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”千里眼”長瀬郁香の怪奇現象ファイル  作者: どくだみ
File1:”千里眼”熊本にあらわる
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黒い犬

「以上がこの学園の七不思議だ」

「へー、こんなんあったんだ。知らなかった」


 いかにもって感じ。最後のは校庭の端にある桜のことだろう。ソメイヨシノだったかな。元ネタは小説かもしれないけど。


「科学的思考に染まりきった人間は、オカルトに興味など持たん。知らなくて当然さ」

「まあね……これだって、全部が本物とは限らないんじゃない?」

「その通り。1つ1つ検証せねばな」

「怪異の研究者がお化けを否定するんだ」

「偽物を見抜く目が無ければ、本物を探すことは出来んだろう?」


 意外に思って問い返せば、ストイックな返事が返ってくる。オカルトってだけでうさんくさがってたけど、割ときっちりしてるのかもしれない。”そういうの”がいないって考え自体、一種の先入観だ。


「まだ半信半疑だけどさ、こういう噂がある、それ自体は事実だよね」

「有無と真否の違いを分かっているとは、賢いな」

「ありがと」


 褒められるのは嬉しい。こいつを信用するかはともかく。

 ユウが手の甲でホワイトボードをコツンと叩いた。


「2つ目のグループは“その他”。噂として確立しないまでも、実際に起きている雑多な怪現象だ」

「さっきのノックみたいなやつか。原因は?」

「色々だ。七不思議の活性化に伴って、本来なら無害の低級霊が各地で粗相をしている。もしくは気のせい。優先度は低い」

「……便乗して騒いでる奴らがいるんだね? 七不思議っていうボスを倒せば、そいつらも静かになる、と」

「理解が早いな」


 七不思議プラスその他。これで8つだ。


「最後の1つは?」

「校内をさまよう『黒い犬(ブラックドッグ)』。野犬と説明しているそうだな。危険度が高く、正体が掴めない」


 あれか。思えば奇妙な点だらけ。生徒の安全に敏感なイセジョが、注意喚起だけで済ませてるとか。偶然見たって話はよく聞くのに、見付けたって証言が無いとか。


「犬だけは何とかしろと校長に言われている。さもなくば金は払わんとな」

「狂犬病とか怖いもんね。生徒が怪我すれば学校の責任になるし」

「否。そういう次元ではないんだ」


 打って変わって険しげな顔で、ユウが言った。

「野犬が目撃され始めたのはいつからか、覚えているか?」

「たしか……4月頃じゃなかったかな。危険だから見付けても近付くなって、ずっと言われてる」

「おかしいと思わないか?」

「学校側が何もしていないことが?」


 最初の目撃から既に3ヶ月だ。様子見にしては、長過ぎる気もする。


「実はゴールデンウィークの時点で、学校側は動いているんだ。保健所の職員と協力し、校内に罠を仕掛けた。犬の捕獲に成功したらしい」


 なら良かったじゃん。思いかけて、わたしは気付いた。捕獲が成功したなら、事態はとっくに収まっている筈だ。


「……何があったのさ」

「消えたらしい」

「消えた? 誰が」

「罠を確認しに行った職員だ。捕獲完了の報告を最後に、行方不明。罠は壊れていたそうだよ。凄まじい力で引きちぎられたようにね」


 ユウが人差し指を立てる。夏なのに、ゾワリと背筋に冷たいものを感じて、わたしは身震いした。


「これが第一の犠牲者だ」

「待って。まだあんの?」

「ある。古文の竹崎教員。腕を噛まれて入院中、と生徒には告げているらしいな?」

「……そうだけど」

「嘘ではないが真実でもない。本当は《《腕を食い千切られ》》、出血多量で意識不明の重体だ。これで二人目」


 中指を立たせてピースのマーク。まったく平和(ピース)じゃない、なんてくだらないギャグは後回しにしよう。わたしの知らないとこで、なんかヤバいことが起きているらしい。


