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秋の庭散策とコイズ王子 2

 ……コイズだ。カーネリアになってから、初めて見た。

 

 ってか、おまえそんな美声だったのか、という驚きは表情かおへは出さず、内心にだけ留める。

 父のアゲートがいにしえの年齢制限ゲーあるあるなネタを全面に押し出した外見をしていると思ったら、コイズはコイズで、無駄に声優が豪華枠だったらしい。

 声が無駄にいい。

 コイズのくせに。

 

 ……ああ、でも?

 

 いつかは様子を見にいく必要があったので、こうして偶然にでも出会えたことはラッキーだった。

 こちらから出向く必要がなくなった、という意味で。

 

 ……嫌な奴にあった、って感じかな?

 

 私を見て顔を顰めたコイズに、白雪 姫子としては――カーネリアとしても――苦手意識などなにもないので、気にせずに観察をする。

 

 正式に王子として数えられているように、コイズの髪は銀色だ。

 目はイウシィの王族に多いと聞く、緑色である。

 顔は悪くはないが、美形でもない。

 絵師が力を入れて不細工やネタキャラにする気にもならかなったのだろう。

 絵を描く人間にしか通じないが、不細工やネタキャラというものは、美形を描くよりも難しく、線が増えるだけ楽しくもある。

 

 個性らしい個性がないところを見ると、モブキャラと扱いに大差ない気がした。

 

 個性といえば、銀色の髪が意外に短い。

 ゲームでは少し長かったはずなのだが、今は短髪だ。

 画面越しではただのキャラデザでしかなかったのだが、現実にこの世界で暮らしてみると、コイズのこの髪の長さがおかしいことに気付く。

 

 父はちょんまげにしているが、逆に言うと髷をゆえる程度には髪が長い。

 イスラも長いダークブラウンの直毛を、少し低い位置で縛ったポニーテールにしていた。

 マタイは外国人だと聞いているので、髪の長さでうんぬんという話には含まれないが、この国の成人男性は短くてもセミロングぐらいには髪を伸ばしている。

 

 理由としては、成人男性は戦に出るからだ。

 

 武功として殺した敵兵の首を持ち帰る時に、髪を持てば運びやすい、とかいう、なんとも血生臭い理由である。

 それを運ばれる側がするのはどうなのか、と思うのだが、これは私の理解が間違っているらしい。

 髪を伸ばしている側からすると、「自分の首を取ってみろ」という挑発の意味合いがあるのだとか。

 

 ……つまり、コイズは。

 

 成人して奥宮から出されたはずなのだが。

 子どもと同じ扱いで、戦には出ないものとして扱われている。

 父王アゲートですら、戦になれば戦場へと駈けて行くというのに、だ。

 

 ……十六歳、だったかな?

 

 イスラから聞いているコイズの年齢は、たしか十六歳だった。

 奥宮から出されて二年経っているはずなのだが、未だに髪を伸ばし始める様子がない。

 

 十六歳といえば、前世ではまだ少年だが、今世では成人に数えられる。

 白雪 姫子の感覚としては、十六歳はまだ子どもだ。

 成人扱いするべきなのだが、私の視線を受けてたじろぐ仕草が子どもすぎて、成人扱いなどできそうになかった。

 

「な、なんだよ。そんなにジッと見て……」


「別に?」


 なにかと聞かれたら、コイズに出くわしたから観察をしているだけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 しかし、コイズには何かしらの意図のある行動と取られたようだ。

 こちらを警戒するように、目を細めて腰を落とした――つまり、逃げ腰である。

 

 ……カーネリアに出くわして、なんで逃げ腰になるの?

 

 そんな態度をとられる覚えはないのだが。

 なにやら無駄にこちらを警戒してくれるコイズに、面白くなってさらに観察をする。

 

 コイズの服装は……山賊だろうか。

 いや、普通に毛皮を着ているだけなのだが。

 

 寒さ対策か、全身に毛皮を纏っていて、逆に暑そうだ。

 気温によって増やしたり、減らしたりとすればいいと思うのだが、もしかしてコイズは寒がりなのだろうか。

 毛皮の下は、鮮やかな緑に染められたチュニックとズボンだった。

 身分を考えれば、さすがにズボンの下には下着も穿いていると思う。興味もないが。

 

 ……まだ、黒を着てはいないんだなぁ?

