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高1の時は平和だった。
僕は目立つグループではなかったし、よく喋る方でもなかったけれどそれなりに楽しい学園生活を送っていた。そんな毎日が崩されたのは、2年生に上がった頃のことだ。
クラスの中心にいた観月 明達に目を付けられ、僕へのいじめが始まったのだ。彼らに何かをしでかした訳では無く、きっと僕がチビで地味な奴だったからだと思う。
最初はすれ違った時に「キモい」だの暴言を吐かれる程度だったものが、今ではこうしてお金を巻き上げられたり暴力を振るわれたり、立派ないじめとなってしまった。
それも質が悪いのが、顔以外を殴ったり裏庭でお金を要求してきたりと、教師に見つからないように決して教室ではあからさまないじめをしない。それでもクラスメイトはどこと無く気付いて、僕と距離を置くのだけれど……
多分、僕へのいじめは止まることはないと思う。
それは、観月 明に嫌われている限りだ。
観月はまるで職人が洗練して作り上げたお人形とも言えるほど整った容姿をしている。傷みひとつない艶やかな黒髪に気怠けな雰囲気を纏った中で光るエキゾチックな目、高い身長に手足も申し分なく長いから彼の容姿の欠点は何一つないと言えるだろう。
そんな彼の容姿だ。たとえ口数が多くなくとも、彼の周りには自然と人が集まって彼と共に行動している。まさにクラスの王様とも言える観月に嫌われている僕は、多分ずっとクラスに馴染めることはないんだ。
まだ痛む腹を手で押さえながら、僕はのろのろと立ち上がる。本当に散々な学校生活だけれど、一つ、心の支えが僕にはあった。
裏庭から出て、生徒達が行き交う校舎に入った僕に穏やかな声が包む。
「立花、ちょうど良かった!はい、このシールあげる。」
栗色の髪をふんわりとなびかせながら、その穏やかな声の主は僕に語りかけた。
「パンのシール、集めているんだったよね?」
「う、うん!ありがとう、泉……」
彼、泉 光太は僕の大きな心の支えだ。観月たちに身も心も傷つけられ、助ける手を差し伸べることはなくそれを遠巻きに見るだけのクラスメイト達と過ごし、疲れ切った僕に、泉はいつも優しく話しかけてくれる。
一日中観月たちの目にびくびくしている僕にとって、唯一彼と話す時だけが安心出来る。だけど、そんな泉は僕と正反対の世界にいる人間だった。泉は観月と並ぶくらい生徒達の憧れの的で有名だっだ。
それもそのはず、観月に引けを取らない綺麗な容姿をしていて、それでいていつも優しい空気を纏っている。観月がクラスの王様なら、泉は王子様のような存在だ。二人はそんなに仲の良いイメージではないけれど、仲が悪い訳でもないのだろう。
今でこそ呼び出される時以外自分の視界に観月が入らないように過ごしているけど、1年の時から2人で話しているのは何回か見たことがある。クラスメイトが観月ではなくて泉だったら僕は普通に学校生活が送れていたのかと思うと、運命のように決まったこのクラス替えが本当に嫌になった。
しばらく泉とパンのシールを集めるキャンペーンの話をしていると、視界の端にさっきまで僕を裏庭に呼び出していた奴らが、教室から出てくるのが映った。
「あ……」
「?……どうしたの、立花?」
急に表情が強張った僕を、泉は不思議そうに首をかしげた。どうやら泉との時間もここまでらしい。
「ご、ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね!」
「え、大丈夫?お腹でも痛いの?」
「ううん、ただ我慢してただけだから……じゃあ!」
心配してくれる泉を押し切って無理やり会話を終わらせると、僕は逃げるように生徒たちが行き交う廊下を後にした。
泉と談笑しているところを奴らに見られたら、泉に何をしでかすか分からない。人気者の泉といじめられている僕が談笑しているなんて、面白く思うわけがない。
もちろんさっきの奴らが泉に僕と話すのを文句をつけた所で泉は痛くも痒くもないのだろうけど、観月は別だ。観月もクラスの中心にいるし、何よりあいつに纏っている冷たい何かが、彼だけは絶対に敵に回してはいけないと本能的に感じる。今でこそ彼を敵に回している僕は、実際このいじめから抜け出せないことで身をもって感じている。
心優しい泉を、僕のいじめに巻き込むわけにはいかないんだ。