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棒術と乗馬ダイエット 2

 馬はすぐには用意ができないが。

 飛竜は毎朝のように露台バルコニーまでやって来るので、用意をする必要がない。

 ついでに、朝食時であればイスラも一緒だ。

 

 そんな理由で、今日は朝の護身術訓練の代わりに白い飛竜リンクォへと乗ってみることにした。

 

 ……いざとなると、やっぱり大きいな。

 

 以前イスラと一緒に飛竜に乗った時は、あれは竜舎の飛竜を借りた。

 そのため、飛竜の背に乗るための補助具も竜舎の中にあったのだが、今は違う。

 朝の散歩の途中で奥宮の露台へ寄る白い飛竜に、その背に乗るための補助具など用意されているはずもなかった。

 

 では、どうやって飛竜の背に乗るか、といえば、飛竜騎士であるイスラと同じだ。

 背筋を撫でるように生えた固い鱗を足場にして、その背中へと上る。

 

「リンクォがお利口なのか、飛竜はみんな頭がいいのか」


「リンクォは利口な方だと思いますが……これは訓練を受けているからですよ」


 今日は素人わたしが背中に乗る、ということで、白い飛竜の待機姿勢が普段と違う。

 普段は犬のようにお尻を下して待機しているのだが、今はお腹を地面につけた『伏せ』の姿勢だ。

 私が背中に乗りやすいように、できるだけ背中を低くしてくれているのだろう。

 

外套の上にお座りください」


「……イスラの外套マントなんですが」


 この上、とイスラが示すのは鞍の上に敷かれた外套だ。

 少し考えなくとも、尻に敷くには抵抗がある。

 

「カーネリア姫は下衣ズボンのご用意がないようですので……」


 生足で鞍に座るのはお勧めできない、ということで、イスラの外套を鞍と私の間に挟みたいらしい。

 言われてみれば、むき出しの太ももで鞍を挟めば、太ももが擦れて悲惨なことになるだろう。

 これは馬であっても同じことだったはずだ。

 

「……やっぱり、ズボンも作ってもらうことにします」


 すぐにサイズが変わる予定(希望)なので、今のサイズでズボンを作らせても無駄になるかな、と避けはしたが。

 鞍を太ももで挟む時に擦れる、という可能性は考えもしなかった。

 

 ……近い。

 

 失礼します、とイスラが私の後ろに座る。

 やはりというか、密着姿勢がすぎて少し気恥しい。

 しかし、こればかりは恥ずかしいから、と避けることはできなかった。

 素人わたしが飛竜に乗りたいと言って、一人で乗せられるはずなどないのだから。

 必ず誰か飛竜騎士が同乗し、私が落ちないように支える必要がある。

 

「手綱には触らず……鞍に捉まっていてください」


 誘導された鞍の突起に掴まると、イスラの太腿に挟まれた。

 これはしっかり鞍を太ももで挟め、という合図かと思って太ももに力を込めるて掴まる。

 この鞍は普段からイスラが使っているもので、二人乗り用の鞍ではない。

 そのため、少し狭いが我慢をしてほしい、と耳元でささやくところまでセットなのだから、これはもはや何かのプレイだ。

 

「……リンクォ」


「キュイ」


 イスラに名前を呼ばれ、白い飛竜リンクォが返事をする

 私を呼ぶ時とは少し鳴き声が違うのだが、あれは母親を呼ぶ時の鳴き声らしい。

 白い飛竜の成長を記録してきた巻物に、そう書かれていた。

 

 なぜカーネリアが飛竜から母親と認識されているのかは判らなかったが、懐かれていることは判るので、悪い気はしない。

 今日の白い飛竜は私を背に乗せ、ご機嫌な様子で可愛らしく鳴いている。

 もしかしたら、鼻歌でも歌っているのかもしれない。

 

 ……わっ、動いた。

 

 イスラの合図を受けて、白い飛竜がゆっくりと体を起こす。

 伏せていた姿勢から座った状態に移り、やがて二本の足で立ち上がった。

 

 伏せていた生き物が、起き上がった。

 

 当たり前の、ただそれだけの動作なのだが、それが飛竜ともなると初体験すぎて感動してしまう。

 前世では絶対にできない体験であったし、今世でも体験できる人間は限られている。

 下から突き上げられるような重い振動があるのだが、手綱を握るイスラの両手が私の脇を支えてくれていて、鞍から転がり落ちるような不安はなかった。

 

