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魔よけの石

 ベキンッと響いた耳慣れない音に、ハッと我に返る。

 見上げているのは夜空ではなく、ベッドの天蓋だ。

 直前までの記憶と今の状況が繋がらず、数度瞬いてから周囲を見渡す。

 どこにも異変はない、私のベッドだ。


 ……でも、何か……?


 何かおかしい、と辺りを警戒しながら手を付いて体を起こす。

 体重が加わったため沈んだ左手に、なにか冷たくて硬いものが触れた。


「……これ?」


 なんだろう、と考えたのは一瞬だけだ。

 すぐに見下ろした手に触れたものの正体に気が付いて、本来左手にあるはずの物を探った。


「イスラがくれた腕輪が、壊れてるんですけどー!?」


 革紐の中に編みこまれるようにして固定されていた魔よけの黒い石が、知らないうちに真っ二つに砕けている。

 踏み潰してしまったのか、とも思ったが、石が砕けるような体重がかかったのなら、そもそも石が割れる前に私の手首の骨が折れているはずだ。

 石だけが砕ける、というのは少しおかしい。


 ……さっきの変な音、この音だったのか。


 いったい何が、とは思うが、とりあえずは砕けた石を拾い集めてベッドの上を片付ける。

 割れた石が転がっていては、危なくて寝直すこともできない。


 ……ううっ、イスラが作ってくれたのに。


 不意の出来事すぎて、避けようのない事態ではあったが、泣きそうだ。

 イスラが作ってくれた、この世にたった一つの腕輪だったのに。

 メインに使われていた魔よけの石が抜け落ちて、なんだか寂しい姿になってしまった。


 ……あれ? 私、いつ眠った?


 割れた魔よけの石に気を取られてしまったが。

 石に気が付く前は、別の違和感を覚えていたはずだ。

 違和感の正体は、この石ではない。


「……姫様、どうかなさいましたか?」


「サンゴ?」


「はい、姫様」


 天蓋の向こうから声をかけられて、返事をする。

 そうすると、天蓋の幕を開いた向こうからサンゴと名付けた赤毛の侍女が顔を覗かせた。


「なにやら声が聞こえましたが……」


「声……、あ、ああ」


 腕輪の石が割れてしまったのだ、と声をあげた理由を説明する。

 今夜の不寝番はサンゴだったらしい。

 私が不意に声を出したので、何事かと様子を見に来てくれたようだ。


「まあ、石が? すぐにシーツをお取替えいたします」


「欠片はもう拾い終わったわ?」


 夜中にわざわざシーツを替える必要はないだろう、と思ったままを伝えたら、サンゴは困ったように眉を寄せる。

 石の欠片が残っていたら危険だ、と。


「いけません。小さな欠片が残っていて、姫様のお体を傷つけたら大変です」


「そこまでしなくても……」


「念のためです、姫様。姫様のお体になにかあれば、わたくしどもが王からお叱りを受けます」


「あ、……はい」


 そうだな、とサンゴの主張に頷いてしまう。

 確かに、石の欠片が残っているかもしれないシーツの上で眠ることは危険があったし、私の身に傷でもつけば、父である王アゲートが黙ってはいないだろう。

 ここは『夜中なのに悪いな』などと遠慮をするよりも、侍女の仕事をまっとうさせた方が、誰のためにもいい。


「……夜が明けたらイスラを呼んで」


「はい、姫様」


 夜中に呼び出すことは、あまりよろしくない。

 その自覚はした。

 正妃エレスチャルはむしろ推奨していたが、カーネリアが未成年の間は自重する。

 いや、成人したからといって、夜にイスラを呼び出す意味を知ってしまえば、なんとも言えないのだが。


 文机の上に割れた魔よけの石を置き、ふと気になって閉じられた鎧戸へと視線をむける。


 ……なんだろう?


 妙に気になるな、と鎧戸の閉められた窓へと近づき、戸を開く。

 窓の向こうには真っ暗な夜の闇と、ぽっかりと丸い満月が浮かんでいた。


 ……既視感デジャブ


 なんとなく同じ風景を見たことがあるような、少し違和感があるような、なんとも言えない不思議な気分になって首を傾げる。

 そういえば、いつベッドへ横になったのか、と考えて今度ははっきりと眉間に皺がよった。


 ベッドへ横になった覚えが、今夜の私にはない。

 窓の向こうの景色に、なんだか違和感を覚えている。

 突然魔よけの石が割れたのは、なぜだろうか。


 ……アコモ!


 一つひとつを考えているうちに、今夜から自室へと運び込んだ弟の存在が気になった。

 少しでも暖かい部屋の方がいいだろう、と私の部屋へ連れて来たアコモは、健やかとは言いがたいかもしれないが、小さく胸を上下させて籠の中で眠っていた。

 その姿を見て、ひどく安堵している自分に驚く。

 普段以上に、息をしているアコモの姿に安堵を覚えている、と。


 なにかおかしい。


 それは断言できるのだが、それが何かは判らなかった。







 ……魔よけの石コレ、どうしよう?


 夜が明けてからイスラの元へと人を遣ったが、イスラは王城内にいなかった。

 イスラは昨日の昼から遣いとして王城を出ていて、まだ戻っていないらしい。

 せっかく作ってくれた腕輪が壊れてしまったことを詫びたかったのだが、いないのなら仕方がない。

 

 ……でも、魔よけの石を肌身離さず持っていろ、って言ったの、イスラなんだけどな?

 

 割れてしまっても効果はあるのだろうか? と一応は割れた魔よけの石を小さな袋に入れて持っている。

 昨夜の記憶が曖昧なことと、魔よけの石が割れるという事態に、少し不安になっていることが自分でも判った。

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