なにげにチートだったね
……やっと、一人になれた。
嫌われ者の『雪妖精』であっても、姫は姫だ。
一つひとつの行動に世話をする人間が付いており、ようやく一人になることができたのは、湯浴みを終えて寝間着に着替えた天蓋付きのベッドの中だった。
あとはもう眠るだけで、朝になれば侍女の誰かが起こしに来るので、本当に姫君というものは一人の時間がない。
……この世界、こんな感じだったんだね?
ゲームでは世界観の表層しか見えていなかったと思う。
改めて周囲を見てみると、王に溺愛される姫君の部屋と考えるには、少し寂しい気のする部屋だ。
少なくとも『姫君の部屋』と聞いて想像するような部屋ではない。
もしくは想像する『姫君の部屋』が、欧州の煌びやかな城や宮殿なことが問題なのだろう。
飾り気がないというのか、家具や天井の梁に装飾らしい装飾が無く、細部が洗練されていない感じだ。
窓はあるが透明な板ガラスはなく、木戸を開閉して使う。
ついでに言えば、カーテンがない。
薄いレースのカーテンも、厚い遮光カーテンも、だ。
その代わりとして、ベッドに天蓋が付いているのだろう。
ベッドのスプリングは、おそらく入っていない。
ただ、さすがは姫様ということか、布団には綿が贅沢に詰まっていて、それなりに柔らかかった。
……まあ、このぐらい雑? 簡単? 単純? な世界観じゃないと、ポッと出の日本人青年が王様になんて、なれないよね?
良くも悪くも、この世界は社会がまだ単純な作りをしているのだろう。
そうでなければ、地縁もない主人公が剣一本で一国の王になど、なれるはずがない。
カーネリアの少ない知識によると、少なくともこの国の王権は神から授けられたものだった。
父アゲートが暴君であっても王として君臨していられるのは、このためだ。
神官、あるいは祭司として神の声を聞き、神へ声を届けられるからこそ、あの父でも王として民から認められていた。
……銀色の髪は、王族の証、か。
嘘か真か、王族の髪が銀色なのは、神の威光を受けて輝くためらしい。
少なくとも、カーネリアは父親からそう聞かされていた。
言われてみれば、父アゲートのちょん髷は銀髪で結われており、ベッドで横になっているため視界に広がっている私の髪も銀色だ。
今は少し、青みがかっているが。
……カーネリアも、なにげにチートだったね。
王族の声は神に届く。
試してみたら、これは本当だった。
刑場でのやり取りが落ち着いた後、私はイスラの怪我を思いだした。
父に踏まれて額を切っていたはずだ、と。
血はすでに止まっていたが、額以外にも殴られて赤く腫れた頬や、鎖で傷つけられた肌もあったことが気になった。
それに対し、手当てをしようと提案したら、横からマタイが口を挟んできたのだ。
神に声が届く王族であるのなら、神に祈って怪我を癒せばいい、と。
……まさか、ちょっと祈っただけで、本当に傷が癒えるとは思わなかった。
竜がいて、魔法も存在する世界だ。
当然、神もいるだろう。
むしろ、主人公を使って代理戦争をするような神が実際にいる。
私は実在を知っていた。
つまり、この世界限定ではあるが、私は神の存在を疑いもしなかった。
それがよかったのかもしれない。
私の祈りの声に、神は応えた。
イスラの体が青い光に包まれたかと思うと、光が消えた時には額の傷も、殴られて腫れていた頬も、鎖で傷つけられた肌も、もとの綺麗な状態に戻っていた。
マタイとしては、姫とは名ばかりの『雪妖精』に対する嫌味のつもりで「神に祈ればいい」と提案したのだろう。
王族の声になら、神が応えるはずだ、と。
王族なら起こせるはずの奇跡を、起こせなかったカーネリアを笑いたかったのだと思う。
マタイの提案をイスラが窘めていたので、好意からの提案でなかったことは確かだ。
しかし、神は応えた。
私が起こしてしまった本当の奇跡に、その後のマタイの表情は見ものだった。
あれが『顎が外れるほどに驚く』という表情なのだろう。
ポカンと口を開いたまま固まったマタイに、私はというと嬉しくなって飛竜についても神に祈った。
白い飛竜ことリンクォも、処刑されそうになっていたということで、体のあちこちに小さな傷が付けられていたからだ。
……癒神ローカケヒトに感謝を。
刑場での癒しの奇跡を思いだし、癒神ローカケヒトに感謝を捧げる。
相手は神様だ。
ありがたいと思ったその場で、何度祈ってもいいだろう。
……あ。
視界に広がる銀の髪がふわりと光り、青みが少し濃くなった気がする。
銀髪が神の威光を受けて輝くというのは本当らしく、神の力を借りたしばらくは神の瞳の色が髪に宿るらしい。
癒神ローカケヒトは、水の流れをくむ神様らしく、瞳の色は神泉の青とされている。
私の髪がやや青みがかっているのは、癒神ローカケヒトの力を借りた名残だ。
……これからどうしようかな?