 

 ゲームに出てきたコイズは、黒い衣装を着ていた。

 黒は神が纏う色で、貴色である。

 人間では王族しか纏わないと知った今では、あれはコイズなりの虚勢の表れだったのではないか、とも思う。

 あくまで、ゲームでのコイズに対する感想だが、彼は『王の器』ではない。

 そんなコイズが銀髪の男児というだけで次の王と目されていれば、虚勢の一つも張りたくなるだろう。

 

「……おまえ、こんなトコで何してんだよ」


「コイズこそ、何しに来たの?」


 スルッと自然に出てきたコイズへの呼びかけは『コイズ』だった。

 どうやら以前のカーネリアも、コイズに対しては『コイズ』と呼んでいたらしい。

 たった二つとはいえ、兄に対して『様』も『兄』も付けていなかったようだ。

 いや、妹とはそういうものかもしれない。

 

 ここは奥宮の庭であり、成人前の王の子が暮らす場所である。

 成人して奥宮から出されたコイズが来る場所ではない、と言外に告げると、コイズの頬に赤みが差す。

 なにやら、されたくない指摘をされたようだ。

 

「お、俺様はだな、ここの……そう、ここのマルメロが好物なんだよ!!」


 お、これなんか美味そうだな? と言いながら、すぐ横に生っていたマルメロをコイズがもぐ。

 そのままチュニックの腹で軽くマルメロを拭いたかと思ったら、ガブリと噛み付いた。

 

「ぶへっ!!」


 ガブリと噛み付いたマルメロを、盛大に顔を顰めたコイズが地面へと吐き捨てる。

 仮にも好物と言ったものに対してする所作ではないと思うのだが、口の中の欠片を出してしまってもまだ気になっているのか、何度も唾を吐き捨てていた。

 

「……?」


 熟していると思ったのだが、まだ未熟だったのだろうか。

 そんな好奇心を出して、私も自分のもいだマルメロを一つ齧ってみた。

 

「……シャクシャクとして、不思議な食感だけど……吐き出すほどでは……?」


 はて? と不思議になって首を傾げると、ザクロが私の手からマルメロを取り上げた。

 

「姫様、マルメロは生で食べるものではありません!」


 生では硬く、酸味が強くて食べにくいだろう、とザクロは解説してくれた。

 マルメロは、主に砂糖で煮てジャムにしたり、ドライフルーツにしたりと加工して食べるのだ、と。

 

「いや、そのままでも結構美味しい……と思うのだけど?」


「そんなはずは……」


 嘘だと思うのなら食べて確認してみろ、と言い返す。

 コイズは大げさに騒ぎすぎだと思うのだ。

 確かに、前世で食べた果実のような甘さはないが、口に含んだ瞬間に吐き出すような酸味はない。

 

「……え? あれ……?」


 美味しい、と私の齧ったマルメロをさらに齧ったザクロが、戸惑いを浮かべながらマルメロと私の顔を見比べる。

 

 そろそろ気付いたが、侍女たちは他者の食べかけを気にしない性質なのではない。

 日本ほど豊かな食生活をしていないので、誰でも食べられる機会があればそれを逃さない、というだけだ。

 もしかしなくとも、間接キスや食べかけなど、この世界では私しか気にしないのかもしれない。

 

「コロンも!」


 自分も食べたい、とコロンが近づいてきたので、ザクロの視線が私に戻る。

 私がコロンの願いを断るはずもないので頷いてやると、ザクロはコロンの口元へとマルメロを寄せた。

 

「んー! んー!?」


 何を言っているのかは判らないが、目をキラキラと輝かせた表情からコロンの感想は判る。

 コイズのように、口に含んだマルメロを吐き出す様子もないので、やはり美味しかったのだろう。

 マロンが不思議そうな顔をして近づいてきたので、マロンにもマルメロを味見させる。

 マルメロを齧ったマロンは驚いた顔をしたが、やはり吐き出すことはなかった。

 

「……? ……、……ぶへっ!」


 四人で一つのマルメロを齧り、吐き出すほど不味くはない。むしろ美味しい、と笑い合っていると、それを見ていたコイズが再び自分の手にしたマルメロを齧り――再び盛大に顔を顰めて吐き出した。

 どうやら、私たちが美味しそうにマルメロを食べているので、自分のマルメロも美味しいのではないか? と思いなおしたらしい。

 

 ……いや、先に一度食べて失敗してるよね?

 

 他の果実が美味しかったからといって、コイズが手にした果実が突然美味しくなったりはしないと思うのだが。

 コイズはそんな当たり前のことを忘れ、マルメロを齧り、再び口の中の唾液をすべて吐き出す勢いで唾を吐いていた。

 本編中でも突っこみましたが、本来マルメロは生食には向かないそうです。

 マーマレードの語源説があるとかなんとか。

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