推しの微笑み、プライスレス
「この倒れそうになっている国をなんとかしたいです。でも、今の私にはどうすることもできないので……まずは学びたい」
イスラの幸せを考えるのなら、まずは国をなんとかしなければならない。
ゲームでのイスラの通称は『憂国の飛竜騎士』だ。
国に憂いがあっては、イスラが幸せになれない。
「それと、こちらはのんびりとはできないのですが、イスラとリンコ……リン、クォの復権? も」
イスラはともかくとして、白い飛竜は現在『カーネリアの所有物』ということになっている。
飛竜騎士としてのイスラの相棒は白い飛竜だ。
それを私が取り上げたままということは、いざ戦が起こった場合に、イスラは飛竜騎士としてではなく、歩兵や騎兵として戦場へ出て行くことになるだろう。
「……私たちのことは、カーネリア姫が心配されずとも」
どうせ戦が起これば、王は都合よく白い飛竜を娘に与えたことを忘れ、自分に飛竜を連れての出撃を命じる、とイスラは続けた。
王が自分を戦場へ連れて行かない理由はない、と。
「飛竜騎士に求められるものは、第一に飛竜と心を通わせられることです。飛竜も、自分が認めた相手しか背に乗せませんので……」
実のところ、飛竜騎士という稀少職についた者は簡単に処分できないのだ、とイスラは教えてくれた。
昼間の騒ぎも、王の勘気を抜くためのものであり、程よい頃合になれば誰か――今回はカーネリアだった――が仲裁に入り、処刑は取りやめになっていたはずだ、と。
白い飛竜についても同じだ。
人間を背に乗せるほど慣れた飛竜は稀少である。
王の命での処刑であったため、みなそれなりの行動を起こしていたが。
誰も本気で飛竜の首を刎ねようとしていなかったので、大荷物である『雪妖精』を連れての移動でも間に合った。
「……あれ? それだと、わたしが刑場まで行く必要はなかった……?」
父以外、みんな承知の茶番だったのだ。
私が一緒に刑場まで処刑を止めに行かなくても、ボロ布を纏ったイスラが一人で現れても、処刑は中止されていただろう。
「あの時は……カーネリア姫と二人で話をしたかったので」
「え?」
「あの時にはすでに、今のカーネリア姫でしたよね?」
「はい。……え? あの時にはもう、わたしだって気付いていたんですか?」
カーネリアが今の私になったのは、白い飛竜に打たれて怪我をした後だ。
その治療中に『白雪 姫子』の意識が目覚め、今の私になっている。
カーネリアと白雪 姫子の記憶が混ざり、混乱していたはずだが、だからこそボロが出ないよう振舞っていたつもりだ。
いったい、どこで私とカーネリアを見分けたのか、と聞いてみたら、イスラはただ静かに微笑む。
……推しの微笑み、プライスレス。
イスラに誤魔化されていることは判ったが、推しがそうしたいといのなら、喜んで誤魔化されるのが信者というものだ。
それに、私にもイスラに言えないことができた。
……飛竜騎士は、簡単には処分できない。
それでは、イスラを仲間にできるシナリオでの彼は、なぜ飛竜も連れずに一人でいたのだろうか。
あのシナリオのイスラは、両目を包帯で隠していた。
ゲームのキャラなので、名前が表示されるまではよく似た別人だと思っていたぐらいだ。
「話は変わりますが、飛竜騎士って、たとえば……目が見えなくてもなれますか?」
「騎士に『なる』ことは難しいでしょうが、飛竜と飛竜騎士は心を通わせなければなれません。ですので、そのあとでしたら……」
騎士の方が視力を失っても、飛竜がその目の変わりになるだろう。
飛竜はそのぐらい愛情深く、優しい生き物です、と続けるイスラの青い瞳を見ていたら、気が付いてしまった。
唯一イスラを仲間にできるシナリオの正体に。
飛竜がおらず、視力も奪われたイスラ。
けれど、唯一彼が生存しているシナリオ。
その正体は飛竜を奪われ、視力を奪われた上で国を追放され、逆にそのおかげで国の滅びに立ち合わなかったのだ。
