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被害者とひどい

〇■☆◆


 それから直ぐ警察官が、ドタドタと五、六人やってきた。

 婦警さんがいるのは〈美幸〉を保護するためだろう、〈葵〉さんが事前に事情を説明してくれたんだな、推測だけど。


 警察官の態度は、〈美幸〉が被害者で、〈クズ部長〉が犯罪者と言う(あつか)いだ。

 〈美幸〉は服をビリビリに破かれているし、鼻血も出して頬も腫れている、それに比べて〈クズ部長〉はいかにもクズ顔だ、〈葵〉さんが事情を説明してくれていなくても、一目瞭然(いちもくりょうぜん)だと思う。


 微妙なのは俺だ。


 ただ〈美幸〉が「夫が危ないところを助けに来てくれました」とピッタリと引っ付くから、警察官に「おぉ、頼りになる旦那さんですね」と褒められてしまったよ、俺は当たり(さわ)りないことを答えておく。


 「えぇ、大切な嫁ですから、そりゃ無我夢中(むがむちゅう)でした」


 だけど思わぬことで責められてしまった、〈葵〉さんにシーツを血で汚したと、モップで叩かれているんだ。


 「てめぇ、許せねぇ。 掃除をする者の事を(わず)かでも考えたのかぁ、それなら出来ねぇはずだ。 〈葵〉さんはそんな、てめぇを鬼となって半殺しにしてやらぁ。 痛みで覚えろ。 この(くそ)たわけが」


 警察官が止めてくれなかったら、俺は五体満足ではラブホテルから出て来れなかっただろう。

 〈クズ部長〉のしょんべんをふき取ったのが、もしもバレたら、もうこの世には存在していないだろう。


 「ポリ公が五月蠅いから、しょうがねぇな。 これぐらいで勘弁してやらぁ。 嫁を助けるために、ドアと窓ガラスを壊したのは不問にしてやるが、シーツをわざと汚したのは許せねぇんだ」


 後で警察官に聞いたら、〈葵〉さんはこの辺りの地主で、ラブホテルのオーナーでもあるらしい、掃除は運動と巡視を()ねてやっているとの事だ、従業員の人が可哀そうになるな。


 「悪い人じゃないんですがね。 大金持ち特有って言いますか、変な(こだわ)りと傲慢(ごうまん)さを持っている人なんですよ」


 警察官は目の前で俺が暴行をうけていたのに、〈葵〉さんを押さえる気が全くなかった、お金持ちはそれだけで権力があるってことか、割り切れないけど、俺は〈葵〉さんに「すんません」と謝っておいた、だって大金持ちらしいじゃん。


 〈クズ部長〉は浴室の中で(ほう)けた顔でうずくまっていた、警察官に身柄(みがら)を拘束される時もおとなしかったな、色々諦めたんだろう。

 もうコイツは俺の中では過去の野郎だ、どうでも良い存在にしか見えない。


 俺と〈美幸〉もパトカーに乗せられて、〈美幸〉は病院へ、俺は一足早く警察署に連れてこられた。

 パトカーには初めて乗ったけど、普通の車と乗り心地はあまり変わらないな。


 調書を作成するために長時間質問攻めにあったが、深夜近くになりようやく解放してもらったが、〈美幸〉は明日も警察署で事情聴取されるらしい。

 〈美幸〉がどうしても髪を洗いたいと言うので、シャワーだけ浴びて、夕食も食べずに抱き合って泥のように二人で眠りについた。



 俺は何とか会社で業務をこなしているが、〈クズ部長〉は有給休暇と言うことで昨日の事件はまだ(おもて)ざたにはなっていなかった、俺も〈美幸〉のことがあるので黙っておく、ベラベラしゃべる話じゃないからな。


 定時でアパートへ帰ってきたら、〈美幸〉が思い詰めた表情で、俺に話さなければならない事があると言ってきた。


 俺と〈美幸〉は、〈美幸〉が買った二人掛けの小さなソファーに座って、話すことにした。

 正面に座らなかったのは、正対して話をすれば人はつい対立構造になってしまうと、会社の研修で教えてもらったからだ。


 俺も昨日の事で薄々分かっていたが、〈美幸〉の話は、やはり〈クズ部長〉に乱暴されて動画で脅されていたと言うことだった。


 想像した事に近いので、俺はそれほどの衝撃は受けなかった、騙されて不倫される事と比べれば、〈美幸〉には申し訳ないけど、俺にとってはまだマシな事だ。


〈美幸〉とこのまま夫婦を続けられる可能性がある。


 これも〈美幸〉には申し訳ないけど、元カレに抱かれて処女を失ったとすれば、それは青春の甘い思い出だろう、再会すればまたその思いが燃え上がるかも知れない、要は元カレと浮気をすると言う定番が無いってことだ。


 総合的に考えて、〈美幸〉は浮気をする可能性があまりない、信じられる女だと思う。


 疑問に思っていた、〈美幸〉が痴女みたいな恰好をしていたのも、急にアパートへ行きたいとか、家族に会わせてくれとかと言った理由が、全て氷解(ひょうかい)しスッキリすることが出来た。


 「〈美幸〉は辛い目に()っていたんだな。 分かっていなくて、ごめんなさい。 ただ俺は〈美幸〉と一緒になれてすごく嬉しいんだ。 嫌々俺と結婚したと思うけど、俺は〈美幸〉に好きになってもらえるよう努力するから、このまま夫婦でいさせてほしい」


 「ひどい。 〈あなた〉はひどいよ」


 涙を(こら)えて辛い告白をしていた〈美幸〉の目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。


 「そんなに俺はひどいのか。 努力をしてみるから、考えてくれよ」


 「うぅ、努力なんていらないわ。 私がこんなに愛しているのに、どうして分からないの、ひどいよ」


 〈美幸〉は涙を流しながら、真っ赤な顔で俺のことを本気で怒っている。


 「えっ、嫌々じゃなかったのか」


 「うぅ、最初はそうだったけど。 好きでもない男に口づけをされても、気持ち悪いだけで嬉しくなんかならないよ。 〈あなた〉は私を見てくれていなかったの」


 「うーん、正直に言うとそんな気もしていたんだけど、自信が無かったんだ」


 「そんなのは女の私が聞くこと。 〈あなた〉は私を強く抱きしめて、口づけをすれば良いのよ」


 俺は確かめずにはいられなかったんだが、〈美幸〉の言うことも少しは分かる、でも聞いて良かったじゃないか、あははっ、〈美幸〉を抱いてキス出来るのだから大正解だ。


 「もぉ、笑いながら口づけをしないでよ。 〈あなた〉はヒーローで、私はヒロインなんだから、誠心誠意で真剣な愛なんだよ」


 「えぇー、俺はヒーローなの」


 「当たり前です。 私を絶望から救ってくれて、愛してもくれている、かけがえのない私の愛のヒーローよ。 死んでも離さないからね、覚悟しなさい」


 〈美幸〉は言い終わらないうちに、スカートをたくし上げて、俺の膝の上に座ってきた、手は俺の首に回している、笑うなと言ったくせに嫣然(えんぜん)と微笑んでいるぞ。


 文句を言う代わりに俺はまたキスをする、今度はいつ終わるとも知れない長いヤツだ。

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