……想定内です
「なんつーか……面白いコト考えンな、姫さん」
「えー? 普通でしょ?」
そんなに変なことは言っていないはずだ、とジェリーを見れば、ジェリーはきょとんっと瞬いて首を傾げる。
ならば侍女はどうか、とローズを見れば、ローズは困ったような曖昧な表情をして、背筋を伸ばしていた。
ローズは侍女だから、姫の前で姿勢を正している――というわけではない。
背筋をまっすぐに伸ばすことで裾を上げ、少しでも衣が地面から遠くなるように、と頑張っているのだ。
よく見ればスカートの前面に皺が寄っているので、見苦しくない程度に布を握りこんで地面から裾を上げていた。
ちなみに、奥宮では裾を引きずっている私だったが、さすがに外出時には衣をかえる。
裾の長さが普段より短くなろうが、染められた衣の色鮮やかさで身分は判るし、長い裾では汚れるし、傷みも早い。
なんだったらジェリーのようにチュニック姿でいたい気もするが、これはさすがに自重する。
手足の細い、細身体系の少女であれば可愛らしいかもしれないが、カーネリアは雪だるまのように丸々と太っている。
短い裾から太ましい大根足が覗いていても、悪い意味で目の毒にしかならない。
「コレは一応、飛竜の健康を管理するための道具だかんな? 姫さんの玩具じゃねーぞ?」
「イスラから聞いてるもの。解っているわよ」
仕方がないではないか、と体重計(飛竜用)(体重計と聞いて想像する形状ではない)(むしろ秤)の準備をするマタイとジェリーを見守る。
ローズと私は筋力がないので、秤の準備は見学だ。
「わたくしの体重を知りたいという話をしたら、イスラが言ったのです。竜舎には幼竜の体重を量る道具がある、と」
「姫君の体重を量るのに、飛竜の道具を提案するイスラもどうかといえばどうかと思うが……素直に飛竜の体重を量る道具で、自分の体重を測る姫さんってのも……」
「笑いたければ好きに笑いなさい」
嘲笑は甘んじて受け入れるので、今は手を動かせ、とマタイを使う。
力仕事ならジェリーに任せられるが、飛竜のための道具なら、飛竜騎士であるマタイからの解説があった方がいい。
大切な道具なのだから、素人が勝手に使って壊してしまっては困る。
「……幼竜三才、健康! って感じだな」
「そうなの?」
マタイの表現する単位が判らないが、私の体重は健康な三才幼竜ぐらいらしい。
参考資料はこれ、と巻物を渡されたので開いてみたら、リンクォの育成記録だった。
リンクォはほぼ孵化した時から竜舎にいたようで、細かな記録が残っている。
最初の三ヶ月は毎日の体重が、二歳までは週一の記録になり、その後は月に一度体重を量っているようだ。
リンクォが三才だった頃の記録を見ると、体重測定に使われた分銅の記載がある。
前世の学生時代に使ったような小さな分銅ではなく、一抱えはある巨大な分銅だ。
分銅を使うほどでもない時期は、豆の詰まった麻袋で体重を量ったようだ。
孵化した直後のリンクォは成猫ぐらいの大きさで、体重は三キロだったらしい。
誰が描いたのか可愛らしい素描もあって、生まれたばかりのリンクォは、飛竜というよりもアレに似ている。
前世のゲームセンターにあったモグラ叩き……いや、ワニだったか? の的のようで、『飛竜』と聞いて想像する姿はしていない。
翼ももちろんあることにはあるが、丸々とした体に、おまけのようにちょこんっと小さな翼がついていただけのようだった。
太りすぎたワニのような幼竜は、だいたい二才頃から成竜に近い形へと成長を始めるらしい。
以降は体重が増えるのに合わせて体も大きくなり、十才の今では人間を背に乗せて大空を飛べるまでに成長した。
「リンコって、まだ十才だったのね」
飛竜的にどうなのだろう。
犬猫の十才は、人間の十歳とは感覚が違ったはずだが、と聞いたら、飛竜の十才はまだ子どもだとマタイが教えてくれた。
飛竜は人間より少し長く生きるらしく、十歳の子どもより幼い可能性もある、と。
「……なるほど。どうりで甘えん坊なわけだ」
大きな体で擦り寄ってくるが、あの白い飛竜はまだ十歳にも満たない子どものようなものだったらしい。
カーネリアは十四歳なので、少しだけ年下を相手にする感覚でいればいいのだろうか。
……あれ?
