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「で、今日はちゃんと持ってきてるだろーな?」
昨日、お金を渡せなかったせいで奴らは一段と荒々しかった。だけど僕の貯金は底を尽きていて、渡そうとも渡しようがないんだ。
親にお小遣いを頼むという手もあったが毎日奴らから脅されるため、あっけなくそのお小遣いも消えてしまうのだろう。遅かれ早かれ、こうなる運命だったんだ。
「ご、ごめん…本当にお金ない…んだけど……」
「はぁ?」
つっかえながら出した僕の声は震えていた。奴らからどんな仕打ちを受けるのだろうか。僕はあらゆる可能性を考えて挑むように家を出たけれど、やっぱり奴らを目にすると怖かった。そして案の定、隙のない鋭い一撃が僕に降りかかってくる。
「てめぇ、昨日も今日もないって舐めてんのか!」
他人に何でここまで暴力を振るえるのだろう、そう思うってしまうくらい奴らの暴力は容赦がなかった。
「俺らに逆らうとどうなるか、きっちり教えてやるよ」
それからは、よく覚えていない。
僕は「ごめんなさい」と奴らに繰り返し言っていたが、暴力は止まることはなかった。逃げ出すことも出来ずに、ただ奴らから与えられる痛みと苦しみに耐えているだけだった。
「明日もこんなマネしたら、タダじゃおかねぇからな!」
やっと解放された頃には、もう日が暮れ始めていた。裏庭に一人、ボロボロになって唖然としている僕の姿が影になって映っている。口の中は血の味がして、あぁ、とうとう顔も殴られたんだなと他人事のように思った。
散々泣いたけれどまだ残っていたのか、静かに流れた一筋の涙が、顔の傷口にしみた。
何で僕がこんな目に合うのだろう。学校でもその道中でも家でもずっと考えているのに、ただこの酷い扱いが続いていくだけで、納得するような答えは存在しないまま僕は考え続けている。
考えるのをやめてただ耐えて、あと一年したら卒業しこの日々から抜け出せると自分を奮い立たせてみても、いざ奴らに打ちのめされるとその日まで持たないような気がした。もう何の痛みも抱えたくなくて空っぽになりたくて、僕は静かに目を閉じた。
それから、どのくらい経ったのだろう。
気づいたら遠くから聞こえた生徒たちの声も聞こえず、一人僕だけが静寂に包まれていた。ぼんやりしながらそろそろ帰らなきゃと思うものの、真っ白だった制服のシャツが泥などで汚れているのを見ると、なんだか帰る気も失せてしまった。
もう今日だけは何も考えず眠ってしまおうかと、目を伏せようとしたその時だった。座り込んでいる僕に、暗い影が覆い被さったのは……
伏せている僕の目に映ったのは、革靴の先っぽだった。でも、僕はそれだけで嫌な予感が頭をよぎる。息を飲んで恐る恐る顔を上げると、やはりその人物は立っていた。
「…み、みづ……き…」
無表情で僕を見下ろしてくる観月は恐ろしかった。さっきの呼び出しにはいなかったのに、何故今頃になって現れたのだろう。奴らから僕のことを聞いてさらに殴りにきたのだろうか。
さっきまで意識が朦朧とするようにふわふわとしていた身体の感覚が、唾を飲み込むことも出来ないくらいに固くなった。
何で僕は、この男の前だとこんなにも震え上がるのか分からない。頭を掴まれたりして乱暴に扱われることはあっても、観月はいつも傍観に徹していて、殴ったり蹴ったりはしなかった。
それなのに、観月の僕を見つめる何の感情も映さない黒い瞳が、僕の身体の動きを止めさせるかのように射抜いていた。
絶句している僕の顔を見ていた観月はそのまましゃがみ込んだ。僕と観月の間には人の足一歩分もないほどの距離だ。
そして突然、僕の頬に感じた冷たいもの。
「お前、顔殴られたな……」
「っっ……!」
観月の冷たい指先が僕の殴られた頬の傷に触れたのだった。
無遠慮に触るわけでもなく、だからと言って優しく触れているわけでもなくて、ただこの頬の傷を確かめているだけのような触れ方にますます訳が分からなくなる。
でも僕は今までにないくらいの観月との近い距離にいるのが精一杯で、硬く口を結び観月の行動にされるがままだ。
ただ、僕の視界に映る観月の美しいと言われる顔が、僕には温度を感じさせないお人形のように見えて怖くなった。