「まずは少し歩かせます」


 鞍にしっかり掴まっていてください、と続いたイスラの言葉に、突起を握る手に力を込める。

 白い飛竜はイスラの指示でゆっくりと歩き始めたのだが、そこは巨体の飛竜だ。

 どんなにゆっくりと、慎重に動いてくれていようとも、背に乗せた人間に伝わる振動は大きい。

 

 ……ああ、効きそう。これはいい『乗馬ダイエット』だ。

 

 鞍から振り落とされまいと、意識せずとも太ももに力が入る。

 姿勢を保とうと、無意識で体がバランスを取り始めることが、なんだか不思議だ。

 

「キュルル」


「……なんだか、不満そうな声が?」


「飛竜は地上を歩くより、空を飛ぶ方が得意ですからね」


 あまり好きではない『歩く』という行為を、ことさらゆっくりと行うことに不満を感じているらしい。

 私が背にいるのに、どうして得意なことをさせてくれないのか、と。

 

「カーネリア姫、申し訳ありませんが、少し速度を上げます」


 白い飛竜の不満が爆発する前に、と続けてイスラがリンクォへと合図を送る。

 合図を受けた白い飛竜は、不満げな鳴き声をピタリと止めた。

 

「……こ、これはっ!?」


 白い飛竜としては、駆け足程度の速度だろう。

 もしくは、ようやく普通に歩き始めたのかもしれない。

 が、背に乗った私からしてみると、下からの衝撃が桁違いに増していた。

 

 ……効く! これ、絶対効くっ!

 

 明日の朝は久しぶりに筋肉痛と戦うことになるだろう。

 そんな予感がヒシヒシとしてくるのだが、今の私にはどうしようもない。

 今の私は、巨大な飛竜を乗馬ダイエットの家電代わりに扱っているのだ。

 むしろ筋肉痛になることは、想定通りの結果とも言える。

 

「あ、え? ちょっ……っ!?」


 速度を上げた白い飛竜は、だんだん楽しくなってしまったらしい。

 最初こそ私を気遣った速度で歩いていたのだが、今はウキウキで走り出している。

 ピュルルル、といつもの甘えた鳴き声を出しながら、庭中を走り回り始めた。

 

「リンコ!? はやいっ! ちょ……っ!!」


 久しぶりに噛んでしまったが、今は仕方がないだろう。

 震度にしたら何度あるのかも想定できない大揺れに揺られながら、必死に鞍にしがみ付いているのだから。

 

「イ、イスラっ!!」


 とにかく鞍から振り落とされまい、と身を固くしていると、イスラの体が私に覆いかぶさってくる。

 私が降り落とされないよう、全身を使って支えてくれているのが判った。

 

 ……っ!?

 

 鞍とイスラに挟まれて、落下の危険からは解放されたことがわかる。

 が、このままではどうしようもない。

 乗馬ダイエットだなんだと言っている余裕などなく、ただ、ただ振り落とされまいとしがみ付いていることしかできないのだ。


「イス……」


「口を閉じていてください」


 舌を噛みます、と続いた言葉に、素直に従って口を閉ざす。

 飛竜については、飛竜騎士であるイスラは専門家だ。

 調子にのってご機嫌で暴れだした飛竜の制御も、お手の物――かは判らなかったが、可能なはずである。


「ピギュッ!?」


 一瞬だけ違和感のある鳴き方をして、直前までご機嫌に鳴いていた白い飛竜の声が止まる。

 ピタリと足を止めた白い飛竜は、静かに腰を下すとやがて地面へと腹をつけた『伏せ』の姿勢になった。







「……とりあえず、飛竜リンクォで乗馬ダイエットは無理だと理解しました」


 イスラの手を借りて鞍から滑り降り、ようやく帰還した地面の感覚にホッと安堵のため息をもらす。

 しかし、まっすぐに立つことができず、イスラの腕に支えられてなんとか立っている状態だ。

 とてもではないが、今は一人で立つこともできない。


 もしも継続的に乗馬ダイエットに挑むのなら、用意すべきは本物の馬である。

 いくら気軽に飛竜の方からやって来てくれるからと言って、飛竜は乗馬には向かない。

 大きさもあるが、本人――本飛竜?――がただ楽しく動き回るだけで、背に乗った人間には大地震に揺られ続けるような衝撃があるのだ。

 体幹が鍛えられる前に、体のそこかしこを傷めてしまうだろう。

 

「ピュルルル」


「甘えてもダメ。無理」

 

 私の感想に不満を訴える白い飛竜は、やはり人間の言葉を理解している。

 飛竜はダイエットに向かない、という言葉に、今後私が自分の背に乗る機会は少ない、と悟ったようだ。

 

 ……あと、他にもいろんな意味で無理っ!

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