新たな出会い
「神船さんさぁ、最近何やってんの?」
夕日の射し込む教室の中。向かいに座った学級委員長の竹下さんが、開口一番に問い掛ける。
「何って言われても」
「とぼけないで欲しいなぁ。怖い話を集めてるらしいじゃん」
真意を測りかねて眉をひそめたわたしに、竹下さんはにこやかな笑みを浮かべて、机の上にズイッと身を乗り出した。
竹下さん、本名竹下渚。学級委員長。いつも周りに取り巻きを従える、いわゆるウェイ系。クラスカースト最上位。他校の彼氏まで持っているらしい、陽キャの化身だ。
「背の高い女とコソコソやってんのも知ってる。やっぱね、そういう楽しそうなことしてると、確かめたくなるんだよ。学級委員長として」
「嘘くさ。噂好きなだけでしょ」
「ふふっ、否定はしない」
「だからわたしを呼び出したの?」
「イグザクトリィー!」
ここ数日、わたしはユウの手伝いで、『ブラックドッグ』と七不思議の目撃談について、聞き込んみをしていた。それを竹下さんは人づてに知り、興味を持った。だから声をかけた、ということらしい。
迷惑極まりない。
「……興味を持ってくれるのは嬉しいけど、面白い話なら他を当たって。やってること地味だし、今日もこれから忙しいから」
「神船さんちょっと勘違いしてるね。普通の話なら、わざわざタイマンで呼び出さないよ」
立ち上がろうとしたわたしの肩を押さえて、竹下さんが片目を閉じる。
「あたしが気になるのは、神船さんたちが何をしてるかじゃなくて、どこまで知ってるか」
「……」
「意味、わかるよね?」
そう言ってわざとらしく首を傾げた。
こういう人は苦手だ。婉曲的な言葉で察させようとして、伝わらなかったらこっちが悪いみたいになる。伝わってるからいいけど。
「……竹下さん、もしかして」
「うん、見えるよ」
手で『少しだけ』のジェスチャーをしながら、竹内さんが答えた。
意外な事実にわたしは目を丸くする。こんな身近に、いわゆる霊感持ちがいたなんて知らなかったからだ。
「最近この学校おかしいんだよね。元々”そういうの”はいたけど、明らかに数が増えてる。変な犬までうろついてるし。気が狂ったって思われるから、普段はこんなこと言わないけどね」
『ブラックドッグ』。この前、部屋のベランダに現れた犬の怪異。直近の目撃情報はおとといに出ている。調べているけど、相変わらず正体は不明だ。
ネットで『黒い犬』と検索すると、イギリスに伝わる妖精が出てくる。燃えるような目に黒い大きな犬の姿で、古い道や十字路に現れるそうだ。
似ていないこともない。
でもここは熊本だ。イギリスとは縁もゆかりもない……。
「そうこうしてたら謎の女がやって来た。呼んだのは学校側。霊能者だろうって想像は付く。実際、そうなんでしょ?」
「……探偵みたいだね、竹下さん」
「どこまで分かってるか気になっちゃうなぁ」
「まだ全然だよ。調べやすい七不思議から調べてるけど、2つしか済んでないし」
鏡とタナカが片付いた。今夜は桜を調査する予定だ。
詳しく話してもいいけど、ちょっと危うい事情もある。ユウが刀を持ってるとか。
なのでわたしは秘密を守ることにした。
竹下さんが、獲物を見付けた獣のように舌舐めずりをする。
「神船さんは助手的な立場、なのかな」
「まあ、そんな感じ」
「どうして神船さんなんだろね?」
「実はわたしも知らないんだ。最初に聞いたけどはぐらかされて、それっきり」
「霊感があるとか?」
「まーったくない」
初めての怪異は警備員のタナカ。問答無用で襲いかかってくる物騒なやつだ。もっとマイルドなのが良かった。
「じゃあ幽霊も見えないんだねぇ」
「これまで1回も見たことなかった」
「良いこと教えてあげる。そこら中にいるよ。家庭科室。トイレ。桜の下には女が立ってるし」
1つ2つと指折りをした竹下さんは、そこでわたしを指差して、
「神船さんの後ろにも」
「へ――わたし!?」
跳び上がって振り返る。茜色の教室。いるのはわたしたち二人だけ。何も見えないし、聞こえない。
正常そのものだ。
はあっと息を吐いて、わたしは竹下さんを睨んだ。
「ふざけないでくれる?」
「嘘じゃないってば! さっきまで黒い影が見えてたの。今は消えたけど……。体調、悪かったりしない?」
「普通」
「そうかぁ。見間違いかなー?」
間延びした口調に、わたしは早くも不信感を抱き始めていた。だって本当に取り憑かれているなら、ユウが気付く筈だ。
本人は真剣そうだけど、霊感あるって思い込んでるだけじゃないのか。
「……忠告ありがと。じゃ、わたしもう行くから」
「待って!」
「まだ何かあんの?」
立ち上がろうとして服の裾を掴まれる。渋々座り直したわたしに、竹下さんは神妙な顔で告げた。
「あたしね、自分の霊感を馬鹿にせず受け入れてくれる人、ずっと探してたの。神船さんがそうだって知れて、嬉しい」
「そりゃどうも」
「それを言いたかったんだ。もしものときは力になるから、遠慮なく声かけて」
ギュッと、手を握ってくる。この前までオカルト否定派だったとは言うまい。
「お仕事頑張ってね! いってらー」
笑顔の竹下さんに見送られ、わたしは教室を後にした。
夕暮れの廊下を歩いていると、不意に彼女の言葉が脳裏をよぎる。
――さっきまで黒い影が憑いてたの。
「まさかね……」
一抹の不安が心に芽生える。それを払うように頭を振って、わたしはユウの待つ多目的室に急いだ。




