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これは駆け引きとでも言うのだろうか。
観月にまるで挑戦状を送りつけるかのようにも取れる泉の行動。僕には成し得ないその行動は、観月と対等に接せることが出来る泉だからこその切り口だった。
同じクラスという以外全く接点のなかった僕を虐める観月の心内など知る由もなかったけれど、それを本人から知り得るには今がまさに絶好のチャンスかもしれない。
先の読めない恐怖にも似た緊張と、僅かな期待で高鳴る鼓動を感じながら僕は食い入るように2人を見つめた。
「……お前に話すことなんてない」
重い沈黙の末、観月は倒れた机に視線を落とすと、泉の言葉を重圧のある太い剣でゆっくり同断するかのように低く呟いた。
「じゃあ、俺も明に言わなくて良いよね?」
けれど泉の方も、譲る気など毛頭ないらしい。少しの間も許さず、観月の対となる剣で鋭く斬り込んでいく。
「そもそも俺が誰と仲良くしようが自由だし、そんなの明だって興味ないじゃない。こっちとしては、何でそんなに立花と俺が関わることに食いついてくるのか、ますます気になるけどね。」
「…結局お前は、ただの興味本位であいつに近づいてるわけだ。」
倒れた机から視線をあげた観月の目は、相手を牽制するが如く、静かに揺らめく炎を宿していた。
「だったら、お前が言うその友達とやらだけをやって、お前の好奇心を満たすような真似はやめろ…あいつに余計なことはするな。」
「…まるで俺が不用意に近づいて、引っ掻き回しているみたいに言うね」
「お前ならやりかねない。」
心外だとばかりに苦笑する泉に観月はそう一言告げると、もうこれ以上話すことはないと、倒れた机にも目もくれず背中を向けて進みだす。
「……明はさ、とても善人とは言えないほど愛想もないし暴力的な所があるだろ」
出口へ向かう観月の背中に、泉の柔らかくも淡々とした声が落ちた。
「けど、何も分かっていない低レベルの奴らがやるようないじめなんて、、そんな馬鹿なことをする奴でもないと思ってる。ましてや、何の害も無さそうな立花にな…」
少し眉をひそめてそう吐き出す泉の表情は、僕が初めて見るものだった。
「それなのにお前があえてその汚い手段で立花と関係を持っている理由が分からない………
だから、俺はそれが知りたいだけだ。」
泉の声に、先ほどまで振りかざしていた鋭い刃はなかった。いつもの柔らかい声の中には僕が最初に感じ取っていた軽薄さなど微分も感じさせず、代わりに譲れない固い決意のようなものが入り混じっていた。
僕たちに背中を向け観月の表情こそ覗うことは出来ないが、出口へと向かう足を止めた観月に、泉はさらに言葉を紡ぐ。
「今すぐに全てを話して欲しいとは言わないよ。だけど、俺にも何か出来ることがあるかもしれないだろ……?
何年、お前と付き合ってきてると思ってるんだよ…」
それはまさしく、長年共に過ごしてきた親友に対する言葉だった。大切な友だからこそ紡ぎ出された言葉だった。
僕はそれを理解した瞬間、影一つない乾いた砂漠へ一人放り投げられたような、強い疎外感を覚えた。
「…………お前は、ひどいな」
やがて聞こえてきたのは、観月の温度を感じさせない淡々とした声だった。
「そういう気持ちを少しでもあいつに分けりゃあ、いいのに…」
「……別に、俺はお前のクラスの輩みたいに立花を傷付けたいわけじゃないよ」
泉が倒れた机を片付ける音だけが響く静かな空間の中で、泉はそっと息を吐く。
「普通に今まで通り話せたらそれで良いんだ。何も無ければ、だけどね……」
そんな泉の姿を、観月は相変わらず端整な、それでいて何の感情も読み取れない無機質な顔で一瞥すると、「…帰るぞ」と一言声を掛け、今度こそ教室を後にした。