第17話~広がる喧噪~
残っていた首の縄をフィッチに外してもらい、アーシムは首を鳴らした。
「さて、悪魔をただ倒すだけなら俺がやればいい話だ。しかし悪魔だけ倒しても事は解決しない。なぜ悪魔は生き残り、誰に餌を与えられていたか。それを突き止めることで謎に包まれた悪魔のことを知り、悪魔と、それに組していた者も同時に討ち取ることができる」
アーシムの説明を全員が理解していたが、村人の中に良からぬ者がいるという事実は、依然として悩ましいことだった。たとえ悪魔に組していたとしても、同じ人間を討つということは、若者たちには荷が重い。
「もし、その人間がわかったら、アーシムさんが殺すんですか?」
フィッチの取り巻き、ワードがおずおずと質問した。
「必ず殺すわけじゃない。場合によるが、多少抵抗されても痛めつけるだけで済ませるつもりだ。悪魔に情けはかけないが、村の人間の裁きは、同じ村の人間に任せた方が良いだろう」
「わかりました」
「では、まずお前たちにやってほしいことがある。単純なことだ。今から言うことを、村中の人間に触れ回ってほしいーーー」
暗い納屋の中でアーシムが考えた策をフィッチたちに伝え、その後すぐに、若者たちが一斉に納屋から出ていった。
すでに眠りに就こうとした村人の家の扉が、勢いよく何度も叩かれた。
一日中の農作業で疲れた体を休めようとした時に邪魔され、村人の中年男は苛立たし気に扉を開けた。
「うるせえなあ! なんだよ!」
扉を開けると、そこには息を切らせたそばかすの若者が立っていた。
「ちっ、コーンズじゃねえか。俺は眠いんだ、面白い話なら明日の朝に……」
コーンズと呼ばれた若者は、もちろんフィッチの取り巻きだ。開けた扉を閉めようとした中年男の言葉を遮り、慌てた様子で話し始める。
「大変だ! 教会のあの悪魔が出てきたんだ!!」
悪魔と聞いた男の表情が固まる。普段なら笑い話で済ませることだったが、日が落ちた時間に駆け込んだコーンズの様子から、ただならぬ事態が起きていることを理解した。
「へ、へへっ、馬鹿言うなよ。ずっと前から悪魔は出てきてなかったじゃねえか。脅かそうったって、そうはいくか……」
しかし受け止めきれないのもまた事実。半笑いを作った男の顔はあからさまにこわばっているが、思わずコーンズの話を信じていない風を装った。
そこへすかさずコーンズが叫ぶ。
「本当なんだ! ちゃんと聞いてくれないといい加減怒るぞっ!」
張り上げたコーンズの声に、はるか年上の中年男が体をびくつかせた。
さらにコーンズの怒鳴り声が辺りに響いたことで、近所の家の人間が扉を開けて、何が起こったんだと言いながら顔を出してきた。
騒然とし始めた状況の中で、コーンズはアーシムから指示されたことを上手くこなせそうだと安堵していた。
ーーー場所は変わって村の東部。フィッチの取り巻きのワードとベンが、2人で並んで走りながら会話を交わしていた。松明を掲げるワードが先を走り、それにベンが続く。
「上手くいったな!」
「ああ、これなら充分だろうぜ!」
高揚した様子で話す2人の若者も村人たちを叩き起こし、アーシムの指示通りに悪魔のことを触れ回った。
もちろんただ騒ぎを起こしたわけではない。巧妙に情報を撒き、悪魔に組している者とそうでない者を一度で判別する仕込みが含まれている。
単純な手だが、こうして村中で騒ぎが起これば、いくら狡猾な人間でも冷静さを失う。冷静さを失えば間違った判断をとりやすくなり、隠していたことを暴きやすくなる。アーシムが若者たちを使って広めた情報は、そのための撒き餌なのだ。
ワードとベンは村の東側と南側の住居を回り、悪魔が逃げ出したことを伝えていく。大多数はこの一大事に驚き、悪魔が外を出歩いているという恐怖に怯え、貝のようにじっと家の中に籠ろうとした。
それがいたって正しい行動であり、悪魔に対して抵抗する術を持たない人間に残された手段だ。ワードもベンも、全員がそのような行動をとってくれたならば、こんなにやりやすい仕事はない。
