見知らぬ少女
――ねえ、外の世界ってどうなっているの?――
――君は外の世界にいきたのかい?――
――そうだよ。だってここは、こんなにも冷たくて寂しくて、嫌になってしまもん――
――大丈夫。時が来れば、いけるよ。それに今は――
――今は?――
――僕がここにいるよ――
ヴァンは気が付くとベッドに横になっていた。頭がズキズキと病む。手を当ててみると、包帯が巻いてあった。
ヴァンはだんだんと、自分に何があったか思い出してきた。確か『あぶない』と言われ、振り返った瞬間、頭に激痛が走った。多分何かヴァンの頭に直撃したのだろう。その時、確か女の子が近くに駆け寄ってきたような……
あまり考えると、また頭が痛くなってくる。ヴァンはゆっくりと身体をベッドから起こした。
「あっ、気が付いたんですね!」
ヴァンが起きたことに気付いた少女は、隣の部屋からヴァンのベッドまでやってくる。
「本当にすみません! まさかあんな所に人がいたなんて、思いもしなくて……あの、大丈夫でしたか?」
少女は肩まで伸びた亜麻色の髪を掻き上げながら、ヴァンの顔を覗き込んだ。少女の大きく、くりっとした目は少し潤んでいて、とても心配していることが伝わってくる。だが、あまりに急に顔を近づけてきたので、ヴァンは思わず顔を引っ込め、また横になった。
「ああ、大丈夫だ」
顔を背けながら答える。
その答えにほっとした少女は、胸をなでおろす。
「それは、本当に良かったです。でも、どーしてあんな所にいたんですか? あそこは村からかなりはずれた林で、特に何もない場所ですよ。他の村からの道へも外れていますし、どこから来たんですか?」
「俺は……」
ヴァンは少し困っていた。何て答えるのが正解なのか。本当の事は答えられない。いきなり、自分が違う世界から来たなんて突拍子もないことを言うわけにはいかない。では、その前はどこにいたのか。その記憶すらない自分には何も答えられることはなかった。
「どこから来たんだろうな……」
「まさか! 記憶喪失ですか!? 私のせいですね!? すみません、すみません、すみません!!」
少女はすごい勢いで何回も頭を下げる。まるでゼンマイを巻かれた人形のように。その姿がなぜかとっても可愛くて面白かった。
「まあ、記憶喪失ではあるが、それはあんたが俺に何かをぶつける前からだよ。気付いたらあそこに立っていて、辺りを見渡している時にぶつかったんだ」
ヴァンは少し噴き出しながら、説明する。
「そーでしたか。ならよかったです」
喜怒哀楽が激しい娘だなと、ヴァンは思った。もっとも、まだ怒っている姿は見ていないが。
「記憶喪失ということは、それではあなたの名前を伺うことも出来ませんね。わかりました! 私が名前を付けてあげましょう」
「いや、ちょっと待て。俺は名前は覚えて……」
少女はヴァンの話を一切聞こうとせず、続ける。
「あなたは今日から、ヴェリアル・ルドマッパ・トゥルースリーパー・シャインです!」
「いや、ヴェリアル・ルドマッパ・トゥルースリーパー・シャインって何だよ! それにそんな長い名前覚えられなし、言いにくいわ!」
「しょーがないですねえ。注文が多いんだから。じゃあ、ヴェリアル・ルドマッパ・トゥルースリーパー・シャインを略して、あなたの名前はヴェンでいいですよ」
「すごく惜しい! 俺は名前だけは覚えているんだ! 俺の名前はヴァンだ!」
「そーでしたか。なら早くそー言ってくださいよ。残念だったなあ。せっかく名付け親になるチャンスだったのに」
非常に面倒な娘に助けられたのだとヴァンは思った。いや、ここに運ばれこまれるきっかけを作ったのは彼女のせいであり、ヴァン自身は被害者であるのだが。
「他に覚えていることはないんですか?」
「……まあ、あとは多分年齢は18歳であるということくらいかな。確信はないが」
「まあ、私と同い年なんですね! 私も18歳なんですよ! あっ、申し遅れました。私の名前はベルと言います。以後、お見知り置きを」
先ほどまでのふざけた感じと違って、澄んだ表情で頭を下げるベル。そのとても丁寧な挨拶に思わずヴァンも小さく頭を下げた。
「それで、これからの予定とかあるんですか?」
「そうだな……そもそも、この町や国がどんな場所で、どんな事が行われているか色々学ぼうかなとは思っている」
きっとそれが、この世界の問題を解決する方法に繋がってくるはずだとヴァンは思った。
「もし、良かったらだが色々話を聞かせてくれると助かる」
その言葉を聞いた途端、ベルの表情は太陽のように明るくなった。
「本当ですか!? じゃあ、私、この村を案内しますね! それにきっと、しばらくこの村に泊まりますよね!? では、是非このまま家に泊まっていってください! 私、一人暮らしでずっと退屈していたんです! お客様が来てくれるなんて、すっごく嬉しいです。腕によりをかけて料理しますね。それから……」
矢継ぎ早に話を続けるベルの迫力にヴァンは圧倒されっぱなしだった。
「いや、ちょっと待て! 話をしてくれるのはありがたいが、流石に泊めてもらうのは申し訳なさすぎる。それに、泊めるとなると色々と問題もあるだろう」
ベルの迫力に負けじと、ヴァンは少し大声で、彼女を止める。
「この村は古くから、渡り鳥が休む休憩地として有名なんです。そんなこともあって、渡り人、つまり旅人のことですね。そーいう人には優しく出迎えるのが習わしなんですよ」
渡り人。ヴァンはその言葉が自分にピッタリだと思った。世界を旅する渡り人。その旅は今始まったばかりだ。こうして、貴重な情報も得ることができそうな拠点を早々と見つけられたということはとても幸運な事なのかもしれない。
「それともまさか! 下心があったりするんですか!? きゃー私、食べられちゃうんですか!? 多分美味しいと思いますけど、食べられたことないんで、もし食べるなら優しく食べてやってください!」
「いや、食べないから……」
「そうですよね。私、ヴァンさんのこと信じてますから」
えへへと笑うベルを見ていると、ヴァンはなんだか気恥ずかしくなった。
「ヴァンでいい。さん付けされて呼ばれると気持ちが悪い」
ヴァンはそっぽを向きながら、ぼそぼそと言った。
「はい! わかりました、ヴァン。これからよろしくね!」
「私の事は、気兼ねなくベルって呼んでいいですからね!」
「わかったよ。ベル」
ベルと話していると、この世界で大変な事が起こっているという事を忘れてしまいそうになる。ベルの明るさが、記憶喪失のヴァンにはとにかく眩しく感じるのだった。