千織
「獅子堂?」
西山明は最初少し疑問を浮かべたが、すぐに何かに気づいたように、軽く頷いた。
「千織ちゃん、安心して。僕も転校してきたばかりだけど、お兄ちゃんたちは必ず君を守ってみせる!」
「ほんと?やったぁ!」
千織はぱっと明るい表情になり、さっきまでの怯えた様子はどこかに消えていた。
西山明は力強く胸を叩き、顎を上げ、真剣な表情で言った。
「明お兄ちゃんに任せて!ちゃんとやってみせるさ!」
「じゃあね、千織の最初のお願いはね、」
「不良を全員駆逐する!一人残らず!」
千織は胸に拳を当て、まるで兵士のように真剣な顔で宣言した。
首筋に寒気を感じたのか、西山明は思わず震え上がり、萎縮しながら言った。
「トレンドだよ、トレンド。分かってる?」
「まあ、僕は食堂で傷ついた心を癒してくるよ。」
そう言い残し、彼は悲しそうな背中を見せて去っていった。
西山明が遠くに消えてから、太一と千織はベンチに腰を下ろした。
「ところで、その目元の傷、何だよ?またあの連中と喧嘩でもしてできたのか?」
「違うよ!これ、イメチェン!だって、こんな立派な学校に入ったんだもん、私もちょっと変わりたいなって思ってさ。」
千織は少し首をかしげ、太一をじっと見つめたが、結局それ以上は何も言わなかった。
「太一お兄ちゃん、ずっと千織のそばにいてくれるんでしょ?約束、忘れてないよね?」
「もちろんだよ、ずっと千織と一緒にいるさ。」
「それに、百道からの連絡はまだないのか?」
「……ううん、伯父さんからもないの。」
千織は一瞬でしょんぼりした。
「そうか……じゃあ、明日あたり僕が様子を見に行ってくるよ。」
「うん……お兄ちゃん、ありがとう!」
「何言ってんだ、当たり前だろ?」
太一は千織の頭をくしゃっと撫でた。
「本当に一緒に住まないのか?今は寺に戻ってるから、もう心配することはないよ。」
「ううん、やっぱりいい!だってね、もしお兄ちゃんが帰ってきたとき、誰がご飯作るの?」
千織はにっこり笑いながら、頭を振った。太一が予想した通り、彼女の答えは断るものだった。太一はそれ以上説得せず、代わりに楽しい話をして、少し重い空気を和らげた。
時間が近づくと、太一は千織に別れを告げようとしたが、彼女はカバンから大きな弁当箱を取り出した。
蓋を開けると、やっぱり太一の好きな料理が並んでいた。
太一は玉子焼きを大きく一口頬張った。チーズが切れ目から溢れ出す。
「久しぶりに千織の料理を食べたけど、やっぱり変わらない美味しさだな。」
「ふふん!毎回そうやって言うんだから!」
千織は照れ隠しのように顔を背けながらも、心の中の喜びは隠しきれなかった。
「これからは毎朝、太一お兄ちゃんの席にお弁当置いとくからね!もうパンばっかり買わなくても大丈夫!」
「そんな、無理しなくていいよ。」
「やるよ、だって!お兄ちゃん、毎回パンとかばっかり食べてるでしょ?」
そう言いながら、彼女は太一の碗に青菜をどっさり入れた。
「野菜もちゃんと食べなきゃだめ!昔から私が作ってあげてたんだから、これからも変わらないよ!」
「そういえば、前も私一人でお兄ちゃんたち二人分のご飯を作ってたもんね。」
千織はニッコリと笑って言った。すると、二人は自然と過去の思い出に浸り、静かに笑い合った。
「……ねえ、お兄ちゃん。」
「うん?」
「また、みんなで一緒にご飯、食べられるのかな?」
「もちろんだよ、約束する。」
涙痕が静かに、じわじわと深く刻まれていった。
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「キツっ」
「ラッキー!」
……
「リンリンリン!!」
ベルの音が鳴り響き、雑談していた生徒たちも、ようやく決められた自分の席に戻っていった。
