父の妻たち 2
……さて、どうしたものかな?
正直、知ったことかと一蹴してしまいたい。
父親の夜の生活についてなど、娘に聞かせないでほしいのだ。
少しどころではなく返答にも困る。
……そもそも、いつまでも娘には子どものままでいてほしいっぽいお父さまに、その娘から妻との夜の生活について口を出されたいかな?
むしろ、夜の生活については何も知らない清らかで無垢な娘でいてほしい、ぐらいは思っていそうだ。
足環の風習についても、イスラに聞くまではカーネリアの耳へ入ってこなかったぐらいだ。
性的な知識をカーネリアに身に付けさせたくはないのだろう。
これも一種の、父親が娘に対して抱く幻想だろうか。
……まあ、そのカーネリアは、しっかり父と愛妾が毎晩のようにナニしてるか知ってて、イスラに夜伽とか命じようとしてたみたいだけど。
私も他者のことは言えないが、カーネリアもなかなかのイスラにとっての死亡フラグだ。
イスラがカーネリアの求めに応じて夜伽を行ったなんてことがあれば、イスラは父に首を刎ねられてしまうだろう。
……とはいえ。
相談内容が相談内容すぎて、妹たちにするようには頭を上げさせる気にならなかった。
白雪 姫子の嫌悪感が強すぎて、こんな話をもって来た女の顔を見たくない。
おそらく、一番頭にきているのは、相談内容ではない。
私に近づくために、無口な妹を利用したことに腹が立っているのだ。
それに、弁えた態度をとってはいるが、妾が王族に数えられる銀髪をもった姫に約束もなく会いに来て、要求を口にすること自体がおかしい。
前者については私が頻繁に大部屋へ来ているため、ただの偶然だとも言い張れるが。
後者については、私の中のカーネリアが反応するぐらいには『弁えていない』行為だった。
……以前のカーネリアだったら、奥宮から追い出しそう。
なんとなく、そんな気がする。
妾は父が気に入って連れてくる町娘たちだが、父のお気に入りは町娘よりも愛娘である。
そして、妾自体も人数が多いので、カーネリアの一存で一人や二人片付けたとしても、父の記憶からは「そんな妾もいたかな?」程度として消え去っていくだけだ。
「……この方のように、お父さまとの仲を取り持ってほしい、という方は他にもいるのかしら?」
娘と息子をダシにして姫へと話しかけて来たアコモの母親に、なんとなく苦手意識が湧いてしまった。
白雪 姫子とカーネリアのそれぞれで、なんとなく彼女が苦手だ。
普通に話すのも嫌になり、側にマロンを呼んで確認する。
他にも父との仲を取り持ってほしい妻たちはいるのか、と。
「えっと……いると思います。王はお忙しい方ですから」
少し迷う素振りを見せてから、マロンはこう答えた。
ちなみに、『王が忙しい』は『お気に入りの愛妾ばかりを閨に呼ぶ』という意味である。
一国の王がすることなので、それはそれで良いことだとは思うのだが。
全部で三十八人――何人かは病死や産褥死などで減っている――も妻がいるのだから、日替わりにしても一ヶ月待ちだ。
これに加えて城下にある色町で娼婦も買っているそうなので、王の子を産みたい妾であれば、おとなしく王の気が自分に向くことなど待ってはいられないのかもしれない。
「……じゃあ、二年以上妊娠していない方で、希望者を募ってなにか考えましょう」
二年以上、と故意にアコモの母親が外れる条件を口にする。
本音としては、無口な妹を利用して私に近づいてきたことへの意趣返しだ。
無口な妹も、母親の願いとはいえ、これには困惑しているようで、困ったような表情をしていた。
私の目の前へと案内だけをして、紹介がないのはこのためだろう。
建前と理性の折り合いとしては、アコモの母親の健康面が気になった。
アコモの年齢的に、この母親は産後まだ一年も経っていない。
短い期間で妊娠を繰り返すのは、母体への負担が大きいと前世で聞いたような気がした。
「カーネリア様、私も……っ!」
自分もその希望者に加えてほしい、と顔を上げて言い募るアコモの母親に、笑みを作って拒絶する。
次こそ健康な弟妹を産んでくれるのだろう、と。
「あなたは子どもを産んだばかりでしょう。少しお腹を休めなさい」
「ですが……っ!」
間が空けば、王の記憶から自分の存在が消える、とアコモの母親は言い募る。
妾は身の飾り方を知らないせいか、父も奥宮へと入れたばかりぐらいしか『可愛がらない』。
城下で見た時と、奥宮で見た時では、妾たちの印象は大きく変わる。
侍女をつけて世話はさせるが、奥宮には身奇麗に整えられた側妃も一緒に暮らしているので、どうしてもそちらへと目が向くのだ。
実のところ、父に忘れられた妾というものも、一定数いる。
……つまり、間の空いてるお妾さんの、身だしなみをお父さま好みに整えたらいいのかな?