「最後はあの家だな」
「そうだな。俺たちに任された場所はあそこで終わりだ」
ワードとベンが村道の辻を曲がり、坂道を上がった先の家に着く。村の古株の1人、アンダーソンの家だ。
家の前に着いた2人は扉を何度も叩くと、しばらくしてから寝ていたアンダーソンが出てきた。髯は濃く、いつも不機嫌そうな顔をしていて、小さいことによく文句を言う男だ。
「なんだお前たち。こんな夜更けに何の用だ」
出てきたアンダーソンはすでに機嫌が悪かったが、ワードがすぐに話を切り出した。
「大変なんです! 教会の悪魔が外に出たんだ!!」
「なんだと?」
「もう村中のみんなが騒いでいるよ!」
一大事だと騒ぐワードとベンだったが、アンダーソンは腕を組んで睨みつけてきた。
「ふざけたことをしたな。そんなホラ話で人を小馬鹿にして楽しいか? ええ?」
アンダーソンにとって若者の言葉は耳を貸す価値がない。邪魔なものを遠ざけるように手を払って、ワードとベンの話をはじめから否定した。
だが、さらにワードが食い下がる。
「悪魔に通じている人間を見つけたんだ!」
「なに? 誰だ?」
「知らないよ! よくわからない異国の余所者がうろついていたから、フィッチたちと一緒に痛めつけて捕まえたんだ! そうしたら悪魔がどうとか、教会がどうとか、わけのわからないことを……」
「異国の人間だと?! どこで捕まえた」
「教会近くの廃屋のそばで捕まえたんだ! しかも、その時にフィッチたちが悪魔の姿を見てしまって、なんとかその余所者を連れて逃げたんだよ!」
「お前たちだけで捕まえたのか……おい、その余所者は誰かがしっかり見張っているんだろうな」
「当たり前だろ! 今はフィッチが北の納屋に押し込めて見張ってる!」
「……ちっ、おいどけ!」
そこまで聞いたアンダーソンは部屋の中にあった上着を羽織り、ワードとベンを乱暴に押し退けながら家を出ていった。
急いで坂道を下っていくアンダーソンの背中を見届けてから、ワードとベンは顔を見合わせて頷いた。
「あんなにわかりやすいやつ、そうそういないぜ」
「まったくだ。あいつ、悪魔が外にうろついていることよりも、悪魔について知っている余所者に食いつきやがった。アーシムさんの言ったとおりだ」
「こうまで反応に違いが出るなら、俺たちだけでも見分けることは朝飯前だ……よし、ぐずぐずしないで俺たちも行こうぜ。フィッチとアーシムさんのことを手伝わなきゃいけねえ」
ワードが先を急ごうと言い、ベンもそれに応じて走り出した。
夜の村が騒々しくなった頃、刃物や農具を持った集団が家々から離れた場所を歩いていた。
集団は全員が壮年の男たちで、体格に似合わず声を潜めて北へ歩いている。
その集団の先頭を歩くのはアンダーソンだ。いらだった様子のアンダーソンが舌打ちし、すぐ後ろにいる男がたしなめる。
「そんなに心配する必要はないぜ。たかが余所者が1人いるだけじゃねえか」
男にそう言われたアンダーソンは後ろを振り向いて睨み返す。
「ラウル、お前、この状況わかってて言っているのか?」
「いや、それは……」
ラウルと呼ばれた男はアンダーソンの剣幕に押され、言葉を失う。他の男たちも緊張した顔で黙っている。
もう一度舌打ちしたアンダーソンは前に向き直り、そのまま話し続けた。
「確かに余所者が来たことくらい、なんてことはない。しかしな、あの若造たちは余所者にいくつか悪魔のことについて聞いてしまったらしいんだ。もしも余所者が下手なことを話せば、俺たちが悪魔を野放しにしていたことがばれるだろうが……!」
「で、でもよ、あの方法以外に何があったんだ? シャーリア夫妻は死んじまったし、俺たちだけで悪魔を倒すなんて無理だ。しかも俺たちが動物を用意したおかげで、今まで村のみんなが助かってたんだぜ」
