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ようやく訪れた解放はあまりにあっけないもので、本当にこのいじめに終止符が打たれたのかと疑う毎日が続く。
何も起こらなくなった当初、観月の取り巻き達は僕の姿を見ればあからさまに苦い顔をしていたけれど、ここ数日になるとそれすらも無くなった。誰にも話しかけられず目も合わずの毎日は、自分がただ呼吸してるだけの植物になったようで虚しい気持ちになるばかりだ。
もちろん観月が僕に干渉する事はなく、冷たい視線と言葉を受けていたあの毎日とは程遠い場所にいる。
あまりにも希薄な関係になったからなのか、僕が覗き見るようにして廊下から観月の様子を伺わなくても、同じ教室、同じ空間の中で観月の様子を目にすることが出来るようになっていった。それでも真っ直ぐに観月を見る勇気はないのだけど。
憂鬱な気持ちにのしかかる様な重い鞄を肩にかけて、放課後の廊下を歩く。
廊下に静かに響く自分の足音をぼんやりと耳にしながら、ふと前を見た。
目に飛び込んできたのは、久しぶりに見る泉の姿だった。その瞬間ぼんやりと耳にしていた自分の足音が止まり、急に時空が歪んだような感覚で僕は立ちすくむ。そしてすぐにあの時の観月と泉の会話が頭をよぎった。
泉は観月がどうして僕を蔑むのか、その一点だけを知るために僕に近づいている事。僕を友達としては見ていない事。
そんな事を僕はあの2人の会話から読み取った後、泉とどう接していいか分からなくなってしまった。分からないという戸惑いよりも、会いたくないという拒絶に近い気持ちの方が強いのかもしれない。
(どこか逃げれる場所……!!)
そう思った時には遅かった。
一緒に歩いていた連れとは別れ、泉は真っ直ぐにこちらに向かって歩いていた。
そしてそのまま、真っ直ぐに泉の目は立ちすくむ僕の姿を捉えてしまった。
「あ、立花!」
何処にも逃げ場所がなかった僕に、案の定、泉は意気揚々と声をかける。
「なんか久しぶりだね。今帰り?」
「…うん」
数日ぶりに会う泉の顔をまともに見る事は出来ない。けれど相変わらず彼が紡ぎだす声はとても優しいものだ。
「やっぱりクラス違うと中々会わないね」
「そう、、だね」
「元気だった?」
「……うん」
泉の前で、僕はこんなに口数が少なかっただろうか。にこやかに話す泉に合わせて自然と生まれていた会話が、どうしても今は言葉が続かなかった。
それだけ、僕はあの日の放課後の観月と泉の会話にショックを受けていたのかもしれない。途絶えた会話に気まずさを感じながらも泉から目を背けることでしか、この胸の動悸を紛らわせる他ならなかった。
「よし!立花、ご飯行こう!」
けれど少しの沈黙の後、僕たちの間にあったじめりとした湿った空気を断ち切るように、泉はそう言い放った。
「え?いや、ちょっと…」
「さ、じゃあもう帰ろう」
僕の戸惑う声に耳を傾ける様子もなく、泉は僕の手を取って歩きだしてしまう。強引に僕を連れてく泉の行動は、好青年としか言いようがないその爽やかな笑みには不似合いで、思わず捕まえられた肌が泡立つ。
大声を挙げてでも全力で振り切る術を僕は選ぶべきだったのかもしれない。
この泉の誘拐劇は、しばらく落ち着いていた日常をかき回す種になるなんてこの時の僕はまだ分かっていなかった。