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家出王女シリーズ

家出王女は平穏に暮らしたい【コミカライズ】

作者: 関谷 れい

「──よし、家を出よう」


何回目かの命の危機を乗り越えた私は、そう決意した。


私はとある国を治める王の一人娘……云わば王女だ。

家族は他に、身体を癒やす能力を持つ聖女の母。そして、父に色々そっくりな兄がいる。



そして、この国は力が全て。

このままいけば確実に兄が次期国王なのだが、母の聖女の力を地味に引き継いだ私を危険視する者達も現れた。

ようは、破壊の力というこの国の者であれば誰でも持っている能力より、癒やしの力というこの国では非常に珍しい能力を稀有なる能力として崇め奉るような輩が現れたのである。



兄と私は、決して仲が悪い訳ではない。

兄は父と同等の能力を秘めていたし、容姿も能力も母に似た私は、力が全て、というこの国において、兄や父に比べればひよっ子同然の力しかない。


父は母にしか興味がなく、私達はお互い母を取り合う以外はそれなりに尊重しあって生きてきた。


だから、そうした他人の動きは──正直言って、いい迷惑である。


家族内がそのことにより分断することはないけれども、全く関係のない者達の横槍のせいで、私の立場は「単なる王女」から「次期女王候補」とまで囁かれるようになってしまったのは問題だ。

まぁ、問題だと感じているのは色々規格外の父と兄以外なのだが。

一番問題だと思って欲しい二人が無頓着なものだから頂けない。



着実に周りの者達が勝手に二極化し、それを心配した母は父にお願いして、最強の護衛騎士と名高い者を私につけてくれた。


それは有り難いけれども、私はこの国にいる限りきっとこれからも命を狙われるだろうし、当たり前だが兄を返り討ちにするつもりも全くない。というか普通に死ぬのはこちらだから、間違いなく出来ない。


だから、私は家を……この国を出ることにしたのである。


 


***




母と父、そして兄に心配させない為に「お母様の祖国に一生遊びに行って参ります!心配は無用です、探さないで下さい。お母様、身体に気を付けて、お元気で。たまに戻ります、多分」とだけ書いた手紙をベッドに置き、私は闇夜に紛れてそっと部屋を抜け出した。


そしてやはりと言うべきか何と言うべきか、いつ寝ているのか不明な私の護衛騎士……ファルーシャは、夜中にリュックサックひとつを背負ってそうっと城を抜け出した私の後を音もなく付いて来ていた。


「ジュリシー様、こんな夜中にどちらへ?」

「ちょっと、お母様の祖国まで」


命綱一本でえっちらおっちら岩壁を下る私の横で、ちょっとの出っ張りを駆使してひょいひょい飛び移りながらさっさと地面まで辿り着いたファルーシャは、上……私を見上げながら、そう声を掛けた。


「ジュリシー様のお母様の祖国は我が国と敵対関係にございますが」

「わかってるよ。止めないで」


チマチマ下りるのが面倒になり、私は縄をスパッとナイフで切った。

真っ逆さまに落ちていく私の身体を、ファルーシャは難なく宙で受け止め、フワリと降り立つ。


「ありがとう」

「?いいえ」


何でこんな怪物が私に仕えているのか、全く理解出来ない。力が全てのこの国では、自分より力の劣る輩に仕えるのは屈辱な筈だ。

聖女の力を持ち上げる異端派なのかと言えば、そういう訳でもない。


「先程のお話ですが、止めませんよ。お供致します」

「え?」

「お供致します。私とここで別れれば、ジュリシー様は恐らくこの森を抜けることすら出来ずにその辺にうろちょろしている魔物の胃袋の中ですから」

「是非ご一緒にお願いしまーす!!」


ファルーシャはニコリと笑って「喜んで」と答えた。




***




私は木々の隙間を月の光が抜ける幻想的な景色を楽しく見ながら、ファルーシャに聞いてみた。


「私、この森で魔物を見掛けたことないけど」

「当然です。ジュリシー様の傍にはいつも、陛下や王子殿下、もしくは私が控えていましたから」

「……?」

「魔物は、自分より強い相手の前には現れません」

「成る程」


この森は意外と危険だったらしい。

そうとも知らずに、私は小さな頃から一人でしょっちゅう……あれ?


