物体を見透す
「実に現代じみた考えだな。非科学的と言うが、科学と非科学を分ける基準はどこにあるのだ」
「基準っていったら客観性でしょ。うちのクラスに自称霊感少女がいるけどさ、そいつが言う幽霊って、他のやつにはまったく見えてないの。これが妄想でなくて、何なの?」
百歩譲って本当に見えてたとしても、それは幻覚だ。幽霊の正体見たり枯れ尾花――人の五感は案外アテにならない。考えすぎと勘違いが重なって、何でも無いものを異常と思い込むのだ。
「超能力だって同じ。そもそもそんなのが実在すんなら、とっくに有名になってるよ。学者とかが研究したりさ」
昔はスプーン曲げとか流行ってたけど、最近めっきり見なくなった。トリックだって証明されたようなもんだ。
けれどユウは首を横に振った。
「研究ならされているさ。イギリスでは1882年に心霊現象研究協会が立ち上げられた。アメリカでも同様の団体が創設されているんだ」
「オカルト好きの道楽じゃん」
「道楽だとしたら妄想になるのか?」
……ならないな。だけど超能力が存在する説明にもならない。
「少し歴史の勉強をしよう。今から100年前、明治の日本で『千里眼事件』というのがあってね。超能力者、御船千鶴子と長尾郁子の千里眼を巡って、学者たちが激論を交わしたんだ。物理学、心理学、医学。学問の枠を越え、民間まで巻き込んだスキャンダルの果てに、千里眼は迷信とみなされたわけだが――ここまでいいか?」
「大丈夫。息継ぎありがと」
要約すると、学者が真面目に超能力を研究してたってことだ。そんな時代もあろう。昔だし。
「私が問いたいのは、千里眼が迷信とされた過程だ。史料を読めば分かるが、千里眼実験の手法は厳密じゃなかった。故に本物かトリックかは断定出来なかったんだ。にも関わらず、社会の潮流によって千里眼は迷信とみなされ、科学から排除された。千里眼を肯定した学者に、福来という男がいたのだがね、彼も後に東大の教授職から追放される。これは明らかに、政治的意図が絡んだ処遇だ」
えっと、つまり……。
「千里眼が本当にあったかもしれない、って言うわけ?」
「あったのに無かったことにされた、だ。君の『常識』とやらは、根本的に間違っているんだよ」
声色から本気度が伝わってきた。シャツの下にじわりと汗が滲む。
「バカバカしい。なら実際に証明してよ。今この場で、透視ってやつをやってみせて」
「いいだろう」
受けて立つと言わんばかりに、ユウが頷いた。
両手を三角に組み、ゆっくりと瞼を閉じる。深く息を吸って、吐いて。精神を集中させているようだ。独特の緊張感に呑まれかけた――刹那。
ふわりと、空気が凪いだ。閉めきった部屋の中で。
訝しむわたしの前で、ユウはカッと目を開いた。
「視えた。千鶴、君は今日、昼食を摂っていないな?」
「はい残念でした! 食べてますぅー!」
ここぞとばかりに指を差す。詐欺師めが! 早速ボロを出しやがった!
「千里眼が聞いて呆れるね。アンタが来る前に、こっとんが作ってくれた弁当、食べてるから」
「なるほど。鞄に弁当箱が入っていないのは、そういう訳か」
「え」
したり顔のユウにドキリと胸が跳ねる。
「……どうして分かるの」
「視たからさ」
「いやいや、信じないよ。アンタは口が上手そうだからね。今だって適当なこと言って、わたしの反応から情報を引き出したんだ」
騙されるもんか。透視なんて有り得ない。
「ではこれでどうかな? 鞄の中身。英語と数学の教科書とノート。化学、ノートだけ。地理はファイルとノート、地図帳だ。置き勉しないタイプか」
「ちょっ」
「下敷きは緑の半透明。筆箱は濃いブルーで、ストラップが2つ付いている。シャーペン3本、ボールペンは赤と青が1本ずつ。NONOの消しゴム1個。定規が1つ」
淡々と並べ立てていく。全部当たりだ。嘘だろ。
狼狽えるわたしの胸を、ユウが指で小突いた。
「それから今日の色は黒だ。似合っているぞ」
「は!? どこ見てんだ変態!」
「ここまですれば理解ってもらえるだろう?」
わたしの抗議を聞き流し、飄々と首を傾げてみせる。
「これでも発展途上だがね。明治の千里眼は現在のみならず、未来の出来事すら見通したそうだ。そんな逸材に私も出逢いたいものだよ!」
「くっそ……」
悔しいけど、信じるしかない。鞄の中身はまだしも、下着の色まで当てやがった。超能力は、あるっぽい。あるのかもしれない。
「わかったよ。ユウの千里眼、透視だっけ? それが実在するとして。ここに来たのはどうして。何を依頼されたのさ」
「よくぞ聞いてくれた。ずばり私の目的は、この学園で起きている怪奇現象の調査だ」