運のいいことに、太一は窓際の一番後ろという、まさに「主人公ポジション」を引き当てていた。
しばらくすると、廊下からコツコツとヒールの音が響き、教室の扉が開かれた。
そこに現れたのは、ベージュのスーツを着て、丸いフレームの眼鏡をかけた、知的な雰囲気を纏った女性だった。
「皆さん、こんにちは。私は芝野美咲です。」
彼女は端正な文字を黒板に書きながら、教壇に立った。
「これから1年間、担任を務めるとともに、英語を担当します。どうぞよろしくお願いします!」
彼女の声は柔らかでありながらもはっきりしており、その落ち着いた雰囲気も相まって、クラス全員の好感を一瞬で勝ち取った。
「さて、ではまず自己紹介をしてもらいましょう。藤岡くんからお願いします。」
芝野先生は教室の入り口付近に座っている男子生徒を見た。
「みんな、こんにちは。藤岡祐一です。中学から聖徳堂に通っていて、このクラスの中にも既に知り合いが何人かいます。まだ知らない人も、これから仲良くしてくれると嬉しいです。」
「現在、生徒会の交流委員をしています。もし興味がある人がいたら、ぜひ面接に来てください!」
……
「西山明です!転校してきたばかりですが、よろしくお願いします!」
……
……
他の生徒たちの自己紹介が続いている中、太一の意識は既に窓の外に飛んでいた。飛んでいく鳥を見ながら、心の中は別のことを考えていた。
『昼休みにも斗鬼剣にエネルギーを注いだけど、やっぱり反応なし。傷が深くて眠っているのか?それとも魂が消えたのか?』
『そもそも、斗鬼って一体どういう存在なんだ?付喪神なのか?』
『それに、額の印と右目の痕跡、一体なんなんだ?』
『エネルギーは眉間から流れてきて、母さんの声が聞こえた……母さんも超能力者だったのか?これは母さんが僕に残したもの?』
『天に浮かんでいるあの星も何か関係がある気がする。別の意識体なのか……』
考え事は次から次へと広がっていく。太一は同じ年齢の仲間たちよりも、ずっと多くの経験を積んできた。けど、突然異なる世界に引き込まれ、次々と襲いかかる未知の出来事に、どうやって対処すればいいのかさっぱりわからなかった。
「望くんが急な用事で欠席しています。」
突然、芝野先生の声が教室に響き、太一の前の席が空いている理由を説明した。
一部の生徒たちは「望くん」の欠席に全く驚いていない様子だった。どうやら彼の欠席は珍しいことではないらしい。
「東雲くん、次お願いします。」
「はい。」
太一は標準的な笑顔を浮かべながら立ち上がった。
「東雲太一です。僕も転校生なので、よろしくお願いします!」
立ち上がると、先ほど自己紹介をした藤岡祐一が、こちらをじっと見つめていた。まるで、太一の自己紹介を待ち構えていたかのようだった。
「これで全員の自己紹介が終わりましたね。皆さん、これからはクラスメート同士でより多く交流し、これまでの友人関係だけに固執しないようにしましょう。」
「それでは、今後の授業計画と、クラス委員の選出について説明します。」
……
今日は入学初日ということで、早めに放課となった。
太一は校内を見て回ったり、部活を見学する気にもならず、ゆっくりと荷物を片付けて帰る準備をしていた。
バイト先は学校からそれほど遠くないが、昨夜行ったばかりで特に急ぐ必要もない。
明日にでも様子を見に行って、情報を集めればいいだろう、と太一は考えた。
電車に揺られながら、車窓から高層ビルが次第に低くなっていく様子を眺め、ガタンゴトンという車両の音に耳を傾けていると、乱れた心も少しずつ静まっていった。
駅近くの公園で遊ぶ子供たちの姿を見つめながら、心が穏やかになるのを感じた。
しかし、ふと気がつくと、公園の大きな木の下にあるベンチに見覚えのある人影があった。
『西山明か?』