弟妹と妾本人の健康と安全のための提案である、と条件は一切弛めず、アコモの母親はこの話から締め出した。
生理不順についても注意を払わないように、前世では当たり前に言われていたことが、この世界では常識ではない。
せっかく胎がいっぱいあるのなら、それぞれに休養期間があってもいいはずだ。
せいぜい父の目に付く回数を増やすことぐらいしかできないぞ、と念を押して、その気のある妻たちを集めた。
風呂に入れて食事を管理し、マロンたち侍女志望の妹を使って、化粧の練習と称して妻たちを磨き上げる。
元がいいから奥宮へと入れられた妾と呼ばれる妻たちは、育ちから自分の意思で着飾ることは不得手なようだったが、他者が磨き上げればすぐに元の美女に戻った。
その美女たちを『女性としての教えを受けている』という体裁をとって、私の部屋へと呼ぶ。
この『教え』は、学でも教養でもなく、女児として生まれた以上はどうしても必要になってくる知識だ。
これについては、さすがの父も『教えを受ける』ことについて何かを言ってくることはないだろう。
女性同士の間で教えられる内容など、父が知るはずも、代わりに教えられるはずもないのだから。
そして、私が美女に囲まれて楽しくおしゃべりをしていると、おやつを持った父が私の部屋へと突撃してくる。
あとは部屋に居並ぶ美女たちに、父の目が奪われれば狙いは達成だ。
しばらく王の寵が遠退いていた妾は王の情けを受けられ、私は父の気が美女へ向いたことで砂糖の塊を減らせる、という算段である。
……まあ、そう上手くいけばいいけど。
妻の側が嫌がっていないのなら、この程度の協力はやぶさかではない。
アコモの母親に対しても、少し胎を休めてからなら――
「……カーネリア、様」
……およ?
珍しい、と自分から話しかけて来た無口な妹に振り返る。
この妹の声など、ほとんど初めて聞いた。
多少は聞いたことがあるが、意思を持って自分から話しかけてきてくれたことなど、たぶん今日が初めてだ。
私が話しかけて、極稀に短く返事をする、ということは何度かあったが。
「どうして、お母さんのお願い、聞いてくれないの?」
「健康と安全のため、だけど……」
説明を省略しているのは私なので、この話だけでは妹も納得しないだろう、と少し考え直す。
理由も告げずに却下することも、私には可能だったが。
理由も告げずに不満を溜め込まれるよりは、自分たちのためなのだ、と理解してもらった方がいいだろう。
無口な妹を利用してきたことに対する意趣返し、という意味合いは、すでに私の中で薄れている。
「……あなたは、月の物は……?」
「?」
初潮は来ているか、と聞いたら不思議そうな顔をされてしまった。
つまり、この妹にはまだ初潮も、それらに纏わる話も聞かされていないのだろう。
では、どう説明をしたら伝わるか、と考えて、諦めた。
伝えたいすべてがこちらの意図通りに正しく他者に伝わる話し方など、ない。
十人の人間がいれば、伝わる言葉は十通り必要になるのだ。
様子を見ながら話した方がたぶんいい。
「えっと、女の子は体が大人になると『月の物』と呼ばれる現象が起こるようになるのだけど――」
簡単に生理の話を伝え、流す。
今必要なのは、月経についてではない。
なぜ出産から二年間を空けたいのか、ということについてだ。
女の人は、お腹の中で赤ん坊を育てる。
その時、時間をかけてお腹は大きく膨らんでいく。
時間をかけて大きく膨らんだお腹は、出産後、また時間をかけて小さく萎んでいく。
そんな大きな変化のある母体には負担がかかるので、それを休める時間が必要なのだ、と妹の顔を見ながら説明した。
理解はしているようなのだが、反応が薄いので、納得しているのかどうかまでは判らない。
出産から二年、と言った期間は、正直なところ欲張りゆとりプランである。
前世の日本においても、そこまで間を空けなくていい、と言われるかもしれない。
子どもが無事に育つ確率が低いことから、死ぬより多くを生むことで種を繋いでいる今世では、合わない主張でもあろう。
それは判るのだが。
先の出産のダメージが癒える間もなく次ぎの子を、と言うアコモの母は、止めた方がいいとも思ったのだ。
無謀な妊娠は、母体にも、胎児にも、いい影響はない。
もちろん、先に生まれている兄弟にも。
……今世だと、夫婦間の性行為はそのまま生殖行為で、避妊するって考えはないみたいだしね。
母子の健康と安全を考えたら、避けられる妊娠は避けた方がいい。
そう、言葉を尽くして伝えてみた。
無口な妹は、この説明に納得したのか、できなかったのかは判らない。
ただ、後日ではあるが、コイズと一緒にいる姿を見かけるようになった。
私には懐いてくれなかった妹だが、コイズとは気が合うようだ。
私でなかったことは残念だが、あの妹に頼れる相手ができたのならば、それはそれでいい。
コイズもコイズで、妹から好かれたかったようなので、丁度いいだろう。




