ソメイヨシノの依頼
・桜の木の下には死体が埋まっている
校庭にある桜の木の下には、そこで自殺した女の子の死体が埋まっている。
虐められた末の、自殺だったそうだ。
夜になると女の子の霊が現れて、近付いた人を呪おうとする。
根元に花が供えられているのは、彼女の魂を慰めるためだとか。
※
「見たとこ普通っぽいけどね……」
夜。わたしとユウは校庭の端、七不思議にある桜の木の下に来ていた。
「立派なものだな。私たちより確実に年寄りだ」
隣でユウが軽口を叩く。懐中電灯を頭上へ向ければ、葉っぱが鬱蒼と茂っていた。
とにかく、大きい。周りと比べても頭一つ抜けた大きさだ。学園の設立時に植えられたらしい。春には花見スポットにもなるとか。
「桜の七不思議について、証言は?」
「ちょっと待ってね……女を見たってのが数件。高2の子『木の上に座ってて、声をかけたら消えた』。生徒指導の先生『夜、遠目に女の子が見えて、注意しようと近付いたら消えた』。うちのクラスの竹下さんって人も、桜の下には女がいるって言ってたよ」
聞き込みのメモを見返しつつ、ユウに答える。
「七不思議自体はそれまでもあったけど、見える人が出て来たのは今年に入ってからだって。これは高3の人の話」
「『ブラックドッグ』の出現と同じ時期だな」
つまり4月だ。七不思議と活性化と黒い犬。2つの異変はどちらも4月に始まっている。
これまでなんとなく、両者は無関係と思い込んでいた。けど本当は関係があるのかもしれない。
今やってることは、いわば対処療法だ。異変の原因に辿り着くためには、もっと大局的に動く必要があると思う。
わたしがそんなことを考えている間、ユウはしゃがみ込んで何かを探していた。
「千鶴、これを見てくれ」
「どれ?」
「花が供えられている。七不思議の通りだ」
根っこのくぼみに、野草で作った花束が添えてあった。触って質感を確かめる。
「……ちょっと萎れてる」
南向きの位置だけど、枝の影で直射日光は当たらない。ここから推察するに、
「今朝ぐらいに供えられたっぽい」
「頻繁に取り替えているようだな。死体が埋まっているかも確かめよう」
「さすがにないと思うけどね……」
「あったら面白いじゃないか」
不謹慎な発言をかまして、手を三角に組む例のポーズ。自然と感覚が研ぎ澄まされる、そんな静寂を伴って、ユウの透視が始まった。
「……ふむ」
数秒の後、ユウはおもむろに立ち上がった。
「なるほど。そういうことか」
「何か分かった?」
「色々な。まず、この下に死体は」
『死体なら埋まってないわよ』
鈴の鳴るような声が降ってきて、わたしはハッと顔を上げる。
一番大きな枝分かれの部分。
そこに女が座っていた。
『勝手に他人のプライバシーを覗くなんて、人間という生き物は本当に節操なしね』
いつからいたのだろう。玉座に君臨する女王のように、長い足を組んだそいつは、わたしと同じ学園の制服を着ていた。
年齢は同年代か、少し年上。後ろで束ねた黒髪に、桜色のメッシュが混ざっている。その周りを、鏡面世界で見た光る蝶が、主人を守る従者のごとく飛び回っていた。
全身から放たれる妖艶な気配に、わたしは後退る。
「おや、早速お出ましか」
反対にユウは落ち着き払った態度で、女を見つめ返していた。
「ユウ……こいつ、なに」
「桜の七不思議さ」
「じゃあ、自殺した子の霊?」
「そうではない」
そうではない?