「私、昔から一人でしょっちゅうこの森で遊んでたけど……?」

「そうですね」

「も、もしかして私意外と強……」

「申し訳ありません、しっかり見張っておりました。一人だと思って遊んでいらっしゃったのはジュリシー様だけです」


一瞬で自分強いかも願望が打ち砕かれた。

そうか……実は傍にいたのか……全く気付かなかった!


「……あのさ、もしかして……あれ、知ってたりする?」


小さな時、根に躓いてものの見事にパンツだけ枝に引っ掛け、ビリッと破いたことがあるのだ。

ドレススカートは無事だったから、素知らぬ顔で帰城したのだけど。


「……あれ、とは……どれのことでしょうか?」


いやいや、そんなに失敗してない筈だけど!?


「鳥の巣に手を伸ばして、怒った親鳥にめちゃくちゃ突かれて泣きながら逃げたことですか?」

「違う」

「間違えて魔獣の住処に探検ごっこで入って行ったことですか?」

「違……え?そんなこと、してた!?」

「していましたよ。ジュリシー様の後ろから圧掛けてましたが、勝手に家に踏み込まれて荒らされて落書きまでされた魔獣は些か不憫でした」

「……」

「では、苺パンツ事件ですかね」


バッチリ知ってた。むしろ柄まで見られてた!!


「今すぐ記憶を抹消して」

「善処致します」


その会話が途切れたところで、森も途切れる。

先には草原がずーっと続いていて、その更に先に標高が高く、先端には雪を纏って白くなった山が聳え立つ。

山の向こうが、母の祖国だ。


「私からも質問をしてもよろしいでしょうか?なぜ王妃様の祖国なのですか?」

「平穏に暮らしたいから」


命を狙われる毎日はもう嫌だ。

自分はいつも無傷で、当たり前のようにファルーシャが傷付くところは見たくない。

ファルーシャはいつも「かすり傷です」と笑って言うけど、肉が抉れていたり、中には骨が見えるような傷すら負うこともある。


一対一で戦うなら絶対こんな傷は負わないだろうに、私がいるから……いつもファルーシャは、痛い思いをするのだ。


彼を癒している時だけは、自分に流れる母の血……聖女の力に感謝をする。

それが原因というのは、何とも皮肉な話だが。


そして、彼の強さを認めている父や兄は、「どうせあいつがどんな目にあってもお前を守るから」と言って真面目に請合ってくれないのだ。

どんな目に(・・・・・)、というところが問題なのだとわかってくれない。

例え傷が癒せたとしても、痛いものは確実に痛いのだ。



「それなら、我が国の片田舎でもよろしいではありませんか。先程申し上げた通り、我が国と王妃様の国は臨戦状態です」


それは知っている。

元々仲が良くなかったのに、父が母を攫うようにしてこの国に連れてきて、さっさと結婚してしまったのが決裂の決定打だったということも。

だから、隣国でもある母の祖国の人間は、貴重な聖女様を不当に攫ったこの国も、この国の者も蛇蝎の如く嫌っている。



「お母様の祖国なら、絶対にこの国の追手は来ないだろうからさ」


この国内にいれば、母が探しに来るかもしれない。そして、母にだけはベタ甘な父はなんなら旅行気分で母と一緒に押し掛けてくるだろう。

それではまた私の命が付け狙われるのが目に見えている。


しかし、母の祖国は別だ。


父はこの国独特の色彩……太陽のように輝く金色の髪に、浅黒い肌、そして真っ赤な瞳を纏っているから、流石に祖国に潜り込めば色々バレるだろう。

父が母と離れ離れになる選択を取る訳がないから、祖国まで私を探したいと言っても、その場合は阻止に走る筈だ。


そして、母が本気(そん)な父に敵うわけがない。



私はチラリとファルーシャを見た。


「ファルーシャは、あっちの国でも通用しそうな感じだね」

ファルーシャは、髪も瞳も黒だ。漆黒を纏っているようで、父や兄のような派手さはないがとてもシャープなイメージで格好良い……というのは、私の贔屓目だけではないと思う。

