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閑話:イスラ視点 夜伽(健全な意味で) 6

 室内の気温が下がった――そんな気がする。

 

 そしてそれは気のせいではなかったようで、自分の吐き出した息が白く広がり、溶けて消える。

 カーネリア姫の息もまた白くならなければおかしいはずなのだが、こちらは特に変化はないようだった。

 変わっているのは、銀色の髪が黒銀に染まっていることだけだろうか。

 

「……カーネリア姫?」

 

 そっと白い手が腕へと添えられて、騎士としては情けないことに、気が付けば長椅子の上へと押し倒されていた。

 カーネリア姫の腕力では引き倒すことはできても、押し倒すことはできないだろう。

 そうは思うのだが、現実として『押し倒されて』いる。

 それも、目の前のカーネリア姫に。

 

「姫、これは……」


 どういうつもりの行動か。

 まさか、本当に自分を押し倒すつもりなどないだろう、と行動の理由を問うために顔を上げると、自分の上に伸し掛かるカーネリア姫の上衣チュニックの中身がチラリと見えた。

 

 故意ではない。

 見えてしまったのだ。

 

 これはカーネリア姫の減量の効果、あるいは弊害だろう。

 上衣が体に対して大きくなり、以前は問題にならなかった襟周りに余裕が生まれ、中身が見えてしまったのだ。

 

 ――今、どこを見た?

 

「!」


 カーネリア姫の唇から漏れた低い男の声に、驚いて今度こそ顔を上げる。

 黒銀に染まった銀髪の奥にはカーネリア姫の紅玉のような赤い瞳ではなく、凍てついた氷のような青い瞳があった。

 

 ほとんど黒に近い色に染まった髪と、普段とは違う瞳の色。

 しかし、顔も体も普段のカーネリア姫と同じものだったので、カーネリア姫の中に、何かが居るのだ。

 

「……いずこの神か?」


 カーネリア姫の中に何かいる。

 何かというか、神のどなたかだ。

 そのせいでカーネリア姫の髪は黒銀に染まってしまっているのだろう。

 

 ――名は、ない。

 

 必要もない、と続ける男神の声には、どこか聞き覚えがある気がした。

 懐かしいが、誰の口から洩れていた声なのか、思いだせないほど古く、深い位置にある記憶だ。

 いつ、どこで聞いた声なのか、と記憶を探りたかったのだが、続いた男神の言葉に、聞き覚えのある声の正体などどうでもよくなった。

 

 ――最初に『カーネリア姫』を殺したのは、私だ。

 

 「カーネリア姫を殺した」という聞き捨てならない発言に、一瞬で頭の中が真っ白になった。

 すぐに相手を拘束して真偽を問いただそうと手を伸ばし、手を下す。

 中身が誰であれ、目の前にあるのはカーネリア姫の体だ。

 カーネリア姫を乱暴に扱うわけにはいかない。

 

 ――怒ることはないだろう。殺した回数だけで言うのなら、おまえの方が多い。

 

「なに、を……?」


 この男神は何を言っているのか。

 カーネリア姫を殺したと言う存在が、カーネリア姫の中にいる。

 そのことに耐えがたい苦痛と焦燥を覚えながら、足された発言にさらなる混乱を強いられた。

 こんなわけの解らない話を聞かされて、混乱しないものがいたら紹介してほしいぐらいだ。

 

 ――気が付いているだろう? 自分の中に、矛盾する記憶がある、と。

 

 指摘をされれば、たしかに『それ』はある。

 時折心に浮かぶ疑問や想いだ。

 はっきりと自覚したのは、神域で育てられる『春の君』を見た時だろうか。

 あの時に、生きて目の前で笑みを浮かべる春の君を見て、『この王子は役目を果たした』と確信していた。

 少なくとも、自分が神域へと出入りするようになってからというもの、高貴な生贄を使うような祭祀はなかったはずなのに。

 

 ――アレが使われるのは『カーネリア姫』が十八の年だ。

 

 前年から続く干ばつで作物が枯れ、民が飢え、雨を願う供物として捧げられた。

 そう続いた低い男神の声に、当たり前すぎる疑問が浮かぶ。

 

