旅の意味
「『世界を救う』って、一体何をさせる気なんだよ!? それに、なんで俺の記憶がないんだ!? あんたが俺の記憶を消したのか!?」
ヴァンは銀髪の男から距離を取って、身構えた。さっきから、ずっとこの男のペースに巻き込まれている。この男が何者なのか、それは依然としてわからないが、少なくとも只者でないことは確かだ。
「お前の記憶は私が消したわけではない。なぜ記憶がないのか、想像がつかなくもないが確かな事はわからん。しかし、俺はお前が必要だからここに呼んだ。お前にしかできないことがあるからだ」
「俺にしかできないこと?」
「ああ、そうだ。それは『世界を救う』こと。今、この空間の外側には無数の世界が存在している」
そう言って銀髪の男は、右手の親指と中指を擦り合わせてパチンと音を鳴らした。次の瞬間、ヴァンの頭上から数十枚の写真がひらひらと降ってきた。
ヴァンは銀髪の男を警戒しながらも、足元に落ちた写真を1枚拾った。そこには、綺麗な森林が映っていたが、当然ヴァンには見覚えがなかった。
ヴァンがじっと、写真を見ていると、写真の中の木々たちがぐらぐらと揺れ始めた。いや、揺れるというよりも二重になったり、また重なったりとズレ始めたのだった。
ヴァンは慌てて足元に落ちている他の写真を拾上げて、注視する。写真に写っているのものは、1枚たりとも同じものがなく、どこかの草原や水車、何かの建物などであったが、全ての写真が勝手にズレていたのだった。
「これは……一体……」
「気付いたかい? そこにある写真は全て、この外にある無数にある世界の一つの写真。だが、見ての通り世界がおかしいんだ。本来だったら、そんな風に見えたりしない」
銀髪の男は溜息交じりで話を続ける。
「でも、なぜかはわからないが世界がどんどん変わっていこうとしている。これは自然なことなんかじゃない。きっと何か原因があるはずだ。それをお前に調べて、解決して欲しい」
「どうして俺なんだ? それに解決っていってもどうすればいいんだよ?」
「なぜお前かっていうと……そうだあ……うーん…強いて言えば、匂いかな」
「匂いってなんだよ!」
「俺にはわかる。 お前は代々世界を救う匂いを受け継いできた勇者の一族に違いない」
「世界を救う匂いってどんな匂いだよ!」
「それはそれはありがたい匂いなんじゃない? きっとお風呂に入っても取れないような」
「そんな匂い嫌だよ!」
「まあ、とにかくお前は世界を救うためにここにやってきた。それでいいじゃないか」
話しているとやはりこの銀髪の男のペースに巻き込まれてしまう。ヴァンはもう考えるのがどうでもよくなってきた。
「で、どうやって世界を救えばいいんだ」
「おお、やる気になってきたな。息子としては大変嬉しいぞ!」
「もう突っ込みたくないから、話進めて」
ヴァンはうんざりした声で言った。
「これからお前に、ある力を授ける。それを使って様々な世界を廻って、その世界で起こっている問題を解決してほしい。上手く行けば、そこにある写真は正常に戻るはずだ」
「ある力?」
「ああ。その力の名は『どこでもド……』じゃなかった。その力の名は『ワンダーゲート』。この力さえあれば、どんな世界にも行くことが出来る優れものだ」
ヴァンは一瞬、銀髪の男が言いかけた言葉が気になったが、いちいち突っ込んでいては話が進まないので、無視して進めることにする。
「そんなすごい力をくれるなんて、あんたは神様かなんかか?」
銀髪の男は一瞬黙ったが、なるほどといった顔で続けた。
「『神様』か。確かにその呼び方はしっくりくるな。まあそんなところだ」
「じゃああんたが神なら、自分で問題を解決すればいいだろ」
「そうもいかない。神様は忙しいし、この場所から動くことは出来ないことになっている」
「誰がそう決めたんだ?」
「それは神様が決めたんだ。つまり私が決めたということだ」
そういって、神様だと名乗る銀髪の男は笑い出すのであった。なんとも胡散臭い神だと、ヴァンは思っていた。
「まあ、とにかく力をお前に授けよう」
神はまた、右手の親指と中指を擦り合わせて、音を鳴らした。次の瞬間、ヴァンの目の前が明るく光った。思わず目を瞑ったヴァンだったが、すぐ目を開けると胸の前に手の平くらいの大きさの光る球体が浮いていた。
「それを掴むといい」
今までの話を全て信じたわけではない。それでも、ヴァンは恐る恐る右手で球体を掴む。触った瞬間、球体はまた眩しく瞬いて消えてしまった。
「これで、いいのか?」
ヴァン自身、身体が特に変わったようには感じられなかった。
「ああ、これで準備は完了だ。先ほど俺がやったように、右手で指を鳴らせば他の世界へのゲートが現れる」
ヴァンは半信半疑だったが、とりあえず中指と親指を擦って音を鳴らした。するとヴァンと神との間の空間がぼんやりと光り始めた。光はだんだんと形を作っていき、地面からヴァンの身長くらいの高さまでの楕円となった。
「これがゲート……」
「ああそうだ。これを使って様々な世界に行ってもらう」
不安。ヴァンにはそれしか無かった。しかし、このまま何もしないという選択肢は選べなかった。自分が誰かもわからない。今、繋がりがあるのは目の前にある神と名乗る男のみ。ずっとこのよくわからない空間で2人でいるわけにもいかない。結局この神を信じるしか、状況を打破する術はなかった。
「……でも、世界に行って何をすればいい?」
「おっ、やる気になったな。着いた世界では、きっと何かが起こっているはずだ。その世界が不確定になるほどの何か。その要因を取り除いて欲しい」
「……わかった」
「上手くいけばその旅の中で、お前の記憶も取り戻せるかもしれないし、お前にとっても悪い話じゃない。まあ、多少危険な旅になると思うが、その世界のルールに従って生きていくことだな」
そんな話をしていると、だんたんと二人の目の前にあったゲートの光が弱くなっていた。
「おっと、そろそろ時間だな。早く世界を救ってきてくれや」
「えらい簡単に言うな。滅茶苦茶大変な旅になるんだろう」
「まあ、そうかもしれないな。頑張ってきてくれ。と、う、さ、ん」
「またそれかよ」
ヴァンは思わず苦笑いしてしまった。相手は神のはずなのに、そのふざけた言動のおかげで、少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
「じゃあ、行ってくる」
ヴァンは光のゲートへと歩みを進めた。ゲートに触れた瞬間、身体が一気に吸い込まれていく。その時に、神が何かを言っていたが、ヴァンが辛うじて聞き取れたのは『左手』ということばだけだった。