、本当に辛そうな表情で、何かを堪えるように答えた。


「それは無理です。ごめんなさい」


「どうして!?」


「私は……アラン様のことが好きではありません。私は、リチャードのことが好きなんです」


衝撃だった。

お嬢様が、こんなにもはっきりと、彼を拒絶したこともそうだが、俺のことを好きだと言ってくれるなんて。

今、聞いたことが信じられなかった。夢でも見てるんじゃないかと思った。


「そんな!……エリザベス! 君はこんな男のどこがいいんだ!」


彼がお嬢様に向かって叫んだ。


「リチャードの良いところ……」


お嬢様は、少し考えこむようにした後で、彼の顔をじっと見つめながら言った。


「リチャードは……そう、声がとても素敵で。背が高くて、艶のあるサラサラの黒髪で。切れ長の目がちょっと近寄り難い雰囲気だけど、笑うととても優しそうに見えるの。

勉強でも、剣術でも、なんでも一生懸命頑張る努力家で。

優しくて、私が困っているといつだって助けてくれて。

誠実で、心から信頼できて。そして、ずっとずっと私の側にいてくれた」


「…………もういい、聞きたくない」


「私は、リチャードが、好き」


「止めてくれ!!」


彼は、そう叫ぶと、その場を走り去った。


「お嬢様…………」


「あと、泣き虫なところも可愛くて好き」


「俺、今までお嬢様の前で泣いたことないですからね。……これが初めてです」


「そうだったわね」


お嬢様はそう言って、俺の頭を撫でた。

俺はもう、我慢できなくてお嬢様を思いきり抱き締めた。

お嬢様は俺の背に回した手で、ポンポンと優しく叩いてきた。


――お嬢様、俺は、本当にあなたが好きです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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