「怖がらなくていいぞ。敵意は無さそうだからな」
『あら、敵対してもいいのよ』
樹上の女が居丈高に言った。
『夜中に押し掛けて透視。立派な示威行為だもの』
「戦う意志はない。危害を加えられれば応戦するがね」
『応戦出来るとでも。お前たちはまず、己が虫ケラであることを知るべきよ』
「ただの虫ケラではないぞ?」
挑みかかるようにユウが返せば、女は口に指を添えて苦笑する。
『なるほどね。千里眼か。そっちの娘は? ……ふぅん』
わたしを見た女が言葉を濁した。どういう意味かと訊くより先に、ユウが前へと進み出る。
「こちらを曲者扱いするのは勝手だが、お前も大概だろう」
『へぇ』
「透視で地中を見させてもらった。死体などなかったよ」
『あったら大事よ?』
「だな。だが花は、供えられている。自殺者がいたのは事実だろう。ただし、それはお前ではない」
『根拠を聞きましょうか』
「索状痕がない」
そういえばそうだ。首吊りで死ねば跡が残る。それが索状痕。なのに女の首は綺麗なもの。自殺するような性格にもみえない。
女がパチパチと手を叩いた。
『さすがの観察眼、といったとこかしら』
「どうも。お前の正体も見当は付いているが、暴露していいか?」
『好きになさい。ただし、“気付いている”のが自分だけとは思わないことね』
「……」
『これでも勘は良いのよ、アタシ』
話についていけない。
一色触発のやり取りを前に、わたしは完全に蚊帳の外。気に入らないので割って入る。
「取り敢えず確認させて。アンタは人間じゃないんだよね?」
『ええ』
「正体は教えてくれる?」
『イヤ』
「名前は」
『イ・ヤ。礼儀知らずの猿に名乗る名はないの。お家でオネンネしてなさい』
「……何その言い方」
ムカつくな。でも、こいつの言い分にも0.5理くらいはある。押し掛けたのはわたしたちだし。
「分かった、こっちから名乗るよ。わたしは千鶴。神船千鶴」
『あっそ。長生きしそうな名前ね』
心底どうでもよさそうに言って、女が幹を蹴った。軽やかに着地して歩いてくる。次はどんな悪口かと身構えたわたしに、女は意外にも、好意的に手を差し伸べた。
『ヨシノよ』
「……教えてくれるんだ、名前」
『与えられた分は返すのが流儀だから』
律儀じゃん。怪異は話が通じないイメージがあったけど、こいつはそうじゃないのかな。
人と同じで、怪異にも色々あるのかもしれない。少なくとも外見上、ヨシノは人間にそっくりだ――考えつつ握手に応じようとして、手がすり抜けた。失敬。
「ユウも自己紹介したら?」
「名前は相手を支配する術の1つだ。おいそれと教えるものではない」
「わたしとヨシノは名乗ったじゃん。筋は通しとこ」
促すと、ユウは不服そうに眉をひそめた。覗き込んでくるヨシノを仁王立ちで睨み返し、渋々、本当に渋々、名前を明かす。
「長瀬郁香だ。好きに呼ぶといい」
『千鶴に、郁香』
復唱したヨシノがくるりとターンをきめる。
『お前たちは何をしているの? 夜は怪異の時間。喰われても文句は言えないのよ』
「七不思議の調査だ。怪異の活発化に伴い学校運営に支障が出つつある。事態を鎮めろと、校長から依頼された」
『要するに化け物退治ね』
ユウが首を縦に振る。
「そちらと積極的に争うつもりはない」
『腰の刀は?』
「護身用だ」
『物騒ねぇ……』
「人に言えた口か?」
『ちょっと見せなさいよ』
ヨシノが筑後八雲に手を伸ばすと、ユウは即座に印を組み、彼女の顔面に突きつけた。
「臨」
『おっと、これ以上は近付くなと。分かったわ。だから九字は勘弁』
ステップで遠ざかっていく。そのタイミングで、ユウが会話の主導権を奪い返した。
「今年の春から、桜の下で女の目撃証言が増えている。お前だな」
『さあ?』
「それは肯定の意味か」
『答える義理はないという意味よ』
すんと鼻を鳴らすヨシノ。突然の塩対応。さっきまで朗らかだったのに。こいつは何がしたいんだ?
ユウが腕を組んでヨシノに詰め寄った。
「正体を明かすのは怪異として無理だろう。しかし会話まで拒否しては、互いのためにならないと思うがね」
『どちらにしろアタシにメリットが無いわ。任意の事情聴取でしょ。時間の無駄』
つっけんどんに突っぱねる。でも……なんだろう、完全な拒絶じゃなさそうだ。もう一声、ヨシノは言葉を待っている。
与えられた分は返すのが流儀――。
「……ヨシノ、困ってることとかない? 出来る範囲で力になるよ」
「千鶴、いきなり何を」
「協力してもらうなら、対価を出すのが礼儀じゃん」
口振りからして、彼女が好むのは対等な関係。ビジネスである。恩を売れば返してくれるのでは? そんな打算的な考えが浮かんだのだ。
我が意を得たりとばかりに、ヨシノが舌舐めずりをした。
『お前たち、人探しは得意?』
ほらな! ユウに目配せを送る。呆れたように、ユウが溜息を零した。
「……話を聞こうか」
『会いたい娘がいるの。昔、イセジョの生徒だった娘。物申したいことがあってね』
「透視で探して連れて来いと?」
『出来るかしら』
「場合によるな」
ユウが答えた。
「千里眼は魔法じゃない。れっきとした能力だ。全能と思われては困る」
『最低限、情報が必要なのね』
「名前と容姿だ。この二つがなければ探せない」
その返事に、わたしは違和感を覚えた。最初に会ったとき、初対面のわたしを見付けてたじゃん。千里眼使ったって――いや、少なくとも名前は知ってたのか。
……なんで知ってたんだ?
有耶無耶にされて忘れてたけど、ユウはどうして、わたしに声をかけてきたんだろう?
『名前は分からない。姿は覚えてるけど、口で言っても伝わらないわね』
「なら無理だ」
『無理じゃないわよ。人間には足がある。東奔西走。お前なら見つけ出せるわ、長瀬郁香』
「”お前なら”か。探す相手は、ただの女ではないのだな」
『そうよ』
笑って、ヨシノがなんとなしに付け足した。
『その娘、もう死んでるの。30年前にこの木で首を吊ってね』