黒であれば、隣国にも少数派ではあるが、いない訳ではない。

やや身体が大き過ぎる傾向ではあるが、あちらの国でもいない訳ではない大きさだろう。

……多分。


「ええ。私もハーフですし」


ファルーシャの返事に、私は足を止めた。


「え?」

「……もしかして、ご存知なかったのですか?」

「うん、知らなかった。初耳」


そういえば……と、私は思いを巡らせる。

ファルーシャは、自分より弱い私に『忠誠』を誓っている。

この国で強くない者が忠誠を誓われることは、滅多にない。そして、強けれは強い程、誰かに忠誠を誓われることはあっても、誓うことなど無いに等しいのだ。


だから、ファルーシャは例外中の例外だ。

私を上げ奉る連中の中には、私自身に力はなくても私に忠誠を誓ったファルーシャそのものを私の力とみなす者もいるだろうと断言出来る程、非常に珍しいことである。

因みに、過去に父も母に忠誠を誓ったらしく、その時は国をあげての大騒動になったらしい。


「でも、ファルーシャがハーフなら……」

「がっかりされましたか?」


「本当に、凄く頑張ったんだね」

相当な努力の賜物で父に目を掛けられるまでになったのだろうと、私はファルーシャの太い二の腕をそっと撫でた。


兄が、ハーフだからと馬鹿にされないように、元々の才能に驕ることなくずっと見えないところで努力し続けていたことを私は知っている。

ファルーシャは叩き上げの護衛騎士で、元々武家であるとかどこの血筋も関係なかった筈だから、兄以上にここまで来るのは大変だった筈だ。


私は首を傾げた。

「……ん?何でがっかり?」

「失礼致しました……!王子殿下とジュリシー様のお陰で大分良くなったのですが、実は今までハーフへの風当たりはあまり良くなかったのです」


あまり良くなかった、とファルーシャが言うなら、それは良くなかったということだ。

「そうなの?」

「はい。……今までは混じり者と言われ、爪弾き者にされるのが常でして……」

「そうだったんだ」


私の周りには、私に面と向かってそう言うような輩はいなかったから、知らなかった。

今になってみれば、きっと私の耳に入らないように、父や母が配慮してくれたのだろう。


「今は、ハーフであることが逆に幸運であると感じます。こうしてジュリシー様と一緒に国を出ることが出来るのですから」

「……本当は、一人は心細かったから、凄く嬉しい」

私が俯いてポツリと漏らせば、二の腕に置いた私の手を自分の大きい掌ですっぽり包んで、ファルーシャははにかんだ。




***




「……嘘でしょ」

「嘘ではありません、着きましたよ」

「そうだね、明らかに着いたよね。だってもう街が見えるもん」

私は呆然としながら、崖下を見下ろしていた。


私が寝ている最中も、ファルーシャが安全なところまで少し移動してくれるというものだから、お言葉に甘えた。

言われるがまま防寒着でぬくぬくとファルーシャの背中で揺られるのが心地良くて、気付けば夢の中。

そして目が覚めた時には、雪山を越えて、既に越境していた訳だ。


いや、嘘でしょ。


しかし、目の前には間違いなく、我が国の領土にはない建物が並んでいる。

我が国では城でさえも、掘って作られるのだ。

だから、何かを積み上げて住居を作る時点でこの地が他の国の領土であると知らせてくれる。


「……ファルーシャ、ごめんね?無理してない?」

「全く問題ございません。ジュリシー様も何処か痛かったりするところはございませんか?」

「私は寝こけていただけだから!私のことじゃなくて、自分の心配してよ」

「畏まりました」


全く伝わってなさそうだと思いながら、私は胸を期待と不安半分でいっぱいにしつつ、目の前の街へ向かった。


私の平穏な日々はもうすぐそこだ。




