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”千里眼”長瀬郁香の怪奇現象ファイル  作者: どくだみ
File2:闇子と桜の木の下
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ソメイヨシノの依頼

・桜の木の下には死体が埋まっている

 校庭にある桜の木の下には、そこで自殺した女の子の死体が埋まっている。

 虐められた末の、自殺だったそうだ。

 夜になると女の子の霊が現れて、近付いた人を呪おうとする。

 根元に花が供えられているのは、彼女の魂を慰めるためだとか。



「見たとこ普通っぽいけどね……」


 夜。わたしとユウは校庭の端、七不思議にある桜の木の下に来ていた。


「立派なものだな。私たちより確実に年寄りだ」


隣でユウが軽口を叩く。懐中電灯を頭上へ向ければ、葉っぱが鬱蒼と茂っていた。

 とにかく、大きい。周りと比べても頭一つ抜けた大きさだ。学園の設立時に植えられたらしい。春には花見スポットにもなるとか。


「桜の七不思議について、証言は?」

「ちょっと待ってね……女を見たってのが数件。高2の子『木の上に座ってて、声をかけたら消えた』。生徒指導の先生『夜、遠目に女の子が見えて、注意しようと近付いたら消えた』。うちのクラスの竹下さんって人も、桜の下には女がいるって言ってたよ」


 聞き込みのメモを見返しつつ、ユウに答える。


「七不思議自体はそれまでもあったけど、見える人が出て来たのは今年に入ってからだって。これは高3の人の話」

「『ブラックドッグ』の出現と同じ時期だな」


 つまり4月だ。七不思議と活性化と黒い犬。2つの異変はどちらも4月に始まっている。

 これまでなんとなく、両者は無関係と思い込んでいた。けど本当は関係があるのかもしれない。

 今やってることは、いわば対処療法だ。異変の原因に辿り着くためには、もっと大局的に動く必要があると思う。

 わたしがそんなことを考えている間、ユウはしゃがみ込んで何かを探していた。


「千鶴、これを見てくれ」

「どれ?」

「花が供えられている。七不思議の通りだ」


 根っこのくぼみに、野草で作った花束が添えてあった。触って質感を確かめる。


「……ちょっと萎れてる」


 南向きの位置だけど、枝の影で直射日光は当たらない。ここから推察するに、


「今朝ぐらいに供えられたっぽい」

「頻繁に取り替えているようだな。死体が埋まっているかも確かめよう」

「さすがにないと思うけどね……」

「あったら面白いじゃないか」


 不謹慎な発言をかまして、手を三角に組む例のポーズ。自然と感覚が研ぎ澄まされる、そんな静寂を伴って、ユウの透視が始まった。


「……ふむ」


 数秒の後、ユウはおもむろに立ち上がった。


「なるほど。そういうことか」

「何か分かった?」

「色々な。まず、この下に死体は」

『死体なら埋まってないわよ』


 鈴の鳴るような声が降ってきて、わたしはハッと顔を上げる。

 一番大きな枝分かれの部分。

 そこに女が座っていた。


『勝手に他人(ひと)のプライバシーを覗くなんて、人間という生き物は本当に節操なしね』


 いつからいたのだろう。玉座に君臨する女王のように、長い足を組んだそいつは、わたしと同じ学園の制服を着ていた。

 年齢は同年代か、少し年上。後ろで束ねた黒髪に、桜色のメッシュが混ざっている。その周りを、鏡面世界で見た光る蝶が、主人を守る従者のごとく飛び回っていた。

 全身から放たれる妖艶な気配に、わたしは後退る。


「おや、早速お出ましか」


 反対にユウは落ち着き払った態度で、女を見つめ返していた。


「ユウ……こいつ、なに」

「桜の七不思議さ」

「じゃあ、自殺した子の霊?」

「そうではない」


 そうではない?


