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憑き物は憑き物でも

 ……イスラって、もしかして好きな人がいるのでは?


 推しの新情報か!? とひらめきという名の天啓を受ける。

 前世においても十年以上前に出たゲームでのことなので、公式からの突然の供給が過ぎた。


 思わずガバリと体を起こすと、天蓋の向こうで息を飲む音がした。

 微かな戸惑いらしき気配がして、お互いに息を潜めて様子を探っているのがわかる。


 ……えっと? 不寝番、って言うんだっけ?


 腐っても今は『姫』なので、御付の人間が多い。

 天蓋の中でやっと一人になれた、と気を抜いていたが、天蓋の外にはやはり人がいたようだ。


 天蓋の外に他者ひとがいるのは異常事態ではない、とカーネリアの知識から引っ張りだしてくる。

 カーネリアとしては普通のことだが、白雪 姫子としては正直少し怖い事態だ。


 いったい誰が天蓋の向こうにいるのだろうか、と気配を探っていると、意外な声が聞こえてきた。


「……まだ、起きていらっしゃいましたか?」


 カーネリア姫、と私を呼ぶイスラの声に、不審者の気配にバクバクといっていた白雪 姫子としての動悸が治まる。

 姿を確認して安心したい、と天蓋を開くと、天蓋の向こうにいたイスラは腰を落として膝を付いた。


「えっと、……どうしたの?」


「急ぎカーネリア姫にお渡ししたい物を預かってきましたので、夜分遅くに失礼いたしました」


 これを、とイスラが差し出してきたのは、ビー玉ぐらいの飾り気の無い黒い石だ。

 なんでこんな物を夜中に? と首を傾げていると、魔よけのお守りである、と教えてくれた。


 ……一応、憑依系のつもりじゃないんだけどな?