***




「うわぁ……!!凄い、凄いねファルーシャ!」

「はい」

私は、街の中心部である屋台が立ち並んだ路地を、浮かれつつ物色して歩いた。

道は人が多く、結構混み合っていて賑やかだ。

その割には誰ともぶつからないな、と思っていたらファルーシャが圧を掛けていた。

ここは我が国ではないので、即止めて頂く。


「ジュリシー様はこちらに居を構える予定ですか?」

「うーん、ここはあまりにもうちに近いからなぁ……もう少し考える予定。それより、換金所はないかな?」

「換金所?何かお売りになりたいのですか?」

「この国の通貨は持ってないから、宝飾品でも売ろうかと思って」

私が胸元からお宝を出そうとすると、ファルーシャはその腕をぐっと押さえたまま、もう片方の手で私の目の前にずっしりと重たそうな革袋をブランとぶら下げた。


「ひとまずこれをどうぞお使い下さい」

「……これ、どうしたの?」

「道中に転がっていたので、生きている私達に活かそうと拾っておいたものです」

「それって……いや、何でもない」

うん、確かに死体はお金を使えない。


私達は欲しければ人も物も奪うのが常だけど、この国では違うらしい。

お母様だったら何と言うかな?と考えて、きっと相手が死んでたら有り難く貰うだろうと思い、私も有り難くそれを頂戴することにした。


どちらのどなたか知りませんが、こうしてしっかりと役に立てさせて貰ってますありがとう。


「えっ……」

私がファルーシャからそれを受け取ろうとしたところ、一人の男が群衆に紛れて腕を伸ばし、パッと私の手からそれを奪って行った。

私はそれに気付いた瞬間、突発的に叫ぶ。


「ファルーシャ!殺しちゃだめ!!」

「……」

五メートル程先で、先程の男が口から泡を吹いて転がっている。ファルーシャが無言で革袋を持って、不服そうにこちらを見ていた。

そんな子犬のような目で「本当に殺しちゃだめ?」って聞かないで欲しい。だめです。平穏な日常が一瞬で崩れ去るから。


私はその男に近づく。

良かった、腕は折れてそうだけど他に外傷はなさそうだ。私の声掛けが後一秒遅かったら、この男の首は吹っ飛んでいただろう。


「ジュリシー様」

「黙って」

私はその男に手を翳し、回復能力を注いだ。

「ここでは、殺生禁止だよ」

「けれども、この男はジュリシー様の物を奪おうとしました」

「うちの国と、この国の常識は違うから」


私はファルーシャにそう言いながら、確か似たような会話を昔両親がしょっちゅうしていたな、と思い出す。

まあ、父が誰かを殺した時に母が泣きながら父を責めてて、父が母にそう言っていたという違いはあるが。

いつからかそんな喧嘩はしなくなったが、流石に父が学んで、誰かの首を飛ばす時は母の前ではしなくなっただけだと、母以外の者は知っている。



「うう……」

「大丈夫ですか?」

私がその男を回復していると、遠巻きに見ていた人々の誰かが言い出した。


「……聖女様……?」

「見ろ、銀色の髪に、スカイブルーの瞳……何よりあの美貌……っっ!」

「間違いない、聖女様だっ!!」

「聖女様がお戻りになられたぞーっっ!!」


「……」

私とファルーシャは、顔を見合わせる。

私は色々母親に似ていた。

そういえば、母親はこの国の貴重な聖女で、この街を拠点に活動していたところを父親にかっ攫われ……見初められたんだっけ。

「えーと……どうも?」

顔がひきつる。


私の平穏な日常は早速翳りを見せていた。




***




「なんと……!!聖女様に……第二王女様に、お子様がいらっしゃったとは……!!」

私とファルーシャは、あれよあれよと街で一番偉い人の屋敷に招かれていた。


というか、お母様。第二王女って何?初耳なんですけど。聖女という肩書だけじゃなく、第二王女っていう肩書まであったの?