ふと、カーネリアの年齢を思いだして、今度は白雪 姫子の年齢についてを考える。
死因は覚えていないのだが、享年も曖昧だ。
成人した、という自負のようなものはあるのだが、社会人になってこんな仕事をしていた、あの高校を卒業した、どこそこの大学へ行った、というような確固とした記憶がない。
確かな記憶としてあるのは、『ごっど★うぉーず』という若干クソゲーな気があることを否定できない年齢制限のあるゲームに嵌り、何度も遊んだといことぐらいだ。
……まあ、いいか。前世のことなんて、今思いだしたって、意味ないしね。
それよりも、とリンクォの成長記録にある三才の項目を確認する。
三才の幼竜は――
「115キロ……想定内です」
甘く見積もって推定100キロは、やはり甘い見積もりだった。
指まで太ましいカーネリアの体は、三桁の大台に乗っていたようだ。
「……ってか、姫さんは読めたんだな、それ」
「読め、という意味で渡したのでは?」
はて? とマタイの言動に首を傾げる。
マタイが「読めたのか」と言っているのは、リンクォの育成記録だ。
まだ読み書きの勉強は始めたばかりなので、すべての文字が読めるわけではないが、数字ぐらいは判る。
ついでに言えば、これを書いた人間の年齢は若い。
少なくとも、記録をとり始めて一年ぐらいは、子どもが書いたものだろう。
文字がどことなく拙くて、愛嬌がある。
……うん? 待って? この文字、最初の方のはちょっと拙くて可愛い感じだけど……?
読めない文字が増えてくる後半になってくると、文章自体はまだ読めないのだが、他に気付くことがある。
……これ、書いたのイスラでは?
私の読み書きの教師はイスラだ。
そのイスラが、手本として書いてくれる丁寧な文字と育成記録の中の文字は、癖が似ている。
むしろ、イスラを推すオタクとしては、癖が同じだ、と言い切ってしまいたい。
それから、遅れて気が付いた。
マタイは、育成記録を読んだことに驚いたのではない。
私が字を読めること自体に驚いているのだ。
なにしろ、一国の姫の養育を担う乳母であっても読み書きが怪しい世界だ。
イスラも、例外はあるが、一国の姫が読み書きできないことはない話ではない、と言っていた気がする。
「……今、こっそり勉強中よ」
だから父王には洩らしてくれるな、とマタイに釘を刺す。
一介の飛竜騎士と王が接点を持つことなどあるのかは、謎だったが。
女の子が学を身に付けることを忌避する傾向があるようなので、釘はいくらでも刺しておいた方がいい。
教えてくれと言ったのは私だが、私に学を授けたのはイスラだと知られれば、また一段とイスラの立場が悪くなる可能性もある。
……イスラの破滅を回避したい、んだけどなぁ?
気のせいでなければ、私こそが最大の破滅要因になっている気がしないでもない。
……今は仕方がない。知識ゼロじゃ、破滅回避もなにもないし。
イスラの破滅回避を目標に掲げてはいるが。
具体的になにをどうすればイスラの破滅が回避できるのかも、私には判ってない。
今の私にできることといえば、判断を下すための下準備として知識を蓄えること。
それから、動くために、動ける体を作ることだけだ。
飛竜の生態はファンタジー過ぎて、好きに設定できるので逆に楽しい。
ところで、うろ覚えのイメージで書いたんですけど、あのワニのもぐら叩き、別に太ってない気がしてきました。