「化け物じゃん」

「そう称するに相応しいな」

「んなもんが学校をうろついてんの? 現在進行形で、今も?」

「今もだ。だが攻撃対象は無差別じゃない。さもばくば、被害はもっと増えている」


 だから学校の対応が鈍いのだろう。生徒に被害は出ていない。出ていない内は騒ぎにしたくない。隠密に処理するため、密かにその筋の人間を呼び寄せた。そんなところか。


「『ブラックドッグ』の正体は……」

「分からない。だが類似の怪異はある」


 再びユウがペンを取り、ホワイトボードに文字を書き連ねていく。


「イギリスの妖精『ヘルハウンド』。黒い犬の姿をした死の先駆けだと言われる。『送り狼』、これは日本の妖怪だ。他には……『獣憑(けものつ)き』くらいは君も聞いたことがあるかな?」

「知ってる。あれって本当は精神疾患なんでしょ」

「そうだ。医学が未発達だった当時の人々は、精神錯乱を動物霊の仕業と考えた。あるいは裕福な家を『憑きもの筋』と呼んで差別したりな。多くの場合、憑くのは狐だ。クダやヤコ、オサキなど、地域ごとに呼び方が異なる」

「狐だけなの?」

「犬も憑く。その場合、狗神憑(いぬがみつ)きと呼ぶ。西日本に多い」


 詳しいんだな。わたしは素直に感心した。


「大丈夫か。混乱していないか」

「してる。ちょっとタンマ」


 頭がこんがらがってきた。一旦整理しよう。


「まとめるね。わたしが知らなかっただけで、この学校には怪異がうじゃうじゃいる。それが活発化してるんだっけ? 七不思議と、正体不明の『ブラックドッグ』。そいつらを調べて鎮静化するのが、ユウに課せられた依頼」

「その通り」

「要するに化け物退治か」

「その通り。というわけで、私の助手になってくれ」


 わたしの手を握る。反射的に頷きかけたけど、待て。理由になってない。


「ごめん、無理」

「な……!? どうしてだ!」

「こっちの台詞だよ。他に適任がいるでしょ」

「千鶴がいいんだ」

「なんで? 理由を言え、理由」


 イケメン女子め。簡単には口説かれんぞと手を打ち払う。ユウは叱られた子犬のような顔で、黙って天井を見詰めた。慎重に言葉を選んでいる、そんな仕草だった。


「理由……なんとなく、だな」

「とぼけんなよ」

「都合が良いのさ。君は孤高のプリンスだろう。友人がいない。こき使える」

「喧嘩売ってんの? ぼっちで悪かったね」


 でも、これがわたしだ。友達、作るな。作らなくていい。そうやって育ってきた。


「強情だな。理由なんて些末事(さまつじ)じゃないか。私には君が必要なんだ」


 身を乗り出し、ユウがわたしの顎に手を添えた。そのまま優しく持ち上げて、太陽のような笑顔をわたしに向ける。

 伝わる体温。ハスキーな声。甘い香り。ちょ、近いって――


「……いや、無理」

「何故だ!? 経験上、私がこうすれば大抵の相手は()ちた!」

「知らねぇよ! 自分の顔面に随分と自信持ってんだな!」

「チッ」


 ユウが不満そうに引き下がった。舌打ちしただろ。聞こえてんぞ。


「ではこうしよう。バイト代を払う」

「え、給料出るの?」

「こうなる場合を想定し、校長から許可を取ってある。依頼料に上乗せで払って頂けるそうだ。時給1000円でどうだね」


 良いな。ちょうどバイトしたいと思ってた。だけど高校生を雇ってくれるとこって、意外と少なくて困ってたんだ。


「条件。詳しく」

「時給1000円。夜8時以降は3割増し。仕事内容は私の補助。賃金は週末に手渡しだ」

「危険は?」

「有り得る。案ずるな。私が千鶴を護るよ」


 カッコいいじゃん。ドキッとしたぞ。

 聞く限り条件は悪くない。怪異の調査ってのが不安要素だけど、肝試しと思えば何とかなりそう。

 1日3時間として、夜間手当てが付く。1週間でそこそこ。1ヶ月だと……なるほど。

 脳内でそろばんを(はじ)く。判決、了承。乗った!


「交渉成立だな」

「取り敢えずお試しで。いつから働けばいい?」

「それはもちろん、今夜からだ」

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