確かに少し浮世離れしてたよなぁ、うちの母……と若干現実逃避しながら出されたお茶を啜る。


「ところで聖女……ジュリシー様は、どういった理由でこの街に?」

忙しなくチラッチラッと使用人達とアイコンタクトをしながら、そのお偉いさんは私に聞いてきた。

「ちょっと家出してきまして」

「そうでしたか、……はぁ。え?家出?」

「はい」

「ええと……その、聖女巡回の旅とかではなく?」

「何ですか、それ?」


私が聞けば、お偉いさんは大仰に身振り手振りを加えて説明してくれた。


身体の不調に悩む人々を昼夜休みなく無償で癒す聖女、それが私の母。

聖女の前には長蛇の列が並び、聖女は一人ひとりに慈しみの声を掛けながら慈愛の心で全員平等に癒やしていくのだと。

ひとつの街を終えればまた次の街、その街が終わればまた次の街……と、聖女巡回の旅は果てなく続くらしい。



「つまり……ただ働きですか?」

私が率直に聞けば、お偉いさんはギョッとしたように目を見開いた。

「えっ!いや、恐らく……その、国のお金で……」

「でも私、この国からそんなお金貰ってませんし」


聖女巡回の旅をしているのか、と聞いた時点で私がそれを無償提供してくれるものだと期待しているのだろう。出会ったばかりの相手にそれを求めるのはどうかと、正直思う。


「聖女様のその能力は、世の為人の為に使うのであって……その能力に対する報酬の要求なんてそんな、世俗的なものからは逸脱した、神から与えられし能力でございまして……」

「ふーん?」

「聖女……ジュリシー様が例え穢れた国の血を引いていたとしても、奉仕の精神で精進なさればきっと、神はその行いを見ていらっしゃるものかと……」

「ファルーシャ」


ファルーシャが殺気を膨れ上げる前に、釘を刺しておく。彼の殺気をまともに食らえば、多分この国の人間は弱いから呆気なく失神するか、最悪心臓止まる。


さっさとこの街もオサラバしよう、と心に決めて私はソファから立ち上がった。

「お茶御馳走様でした」

「お、お待ち下さい聖女……ジュリシー様!本日は我が屋敷でおもてなしをさせて頂きたく……!!」

「必要ない」


私には、どなたか存じ上げない方のお金がある。多分たんまりある。

「行こう、ファルーシャ」

「御意」

ずっと仏頂面をしていたファルーシャは、漸く機嫌を直して私をひょいと肩に抱え、ベランダまで移動するとそのまま屋敷の三階から軽々と飛び降りた。




***




「私は平穏に暮らしたいだけなんだけど……」

「存じ上げております」

なのに何故、こんなことに……!!



只今、お母様のご実家に招かれております。


お偉いさんの街からはあの後難なく出発したのだけど、聖女再来という私の噂はあっという間に全国土に広がり、沢山寄り道しながら旅行気分を楽しんでいた私達はあえなく次の大きな街で捕獲された。


正確に言えば、王命で動いている必死な騎士達を職なしにさせるのも可哀想なんで、この国の騎士達を殺したくてウズウズしているファルーシャを宥めながら、大人しく馬車に乗ったのだ。


母の実家=王城、な人ってどれ位いるのだろうか?