ラウルの言葉に頷く者は多かった。方法の是非はともかく、男たちは悪魔に餌をやることで村を守っているつもりだった。感謝されこそすれ、非難される謂れはないと思っている。
アンダーソンもそれは同意見だが、今まで何も知らずに安全を享受していた村の連中が、アンダーソンたちが行っていたことを許してくれる保証はない。さらには、あの夜の出来事が露見したら、悪魔に餌を与えていたことよりも非難されてしまう。
「とにかく、誰にも見つからずに行けばいい。今のうちに余所者を殺しておけば、誰にも俺たちの秘密が知られることはない」
「そうだよな……! 朝になれば村中のやつらが納屋に集まるだろうけど、その前に口を封じれば安心だ」
「フィッチの小僧が見張っているらしいが、どうする?」
「適当な理由をつけて、納屋から追い出せばいい。この人数で脅せば嫌とは言わないはずだ」
懸念と方針を話しているうちに、男たちは村の北にある納屋に到着した。納屋の入り口付近には灯りを持っているフィッチがいた。
フィッチは納屋に近づいてきた男たちの顔を一人一人覚えて、先に声をかけた。
「アンダーソン、どうしてここに?」
怪訝な顔でフィッチが尋ねると、アンダーソンは歯を見せて笑った。
「応援に来たんだよ。お前だけで余所者を見張っているって聞いたから、俺たちが交代に来たんだ」
「よく1人で頑張ったな。後は俺たちに任せておけ」
武装した男たちは、表向きはフィッチを気遣っている様子だ。しかしフィッチはとうに裏があることに気づいている。
もう少しフィッチは粘ることにした。村の中で最も大人たちに反抗する自分が、素直にこの場所を明け渡しては不自然だと考えた。
「あんたら、俺の手柄を横取りするつもりじゃねえだろうな」
「おいおい落ち着けよ。そんなことはしねえ。なんなら、明日の朝にはちゃんとお前たちが捕まえてくれたことを言い広めておくからよ」
フィッチの演技は通じているようで、男たちはなるべくフィッチの機嫌を損ねないように説得してくる。
それからようやくフィッチは入り口から離れ、男たちを迎え入れる動きを見せた。
「わかったよ。そこまで言うなら後はあんたらに任せるよ」
「おう、心配するな」
男たちが意気揚々と納屋に入り始めた。そこでフィッチが再び割って入る。
「ひとつ忘れてた。柱に縛り付けようとした時に、あの余所者に指を噛まれたんだ……ここで少し待っててくれ。最後にもう一発殴ってやらなきゃ、どうしても気が済まねえ……!」
そう言ってフィッチは自分の右手の指を、男たちに見せる。人差し指に深々と噛み傷があり、そこから出血している。
「あ、ああ。わかった、ならここで待ってるよ」
「すぐ戻るから待ってろ」
フィッチはそう言い残して納屋の入り口近くの梯子を登り、納屋の2階部分の奥へ消えていった。アンダーソンも灯りを持ってきていたが、暗い納屋の奥までは照らせない。
少ししてから、フィッチの怒号とともに木材が割れた音が聞こえた。男たちはその音を聞いて、フィッチが余所者を激しく殴りつけていると察した。
「……フィッチの気が済んだら、その後で俺たちがとどめを刺せばいいんだな」
「まあな。幸い、フィッチたちが余所者を縛って痛めつけてくれたみたいだ。ねずみを殺すより簡単なことだろうよ」
「そういえば、ギュンターのやつは来なかったのか?」
「ああ、ギュンターか。一応声はかけたんだが、家で待っていたいだとよ。ったく、昔から足並みを揃えねえやつだぜ」
納屋の入り口で男たちが待っていると、すぐにフィッチが梯子を下りてきた。手には固い木材を持っていて、その先端には血がついている。
「気は済んだか?」
アンダーソンが聞くと、フィッチは頷いた。
「ああ、もう充分だ。死んではいないが気絶してる。しばらくは大人しくしてるはずだ」
「そうか、ご苦労だった。後は俺たち大人に任せておけ」
フィッチの肩を叩いてから、アンダーソン率いる男たちが順々に梯子を登っていく。
