春芽の宴 2
飛竜に運ばれて『春芽の宴』が行われる緑林宮の前庭に降りると、緑林宮の周囲に集まった民からの声援が轟音のように響く。
飛竜に乗っての登場に驚いているのか、王都中に花びらを降らせた奇跡に驚いているのか、その判断はつかない。
ただ、本当にすごい声援だ。
落雷の方がまだおとなしいぐらいだろう。
今度こそイスラのエスコートで竜籠から出て、周囲をゆっくりと見渡す。
緑林宮の中へまでは入ってこれないようなのだが、門の向こうに見える壁や沿道には春芽の宴を祝う人々が溢れていた。
どの顔も、みんな笑顔で、晴れやかだ。
春生まれの子どもたちが成人を迎える今日という日を、心から喜んでいるのだろう。
……これで、なんで叛乱が起きるんだろう?
神様に下駄を履かされている感しかないが。
銀を持って生まれ、今まさに神々から愛される証拠のように奇跡を起こしている『カーネリア』は、国民人気がすごかったようだ。
今日まで奥宮で隠すように育てられていたはずなのだが、民たちはカーネリアの何を知っていて、ここまで歓迎ムードで口々に祝いを叫ぶことができるのだろうか。
……これが、王権を神様が授ける国、ってことかな?
いざとなったらイスラを連れて出奔すればいいか、と半分冗談で考えてはいたが。
これでは、それは少々難しいかもしれない。
成人を迎えたコイズが奇跡を起こせず、カーネリアが王都中に花びらを舞い降らせるような奇跡を起こしてしまったのだ。
国民としては、神に祈りの届かない王子よりも、神に愛される姫の方にこそ、王位を継いでほしいだろう。
……今更、すごく怖くなってきたんだけど。
これだけの民の期待に、『カーネリア』は答えなければならない。
そして、その『カーネリア』は私だ。
以前のカーネリアでも、白雪 姫子でもない。
そのどちらも『私』なのだから、私が向き合わなければならない、私の責任である。
「俯かないでください」
「!」
どうやら無意識に俯きそうになっていたようだ。
隣に立つイスラが小さな声で教えてくれたので、気づかれないよう自然な仕草を装って背筋を伸ばす。
やはり、王族が自信のなさそうな姿を見せてはいけないらしい。
「……手とか、振った方がいいの?」
せっかく祝いに来てくれているようなのだから。
そう思って聞いてみたのだが、イスラは困ったように少しだけ眉間へとしわを寄せた。
「できれば、無視を。一人ひとりの民など歯牙にもかけず、堂々とした振る舞いでお進みください」
「それ、すっごく感じ悪くないですか?」
そうは思うが、ここは王権を神が授ける国だ。
王族は神に次ぐ尊き血筋の一族であり、民草と同列に扱ってよいはずもない。
神がすべての人間を平等に見守らないように、王族もすべての民を見る必要はないのだ、と。
「……それ、イスラの本心?」
「民が王族に求める振る舞いの話です」
あくまで、民が求める振る舞いであり、イスラの本心でも、本意でもないらしい。
イスラは民の側だが、王族の傍にいる。
そのため、民の視点から見る王族も、王族の側から見る民についても見えるため、内心は複雑なようだ。
……そして私は日本人の庶民根性が染みついているから、王族らしく振舞え、って言われても、ちょっと抵抗がある、と。
生まれながらの王族――ではあるはずなのだが、白雪 姫子としての自負も強いため、つい民に向かって愛想笑いのひとつでも返したくなるのだが、これはこの国では王族として相応しくない行動のようだ。
王族が民に媚びるなど、と。
……笑顔一つで『媚びる』なんて気はないんだけど。
これはもう文化の違いらしいので、イスラの忠告に従っておく。
私は『カーネリア』と『白雪 姫子』が混在する、純粋な王族の姫君とは言えないものに育ってしまったかもしれないが。
イスラはずっと、イスラだ。
何度繰り返していても『イスラ』なのだから、イスラの常識や忠告は信用できる。
少なくとも、今の私よりは今世の常識を身につけているはずだ。
「……ヒメ、一つ忠告を」
「?」
いざ宮殿内に足を踏み入れる直前になって、イスラが足を止める。
視線の先には父アゲートが待っているので、イスラのエスコートはここで終わりだ。
「今日はこれから、これまでカーネリア姫が会ってきた以上の人間と顔を合わせることになると思いますが……」
普段の調子で笑わない方がいい、と潜められた声で、しかしはっきりとイスラは言った。
普段訓練所や兵舎で見せるような笑みは、浮かべてはならない、と。
「成人を迎えた女性が異性に微笑まれますと、『気がある』もしくは『閨への誘い』と取られる場合があります」
「何それ、怖っ!?」
突然『ヒメ』と白雪 姫子宛の発言をするから、何かと思ったら。
これは確かに、白雪 姫子宛の忠告だろう。
内心はどうあれ、愛想よく振舞う日本人根性をここで発揮していたら、とんだ尻軽女になるところだった。
「解りました、塩対応を心がけます!」
ストーカー男など、前世での死因で懲りている。
意図しない、意識にものぼらない男から、一方的に向けられる好意ほど気持ちの悪いものはない。
それが避けられるというのなら、日本人根性の愛想笑いぐらい、ねじ伏せて見せる。