訪れた場所は、母の部屋以外殺風景でシンプルだった我が国の王城とは違って、豪華絢爛で金が掛かってまーす、と言わんばかりの外装内装だった。


ここに連れて来られるまでに結構な貧困街を見かけたから、そちらに補助金をまわしては如何ですかね?と、他人事な(関係ない)のに思ってしまう。


「おぉ、良く無事に戻って来てくれた、我が孫よ……!!」

皺を深く刻んで、にっこり笑う初対面のお祖父様。

お祖母様はもう亡くなっていて、第一王女だった伯母様とその息子、お母様の弟で叔父にあたる現国王も勢揃いしていた。


「娘はもう諦めざるを得なかったが、まさか娘そっくりの孫がまたこうして我が国に戻って来てくれるなんて……普段の行いを神は見ていて下さるものなのだな」

「はぁ……」

私が母にそっくりだからか、誰も私が母の子供かどうか疑う者がいないので驚いた。

後で聞けば、この国の聖女はお母様と他に二人位しかいないらしいので、疑うべくもなかったらしいのだが。


いや、正しくは、聖女か否かの方が大事だったようで、本当に孫かどうかは問題なかったのだろう。


ただ、嬉しそうに話すお祖父様とは対照的に話すのが伯母様だった。公爵家に嫁いで、さっさと別れて息子とお城に出戻ったという、王家の中では非常に珍しい経歴の方。

個人的に、その人目を気にしない行動力や心意気は大変評価に値すると思うのだが、残念ながらそれは一方通行なものであった。


「それで、妹は生きているのかしら?野蛮で下賤な者達だから、飽きられて捨てられて野垂れ死にしてないと良いのだけど、と思いながらいつも神に無事をお祈りしていたの」

扇で口元を隠しながら、そう私に言う。


「……残念ながら、飽きられる様子も捨てられる様子も全くございません。もう少し母には自由を与えてあげて欲しいと子供である私が思う程、囲い込まれて身動きが出来ない状況です」