 魔よけのお守りを『カーネリア』の元へ持って来た、ということは、そういうことだろう。

 イスラには『何か憑いている』と思われているようだ。


「できれば、肌身離さず持っていていただきたいのですが……」


「じゃあ、紐でも付けて、首飾りにでもしようかな……?」


 推しに『憑き物』と思われているらしいことは実に遺憾だが。

 推しから貰った、初めてのプレゼントである。

 誰かから預かってきたような台詞が聞こえたが、無視だ、無視。

 推しが手渡してくれたのだから、これは推しからのプレゼントである。

 ファン暦??年のオタクを舐めてはいけない。

 妄想力でそのぐらいの記憶の改ざんはお手の物だ。


「……あ、そうだ」


 贈り物を戴いたからには、なにかお返しを、と考えて、思いつくことがあった。

 罪人の纏うボロ布から着替え、湯浴みも済ませたらしいイスラは、すっかりカーネリアの知る普段の姿をしているのだが、ひとつだけいつもと違うモノがある。


「正義とか、公正とかの神様っている?」


「正義の女神イツラテルのことですか?」


「正義の女神様がいるのね?」


 それなら、とイスラの首にかけられたままの魔封じの枷へと手を伸ばし、今名前を知ったばかりの神へと祈りを捧げる。


「正義の女神イツラテルよ。罪無き者に嵌められし枷を外したまえ」


 祈りの言葉はこんな感じでいいだろうか。

 少しだけ自信がなかったが、正義の女神イツラテルへと祈りを捧げる。

 イスラに付けられた魔封じの枷を外してほしい、と。


 すると、ふわりと私の髪が赤く輝き、その輝きは魔封じの枷に触れた手へと移動した。

 赤い光は魔封じの枷へと吸い込まれるようにして消えると、ガコッと錠が外れるような重い音がする。


「あ、取れた。……正義の女神イツラテルよ、感謝いたします」


 ありがとう、とありったけの感謝を込めて正義の女神様へと祈りを捧げる。

 また髪が赤く光ったが、今度は感謝を捧げているだけなので、特にこれといった効果はない。

 少し青みがかっていた髪が、赤が混ざって紫がかったぐらいだ。


「…………」


「枷、外れてよかったね。お父さまにお願いしたら、いつになるか判らないし」


「……また、祭司長に報告する案件が」


「祭司長? というと……正妃さま?」


 カーネリアの記憶を探っても正妃の名前は出てこないが、祭司長と正妃がイコールで結ばれることぐらいは分かる。

 王権を神が授けるこの国ではあったが、町や村単位ならまだしも、国単位になると国政と神事・祭祀を王一人で行うことは難しくなってくる。

 そのため、王権は王にあるが、神事や祭祀を担当するのは正妃ということになっていた。

 このあたりが、正妃と側室の違いだ――とカーネリアは思っていた。

 もちろん、正しい知識を仕入れれば、まだ社会が単純な仕組みしかないらしいこの国でも、別の意味があるだろう。


「本日のカーネリア姫のご様子をお伝えしたところ、これまでは悪霊でも入り込んでいたのでは? と、祭司長より魔よけを預かりました」


 そんな理由で、魔よけのお守りは本当に肌身離さず持っていてほしい、とイスラに真顔で言われて、そっと目を逸らす。

 憑き物は憑き物でも、『カーネリア』の側が『憑き物』と思われていたらしい。


「わたしとしては、前世とか……とにかく、『わたし』を『思いだした』感じ……? なんだけど」


「前世、ですか?」


 前世とは、どういうことか、と問われて答えに困ってしまう。

 前世でのネット小説に慣れた人物であれは『前世』や『異世界転生』という単語だけである程度の保管はしてくれるだろうが、イスラにそれは望めない。

 うまく説明できる気がしない、と言葉を濁すと、片膝を付いて跪いていたイスラは、目の前で正座をし始めた。

 どんな長い話になっても聞く、という意思表示だろう。

 なんでもいいから、どんな話でもいいから、私の言葉で聞かせてほしい、と真摯な青い瞳で訴えてくる。


「……荒唐こうとう無稽むけいな話になりますよ?」


「かまいません」


「説明が下手な自信があります」


「何時間でも、お付き合いいたします」


 なんでそんなに、頭のおかしな話を聞きたがるのか。

 そうそのまま聞いたら、イスラは少し困ったような顔をして、微かに微笑んだ。

 気になっていることがあるのだ、と。


「カーネリア姫は、リンクォを『リンゴ』と呼びました」


「あれは……リンコ、ク、クォ? がわたしには言い難かっただけで……」


 深い意味はない。

 そう伝えたのだが、イスラは小さく首を振った。

 以前、同じように白い飛竜を『リンゴ』と呼んだ人物がいる、と。


「その人も、今日のカーネリア姫と同じことを言っていました。『お揃いでいい』と」


 なぜ『リンクォ』が『リンゴ』になると『お揃い』なのか。

 それを知りたい、と言うイスラの静かな瞳に、のまれた。

 推しが『知りたい』と求めているのだから、信者としては『答える』ことこそが信仰だろう。

 白雪 姫子は『推しは宗教』派だ。


「『リンゴ』は、あれですよ。わたしの『わたし』としての名前は『白雪 姫子』っていうんですけど……」


 白雪 姫子の暮らした世界には、『白雪姫』という童話があった。

 その童話の中でキーアイテムとして出てくるのが『林檎』である。

 だから『白雪姫じぶん』と『林檎リンクォ』でお揃い感がある。


 そう解説した後のイスラの表情は、不思議な変化をみせた。

 ゆるやかな変化ではあったが、硬さのようなものが取れた気がする。

 その変化を疑問に思っていると、イスラはゆるく首を振った。

 そして顔の位置が元の正面に戻ってくると、柔らかく変化したはずの表情はまた硬いものに戻っている。


「……つまり、『シラユキヒメコ』というのが、今のカーネリア姫が自認している名前なのですね?」


「名前は『姫子』です」


 『白雪』は苗字である、と解説すると、白雪 姫子の世界では女性にも家名があるのか、と驚かれた。

 どうやらこの世界では、貴族男性には家名があるが、たとえ一国の姫であっても女性には家名が付かないらしい。


 唯一の例外としては、女王だ。


 その女王も、男尊女卑の世界ではほとんど存在しない――はずなのだが、ここは年齢制限のあるゲームの世界だ。

 結構な頻度で女王がいる。

 そして、もれなく年齢制限なイベントもあった。


 どうやら男尊女卑の下地があるようなのだが、ただの看板と考えていいだろう。

 先の女王も、王族の中に男児が生まれるまでの中継ぎとして、せいぜい数年玉座にいる程度という話だったが、ゲームでは半数以上の国主は女王だった。

 これはもう、年齢制限そういうゲームだったから、としか言えないだろう。


「ヒメクォ……コ、ヒメク、コォ……」


 『姫子』という名前は、イスラには少し言いにくいらしい。

 『リンクォ』が咄嗟に言えない私と、なんとなくお揃い感があって嬉しい。

 というよりも。


 ……目の前で推しが自分の名前を呼ぶ練習する姿とか、誰においくら万円払ったらいいですかね??????


 荒ぶる内心をどう鎮めたものか、ととりあえず心の中で推しへと信仰を捧げる。

 昂ぶった萌えなど、どの神に祈ればいいのか判らなかったので、萌ゆる緑の神を脳内で勝手に想定した。

 日本には『萌え』という文化(?)があったので、きっとこれでいいのだ。


「ヒメコ様!」

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