第170話 デートの終わり
ネットカフェを出ると、外はすでに日が落ちかけていた。
結局、ネットカフェのフードサービスまで利用してしまい、随分長い時間居座ってしまった。
やっぱりあそこは沼だ……。快適過ぎる……。
とは言っても、お互い摘まむ程度の軽食で済ませていたこともあり、時間も空いてお腹も空いてきた頃合い。
というわけで、今日はこのまま夕飯を済ませていくことにした。
連休で配信もサボっていたし、そろそろ本業の配信業も再開しないと不味い。
期間が空けば、俺と梨々花の関係も怪しまれてしまう可能性もあるだろうし、色々と気を付けなければならない。
それは梨々花も同じ考えのようで、歩きながらの話題はVtuber活動について。
俺は梨々花からの質問に、Vtuberの先輩として答えていく。
そんな俺の話を、梨々花もうんうんと頷きながら聞いてくれる。
ずっと憧れていたVtuber活動なのだ、俺が教えてあげられることは全て教えてあげたいと思っている。
俺達にとって何より大切で、共通の話題。
目的地に着くまで、話題は尽きることはなかった。
そんなこんなで、今日の夕飯に選んだのは有名な回転寿司のチェーン店。
ここならば、お互いにお腹の空き具合に合わせて食べたいだけ食べられるし丁度いいと思ったのだが、夕飯時というのもあって店内は相変わらずの混み合いっぷり。
やはりみんな、寿司が好きなのだなと実感しつつ、俺達も待合い席で順番を待つことにした。
「ねぇ、彰はお寿司のネタで何が好き?」
「んー、無難にマグロとかサーモンかなぁ」
「あはは! 本当無難だね、ウケる」
「そういう梨々花の、好きなネタは?」
「え、マグロ」
「いや、一緒やないかい!」
即答する梨々花に、思わず関西弁でツッコミを入れてしまう。
そんな俺のツッコミに、梨々花は可笑しそうに笑っている。
配信じゃなくても、こうして一緒にいるだけでコントみたいになってしまうのは、梨々花の裏表のない明るい性格の成せる業。
今は配信中でも何でもないが、二人でおどければどこでもコラボ配信状態。
視聴者はゼロ人だけど。
「……本当、彰といるとずっと楽しいな」
「それはこっちのセリフ」
「ふふ、じゃあ両想いだ」
「まぁ実際、付き合ってるわけだしな」
「あはは、たしかに?」
満足そうに微笑む梨々花。
こうして梨々花が微笑んでくれることで、俺の中でも実感が増していく。
まだ付き合い立てホヤホヤの二人。
きっと誰かと付き合うというのは、良い事ばかりではないのかもしれない。
それでも、梨々花となら大丈夫だと思える。
こうして一緒に他愛のない会話をしているだけでも、こんなにも幸せに満たされていくのだから――。
◇
お寿司を食べ終え、電車に乗って家路につく。
満腹になったうえ、今日は一日遊び尽くしたこともあり、どっしりと疲労感に襲われる。
電車の揺れはまるで揺り籠のようで、ずしりずしりと眠気を誘ってくる。
それは梨々花も同じようで、隣に座る俺の肩へ頭を預けながら休んでいる。
会話は無くとも、こうして傍に感じられるだけで幸せに満たされていく。
今日はもう一泊して、明日からはまたお互いに日常へと戻ろうとしている。
付き合うということが、どういうことなのか。
それは正直、まだ完全に理解できているわけではない。
このままでいいのか、もっとすべきことがあるのではないか。
何よりVtuberという立場で、互いにこの関係を続けていけるのかとか……。
考え出したら、やっぱり不安は尽きない。
けれど、これは二人で覚悟とともに選んだ選択。
だからこそ俺は、梨々花のためにも出来ることは全て頑張りたいと思っている。
そんなことを考えていると、俺もそろそろ眠気が堪えられなくなってくる。
最寄り駅まではまだ数駅あるけれど、ここで俺まで眠ったら乗り過ごしてしまう……。
でも……もう……。
……。
「……起きて、彰」
ゆさゆさと肩を揺らされる。
薄目を開けると、そこはまだ電車の中だった。
そうか、あのまま寝落ちしちゃったのか。
「……ごめん、寝てた」
「いいよ、降りるの次の駅だよね?」
その言葉とともに、アナウンスで流れる最寄り駅の名前。
どうやら梨々花が先に起きてくれたみたいだ。
自分がしっかりしようと思っていただけに、ちょっと情けなくなってくる。
「起きてようと思ったのに、ごめん」
「だからいいってば、わたしも寝ちゃってたしお互い様ってことで」
「……うん、分かった。ありがとう」
「よろしい」
俺の言葉に、満足そうに頷く梨々花。
完璧にはなれない自分だけれど、別に完璧じゃなくたっていいんだ。
そう思わせてくれる梨々花だからこそ、俺は好きになったんだ。
何はともあれ、梨々花のおかげで乗り過ごすことなく電車を降りることができた。
最寄り駅で電車を降りると、二人並んでマンションまでの道を歩く。
「あー、今日も本当に楽しかったぁー!」
「そうだね」
「あ、ねぇねぇ! コンビニ寄ってもいい? わたしアイス食べたぁーい!」
「はいはい」
「やったぁー! 何味が良いかなぁー」
無邪気に喜ぶ梨々花を見ていると、俺も自然と笑みが零れてしまう。
考えるべきことはきっとまだまだ沢山あるけれど、梨々花となら一歩ずつ歩んで行ける。
そう思えることが、今はただ嬉しくて堪らないのであった。




