拗らせたオタクは執念深い
「イスラとカーネリアって、幼馴染だったの?」
カーネリアが意識してイスラを追いかけ始めたのは二年前だと思っていたのだが。
実は十年前にはすでに出会っていたらしい。
「……ヒメ」
「あ……」
微妙にアクセントの変わった『姫』に、『姫子』が呼ばれている、と気が付く。
咄嗟に『カーネリア』と『私』を分けた発言をしてしまったので、そこへの注意だろう。
「幼馴染……と呼べるかは判りませんが、十年前に私は三ヶ月間だけカーネリア姫にお仕えしていました」
……あれ?
イスラの発言に違和感を覚え、瞬く。
今何か、おかしな箇所があったと思うのだが、瑣末な違和感よりも、もっと大きなことが気になる。
画面の向こうからは知ることのできなかった、推しの新情報だ。
男キャラの幼い頃の話など、年齢制限ゲーには出てこなかった。
男キャラを掘り下げる需要などない、という大人の商売的な判断だろう。
その情報が、私にしか需要のない情報が、今、目の前にぶら下がっている。
当たり前のことだったが、画面の外から見れば『ゲームの世界』は『同じ時間を何度も繰り返す狭い世界』で、『エンディング』を迎えればまた再プレイで『オープニング』に戻る。
しかし、その『ゲームの世界』に住む住人からしてみれば、世界は『過去から現在、未来へと一方方向に繋がる地続きの時間の流れ』であって、『エンディング』はない。
よって、当然『オープニング』に戻ることもない。
すべての住人には子ども時代があり、兄弟がいるかもしれない。当然両親がいて、その両親にも父母がいて、と人の営みは繋がっている。
ゲームのイスラからは考察することもできなかったが、現実として私の目の前にいるイスラからは、イスラという人間が出来上がるまでの過程を聞くことが可能なのだ。
「……どうして三ヶ月だけだったの? 私がイスラを手放すはずがないと思うのだけど」
内心の大興奮を気合で押し込めて、話の続きを促す。
幼い頃のカーネリアの記憶を探るのは、天蓋の中で一人になってからでいい。
「リンクォが孵化しましたので」
「リンコ、クォ?」
リンクォが孵化すると、なぜカーネリアがイスラを手放すことになるのか。
そうは思ったが、その疑問の答えは、きっとすでに私の中にある。
竜舎へ行った時に、リンクォの育成記録を私は見ている。
リンクォの年齢は約十才で、カーネリアが奥宮に閉じ込められたのも十年前だ。
数字だけで考えるのなら、一致する。
「……そういえば、リンク、クォの育成記録って、イスラが書いてる?」
「はい。私がリンクォを育てました」
「それは、なんていうか……」
イスラの年齢から十年引けば、九歳だ。
ということは、当時九歳の子どもに赤ん坊とはいえ飛竜の世話を任せたことになる。
「普通、飛竜の世話とか、大人がしない?」
「リンクォが普通ではありませんでしたので」
正確には、普通でないのはリンクォと自分の関係だ、とイスラは言う。
リンクォが孵化した瞬間に、イスラは立ち会っていたらしい。
「よし、落ちが見えてきた」
「落ち、ですか?」
「刷り込み的な話でしょう? 孵化して最初に見たものを親と思う、みたいな」
ようは、孵化して最初に見たイスラをリンクォが親だと認識し、その結果としてイスラが幼い飛竜の世話を押し付けられたのだ。
「つまり、リンクにイスラを取られたから、少し前までの私はリンクが嫌いだったのね?」
子どもが飛竜の世話をすることになれば、イスラもカーネリアの子守などしてはいられなかっただろう。
カーネリアに仕え始めた三ヶ月目にリンクォの世話をするようになり、疎遠になり、再びカーネリアの視界に入ったのが二年前だったのだ。
そして、会えなかった八年の間に、カーネリアの記憶から九歳のイスラと過ごした三ヶ月間の記憶は綺麗に消えていた、と。
……なんて惜しい。
カーネリアの記憶力が残念すぎて、適うことなら十年前から今の私になっていたかった。
そうすれば、イスラの子ども時代を記憶することもできていたのだ。
膝から崩れ落ちたい無力感はあるが、耐える。
オタクのオーバーリアクションを晒し、イスラに引かれたくはない。
あとたぶん、実行したら膝を痛めるのが今のカーネリアの体重だ。
内心でだけこっそりと落ち込んでいると、これまで静かに話を聞いていたジェリーが口を開いた。
「すこし、ちがう。変」
なんで? とジェリーはイスラを見上げる。
その視線を受けたイスラは無表情だ。
「……なにか、違った?」
私の理解は、どこか間違っているのだろうか。
少し違うということは、大筋はあっていると思うのだが。
理解が間違っているのなら、訂正してほしい。
むしろ、推しの新情報は、正確なものを本人から聞きたくもある。
解説を求めてジッとイスラを見つめると、視線に耐えかねたイスラが無表情を崩す。
次に出てきた感情は、困惑だ。
情報を正すことは、イスラが困ることらしい。
「無理に聞いたら、ダメなこと?」
「ダメではありませんが……少し、お時間をいただけますか?」
すべてを話すには、自信がほしい。
イスラはそう言った。
ただ情報を訂正するのに、なぜ自信がほしいのかは解らなかったが、神が待ってほしいと言うのだから、信徒としてはいくらでも待つ。
私の推しは宗教で、自分の感情を押し付けるだけの恋とは違うのだ。
イスラがそう望むのなら、十年でも二十年でも待てる。
拗らせたオタクは執念深いのだ。