「怖がらなくていいぞ。敵意は無さそうだからな」

『あら、敵対してもいいのよ』


 樹上の女が居丈高に言った。


『夜中に押し掛けて透視。立派な示威行為だもの』

「戦う意志はない。危害を加えられれば応戦するがね」

『応戦出来るとでも。お前たちはまず、己が虫ケラであることを知るべきよ』

「ただの虫ケラではないぞ?」


 挑みかかるようにユウが返せば、女は口に指を添えて苦笑する。


『なるほどね。千里眼か。そっちの娘は? ……ふぅん』


 わたしを見た女が言葉を濁した。どういう意味かと訊くより先に、ユウが前へと進み出る。


「こちらを曲者扱いするのは勝手だが、お前も大概だろう」

『へぇ』

「透視で地中を見させてもらった。死体などなかったよ」

『あったら大事(おおごと)よ?』

「だな。だが花は、供えられている。自殺者がいたのは事実だろう。ただし、それはお前ではない」

『根拠を聞きましょうか』

「索状痕がない」


 そういえばそうだ。首吊りで死ねば跡が残る。それが索状痕。なのに女の首は綺麗なもの。自殺するような性格にもみえない。

 女がパチパチと手を叩いた。


『さすがの観察眼、といったとこかしら』

「どうも。お前の正体も見当は付いているが、暴露していいか?」

『好きになさい。ただし、“気付いている”のが自分だけとは思わないことね』

「……」

『これでも勘は良いのよ、アタシ』


 話についていけない。

 一色触発のやり取りを前に、わたしは完全に蚊帳の外。気に入らないので割って入る。


「取り敢えず確認させて。アンタは人間じゃないんだよね?」

『ええ』

「正体は教えてくれる?」

『イヤ』

「名前は」

『イ・ヤ。礼儀知らずの猿に名乗る名はないの。お家でオネンネしてなさい』

「……何その言い方」


 ムカつくな。でも、こいつの言い分にも0.5理くらいはある。押し掛けたのはわたしたちだし。


「分かった、こっちから名乗るよ。わたしは千鶴。神船千鶴」

『あっそ。長生きしそうな名前ね』


 心底どうでもよさそうに言って、女が幹を蹴った。軽やかに着地して歩いてくる。次はどんな悪口かと身構えたわたしに、女は意外にも、好意的に手を差し伸べた。


『ヨシノよ』

「……教えてくれるんだ、名前」

『与えられた分は返すのが流儀だから』


 律儀じゃん。怪異は話が通じないイメージがあったけど、こいつはそうじゃないのかな。

 人と同じで、怪異にも色々あるのかもしれない。少なくとも外見上、ヨシノは人間にそっくりだ――考えつつ握手に応じようとして、手がすり抜けた。失敬。


「ユウも自己紹介したら?」

「名前は相手を支配する術の1つだ。おいそれと教えるものではない」

「わたしとヨシノは名乗ったじゃん。筋は通しとこ」


 促すと、ユウは不服そうに眉をひそめた。覗き込んでくるヨシノを仁王立ちで睨み返し、渋々、本当に渋々、名前を明かす。


「長瀬郁香だ。好きに呼ぶといい」

『千鶴に、郁香』


 復唱したヨシノがくるりとターンをきめる。


『お前たちは何をしているの? 夜は怪異(アタシたち)の時間。喰われても文句は言えないのよ』

「七不思議の調査だ。怪異の活発化に伴い学校運営に支障が出つつある。事態を(しず)めろと、校長から依頼された」

『要するに化け物退治ね』


 ユウが首を縦に振る。


「そちらと積極的に争うつもりはない」

『腰の刀は?』

「護身用だ」

『物騒ねぇ……』

「人に言えた口か?」

『ちょっと見せなさいよ』


 ヨシノが筑後八雲に手を伸ばすと、ユウは即座に印を組み、彼女の顔面に突きつけた。


「臨」

『おっと、これ以上は近付くなと。分かったわ。だから九字は勘弁』


 ステップで遠ざかっていく。そのタイミングで、ユウが会話の主導権を奪い返した。


「今年の春から、桜の下で女の目撃証言が増えている。お前だな」

『さあ?』

「それは肯定の意味か」

『答える義理はないという意味よ』


 すんと鼻を鳴らすヨシノ。突然の塩対応。さっきまで朗らかだったのに。こいつは何がしたいんだ?

 ユウが腕を組んでヨシノに詰め寄った。


「正体を明かすのは怪異として無理だろう。しかし会話まで拒否しては、互いのためにならないと思うがね」

『どちらにしろアタシにメリットが無いわ。任意の事情聴取でしょ。時間の無駄』


 つっけんどんに突っぱねる。でも……なんだろう、完全な拒絶じゃなさそうだ。もう一声、ヨシノは言葉を待っている。

 与えられた分は返すのが流儀――。


「……ヨシノ、困ってることとかない? 出来る範囲で力になるよ」

「千鶴、いきなり何を」

「協力してもらうなら、対価を出すのが礼儀じゃん」


 口振りからして、彼女が好むのは対等な関係。ビジネスである。恩を売れば返してくれるのでは? そんな打算的な考えが浮かんだのだ。

 我が意を得たりとばかりに、ヨシノが舌舐めずりをした。


『お前たち、人探しは得意?』


 ほらな! ユウに目配せを送る。呆れたように、ユウが溜息を零した。


「……話を聞こうか」

『会いたい()がいるの。昔、イセジョの生徒だった娘。物申したいことがあってね』

「透視で探して連れて来いと?」

『出来るかしら』

「場合によるな」


 ユウが答えた。


「千里眼は魔法じゃない。れっきとした能力だ。全能と思われては困る」

『最低限、情報が必要なのね』

「名前と容姿だ。この二つがなければ探せない」


 その返事に、わたしは違和感を覚えた。最初に会ったとき、初対面のわたしを見付けてたじゃん。千里眼使ったって――いや、少なくとも名前は知ってたのか。

 ……なんで知ってたんだ?

 有耶無耶にされて忘れてたけど、ユウはどうして、わたしに声をかけてきたんだろう?


『名前は分からない。姿は覚えてるけど、口で言っても伝わらないわね』

「なら無理だ」

『無理じゃないわよ。人間には足がある。東奔西走。お前なら見つけ出せるわ、長瀬郁香』

「”お前なら”か。探す相手は、ただの女ではないのだな」

『そうよ』


 笑って、ヨシノがなんとなしに付け足した。


『その娘、もう死んでるの。30年前にこの木で首を吊ってね』

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