第20話 結果
月曜日がやってきた。
つまりは、藍沢さんがオーディションを終えて、今日が初顔合わせとなる。
結果が気になる俺は、そわそわしながら藍沢さんがやってくるのを待った。
――まぁでも、土曜日面接してもう結果が出てるとか、さすがに早すぎるか。
こういうのは、大体一週間、長くて一ヵ月とかかかるものなのだ。
まぁ事務所に確認すれば、先に結果が分かるのかもしれない。
でも、こういう合否の結果は、藍沢さんの口からちゃんと聞きたかった。
そんなことを考えていると、後ろからトントンと肩を叩かれる。
振り向くとそこには、藍沢さんの姿があった。
だが、その様子は普段とは違い、何故かプルプルと震えている。
その表情は、嬉しそうに何か言いたげにも見えるし、その気持ちを必死に押し殺しているようにも見える。
そんな、どこか挙動不審な藍沢さんの姿に、俺は訳が分からず首を傾げる。
「藍沢さん?」
「お、おおお、おはよう桐生くぅん!」
――ん? なんだ?
その様子だけでなく、朝の挨拶までもやっぱりどこか挙動不審な藍沢さん。
イヒヒと変な笑みを浮かべながら、今日も隣の席に座る藍沢さん。
しかし、そのおかしな反応から察するに、絶対に何かあったに違いなかった。
「ど、どうかした?」
「いやぁ? な、なにもぉー?」
うん、絶対どうかしてますよねその反応……。
必死に何かを誤魔化しているような、分かりやすすぎるその反応。
「そ、そっか。――あ、それはそうと、この間の面接はどうだった?」
「ああ、面接、ねっ! ど、どうなんだろうね? あはは!」
「どうなんだろうねって、どういうこと?」
「いやまぁ、だ、駄目だったんじゃないかなーって! うん!」
おかしい、あれだけVtuberを本気で目指していた藍沢さんが、こんなことを言うはずがないのだ。
そんな、やっぱり今日は様子のおかしい藍沢さんは、結局それからずっとこんな調子でVtuber以外の話題ばかり話すのであった――。
◇
「……絶対、何かあるんだよなぁ」
家に帰った俺は、そんな独り言とともにPCの電源を入れる。
まぁ本人が言いたくないなら仕方ないが、あんな分かりやすい態度をされては気にならない方が無理な話なのだ。
そんなことを思いながら、俺はいつも通りチャットツールを立ち上げると、マネージャーの早瀬さんから届いているチャットを確認する。
『業務連絡なんだけど、これからわたし、もう一人担当することになりました』
え? もう一人!?
ただでさえ忙しそうなのに、更に受け持つ担当が増えるってこと!?
それって大丈夫かなと思いつつ、俺はチャットの返事をする。
『そうなんですね、承知しました。その、色々大丈夫ですか?』
すると、すぐに返事が返ってくる。
『あ、学校終わったのねお疲れ様。まぁやれるだけやってみるわ』
『そうですか。僕も、あまり無理させないように頑張りますね』
『ありがとう、すごく助かるわ。でも、これから受け持つ子はかなりの逸材よ』
『それはつまり、この前の妹分オーディションの話ですか?』
『そうね、まぁ秘密にする必要もないから言っちゃえば、その通りよ。一人ね、すごくいい子を見つけたのよ』
そう言って、ニコニコスタンプまで送ってくる早瀬さん。
普段スタンプなんて使わないだけに、それだけで早瀬さんが本当に期待を寄せていることが伝わってくる。
『それは、どんな子なのか気になりますね。実は、僕と同じ大学の女の子も、今回のオーディション受けてるんですよ』
『あら、そうなの? ――って、そうだったわ。わたしが受け持つ子も、アーサーくんと同じ大学って言おうとしてたのよ』
『えぇ!?』
チャットだけでなく、実際にも驚きの声をあげてしまう。
今回の妹分オーディションに申し込み、その後面接まで進んだのはたったの五十人。
その僅か五十人の中で、俺と同じ大学の人物なんて、そんなもの――。
俺は恐る恐る、早瀬さんに聞いてみる。
『それってもしかして、藍沢さん?』
『まぁ、隠しててもいずれ分かることだし、そのとおりよ。まさか知り合いだったなんてね』
合わせて、爆笑するスタンプまで送ってくる早瀬さん。
だが、こっちにしてみれば最早知り合いなんてレベルではないのだ。
俺と藍沢さんは、同じ大学の同じ専攻で、今ではいつも一緒に授業を受けている友達。
しかも俺は、彼女がVtuberデビューするためのサポートまでしているのである。
――でもそうか、受かったのか!
何はともあれ、早瀬さんがこう言っている以上、それは間違いなく合格したことを意味していた。
色々考えないとダメなことはある気がするけど、それでも嬉しくなった俺は早瀬さんにチャットを返す。
『良かった! 藍沢さん受かったんですね!』
『ええ、そうね。あんな逸材が近くにいるなら、もっと早く教えなさいよね』
『あはは、それは無理ですよ。だって俺、自分がアーサーなこと彼女に言ってないですから』
そうチャットをしてから、俺はふと気が付く。
――あれ? 藍沢さんもうちの事務所に入ったのなら、もう秘密にする必要もないんじゃないか?
そう、藍沢さんは、晴れてこれから仲間になるのだ。
であればもう、秘密にする必要はないんじゃないだろうか。
『あー、先に言っておくけど、あなたがアーサーだってことは、一応まだ彼女にも秘密にして頂戴ね。まだデビューすらしていないから、何があるか分からないもの』
『なるほど』
俺の考えを先回りするように、早瀬さんから釘を刺される。
まぁ藍沢さんなら大丈夫だとは思うが、新人による不祥事なんかもたまに目にするため、それを気にしているのだろう。
『でも、俺だけ知ってるのも何だかなぁ』
『ふふ、アーサーはもう、うちの看板タレントなんだからいいのよ』
そういうもんなのか……?
まぁそんなわけで、俺だけ一方的に藍沢さんが無事に合格したことと、更には同じマネージャーの早瀬さんが担当するということを知ってしまったのであった。
そこで俺は、ようやく藍沢さんが挙動不審になっていた理由を理解する。
見事合格した藍沢さんは、これからFIVE ELEMENTSの妹分グループDEVIL's LIPのメンバーとして活動していくのだ。
つまりそうなると、他人に所謂中の人であることを易々と明かしてはならない。
だから藍沢さんは、あんな風に必死に誤魔化そうとしていたことに気が付いた俺は、思わず家で一人吹き出してしまう。
――分かりやすすぎるってば、藍沢さん。
凄いようで、どこか抜けている藍沢さん。
でもそんなところも、彼女の強い魅力なのであった。
『にしても、アーサーにあんな美少女の知り合いがいたなんてねぇ』
『あはは、たまたま同じ専攻になっただけですよ』
『ふーん。でもまぁアーサーなら納得ね。てことで、このことはオフレコでよろしくね』
こうして早瀬さんとのチャットは終了した。
俺なら納得の意味はよく分からないが、明日から俺もどう接したものかと頭を悩ませつつも、とりあえず今は藍沢さんが無事合格したことが嬉しくて堪らないのであった。
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