第68話 振り返り
家に帰った俺は、今日一日の疲労を全身に感じつつ、一先ずシャワーを浴びてサッパリする。
温まった身体はポカポカと眠気を誘うも、俺は今日も待ってくれているリスナーのためにも配信はしなければならない。
まぁ明日も休みだし、あとちょっと頑張ろうと気合いを入れた俺は、その前に今日使った鞄を手にする。
そして取り出したのは、今日メイド喫茶で梨々花と一緒に撮った三枚のチェキ。
『絶対帰ってから見てよね!?』
そう言って梨々花に渡された、まるで玉手箱のようなそのチェキ――。
――そうなると、このチェキには時を戻す力が……?
なんて馬鹿なことを考えていないで、俺はチェキの内容を確認する。
「……なるほど、ね」
チェキを手にした俺は、思わずそう呟いてしまう。
そのチェキには、一枚一枚のツーショットに対して、ハートとかコメントが落書きされた、よくあるメイド喫茶で撮ったチェキ――。
しかしそのうちの一枚には、こう記されていた。
”彰、いつも本当にありがとね! 大好きっ!”
たった一文ではある、そのメッセージ。
それでも、思えばもう知り合ってから結構経つ俺と梨々花の関係において、その一言は温かく、そして嬉しかった――。
「俺の方こそ、いつもありがとう……」
梨々花がいてくれたから、俺だって本当に毎日が楽しいのだ。
そして今日から俺は、藍沢さんではなく梨々花と呼ぶようになった。
そんな、お互いに縮まっていく距離感が嬉しかった。
「大好き、か……」
それが、友達としてなことは分かっている。
でも、仮にそれ以上の意味があるのだとしたら……。
そんなことを考えただけでも、俺は顔が熱くなってくるのを感じる。
これまで感じたことのない、その温かい感情——。
それが何故かなんて、そこまで俺は鈍感なことは言わない。
けれど、俺自身まだよく分かっていないのも本当だった。
だからこそ、これから俺は自分自身とも向き合う必要があるのだろう。
そう思い俺は、今日も配信の準備を始めることにした。
今日撮った三枚のチェキを、PCデスクに並べたまま――。
◇
~梨々花視点~
「ただいまー」
バイトを終え、帰宅したわたし。
今は実家住まいのため、わたしは家族にただいまを伝えるとともに、自分の部屋に両手いっぱいの荷物を投げ出してベッドへダイブする。
「づかれだぁー」
今日は昼からずっと行動していたため、主に足を中心にどっと疲労を感じる。
でもわたしは、鞄を手にすると大事にしまっておいた三枚のチェキを撮り出す。
今日たまたま出会った彰と、一緒に撮ったその三枚のチェキ――。
ちょっと強引ではあったと思うけれど、それでもちゃんと付き合ってくれて、わたしの隣には一緒に微笑んでくれている彰の姿——。
「ああ、もう……」
わたしはそれを眺めながら、気持ちがいっぱいになっていく。
同じ大学に通い、わたしがVtuberになりたいと思っていることを告げれば快く協力してくれた彰。
そんな彰と過ごすようになったこの大学生活は、本当に毎日が楽しい。
――でも、本当にそれだけ?
そんな思いが、最近はより強く感じられていた。
わたしにとっての彰の存在――それは、日を追うごとに強くなっていっていることは自覚していた。
でも今日、その思いは自分の中ではっきりとした。
彰が別の女の子と歩いている姿を見て――。
綺麗な子だった。
今日の道明寺さんに限らず、この間彰が連れていた三人の子はそれぞれ、わたしの目から見ても全員綺麗だった。
思えば、あの時からわたしは焦っていたようにも感じる。
あまり異性が得意なタイプではなさそうだし、彰なら大丈夫だとわたしはどこか安心していたのだと思う。
こうして近くにいられるのは、自分だけだろうって――。
でも、そうじゃなかった――。
思えば、それは当たり前なことなのに――。
彰が他の子達から、注目されない方がおかしいのだと。
特に彰がイメチェンをしてきてからは、分かりやすかった。
大学にいても、外を歩いていても、女の子達が彰のことを見ているのだ――。
その事実を受け入れてからのわたしは、自分でも変わったと思う。
友達にお願いして、ランチの時間も彰と一緒に過ごすようになったし、困った時に真っ先に頼ったのは親でも友達でもなく、彰だった――。
「……好きだなぁ」
チェキを眺めながら、自然とそんな言葉が漏れ出てしまう――。
そう、わたしはやっぱり彰に対して、友達以上の特別な感情を抱いているのだと認めるしかなかった。
時計に目を向けると、夜の十時前。
予定では、そろそろアーサー様の配信が始まる時間。
最初は、彰に対してどこかアーサー様の面影みたいなものを感じていたわたし。
でも今では、アーサー様の中に彰を見ている。
――わたしって、こんなに分かりやすい性格してたっけ。
そんな分かりやす過ぎる自分に思わず笑ってしまいながら、わたしは今日もアーサー様の配信ページを開く。
今日一緒に撮った三枚のチェキを、パソコンの隣に並べながら――。
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