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堀り帰す

作者: 友鐘

 コンビニで買い物をしているうちに、雨は勢いを増したようだった。


 この所、じめじめと嫌らしい湿気が身体に付き纏うようで不快なのは自分だけでは無いのだろう。

先ほどのコンビニ店員の態度が、まだ頭の中で整理出来ずにいる。人の顔を見るなり嫌な顔をして、挙句お釣りを投げつけてきた。まだ沈めるのかというくらい、沈んでいた気持ちは深く深く落ち込む。

海に潜ると水圧に潰されるというが、自分は果たして何の圧に潰されようというのか。


 妻が出て行ったのは、家を買った 2週間後だった。

周囲からは突然の仲違いに見えたのだろう慰めの言葉を幾つも貰ったのだが、当事者としては、よく2週間も耐えたものだと褒めたたえたいと思う。

妻は無事に実家に帰れただろうか。


 駅から徒歩15分、閑静な住宅街、コンビニまで徒歩5分、簡素な門扉、二階建て3LDK、築38年で5500万の中古住宅。

決して自分にとって安くはなく、しかし立地に比べてあきらかに安いというこの物件を、自分の身の丈精一杯に手を伸ばした結果、その家から追い出されようとしている。


足取りをいくら重くしようとも、いずれは着いてしまう我が家

。思えば最初に『異変』に気付いたのは妻だった。


「ねぇ、朝早くにパソコン立ち上げた?」

朝食の準備をしながら、まだ寝ぼけている私に妻が問いかける。

「いや、別に、何で?」

「朝5時くらいに枕元で機械音がしたの。モーターのような」

「そんな音が出る家電なんてあったかな」

一人暮らしの時に冷蔵庫の音が気になって起きた時の事を思い出しながら「寝てたら意外と家の音って気になるもんだよな」

と、その話を流してしまった。

日中は仕事に出ているので、必然的に朝と夜の家しか知らない私は、異変を重く受け止めていなかったのだ。


 次に妻がその話をしたのは、出ていく前日だった。

「もうこの家に居られない」

曰く、詳しく話を聞いてみると、朝のモーター音からはじまり、足音と物が動く音、戸が勝手に開閉する等、まるで、もう一人居る誰かと暮らしている様な違和感が続き、不安に思った妻はご近所に挨拶がてら、この家の過去を聞いてまわったそうだ。


妻は怖い顔で言葉を続ける

「行方不明なんだって」

「誰が?」

「この家の人」

「じゃあ、僕は誰からこの家を買ったのさ」

下調べも無しに高い買い物はしない。

「家を相続したけど、仕事の関係で遠くに行くから手放すって話を本人から聞いたんだけど」

「その人のお母さんかな。なんか認知症を患ってたらしくて」

「相続で揉めたのかな」

「え、何でいまその話?」妻の苛立ちが伝わってくる。

「いや、認知症の人がいると遺産の凍結が解除出来ないから」

「仕事の話になってる」

「ごめん」

「でも、行方不明なら7年経たないと死亡認定されないしなぁ」

「嘘」

「本当だよ、調べりゃすぐに分かる」

「そうじゃなくて、……7年前なの」

「……失踪が?」


 そこからの妻の行動は早かった。

旅行に行く時にいつも待たされているのが嘘のような勢いで、実家へと飛んで帰ったのだった。


 僕は、妻が出て行ったあとに、有給を貰い妻の生活を再現する事をしてみると、明らかに誰かの気配がするのがわかった。

朝のモーター音、トイレを流す音、食器が突然落ちて割れる事もあった。これを一人で耐えていたのかと思うと逆に肝が据わっている方だと感心した。


 この科学が発達した世の中に、幽霊などと思うかも知れないが、起きている事実を解明出来ないなら、何かしらで納得しようと言うのが私なりの考えだ。こうやって文章にしている分には冷静を保っているように読めるが、正直、とても、怖い。


 とにもかくにも、気になるのはモーター音である。

他は生活音だが、何故、朝になると機械音がするのか、改めてご近所さんという名探偵たちにでも伺ってみたところ、答えはわからなかった。


 そんな矢先、自分の実家から連絡が入った。

妻が心配して家に連絡を入れたらしい。その心配は本人には届いていないぞと思いながら話をしていると、あの機械音が電話口から聞こえてきたのだ。

何の音かと問いただすと、ベッドと解答を得られた。

父が軽い脳溢血で倒れてから実家では電動起き上がりベッドを使っているのだとか。

毎朝鳴っていたのはこの音だったのか。

納得はしたが、怪異は怪異である。まだ、落ち着かないしこりのようなものが残っている。


 あの音は床から鳴っていた気がする。

ならば、エジプトの墓のごとく床をあばくしかあるまい。


そうして、今日、ホームセンターで買ったスコップを背中に担ぎ、怖さを紛らわすためコンビニで日本酒を買い(ついでに塩も)突然の雨にずぶ濡れになった不審者よろしく帰路に着いたのだ。


 見上げた自宅の二階の窓からこちらを覗く何かがいる。

誰も居ないはずの家、もし居るなら妻が帰って来ているという希望だが、そんなものは微塵も感じられない程に気持ちは落ち込んでいる。


 私はこれから墓穴を掘るのだ。

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