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閑話 イスラ視点:昼間のカーネリア姫

 王の趣向として着させられた囚人のボロ布から、普段の衣に着替える。

 今は平時なので鎧は必要ないが、飛竜騎士は飛竜を相手とするため、常に簡易の鎧を身に纏う。

 飛竜と人間では体格に差がありすぎて、心を通わせた同士であっても、ふとした弾みで怪我を負うことがあるからだ。


 ……枷は、見えるようにしておいた方がいいでしょうね。


 首元に覚える存在感に、そっと溜息をはく。

 枷というよりは、ほとんど獣用の首輪だ。

 魔封じの枷は人間ひとに使うことから、本来はもう少し細く、薄い。

 体の動作の邪魔になるような大きさにしては、枷を嵌めたあとの人間が使いづらいからだ。


 それなのに自分の首へと付けられた枷に存在感があるのは、ひとえに王の嗜虐趣味のたまものである。

 身に付けた者が罪人であると判りやすいよう厚く、太い首輪は重量もあり、姿勢を正して立っていることすら困難になる――本来であれば。

 むしろ、王がこの枷を作った狙いはそこだと思われる。


 首に重りをつけた罪人に、頭を下げさせたかったのだ。


 枷の重みで頭を下げれば「姿勢が悪い」「顔をあげよ」と命じ、頭をあげて姿勢正しく立っていられれば逆に「頭が高い」と跪かせ、頭を下げさせることで首に負荷をかける。

 この本来の用途に必要のない重量をもった枷は、一種の拷問道具だ。


 滑らかな光沢を放つ漆黒の首輪は、色が示すように裁判権を持つ王か、祭祀を司る正妃しか外すことができない。

 魔封じ枷は、神の力によって魔力を封じているからだ。


 王の趣向で付けられ、故意に外すことを『忘れられた』魔封じの枷は、衣の下へ隠せば王の不興を買うことが判りきっているので、あえて衣の上へと出す。

 日頃からなにかと絡んでくる気の合わない同僚あたりに何か言われるだろうが、王の勘気に触れることを思えば安い。

 なにしろ、相手は同僚だ。

 王や姫を相手にするような身分という壁はなく、拳ですべてが解決する。







「ありゃ、いったい誰だったんだ?」


 昼間のカーネリア姫についてを報告するために、竜舎へと顔を出す。

 クルルと機嫌よく喉を鳴らす白い飛竜に鞍を付けていると、自分の飛竜をへやに戻したマタイが近づいてきた。


「これまでと、全然違うじゃねーか。なんつーか? 表情からして別人だったよな?」


 誰のことかは暈されているが、指している人物は判る。

 これから報告をしにいく人物についてだ。


「前はどこ見てンのかもわかんねェ、むしろ何も見てねェ感じだったが……昼間は違ったな」


 まるで姫の皮を被った別人だ、と称するマタイに、少しだけ考える。

 マタイには不自然に見えたらしいカーネリア姫は、自分にとっては実のところそれほど不自然ではない。


「……貴方は、カーネリア姫の古い噂を知っていますか?」


「噂? 我がままで手がつけられない、小さな女王様、って話なら聞いたことがあるが……」


「それは近年の噂です。……私が言っているのは、『神童』と呼ばれていた頃のカーネリア姫のことです」


「あれが……神童?」


 無い無い、とマタイは身振りを交えて否定する。

 小さな女王様――王アゲートをそのまま小さくしたような姫――カーネリアの、どこが『神童』なのか、と。


「……私は当時のカーネリア姫を知っています。どちらかと言うと、今日までのカーネリア様が別人で、昼間のカーネリア姫が本来の姫でした」


「ンな馬鹿げた話……いや、おまえがそうだ、つーんなら、そうなんだろうな」


 マタイという男は、性格が合わないため衝突も多いが、その分お互いにお互いの性格をよく理解している。

 私がくだらない嘘も冗談も言わないつまらない男だと知っているからこそ、信じられない話でも一考の余地はあると判断したようだ。

 一瞬前よりも、聞く姿勢が正された。


「んじゃ、その神童カーネリア姫様が、どうして『ああ』なった?」


「理由は私も知りません。しかし、原因ならある程度は」


 神童と呼ばれていた頃のカーネリア姫は、今ほど周囲を固められ、囲い込まれた生活をしていなかった。

 ある程度は自由に、部屋の外へ出て遊ぶこともあったのだ。

 しかし、カーネリア姫が四歳の時、攫われるという事件が起こった。

 事件自体はその日のうちに解決し、カーネリア姫も無事に城へと戻ったが、あの事件は王アゲートの心に深い傷を付けてしまっている。


 以来、王はカーネリア姫を囲い込んで育てるようになり、カーネリア姫は城の外へと顔を出すことがなくなった。

 次に私がカーネリア姫の姿を見る機会を得た時には、カーネリア姫の性格は今日までのものに変わってしまっていたのだ。

 明確に『なにがあった』かは分からないが、原因ははっきりとしている。


 ……まるで、憑き物でも落ちたようですね。


 白い小さな少女の面影が、昼間のカーネリア姫の面影と重なる。

 これまでは面影を重ねることすらできなかったのだが、今は違った。

 カーネリア姫は自分を『雪だるま』と称したが、容姿の変化がなんだというのか。

 これまでの性格の変化と比べれば、体型など瑣末なことである。


「カーネリア姫について、祭司長へ報告に向かいます」


 物理的な脅威であれば、自分を盾にも、矛にもしてカーネリア姫を守る覚悟があるが。

 憑き物といった、実体のない敵からカーネリア姫を守るためには、自分には力がない。

 そういった敵には、祭司長が適任だ。


 できれば適当な娼婦をけしかけて、王アゲートが娘に近づかないよう手配してほしい、とマタイに頼んで白い飛竜に乗る。

 幼いカーネリア姫は、王に囲い込まれて育つうちに『ああ』なった。

 憑き物が落ちて正気に戻ったというのなら、王からはなるべく引き離しておきたい。

 頭いい設定にしたら、察しがよすぎる男になった。

 と思っていたら、私の中で隠れ脳筋疑惑が浮上中。

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