それを見届けてからフィッチは入り口を出て、姿を消した。
納屋の2階にも使わなくなった農具や木箱が多く密集しており、狭くはないが入り組んでいる。男たちはそういったガラクタの間を縫い、奥の柱に縛り付けてある余所者のもとへ進んだ。
「……おい、いないぞ。見つけたか?」
奥の柱の目の前を照らしても、そこにアーシムの姿はない。フィッチや若者たちの話では、この納屋の2階に余所者を縛っていると聞いている。
「いや、こっちにもいない。下じゃねえよな?」
「そんなわけない。フィッチは梯子を登っていったじゃねえか」
「そうだよな……」
探しているうちに、男たちがはっとした顔をした。まんまと自分たちは罠にはまったのではと気づいたのだ。
「あいつに騙されたんだ……くそっ! お前ら、戻るぞ!」
一足先に動いたアンダーソンが、ガラクタの山を縫って納屋の入り口の方へ戻ろうとしたが、すでに梯子は外されていた。
「……なっ、おい! 梯子がないぞ!」
アンダーソンが叫ぶが、梯子の代わりになるようなものは無い。すでにこれはフィッチの仕業だということは理解しているが、なぜフィッチはこのようなことをしたのか、本当に余所者を捕まえたのか、そういった状況の整理がついていない。
誰もが戸惑い、右往左往している状況の中、この中で最も身軽なラウルが下へ飛んだ。多少は足を痛めるかもしれないが、ここで足止めされているよりはマシだろうと思ったのだ。
「おっ、おいよせ!」
アンダーソンがラウルを止めようとしたが、ラウルはもう下に飛び降りてしまった。
「ぎゃあああっ!? あ、足がぁぁっ!!」
着地したラウルが悲鳴を上げる。ラウルの足元には、壊れた鍬や鋤の刃が上向きに置かれている。ラウルは足から出血して倒れているが、そのラウルの周りにも、農具の刃が至る所に転がっている。
飛び降りればラウルのように大怪我を負うのは必至だ。それを理解した男たちは、誰一人としてその場から動けなかった。
アンダーソン率いる男たちを納屋に閉じ込めることに成功し、アーシムとフィッチは村の東側へ走っていた。
「フィッチ、首尾は上々か?」
アーシムがフィッチに聞くと、フィッチはにやりと笑った。
「当たり前だろ。あんなやつらを騙すなんて朝飯前だ」
「よし。それで、納屋に来た者たちの仲間内に、家から出ていない者がいたのだな」
「そうだ。そいつの名前はギュンター、村の北東にある港近くに住んでいる男だ。アンダーソンたちの顔ぶれの中に誰か足りないなとは思っていたが、やっぱりギュンターのやつだった」
「そのギュンターという男も、先ほどの男たちの取り巻きの1人か?」
「ああ、村に長く住めば誰と誰がつるんでいるのかすぐ分かるからな。とにかく、1人残ったギュンターを締め上げて、悪魔のことを聞き出せば良いんだろ?」
「そういうことだ。徒党を組んだやつらに情報を吐かせることは難しいからな。とにかく、そのギュンターという男の家に着いたら、逃げられないように気をつけるぞ」
アーシムがそう言うと、フィッチは苦笑いした。
「わかったぜ。まあ、ギュンターの場合、家じゃねえんだがな」
「……家ではない?」
「着いたぜ。ほら、あそこの鍛冶工房がギュンターの住んでいる場所だ」
走っていたフィッチが指を差した先には、煙突のついた建物がある。他の住民の家よりも一回り大きく、石と木材を組み合わせてできている。この村で使われる農具や狩猟武器などを作るための、重要な工房だということが一目でわかった。
「あそこにギュンターという男が住んでいるのか」
「事実上はな。前は本土から来た職人とかもいたんだが、あの悪魔の一件があってから本土に逃げ帰ってしまった。あとに残ったのは、年寄りの酔いどれギュンターのやつだけさ」
「酒飲みか。よく追い出されずに済んでいるな」
「昔のことはよく知らねえけど、腕は良かったみたいだぜ。ただの老いぼれなら工房を間借りさせたりしねえが、昔の働きぶりと、周りのやつらの温情で許してもらっているんだ」