昼間は白雪 姫子の記憶と人格が目覚めたばかりで、混乱していた。
その後、ゆっくり考える時間もなく父が来て、イスラと飛竜を処刑するという話を聞いて、処刑を止めに刑場へ急いで、となかなかに忙しかったので、流されることしかできなかったが。
ようやくゆっくりと、これからのことを考えられる。
……気分的には、『白雪 姫子』なんだよねぇ?
カーネリアとしての自覚よりも、おそらくは前世と思われる白雪 姫子としての自認の方が強い。
どこかで『カーネリア』を他人事のように思っていた。
しかし、カーネリアとしての記憶もあるので、意識を失ったカーネリアの体に白雪 姫子の意識が乗り移った、という話ではないと思う。
となってくると、これは所謂『異世界転生』という情況なのだろう。
白雪姫子の記憶も、カーネリアの記憶もあるのだ。
……そう。私は『白雪 姫子』だ。
『白雪』さんちに嫁いだ母が、初めての出産で生まれた娘に、馬鹿になった。
よせばいいのに、「白雪さんちに生まれた女児だから、名前は『姫』にしよう!」と、当時は『キラキラネーム』だなんて蔑称はなかったようなのだが、暴走した。
これに反対したのは祖母だ。
『姫』は尊称であり、人間に付ける名前ではない。
初孫におかしな名前を付けるな、と。
しかし、私の名前は『姫子』である。
『姫』を止めた祖母は、『子』を付ければ尊称ではなく、『姫子』という人間の名前である、と認めたのだ。
『子』を付ければなんでも名前になる。
昭和生まれの祖母の感覚では、『子』は絶対正義だった。
……そこは微妙なトコで納得しないで、普通の名前にしてほしかった。
祖母の手前、書類上の名前は『姫子』になったが、母は私を『姫』と呼び続けた。
おかげで、私は自分の名前を『姫』だと、小学校に上がるまで思い込んでいた。
……まあ、おかげで今助かっているわけだけどね。
人間、何が幸いするか判らない。
母が産後のノリで付けた『姫』という名前のおかげで、『カーネリア』となった今、周囲から『姫』と呼ばれることに違和感なく反応することができていた。
自分はやはり『白雪 姫子』である、と再度自覚すると、これからの目標らしきものが見えてくる。
イスラは白雪 姫子の推しキャラだ。
推しがカーネリアのせいで微妙な立場になってしまっているらしい現状を、なんとかしたい。
……それでなくても、イスラは――。
『ごっど★うぉーず』というゲームでのイスラは、主人公が叛乱を成功させると死ぬ。
必ず死ぬ。
マタイは主人公の仲間になったり、ならなかったりとするが、イスラは六つあるシナリオのうち五つで必ず死ぬ。
唯一イスラを仲間にできるシナリオでは、彼は飛竜を連れず、両目を失った姿で槍使いとして現れる。
仲間になった時の台詞は「あなたが私の死に場所を用意してくれるのでしたら、それまではこの身をあなたの矛として、存分にお使いください」だ。
キャラとしてはそれほど強くはなく、無理に育てて使うほどでもない、というのがプレイヤーたちのイスラへの評価である。
年齢制限のあるゲームに登場する、男性キャラだ。
当然のように、戦闘面でのキャラとしての強さも、女性キャラの方が優遇される。
ちなみに、このシナリオでは戦闘で負けると仲間キャラであっても死ぬ。
他のシナリオでの仲間キャラは戦闘で負けても捕虜になるか、撤退扱いなのだが、このシナリオに限っては、誰でも負ければ死ぬ。
というのも、ほとんどやりこみ要素の立ち位置にあるシナリオで、なんだったら主人公を操るポジションにいるはずの神すらイベントを起こさない限り接触をしてこない。
完全なる縛りプレイ用シナリオだ。
……あれ?
懐かしいゲームのシナリオを思いだしているうちに、イスラの死亡時の台詞も思いだしてきた。
推しが死ぬのは嫌だが、台詞は保管しておきたい。
そんなオタク特有の板ばさみから、一度だけイスラを故意に死なせたことがある。
もちろん、そのデータはセーブせずにやり直したが。
その時にイスラが残した台詞は、「……私は、貴女の命を果たせましたか……?」だ。
それまでは主人公に対して『あなた』と言っていたのが、この台詞だけ『貴女』と表記されている。
誤字の可能性がないとは言えないが、それでもソコに浪漫を感じたいのがオタクというものだ。
火のない所にだって、妄想という名の煙を立ててみせる。
……イスラって、もしかして好きな人がいるのでは?
『白雪 姫子』という名前は、なんとなくでつけました。
現実に『白雪 姫子』さんがいて、作中の名付けエピソードに微妙な気分になられましたら、ごめんなさい。