第117話 メンズ
連れてこられたのは、駅近くの別のショッピングモール。
ここならメンズからレディースまで幅広く店舗が入っているため、俺に合いそうな服も見つかりそうだということでやってきた。
「メンズフロアは……んー、多分四階かな?」
よく分からないフロアガイドを見ながら、梨々花が先導してくれる。
こうして自分の服を誰かと買いに行くのなんて初めてだけれど、何も分からない俺は既に梨々花がいてくれることの有難みを感じてしまう。
「梨々花はその、慣れてるんだね」
「あはは、むしろ彰が慣れてなさ過ぎるだけだって」
「……ですよねぇ」
エスカレーターを昇りながら、梨々花はおかしそうに笑う。
たしかに同年代の人達は普通に買い物をしていることから、おかしいのは俺なのだろう。
元々田舎出身なこともあるが、こっちへ来てろくにこういうところへ出掛けることもなかった自業自得といったところだろうか。
「まぁ、今日慣れて行けばいいって」
「――うん、そうだね」
梨々花の言う通り、分からないままでもいられないし、今日のこれをキッカケにして色々知って行けばいい。
そう気持ちを切り替えた俺は、買い物を楽しんでみることにした。
何より梨々花が一緒にいてくれているのだ、こんなに心強いことはないと思いながら――。
そうして俺達は、目的地の四階へ到着する。
そこには数々のショップが並んでおり、その中にはちゃんとメンズの服屋さんもあった。
「あとは、好みに合うかだよねぇ」
「そ、そうだね」
いざ来てみると、少し緊張してきてしまう。
いつも行き慣れたお店でまとめ買いばかりしているから、こういう新しい場所というのはどうしても緊張してしまうのだ。
「あっ! あそことか、今の感じにも合いそうじゃない?」
そう言って梨々花が指差すのは、有名なセレクトショップだった。
そのお店の名前は俺でも知っている程の有名店のため、とりあえずそのお店へ入ってみることにした。
「わたしも、メンズのお店に入ることはほとんどないから新鮮だなぁ!」
楽しそうに、店内を見回す梨々花。
その結果、お店にいた他の客も店員も、そんな梨々花の姿に目を奪われているのが分かった。
楽しそうに微笑んでいるだけで、こんな風に注目を集めてしまう梨々花の姿に、俺は改めて今一緒にいる人が特別だということを理解する。
「あ、ねぇねぇ、これとか似合うんじゃない?」
それでも梨々花は、楽しそうに俺の服を選んでくれている。
周囲に気を取られることなく、ただ俺との買い物を楽しんでくれているということが嬉しかった。
「うん、いいかもね」
だから俺も、緊張を脱ぎ捨てる。
今梨々花と一緒にいるのは自分なのだと、周囲に分からせるように――。
こうして梨々花のオススメベースに、俺はいくつかの服を選んでみた。
いつも買っているところとは少しテイストは違うものの、こっちの方が値段も安くバリエーションも豊かなため、俺は人生で初めて服の買い物というものを本当の意味で楽しんでいるような気がする。
でもそれは、この服屋へ来たからだけではない。
やっぱり梨々花が一緒になって、買い物を楽しんでいるからに他ならないだろう。
そして今、俺は更衣室の中にいる。
とりあえず、選んだものを着て見せることになったのだ。
鏡に映った自分の姿を見ながら、これで良いのかどうか少しだけ不安になってくる。
――もう少し、筋トレとか頑張らないとだよ、な……。
普段は学校の端に座り、活動はネットの中。
そんな俺は、自分の姿に対してこれまで気を使ったことがなかった。
でも、こうしてお洒落をしてみようと思って初めて、自分の駄目なところに気が付く。
そんな、人に見られることを意識するということの大切さにも気が付くことができたのであった。
それに、今は梨々花と一緒にいるのだ。
並んで歩いていても、恥ずかしくない男になりたい――。
そんな欲求まで、俺の中で生まれているのであった。
「彰ぁー? 着替えたぁー?」
「あ、ああ! 今出るよ!」
梨々花の呼びかけに応じて、更衣室のカーテンを開ける。
すると梨々花は、俺の姿を上から下までじっくりと見てくる。
そして納得するように頷くと、梨々花とバッチリ目が合ってしまう。
「……ど、どうかな?」
「に、似合ってるよっ! うんっ!」
「そ、そう? ならよかった」
全力で褒めてくれる梨々花。
褒められなれていない俺は、それだけで物凄く恥ずかしくなってしまう。
「じゃあ、これ買って帰ろうかな」
「うんうん! それがいいよ!」
「そ、そんなに?」
「うん! だからさ――」
そう言って梨々花は、少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。
そして――、
「――今度の別荘はさ、お互い今日買った服を着ていかない?」
その言葉に、俺は無言で頷く。
それは単に、今日という日のノリの延長だろう――。
それでも、その提案は梨々花と二人だけの秘密を共有しているようで、俺の胸をドキドキさせるには十分過ぎるのであった――。