「なるほどな。それで、どこから入ればいい?」
工房の近くまで来たアーシムとフィッチは、木の陰に身を隠した。建物の表側の窓からは灯りが漏れていて、中にいるギュンターは起きているようだ。
「確か裏口と小窓があったはずだ。北側だ」
フィッチが裏口の場所を教えると、アーシムが素早く木陰から飛び出した。
アーシムの俊敏な動きを見てフィッチは驚いたが、それよりも自分の役目を忘れず、灯りを掲げながら入り口まで近づき、激しく扉を叩いた。
「おーい! ギュンター起きてるか? 俺だ、フィッチだ!」
夜中でも遠慮せず呼びかけたが、中から返事はなかった。フィッチは舌打ちをついたが、入り口の扉に手をかけると、鍵はかかってなかった。
「なんだ、開いてるじゃねえか。ギュンター、入るぞ」
フィッチが扉を開けて中に入る。工房の中は暗かったが、煙突に繋がった焼き窯には火が灯されていた。窯の火だけが照らす薄暗い部屋の中、その奥の椅子に木の器を持つ老人が座っていた。
「ギュンターのじいさんよ、また飲んでいたのか」
入った時から漂ってきた酒の臭いに顔をしかめつつ、フィッチはギュンターのもとへ歩み寄る。赤い炎の光を受けて、ギュンターの顔は一段と赤ら顔に見える。
ギュンターはフィッチを見て、うんざりしたような顔をした。
「げふっ……ちっ、フィッチの小僧か。勝手に入るんじゃねえよ」
「玄関に鍵をかけていなかっただろうが。それにここはあんたの持ち家じゃねえ。入るのも出るのも、俺の勝手だ」
「へっ、鼻たれのガキが。いっちょ前な口を利きやがって」
ギュンターはそう言って、足元にあった壺から持っている器へ酒を注ぎ、それを乱暴に喉へ流し込む。ぼさぼさに伸びた白いひげを伝って、酒のしずくが床にこぼれていく。
「今日は一段と飲んでいるな」
「悪いかよ」
「ふん、アンダーソンのやつに何か言われたのか? それとも、逃げた悪魔の恐ろしさを酒で忘れたいだけか?」
フィッチがそれを問うと、ギュンターは酒を飲んでいた手を止めた。
「お前、他のガキどもと余所者を捕まえたんじゃないのか?」
「あれはアンダーソンたちを手玉に取るための嘘だ。そんなことよりも、聞かせてくれ。あんたがあの夜の教会に突入した時に体験したこと、そして、悪魔について知っていることを……!」
いつになく真剣な目で訊いてきたフィッチに、わずかにギュンターは戸惑ったようだ。しかしすぐに気だるげに息を吐き、手を振って拒否した。
「はっ、何を言い出すかと思えば。そんなこと、今さら知ったところでどうだって言うんだ」
「悪魔を倒して、シャーリア夫妻の教会を取り戻すためだ」
フィッチの決意を聞いたギュンターは、堰を切ったかのように笑いだす。
「は、ははははっ! 悪魔を倒す? お前が? 変なもんでも食ったか!」
なおも笑い続けるギュンターだったが、さらに酒を注ごうとした手がぴたりと止まり、途端にぶるぶると震えだす。
少し遅れてフィッチもその場の異変に気づいた。工房の奥から寒気が起きるほどの殺気が発されていたのだ。
「老いたお前がこいつの意志を笑うか。果たして、お前には何が残っているというのだ?」
奥から現れたのはアーシムだった。猛獣のような殺気を滾らせ、座っているギュンターの間近で立ち止まり、怯えたギュンターの顔を見下ろす。
「俺も同じことを問う。答えろ、あの晩に何が起こったのか」
「あ、あんたは……」
「お前たちの言う余所者だ。あの見えざる悪魔を倒すためには、知らなければいけないことが多い。だからこそアンダーソンたちを排除し、残ったお前から聞き出すことにした」
暗がりから現れたアーシムの顔が、徐々に焼き窯の炎に照らされていく。隆々とした体躯を誇るアーシムがそこで膝をつき、ギュンターと目線の高さを合わせる。
「俺はアーシム。フィッチとともに悪魔を滅ぼす者だ」
ご意見、感想等があればお気軽にどうぞ!




