造花と動画
広さはそこそこだけど、入り口はすりガラスの引き戸だし、畳敷きでとにかく古い。
畳のせいもあるとは思うが、ベッドじゃなくて、押し入れから毎晩布団を出しているらしい。
カーテンは好きな色なんだろう、ピンク色で可愛いい感じに見えるけど、小学生からずっと使っている学習机がかなり簡素なヤツで、苦しかった家計が垣間見えてしまう。
特筆するなら洋服箪笥になる。
経年劣化で、色の禿げた西洋人形の絵がペイントされているぞ。
両親が生きていた子供の時に買って貰ったんだろうな。
だけど、〈美幸〉の部屋が質素かと言えば、ものすごく豪華なんだ。
部屋の至る所に色鮮やかで綺麗な花が飾ってあるんだ、洋服箪笥の上にも、窓際にも、壁や天井からも吊り下げられている。
百合や薔薇や蘭を始めとした南国の花が、そこらじゅうで満開に咲き誇っている。
「へへっ、綺麗でしょう。 〈おばあちゃん〉が作ったんだよ。 造花の内職で私を育ててくれたんだ」
「綺麗で豪華だ。 〈おばあちゃん〉はすごいな」
こんな素晴らしい〈おばあちゃん〉がいるのに、不倫なんてしやがって、そんなに金がないのか。
「へへっ、今度は私の服を見てよ。 小さな花柄の服なんだ」
〈美幸〉は俺の実家に着ていく服を、選んでほしいらしい。
どうでも良いのにと思っていると、この場で着替えようとして、「あっ」と声を出して上着を脱ぐ手を止めている。
脱ぎかけの上着の下から、白いスリップが顔を覗かせて、俺に〈コンニチワ、ヨロシク〉と言っているぞ。
「うわ、俺に下着まで選ばせるつもりなのか」
「ち、違うよ。 普段の調子で脱ぎかけただけだよ。 下着を選んで貰うのはまだ早い」
〈美幸〉は真っ赤になって、服を抱えて隣の部屋に行ってしまった。
着替えて戻ってきた時も、まだ顔が薄っすら赤く染まっている。
「この服はどうかな」
〈美幸〉の着ている服は、紺色にピンクの小さな花が散りばめられたシックなもので、白くて大きめの襟と丈も踝まであるため上品な感じだ。
「すごく綺麗だよ。 それで良いんじゃないか」
「もぉ、言うのが早すぎるよ。 もっと良く見てほしいな」
〈美幸〉はそう言うけど、豪華な花に囲まれて上品なワンピースを着ているからか、どこかのお嬢様にも見える、俺には地味な女性じゃなく、華やいだ清楚な美人に見えているんだ。
「見てるよ」
これ以上見てと言われたら、つい胸の膨らみを見てしまうじゃないか。
清楚なワンピースの下のことを、つい想像してしまうのは、健康な男の性と言うものだ。
「あっ、胸を見ている。 いやらしいな」
〈美幸〉は両手で胸を隠すようにして、俺を睨んでいる。
確かに俺は胸を見たよ、だけど理不尽だと感じてしまう。
「胸はそれは見たよ。 でも〈美幸〉が目の前にいるんだから、しょうがないだろう」
「んぅ、しょうがないか。 ふふ、しょうがないから、許してあげるね。 だからね、もう一つも見てほしいな」
〈美幸〉はもう胸を隠さないで、むしろ左右に揺らしながら、もう一つの服を抱えて部屋を出ていった気がする。
俺は少し興奮してしまうじゃなかい、〈おばあちゃん〉はボランティア活動で、この家に今はいないんだぞ。
「じゃーん、こっちの服はどうかな」
〈美幸〉は満面の笑みで、俺に今度は白地に黒くて大きな水玉模様のワンピースを見せてくる。
クラシカルな雰囲気だが、首をリボンで結んでいるのが可愛いとも思う。
「可愛いぞ。 これも良いな」
「こっちの方が良いの」
「いや、どっちでも良いんじゃないか。 好きな方にしなよ」
「はぁー、自分で決められないから、〈あなた〉に頼んでいるのよ。 どう言うつもりなの」
えぇー、俺が悪いのかよ。
俺の実家に行くだけなんだから、そう熱くならないでほしいな、もっと気楽にいきたいもんだ。
「ただな、今見ている方が良く見えるんだ。 同時に見ないと選べないな。 試しに動画を撮って比べてみようか」
俺がこう言った後、〈美幸〉の顔が真っ青になりブルブルと震え出した。
そして立っていられないのか、その場で崩れ落ちてしまう。
えっ、急にどうしたんだ。
俺は慌てて〈美幸〉に駆け寄り、抱き起して言葉をかけた。
「おい、どうしたんだ。 どこか苦しいのか」
俺はどうしたら良いのか分かってなかったので、〈美幸〉の背中を闇雲にたださすっていた。
何かをしなければ、怖かったんだ。
「うぅ、動画を撮るのは止めて」
はぁ、何を言っているんだ。
動画が嫌でこうはならないだろう。
嗚咽をあげながら、涙をボタボタ流しているだけじゃ、何にも分からないぞ。
何が原因でこうなっているんだ、ちゃんと答えてくれれよ、お願いだよ。
「動画は撮らないよ。 それより救急車を呼ぼうか」
「舐めないで」
〈美幸〉は体を丸めて、じっと何かを耐えているようだ。
俺の問いかけにも、まともに応えられないらしい。
「舐めてないよ。 一体どうしたんだ」
「助けて」
「分かったから、どうしたら良いんだ」
「守って」
「分かったから、どう守ったら良いんだ。 どこが痛いんだ」
「心が」
「心って、心臓か」
「ちがうー」
大きな声で〈美幸〉が叫んだ。
こんなに大きな声が出せるんだな。
体のどこかが痛い訳じゃないらしい、痛かったら痛い場所を普通は言うだろう。
お腹とか胸とか、痛い場所を押さえてもいない。
体を丸めた体勢が、何となくだけど、外からの攻撃に耐えているように見える。
会社で噂以上に虐められているのか、それとも子供の時に虐められたことがフラッシュバックしているのか、俺には分からない。
俺の虐めは小学生で終わったけど、〈美幸〉は大きくなってからも虐められていたのか。
俺は〈美幸〉の体をさすり続けることしか出来ない、子供にするように頭もなぜてあげよう。
俺が子供の頃、〈おばあちゃん〉に抱き着いて泣きじゃくった時に、〈おばあちゃん〉は俺を抱きしめてさすってくれたんだ。
その手が温かくて、俺を癒してくれたんだ。
その手が優しくて、俺に勇気を与えてくれたんだ。
味方がいてくれると言う、生きるための勇気だ。
「もっと泣けば良いよ」と言ってくれて、俺はワンワンと大声で泣けたんだ。
それで少しスッとして、胸の奥に溜まっていた真っ黒の塊が、かなり溶けた気がした。




