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閑話:下女視点 一転した日 2

「……あら? 口が利けないのかしら? さっきも無言だったけ……ど……っ!?」


 麻袋の中で悠然と微笑んでいた女の子は突然カッと目を見開くと、無造作に『頭の上の耳』へと手を伸ばす。

 そのまま遠慮なく耳を引っ張られるかと思ったのだが、女の子の指はやわやわと耳の付け根を撫で、耳たぶをモフモフと撫で始めた。

 

 ……? ?? ???

 

 あまりにも突然のことすぎて、ポカンと瞬いたまま、されるがままにされてしまう。

 頭の上の耳を引っ張られることはあるが、女の子が触れるように優しく撫でられた記憶はない。

 

 ……なんで? なんで、きれいなおんなのこが、いやしいケモノのみみ、さわるの?

 

 女の子の突然の、そして理解できない行動に、頭の中が不思議でいっぱいになった。

 大男たちは『頭の上の耳』を『卑しい獣の耳』と言って引っ張ったり、叩いたりと雑に扱うのだが、この綺麗な女の子はまるでそれが大切なものであるかのように、優しく包みこむようにして撫でている。

 汚くはないのだろうか。

 

「モフモ……モフモフ? いや、ちょっとブラッシング足りなくない? ゴワゴワしてる。せっかくのケモミミなのに……っ!?」


 あ、尻尾もある、と女の子の視線が尻に向かい、咄嗟にお尻を――尻尾を――隠す。

 獣の耳は『耳』としての機能を持たないのでどれだけ撫で回されても支障はないが、尻尾は駄目だ。

 掴まれたら逃げられなくなるし、そもそも急所の一部である。

 

「ありゃ。隠されちゃった」


 お尻を押さえて一歩後ろに下がると、女の子は悲しそうに眉を下げる。

 麻袋の中で眠る姿は本当に生きた人間なのかと疑ってしまったが、こうして起きている姿を見ると、どこからどう見ても生きた人間だ。

 深紅の瞳をキラキラと輝かせた、生きた人間を通り越してとっても活きのいい人間だ。

 

「……や? 尻尾はお尻の一部みたいなもの、だっけ? 尻尾触られるの嫌がる猫もいるしね」


 むしろ、自分が突然尻を触りたがる変態さんだったか、と一人で納得したらしい女の子は、ペコリと小さく頭を下げた。

 勝手に体に触ってごめんなさい、と。

 

 ……へんな、こ。

 

 自分に対して頭を下げる人間など、初めてだ。

 いつもは頭を押さえつけられて、自分が頭を下げさせられる。

 

「ところで、迎えが来るまで暇なの。その耳、もっと撫でさせて? ってか、どうなっているの? 耳が四つあるとか、混乱しない? やっぱり人間ひとよりよく聞こえるの? 尻尾撫でちゃ駄目?」


 ……えっと? えっと???

 

 矢継ぎ早に話しかけられて、なんと答えたらいいのかと混乱させられる。

 女の子の深紅の瞳は好奇心でキラキラと煌いて、大男たちの目に染み付いた嫌悪というものがない。

 そんな視線を向けられることは初めてで、どう答えたらいいのかが判らなかった。

 

「……しっぽ、だめ」


「じゃあ、他はいいのね?」


 なんと答えるべきかが判らず、それでも何か返事をしなければ殴られる、と懸命に言葉を搾り出す。

 早すぎて何を言っているのかほとんど解らなかったが、最後の言葉だけは判った。

 尻尾は触られたくない。

 

 尻尾は嫌だと答えたら、女の子は『尻尾以外は良い』と受け止めた。

 そんな考え方もあるのか、と驚かされる。

 むしろ、こんなおかしな考え方をする女の子だからこそ、大男たちが嫌な顔をする獣の耳と尻尾にも、嫌悪を見せないのだろう。

 

「あれ? このケモミミ……飾り? じゃないか。頭皮と繋がってる」


 フッと頭の上の耳へと息を吹きかけられて、ビクリと震える。

 女の子が言うように頭の上の耳はほとんど飾りのようなものだったが、完全に飾りではないので、感覚はある。

 息を吹きかけられて髪がふわりと膨らめば、やはりむず痒いのだ。

 

「耳の穴はないけど、ケモミミ。あ、人間と同じ耳には穴があるから……獣人じゃなくて、人間?」


 でも人間に尻尾はないしな? と首を傾げる女の子に、自分は「化物だ」と答える。

 人間か獣人かといえば、自分は『化物』だ。

 大男たちがそう呼んでいるから、そうなのだ、と。

 

「……あなたは『化物』じゃないよ」


 二度と自分をそんな風に言わないで、と笑みを引っ込めて女の子が言う。

 すごく怖い顔をしているのだが、大男たちに殴られる直前の怖さとは違う。

 ジッと見つめられて、目を逸らすことを許されない怖さだ。

 

「わたしは『姫』よ。姫様とお呼び」


「ひめ、さま?」


「そう、姫様」


 直前までの怖い顔が、パッと華やいだ笑みに変わる。

 自分が名乗ったのだから、あなたも名乗りなさい、と言われて少し考えてみた。

 『化物』とは言うな、と言われているので、大男たちが一番よく呼ぶ呼び名は名乗れない。

 他の呼ばれ方といえば――

 

「『おい』とか、『そこの』?」


「それは名前じゃない……や、いい。わかった。わたしが付ける」


 なんにしようかな? と姫様が考え始めると、上から大男の呼ぶ声がした。

 いつまでサボっているんだ、と。

 

「……あ、エサ」


 不機嫌な響きの声から、今日も食べものが抜かれてしまう予感に震える。

 今日は水しか飲んでいないし、昨日の食べものだって小さなパンをさらに半分に割っただけのものだった。

 大男は『化物』に食わせる『餌』など、このぐらいで十分だと言うが、全然足りない。

 空腹で腹を鳴らすと、うるさいと言って蹴ってくるのは大男たちなのだが、腹を満たすだけの食べものはくれないのだ。

 

誘拐犯あのひとたちと、どういう関係?」


「めいれい、きく」


 命じられた仕事をすると、食べるものをくれる。

 そう姫様に答えると、姫様はまた怖い顔を――でも大男たちのする怖い顔とは違う――して天井を睨みつけた。

 

「『餌』じゃなくて、『食べもの』『食事』よ」


 正しい言葉を使いなさい。

 あなたは獣ではないのだから。

 

 そう姫様は『言葉』を教えてくれた。

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