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習慣

作者: 夕闇優子

 今はもう時効だと思うから告白する。

 あれは俺が子供の頃(といっても二十五歳だったけど)、夏になると車でアイスを売り歩くおじさんがいた。トランクに大きめのクーラーボックスを積んで、その中に氷とアイスの入った小さなバケットがあった。おじさんはそこからアイスを掬う専用のお玉みたいの道具で一人前を取り出して、コーンに乗せて提供する。味はバニラとチョコ。当時はコンビニなんてそんなに多くなかったし、それに安かったからかなり売れてた印象だ。

 それで俺の告白なんだけど、その日は雲一つない晴天で、暑かったけど風が気持ちよかった。俺は徒歩十五分のスーパーに向かっている途中、例のアイス売りの車が停まっているのを見つけた。こんな日のアイスはさぞ美味いだろうと思って運転席を覗き込むが誰もいない。開けっ放しのトランクの方にもいない。おかしいなと思ってふと横を見ると、玄関先でアイス売りのおじさんが何やら楽しそうに話し込んでいた。これはきっと野菜のおすそ分けとか貰っているんだろうと思った。俺は車の前で待機するのも恥ずかしいし、だからといって「すみません、アイスください。」なんて大声を出すのは絶対にしたくなかった。そこで車から少し離れ、けれどおじさんの姿が見える位置で待つことにした。

 一分ほど経っただろうか。まだおじさんは玄関先にいる。俺は諦めてスーパーに行こうと思い視線を変えると、茂みにカナヘビがいた。カナヘビっていうのは茶色のトカゲみたいなやつで、多分みんなが目にするのは大抵トカゲではなくカナヘビなんじゃないか。とにかくそいつがじっと隠れていたから、俺は歩きながら右手でさっと捕まえたんだ。そして暴れるカナヘビの首の辺りを持って車のトランクに近づいた。俺はおじさんを注視しながら左手でクーラーボックスを開け、アイスの入ったバケットにサッとカナヘビを投げ入れた。

 別に客と長話をするおじさんに怒りをおぼえたわけではない。ただの興味本位。小さないたずらである。心臓の鼓動はトランクに近づくときが最高潮で、犯行の瞬間はもう冷めていた。

 何食わぬ顔のまま車に背を向け歩き出した。この前買い忘れた歯磨き粉を買ってこないと、そう考えているとき視界の端の方に人影が映った。目だけを動かしてもう一度確認すると、斜向かいの家の駐車場で高校生くらいの女の子がアイスを食べていた。もしかして見られたか、と思ったが俺は何でもない素振りで歩き続けた。そしてその子の横を通過するとき、今度は顔自体を動かしてその子を見ると、素早く目を逸らした。いや、俺の方が逸らしたのかもしれない。見られていたと直感したから。

 無事歯磨き粉を買い忘れ家に着くと、罪悪感や焦燥感といった後悔の念に襲われた。もし次の客がカナヘビ入りのバケットを目にしたら、それが町中の噂になれば、おじさんが警察に連絡して業務妨害の犯人捜しをしたら、そしてあの女の子が証言して警察が家に訪ねてきたら。ネガティブな妄想が止まらない。

 もうこんないたずらは二度としないからと、神様に許しを請う自分がいる一方、チャイムが鳴って警察が入ってきたら知らん顔をしようと計画する自分もいた。

 その日の夜は早く寝ることにした。まだ晩御飯の素麺が胃にあるのがわかっていたが、しかし一刻も早く寝てしまいたい気持ちの方が圧倒的に大きかった。

 結局警察が家に来ることはなかったし、それどころかあの日からもずっとアイス売りは販売を続けていた。

 俺は今でもお店の陳列棚に虫を投げ入れることがある。

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