私がやんわりオブラートに包んで母の現状を伝えれば、「そ、そう……可哀想に」と言われたので深く頷く。


「まぁ、仕方ないわよね。あの子は昔から鈍臭くて、見ていられないところがあったから」

「そうでしたか。父はその母のおっとりしているところがまたお気に入りみたいで、もう少し見ないであげてくれと思う程でした」


伯母様と父を足して2で割れば丁度良いのかもしれませんね、と私が真顔で言えば、伯母様は真っ赤な顔をして固まった。

「な、何故私が……!!この私が、下賤で野蛮で下劣な魔王と足して2で割られなければならないのですかっ!!」

「大変失礼致しました、思わず思ったことをそのまま口にしてしまいました」



そうだった。魔王()はこの国では嫌われ者だった。



「なんなの貴女!どんな教育を受けているの!?」

「ファルーシャ」


私は座ったまま、横に立って控える短気な護衛騎士の袖を引っ張る。

ファルーシャは、父や母、兄がどんなことを言われてもスルーするが、私に言葉だけであっても敵意が向いた瞬間に相手を殺す癖がある。


剣なんか持っていなくても、拳だけでこの場にいる全員が数秒で死ぬだろう。

だから、余計な刺激をするのは避けて欲しい。


ファルーシャは私に子犬のような目で、「殺しちゃダメ?」と聞いてきた。

お母様が悲しむから、ダメです。




***




私とファルーシャが城であてがわれた部屋へ向かうと、「おい」と後ろから声が掛かった。


私が後ろを振り向くと、無視しようとしていたファルーシャは仕方なく立ち止まる。


わかるよ、何か声の質からして無視したい気持ちはわかるよ。

けれども、相手は一応、伯母様の息子……私の従兄弟なのだ。


「何でしょう?」

「お前、今更何しにこの国に来たんだ!?まさか、国を乗っ取る為か?」

「家出しただけですが」

「……は?そ、そんな話信じるか!!聖女が……お前の母親だけが国民からは人気があったせいで、母上は随分と心を病んだんだぞ!!」

「はぁ」

「せっかく聖女がいなくなって、やっと母上も落ち着いたところだったのに……!!お前のせいで!!」

「……それで、どうしろと?」

「今すぐ、この城から……いや、国から出て行け!!」


それは願ったり叶ったりだ。

お祖父様は母親の代わりに私を聖女として過重労働させる気満々だったし、ずっとニコニコしていた叔父様も胡散臭気な視線をずっと送ってきていた。


「わかりました。ただし、ひとつだけ伝言をお願いして良いでしょうか?」

「な、何だ?」




***




「懲りないねぇ……」

「全くですね」

宿の一室、刺客が三人、事切れた状態で寝転んでいるのを横目に見つつ、事前に血を流さないように殺せとファルーシャに言っておいて、心から良かったと思う。


私が従兄弟に「刺客の類を寄越したら無事に帰さないからそのつもりで」ときちんと伝言を頼んでおいたのに、何故かこの国でも毎日命を狙われる羽目になっている。


伯母様なのか、叔父様なのか、従兄弟なのか、聖女を他に渡したくないお祖父様なのか、もしくは全員なのか。


わからないけれどもただ、我が国と違って暗殺者なのにも関わらず、非常に非常に非常に弱い。だから、ファルーシャが怪我をすることはまずないし、その意味では安心だ。


「けど、見境がなくなってきたなぁ……」

代わりに、私の暗殺を何度も失敗していることに焦りを感じているのか、手段を選ばなくなっているのだ。

このままでは、全く関係のない市民が巻き添えになる可能性すらある。



「平穏とは程遠いなぁ……」

私はうーん、と悩む。正直、迷惑である。

「そろそろ、忠告致しますか?」

「お母様が悲しむから、あまり気が進まないけど」

「そもそも、この国の話を陛下が王妃様のお耳に入れると思いますか?」

「……ないね!」


ファルーシャの問い掛けで私は吹っ切れた。

うん、平穏な日々獲得の為に物凄く我慢していたけど。平穏な日常は遠そうだし我慢していればしたで相手がつけあがるばかり。

ここは魔族の者らしく、降りかかる火の粉は払わなきゃね!


私はにっこり笑って言った。

「次の刺客が来たらわざと逃して、もう次はないって伝えて貰おう」

「畏まりました」


その日から一週間、代わる代わるやって来る輩にきちっと伝言をお願いした。

それからピタリと止まった暗殺であったが、やっとこれで平穏が……と思い始めたある日、本当に市民を巻き添えにした事件を起こしやがった。


「ファルーシャ」

「御意」


この一言は、待てではない。

殺れ、だ。


いくら私の存在が邪魔だからとしても、関係のない者達を巻き込むようなやり方を選択するような肉親は、私は要らない。


ファルーシャが私の視界から消えると、私はせっせと市民の救助活動に参加して聖女の癒しの力を思う存分発揮した。

しかし、一人ずつ丁寧に癒やしていくのはどうしても間に合わない人が多くなる。

私は集中して、聖力が尽きるまで全体回復を掛け続けた。


「……あの化物がいない今なら……!!」

額に汗の粒を浮かせている最中、そんな声が聞こえて私は振り向きざまに仕方なく力を放つ。

「なっ……!!」

ドガン、と音がしてその男を瓦礫が押し潰した。


力が全て、という我が国において、兄や父に比べればひよっ子同然の力しかない。

けれども、ひよっ子程度の魔族の能力もあるのだ。

普段はファルーシャがいるから使わないだけで。


やがて私の中の聖力は一時的に枯れ果て、残るは魔族の操る闇力だけとなった。

それがずっと、胸の奥で渦巻いている。所謂、破壊衝動だ。このままでは私が爆弾になりかねないと危惧した時、世界で一番安心する声が降ってきた。


「お待たせ致しました、ジュリシー様。何事もございませんでしたか?」

「……ファルーシャ」

私はファルーシャの声を聞いた途端、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。

そして、視線だけはファルーシャの身体に走らせる。

怪我などはしていないようで、ホッとした。


「ファルーシャ、あっちは終わった?」

「はい、終わりました。もう刺客は寄越せないかと」

「そう、ありがとう」

母にバレないようにしなければ。心に誓う。


しかし、この破壊衝動はどうしよう。

魔族の国ならいくらでも力をぶっ放して良い荒廃した大地が広がっていたが、この国でやると一時的に生態系壊れるんじゃないだろうか。


「ジュリシー様、大丈夫ですか?」

「う、ん……」

あまり大丈夫ではない。ここまで聖力を使い果たしたのは初めてで、湧き上がる魔族の破壊衝動を抑え込むのが本当に大変だ。

「我慢されるのは良くありません。ジュリシー様が好きに暴れられるところに行きましょうか」

ファルーシャはぐったりした私を受け止め、そのままひょいと横抱きに抱えあげる。


「いや……この国ではあまり無闇に物を壊したくない……」

「では、私と繋がりますか?」

「……は?」

私はポカーンとした。

よくわからない冗談は、こんな時に止めて欲しい。


「……もしかして、ご存知ない?」

「何を?」

「破壊衝動は手っ取り早く、性交渉して抑えるのが一番です」

ええええーーッ!!

