現状、完全に手段と目的が入れ替わっている
焦ってはいけないと解ってはいるが。
それでもモヤモヤとしてしまうのが、人情というものだろう。
現状の私は、何もしていないのだから。
……そもそもとして、私の絶対目標って『イスラの破滅回避』なんだよね?
早朝の天蓋の中で、グルグルと足首を揉み解しながら、まったりと自分の心を整理する。
なにもできていない現状に焦りはするが、焦って少し運動をしたら即膝を痛めた。
あれは焦ってもなにもいいことはない、とよく解る出来事だった。
しっかり懲りたので、次にスクワットにチャレンジするのは、体重が二桁になってからだ。
それまでは、散歩と食事制限とはいえない食事制限、それから天蓋の中でのストレッチを続けるしかない。
……イスラが優先で、ダイエットは二の次……や、もしかして、三の次ぐらい?
絶対に譲れないものはイスラだが、イスラの破滅にはこの国の瓦解がセットでついてくる。
国が崩壊すれば、そこで生きる民が困ってしまうので、一国の姫としては、自分の身よりも民を優先するべきだろう。
いや、優先順位で言ったらイスラという個人よりも、民という大勢を優先するべきなのだが。
そこは私はカーネリアではなく白雪 姫子なので、仕方がない。
イスラとセットで民のことも考えるので、優先順位の一番がイスラなことは見逃してほしい。
名前の前後など、大きいが、些細な差だ。
左右の足首を回し終わり、膝を伸ばして足を開く。
筋が痛み、膝が曲がってくる限界まで開いたら、その姿勢のまま頭の中で数をかぞえる。
毎日少しずつだか、この足の開く角度が広くなっている気がした。
バレリーナのように180度開けるまで目指すつもりはないが、硬かった体が動くようになっていくのは素直に嬉しい。
……ってか、ダイエットは手段であって、目的じゃないはずなんだけど……?
私の目標は、イスラの破滅回避である。
これは何度だって言う。
目標はイスラの破滅回避、欲を出せば幸せになってほしい、だ。
私の減量ではない。
しかし、イスラの破滅回避のために動こうと思えば、この太すぎる体が邪魔になる。
イスラのために暗躍したくとも、この太った体では歩き回ることすら困難なのだ。
……現状、完全に手段と目的が入れ替わっている。
それも、悪い方向に。
破滅回避の方法を知りたい、と情報を求めてイスラに学を授けてもらっている。
この現状は、父アゲートに知られれば、イスラの首を絞めることになるだろう。
そして、手段の一つである減量も、遅々として進んでいない。
運動をするためにも、まずある程度体重を落す必要があるという現状は、本当に忍耐が必要だった。
焦って運動をすれば、すぐに足腰を痛めて動けなくなるのだから。
……『姫』ってなんだろう?
風呂上りに奥宮の外周を散歩しながら、ぼんやりと考える。
一国の姫でありながら、本当に何も知らないカーネリアの現状は、改めて考えても恐ろしい。
知らないことは幸せであり、恐怖だ。
私が以前のカーネリアのままであれば、ある日突然終わりが来たのだろう。
父が叛乱を起こされて、斬首される。
暴君が溺愛していた姫が、叛乱を起こした民に見逃されるはずもないので、ゲームの中のカーネリアも父と同じ運命を辿ったはずだ。
ある日突然、何が起こったのか、何が起こっているのかも理解できず、知らされず、父王の隣で首を刎ねられる。
……や? でも、ゲームのカーネリアって、どうして出てこなかったの?
父アゲートは、年齢制限ゲー特有のネタキャラ枠の外見をしていた。
私自身、ネタキャラ枠に分類されるであろう雪妖精体型だ。
それまでの行いが自分に返り、嘲笑されながら無様に死ぬ姿が、これほど似合うキャラもいないだろう。
モブだから画面に出てこなかった、と言うには、カーネリアの体は太すぎる。
これだけ太った姫ならば、ネタとして登場させない手はないと思うのだ。
……出てこなかったのなら、居なかったとも考えられる。
やはり、ここは『ごっど★うぉーず』というゲームの設定と酷似した世界なだけで、別の世界なのだろうか。
それならば、ゲームにカーネリアが存在せず、私がここにいる説明もつく気がする。
破滅回避の参考資料としている『ごっど★うぉーず』はただの物語で、物語を参考にしても破滅回避はできない可能性が出てきてしまうが。
……や、ゲームのカーネリアのことなんて、どうでもいいや。大切なのは、イスラの破滅回避。これだけだよ。
イスラは、ゲームでは国に殉じる。
それなら話は簡単だ。
国を崩壊させなければいい。
これだけだ。
……いや、それが一番難しいんだろうけど。
民が叛乱を起こして国が終わるのだから、叛乱を起こさせなければいい。
それは判る。
つまりは、王アゲートが民からの信頼を失わないように、あるいは信頼を取り戻すようにすればいい。
そのはずだ。
そのはずなのだが、その結果を導き出すための工程が、カーネリアの知識の中にも、白雪 姫子の知識の中にもなかった。
当然だ。
カーネリアは為政者の側に立つものとしての教育を受けていないし、白雪 姫子は日本の義務教育は修了しているが、統治する立場の教育など受けたことはない。
今の私は人間二人分の人生を知っているはずなのだが、カーネリアの人生はまだたった十四年で、ほとんどの時間を軟禁されていた。
白雪 姫子の人生はカーネリアよりも長いが、イスラと『ごっど★うぉーず』というゲームに対する思い入れは強く残っているが、その他の記憶は曖昧なところが多い。
二人分の人生の蓄積があるはずなのだが、実質成人した覚えがある、という程度の自負と、カーネリアとしての少ない記憶しかなかった。
……今の私って、『解らないところが判らない』状態だよね。
理解できない、と判断するためにも、判断できるだけの知識が必要だ。
その知識の蓄えがカーネリアにはなにもなく、白雪 姫子にもゲーム知識しかない。
そして、頼りのゲーム知識も、ゲーム本編で語られる程度に省略されたものだけだ。
『辺境の村で叛乱のきっかけとなる事件が起こった』と、一行テキストを表示するだけでゲームではプレイヤーへの説明が完了する。
ところが、実際にその地に生きてみると、こんな一行の説明では、どこで何が起こったのか、まるで理解することができなかった。
まず、『辺境』だけではどこの地域を指しているのかが判らない。
『北の』辺境、『国境付近の』辺境、と方角が付けばある程度情報を絞れるが、その方角にある辺境の村は、もちろん一つではない。
そもそもとして、何を指して『辺境の村』と『辺境ではない村』をわけるのか。
……でも、イスラは何か知っていそうだったよね?