つまり、イスラの死は『国の滅亡』が引き金となる。
イスラが死ぬ他五つのシナリオでは、彼は国の滅亡に立ち合っていた。
主人公が暴君アゲートを討った後、彼は民のこれからを主人公に託し、自刃する。
守るべき国はなくなったのだから、もういいだろう、と。
憂国の飛竜騎士という名は、主人公と対峙する際のイスラの台詞が、国の未来を憂うものばかりだったからだ。
己の仕える王が暗君であると、彼は知っていたのだろう。
それでも、暗君を討って民の生活が混乱することをイスラは避けた。
後のことを主人公に任せて自刃したのは、主人公なら民を導けると、それまでのやりとりで主人公を信頼したからだ。
シナリオの都合だけとは、片付けたくない。
……つまり、私が目指すべきは。
イスラの生存。
これは譲れない絶対の条件だ。
そしてこれは、国から追放されれば達成できる条件でもある。
しかし、彼の両目と飛竜が奪われるというのは、いただけない。
両目はもちろんのこと、白い飛竜だってイスラには大切な存在なのだ。
そうなってくると。
……国を立て直して、そもそも叛乱を起こさせない。もしくは、追放ではなく自主的に出奔させる!
これしかない! という目標をさだめ、心を決める。
私となったカーネリアが変わることはできるが、他者を変えることは私にはできない。
ならば、イスラも巻き込めばいいのだ。
「……変な話をします。前世というか、夢のような記憶の話というか」
そう前置いて、イスラの静かな瞳を見つめる。
ようやく今夜の本題が始まると伝わったようで、イスラも姿勢を正した。
「白雪 姫子としての私は、この世界の、この国の未来を知っています。知っていました? えっと……」
「カーネリア姫の思ったままに、お伝えください。あとは私が……理解します」
説明が下手だな、と我がことながら悩み始めたのだが、すぐにイスラが助けてくれた。
説明の上手い、下手はともかくとして、とにかく思ったままに話していい。
理解するための努力は、自分がするから、と。
「……『カーネリア』なんて人物を、白雪 姫子は知らなかった。いなかったと思う、の。それで、この国は……父の治世は、そう遠くない未来に終わります」
その終わり方は最悪で、次代の王に代わるわけではない。
この国は、王が叛乱軍に討たれて滅びる。
「……この破滅の未来を、今からでも回避したい」
説明が下手だという自覚はあるので、小さな出来事はすべて省略し、結論だけをイスラに聞かせる。
国が滅びるから、その未来を変えたい、と。
そして、私のこのめちゃくちゃな話を、イスラは軽く目を伏せた後、深く息を吐いただけで呑み込んでしまった。
『カーネリア』は神に祈りが届く神子なのだから、そういった託宣を授かることもあるだろう、と。
どうやらイスラは、私の『前世の記憶』という説明を、『神の託宣』という言葉に言い換えて理解したようだ。
それで一応の納得が得られるのなら、細かな差異はどうでもいい。
「カーネリア姫が国の未来を望むのでしたら、私を存分にお役立てください」
深く、深く下げられたイスラのダークブラウンの髪を見つめ、最後の手段として思いついた方法を胸の奥に沈める。
この方法は、推しを宗教として至高の座にすえるオタクとしては、決して取ってはいけない方法だ。
チラリとその方法を取りたい欲は湧いたが、気付かなかったふりをする。
私の推しは宗教で、寝言は言いたくない。
イスラにはイスラの人生があり、闖入者である私がそれをかき乱していいはずがないのだ。
中身が完全に同じとは言い難くとも、姫は姫として扱ってくれるらしいイスラに礼を言う。
私の望みは、イスラの生存だ。
欲をいえば、生きた先で幸せになってほしい。
それ以上を、闖入者が望んではいけない。
そう自分に言い聞かせながら、「ありがとう」と一言だけ伝えた。