「……カーネリア姫であれば、祈りで雨ぐらい降らせられるのでは?」


 干ばつが続いていると知って、あのカーネリア姫が何もせずにいられるものだろうか。

 カーネリア様であれば民がどれだけ飢えようと気にもかけなかっただろうが、白雪 姫子と名乗るカーネリア姫であれば、何もしないはずはない。

 彼女は、どれだけ止めても使い捨てられる妹たちに肩入れし、生贄として育てられる弟たちを気にかけ、育たないと捨てられた赤子に『玩具アコモ』と名前を付けた。

 よく言えば『善良な女性』だが、悪く言えば『見ない振りができない』のだろう。

 

 そんな彼女が、神へ祈らないはずがない。

 自分が祈れば神が応える、と知っているのだから。

 

 ――祈った結果、天に攫われたことがあるな。

 

 攫われるぐらいなら、別に構わないらしい。

 人間としてのカーネリア姫は地上で死ぬが、神の世界では永遠の命を得て穏やかに暮らせるのだから。

 

 最悪なのは、カーネリア姫を攫いに来た神が、複数いた場合だ。

 神々の間でカーネリア姫の奪い合いが始まり、千々に引き裂かれ、大地を赤く染めたこともあるのだとか。

 

 ――『カーネリア姫』は、祈らせるな。

 

 これは警告である、と男神ははっきりと告げた。

 

 ――『カーネリア姫』は神々の視線を集めすぎている。愛されすぎている。

 

 ゆえに、神々はカーネリア姫の声に耳をそばだて、簡単に応じ、願いを叶える。

 回を重ねると神であっても心の抑えが緩み、簡単に神の世界へと攫うことを決断してしまう。

 

 ――私の『カーネリア姫』は、今ほど頻繁に髪を輝かせはしなかった。

 

 『私の』という言い方が気になったが、指摘するのはやめた。

 この男神はなにか重要なことを伝えようとしてくれているようなので、話の腰を折る必要はない。

 それよりも、早く要件を済ませ、カーネリア姫の体から出て行ってほしい。

 神をその身に降ろす、なんて話は、神域でも資料を見たことがない。

 カーネリア姫の身に、いったいどれだけの負担がかかっているか、推し量ることすらできないのだ。

 

 ――聞こえていますね、『カーネリア姫』?

 

 ふと男神の声が和らぎ、呼びかけがカーネリア姫へのものに変わる。

 簡単に神を頼るな、使うな、と。

 

 銀姫としての今のカーネリア姫は、異常である。

 歴代の王族たちの誰よりも簡単に、確実に、神へと声を届けることができる。

 それもそのはずで、神々の方がカーネリア姫の声に耳をそばだてているからだ。

 その理由も単純で、カーネリア姫が頻繁に神へと祈りを捧げるからである。

 誰だって、たとえそれが神であったとしても、自分へと好意的に話しかけてくる存在ものがいれば、つい絆されてしまうこともあるだろう。

 

 ――おまえの方は、行儀よく振る舞うのもたいがいにしておけ。

 

 『推し』ではなく、『人間の男』であるとカーネリア姫の頭に叩き込め、と続けながら男神は腰を下ろす。

 伸し掛かっていた、自分の体の上へと。

 

 ――油断をしていると、この『カーネリア姫』はすぐにドリュトリ神に祈る。

 

 ドリュトリ神とは、豊穣の女神ウェミシュヴァラの姉妹神の名だ。

 新緑の女神ドリュトリと呼ばれている。

 名前から察するに、時折カーネリア姫が髪を緑色に輝かせている時に祈りを捧げた対象かみであろう。

 

「ヒメの信仰心には、私も思うことがありますが……」


 具体的にどうこうできるものではないだろう。

 信仰心というものは、特に。

 

 ――簡単だ。

 

 おまえが男であると、叩き込めばいい、と繰り返し、男神の入ったカーネリア姫の手が私の頬へと添えられ、首筋をなぞり、胸の上へと置かれる。

 

 カーネリア姫の意思で行われている行為ではない、と判ってはいたが――

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