斗鬼
自分の傷を見て、過去の記憶がようやく呼び覚まされたかのようだった。痛みで再び倒れないように必死に耐えながら、鐘楼堂の柱に寄りかかり、太一は背後の影に目を向けた。
茂みの中で、ぼんやりとした姿が巨大な刃物を振り回している。それを見ただけで、全身が凍りつくように動けなくなった。
だが、その恐ろしい怪物は、まるで狂ったように空を斬りつけていた。いや、違う!小柄な姿が、木々を使って裂け女をかく乱しているのだ。
幾度かの缠斗の末、裂け女はますます激怒し、刃物を振るうたびにその動きは狂暴さを増していった。今や、相手に当たるかどうかなどお構いなしに、虫を追い払うかのように振り回していた。ただの感情の発散でしかない。
しかし、その大ぶりの攻撃は、怪物にとっても負担が大きいようだ。何度かの交戦の後、動きが次第に鈍ってきた。
まるでその瞬間を待っていたかのように、もう一つの姿が動き出し、目標は裂け女の頭だ!
「勝った!」
太一は思わず叫び声をあげた。
「ドサッ!」
だが、その返事のように、ぼろ布のような小さな体が目の前に投げ出された。
「鐘を鳴らせ、そして逃げろ!」
『この声……さっき、俺を目覚めさせた声だ。』
月明かりを頼りに、太一は裂け女と戦っていた「人」の姿をようやくはっきりと捉えることができた。
それは幼い少女で、見たところまだ十一、二歳にしか見えない。しかし、彼女は和服をまとい、年齢にそぐわないほどの身のこなしを持っていた。
その彼女の腰には、両脇に巨大な傷が走っていた。まるで彼女の体を真っ二つに裂こうとしたかのような傷だった。
顔は真っ白で、失血のせいなのか判断がつかなかった。
いや、違う!
血液は流れておらず、代わりにほのかに透明な霞のようなものが、傷口から漏れていた。
すでにこれまでに数多くの非現実的な出来事を経験してきた太一だったが、この光景は常識をさらに覆すものだった。もし、この痛みが自分を現実に引き戻していなければ、今でも夢だと思っていただろう。
「ザク、ザク。」
考える間もなく、裂け女が巨大な刃物を手にし、二人のもとへと迫ってきた。
太一はすぐに振り返り、全力で撞木を握り、鐘を鳴らした。
「ゴーン!」
鐘の音が再び響き渡り、世界は再び静寂に包まれた。
「ぐわっ!」
裂け女は重い一撃を受けたかのように、手にしていた巨大な刃を落とし、頭を抱えて苦しそうに片膝をついた。
この隙に、太一は少女を抱きかかえ、逃げ出そうとした。
だが、彼の考えを見透かしたかのように、少女は言った。『無駄よ。彼女は普通の鬼ではない。少し経てばすぐに回復するわ。私を連れて行っても、逆に見つかりやすくなるだけ。』
「そんな……」太一は言葉に詰まり、進退窮まった。
無傷でもこの妖怪から逃げ切れるかどうか怪しい。それに、今の自分は大量の失血で立つのがやっとの状態だ。理性では逃げろと囁くが、心の中ではどうしても、この少女を見捨てることができなかった。
ほんの数秒しか経っていなかったが、裂け女はすでに少し回復し、再び巨大な刃物を拾おうとしていた。
迷うことなく、太一は少女の冷たい視線を無視し、彼女を抱え上げて鐘楼堂の柱に預けた。
そして、太一は再び裂け女を観察した。
駅で聞いた話とはまるで違う。これは自分のコピーではない。
体型は中くらいで、性別もわからない。マスクはしておらず、裂けた唇には獲物を狙う不気味な微笑が浮かんでいた。
そして、その巨大な刃はハサミではなく、銀色の手術刀だった。
じっくりと観察する暇もなく、裂け女は再び手術刀を高々と持ち上げ、太一の心臓が跳ね上がる。次の瞬間には、命の境界線に立たされていた。
太一は再び鐘を打ち鳴らした。
「ゴーン!」
「ギャアアア!」
裂け女は怒りに狂い、体を震わせながらも痛みに耐え、手術刀を引きずりながら二人に向かって歩き出した。
この状況に太一も恐れをなした。彼は少女に助けを求めて目を向けた。小学生に見えるが、さっきの戦いぶりとその冷静さから、きっと何か解決策を知っているに違いない。
「私にもわからない。」
太一の期待を裏切るように、少女は冷たく答えた。
「普通の妖怪なら、身体を破壊して霊を散らせばそれで終わりよ。」
「普通の妖怪なら、最初の鐘でとっくに死んでいるはず。でも、彼女はただあなたの体から追い出されただけ。」
「彼女の欲望を引き出そうとしたけど、感じたのは混沌だけだった。」
「肉体を滅ぼそうとしたけど、彼女に裏をかかれたの。」
そう言いながら、少女は裂け女に視線を戻した。裂け女はすでに二人のすぐ近くまで迫っていた。
「彼女は“認知の海”から生まれた“神”かもしれないわ!」
太一の凍りついた表情を見て、少女は言葉を続けた。
「もちろん、本当の神様ってわけじゃない。神の化身のような存在だと思う。」
「ブォン!」
風を切る音がし、手術刀が少女に向かって振り下ろされた。
「ガキィン!」
鋼鉄同士がぶつかり合う音が響き渡り、激しい音を立てた。
太一が咄嗟に少女を引き寄せて移動させたことで、彼女は無事だったが、まるで自分の命を顧みることもなく、さらに説明を続けた。
「最初は、鐘を鳴らしてそのまま逃げるつもりだったけど、今となっては無理ね。ここを出る前に、あなたの頭が裂けてしまうかもしれないわ。」
「もう、あとはあなた次第よ。」
「何だって!?」
少女は真剣な表情で太一を見つめた。
「感じなかったの?裂け女があなたの体を離れた瞬間に、出血は止まっていたし、傷も深くならなかったでしょう。」
「それに、あなたの精神力は徐々に回復している。痛みもほとんど感じていないんじゃない?」
太一ははっとした。
『そうだ。痛みがどんどん薄れている。最初は裂け女が見えた瞬間から動けなかったのに、今はもうほとんど影響がない。慣れたと思っていたけど……』
『あの温かい流れからだ!』
『それは眉間から全身へと流れる、今も止まることのない温かい流れだ!』
歓喜がついに自分の存在を認識したように、眉間から発せられる温かい流れがさらに激しくなり、全身が躁動し始めた。
解決策を見つけることができたので、もはや恐怖を感じることはない。たとえこの道が通じるかどうか確信が持てなくても。
困難を恐れたことはない。ただ、手をこまねくことに恐れていた。
裂口女との無駄な追いかけっこを止めた。
先ほど、太一はただじっとしていたわけではなく、小さな女の子を抱きしめながら鐘堂の周りを回り、裂口女の攻撃を避けつつ時折鐘を鳴らしていた。
ついに、この退屈な追跡劇を終わらせ、本格的な対決の時が来た。
太一は小さな女の子を安全な場所に置き、完全に自分を怒らせた裂口女を見据えた。
天賦の才で、温かい流れが左手に集まり、撞木をしっかりと支える。
「ゴーン!ゴーン!ゴーン!」
鐘の音が轟くように三回響き渡り、遠くの山々までもがそれに応じるように感じられた。太一は撞木を握りしめ、心の中に強烈な力が集まってくるのを感じた。
「礼を返す時が来た!」