存じ上げませんそんなこと!!


ファルーシャはいつも通りなのに、雄の顔をしているように見えた。

や、魔族は気に入った相手がいればさっさとヤるのが当たり前だけど、私はずっとお母様から「本当に好きな人が出来たらね」と言われて育ってきたお陰か、魔族の中ではかなり珍しく清らかな身体だったりして。


「……私は良いけど、そんなことに付き合わせるのは申し訳ないし」

私はファルーシャが好きだから、お母様と離れることになってもファルーシャが傷付く方が嫌で家出をするくらい好きだから、嬉しいけど。


「私はずっとジュリシー様をお慕い申し上げていますから、申し訳ないどころか役得ですとしか」

「……は?」

私は再びポカーンとした。

ファルーシャは笑顔のまま固まり、

「……まさか、まさかとは思いますが……それすらも、ご存知ない?ご存知ないまま、私の忠誠を受け入れたのですか?」

何故か額には青筋が浮かんでいた。




魔族の男が自分より弱い女に忠誠を誓うのは、一種のプロポーズだったらしい。

父も母に誓ってたけど、純粋に相手を守る為だと思っておりました。


その後私達は、晴れて恋人……というより伴侶になった。




***




お祖父様が、亡くなった王族の代わりに私を探しまくっているらしいのだが、一度追手を撒いてフード付きのマントを羽織って聖女の力を使わずにいれば、逃げ回るのはさほど難しい訳ではない。


……ただ、逃げ回る、という状況に不満があるだけで。



「ファルーシャ、世界は広い。この国に拘る必要はないから、他の土地に行ってみようか」

「ジュリシー様はそれでよいのですか?」


聖女が逃げ回っている、という噂を聞いた他の国も、間者をこの国に紛れさせて私を探していると小耳に挟んだ。

私が人間と魔族とのハーフであるという噂を聞いた、魔族を信仰する異教徒達もまた、私を探しているらしい。



「うん。……ファルーシャが良いなら」

ファルーシャは、木から飛び降り、私の目の前にもぎたての果実を差し出した。

「私は、ジュリシー様がいらっしゃるところなら何処でも良いですよ」


真っ直ぐ見つめられて、私は胸の音をかき消す為にファルーシャの掌の上にある果実にそのまま齧りついた。

「甘くて美味し。……ファルーシャ、いつもありがとうね」

「いいえ、御礼を言うのは私の方です。ジュリシー様はいつも、私を生かしてくれるのです」


ファルーシャはそう言うなり顔を寄せて、私の濡れた口元を「溢れていますよ」とペロリと舐めた。


「〜~っっ!!な、なな……っっ!!」

私は舐められたところを手で押さえて、後退る。頬に熱が集まり、絶対に顔が真っ赤だとわかってしまう。


「ジュリシー様が可愛いです。いつも可愛いですが」

ファルーシャはニコリと笑って言う。

彼は私と身体を繋げるようになってから、随分と穏やかになった。……直ぐに殺しはしない、レベルだが。


「〜〜っっ、と、とにかく……!!今度こそ、平穏に暮らせるところに行こう」

「畏まりました」


──私の、私達の平穏な暮らし探しはまだまだ続くのだった。










いつもブクマ、ご評価、大変励みになっております。

また、誤字脱字も助かっております。


数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] いい゜+.゜(´▽`人)゜+.゜ 願わくばおかわり所望です。
[一言] なんかツンデレっぽかった伯母さんは残念だったけど、お祖父さんだけ生きてるってことは逆にお祖父さんは刺客を送ってなかったってことか。 まあ、お祖父さんは刺客を送る理由が無いから当然か。
[一言] 王様除く王族がないないしちゃったということは、刺客送っていたのは伯母、伯父、従兄弟全員ギルティ? 貧民街放置で王侯貴族は贅沢三昧といい、この国も何気にテンプレ駄目王国みたいですね。 弱そう…
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