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勇者の生まれた日/魔王の生まれた日/元勇者と元魔王のその後

勇者の生まれた日


 ――その日は、雲一つない青空だった。


 木で出来た家の中から、赤ちゃんの大きな鳴き声が里中に鳴り響く。

 「ほら奥様、元気な女の子ですよ。」

 「はぁっ、はぁっ。」

 産湯から上げられた赤子を渡され、息を整えながらまだ泣き止まないその子を優しく抱き上げる。

 触れる肌の熱が通じたのかやがて泣き止んで、まだ見えないながらも母の顔に向けて手を伸ばす。

 ドタドタと部屋の外がうるさくなったかと思うと、荒々しく部屋のドアが開かれた。

 「産まれたか!」

 「だ、旦那様!まだ入ってきてはいけませんよ!」

 旦那様と呼ばれた男は、部屋に入ろうとするところを産婆に止められる。

 「シュピヤは大丈夫なのか!?子供は男か!?」

 追い出されそうになりながらもシュピヤと目が合い、にっこりと笑っているのを見て安心する。安心したところで気が抜けたか、そのまま部屋から押し出された。

 「奥様もご息女も健康そのものです!すぐに会えますから!」

 「息女……ということは、女か。」

 男は空笑いの後に、安堵の息を吐いた。


 *****


 それから。夫婦水入らずの時はなくなり、いつでも母は子と一緒。見守る父ソッツも仕事から帰ってくれば共におり、子供と共にご飯を食べる。

 「はぁ~。はぁー。」

 乳を飲みながらもこっちに手を伸ばすその子供の仕草を可愛く思いながら、やはり男の子がよかったとも少し思ってしまう。

 「ほら、そんな声だしたらこの子に失礼ですよ。」

 「うむ……だが。」

 「だがじゃありません。そんなに男の子が欲しいならもう一人作りましょうよ。」

 「いいのか!」

 思わず立ち上がり、「あ、いや」とばつの悪そうにまたすごすごとソッツが座る。その様子を笑いながら見ていると、手元の赤ちゃんがぐずりだした。

 「おーよしよし。……そろそろこの子の名前を決めませんとね。」

 「うむ。男の子ならキシュと産まれる前から――」「女の子なら?」

 固まった父親に、不満そうに口をとがらせる母親。

 「アナタってそういうところあるわよね……自分の思った方に突っ走っていくというか。私と出会った時だって。」

 「あー待て待て。考えていた。考えてはいたぞ。」

 恥ずかしい話になりそうなのを慌てて止めて、ソッツはまるで戦いのさなかであるかのように頭を回転させる。

 「……バラ、バラというのはどうだ。」

 「バラ。」

 シュピヤが何度か口にすると手元の赤ちゃんがそれに反応する。

 「この子もそれがいいって。」

 「よし、それではお前はバラだ。これから元気に育てよ。」

 バラはソッツから差し出された指を握って笑った。


 *****


 その後、バラは元気に育ち、弟もできた。弟のクブと共に、元軍人である父ソッツのもとで稽古を受けつつ、村の産業である林業の手伝いもして過ごした。

 稽古……といっても、魔力を持って産まれた弟と違ってまったく魔力のないバラに父が教えたのは、体捌きと棒を用いた護身術のみで、魔力付与(エンチャント)や剣術を教わっている弟のことを少しうらやましく思うこともあった。

 それでもまだ体格の勝るバラは弟との立合では負けることはなく、そのことがバラに余計な自信を持たせることになった。

 すなわち、特別扱いを受ける弟に勝つ自分は、さらにすごい存在なのではないか、と。


 一方、普段のバラは良き姉としてクブの面倒をよく見ていた。落ち木拾いには必ず共に行動し、クブよりも多くを持った。そんなバラだからこそ、クブや村の人からの信頼も厚かった。

 もちろん実の弟だけでなく、村の子供や時には困っている大人にもよく声を掛けて助けようとした。お節介焼きだったのである。

 そんなバラが困ったような顔で知らぬ人と話す父を見れば、気に掛けるのも当然のことだった。

 「どうしたんですか?」

 「ん?バラか。いやなに、昔の知人と話していただけだ。何でもない。」

 父は昔の知人と言うが、先ほどまで話していた男は明らかに軍装であった。軍人がただの世間話に来れるような土地でもない。そして、世情を知らぬほどバラは若くなかった。

 「もしかして、戦争ですか。」

 まっすぐ尋ねてくるバラにソッツは言葉を詰まらせる。

 「……なに、こんな山奥に住む俺たちには関係のないことだ。」

 「関係ないなんて!お父様はあんなにも強いのに。」

 バラはいまだソッツが負けるところを見たことがない。それどころか、人相手であれば傷一つつけられたところすら見たことがなかった。

 「招集されたんでしょう?どうして断るんですか。お父様ほどの力があれば、それだけで戦況を変えられるのに。」

 「それは違うぞ、バラ。たったひとりで変えられる戦況などこの世のどこにもありはしないんだ。」

 バラが反論しようと口を開いたところにクブがやってきて、バラの服の裾を握る。

 「お姉様、どしたの?」

 言おうとした言葉を飲み込んで、「なんでもないよ」とクブの頭をなでる。その様子をみてソッツが微笑む。

 「それに、俺はお前達やシュピヤを護りたいんだ。軍にいてはそんな些細な願いも叶わないからな。」

 「それじゃあ、私が軍人になります!」

 バラとしては自分が軍人になれば守るべき存在が減るというくらいの考えだったが、それに対するソッツの反応は完全な否定だった。

 具体的な言葉が何かはバラはもう覚えてはいないが、自分は父に認められていないと思ったバラは、クブの手を振りほどいて泣きながらどこかへと走り去っていった。


 以来、バラはさらに鍛錬に打ち込むことになった。すべては父に認められるために。


 *****


 それからまた数年。その頃にはクブもバラと並ぶほどに大きくなっていたが、それでもバラが負けることはなかった。

 普段のバラは変わりなく周囲に優しさを忘れなかったが、それでもクブは少しずつバラとの手合わせを避けるようになっていった。

 そんなある日。


 その日もまた雲一つない青空だった。そのはずだった。

 昼下がりのころ、突然に空に雲が現れ始める。その雲は黒く重く、しかしそれでも雨が降らない。ただただ不吉な予感をもたらすだけのものだった。

 「この雲……なぜ。」

 雲の正体を見たソッツは、慌てて武具を装備して自分の家族を呼び寄せる。しかし、全員が揃うころにはすでに村近くの森に火が上がり始めていた。

 「父様、これは!?」

 バラの言葉にソッツは頷く。

 「どういうわけか魔物が来た。シュピヤ、義父上に話して村の皆を逃がし――」

 ソッツが言い終わる前に森から魔物達の群れが出てきた。先頭には三つの頭を持つ、黒い獣がいる。

 「ぐっぐっぐっ。さあ貴様ら、蹂躙の時ぞ。」

 獣が頭を振りながら吠えると、火を起こし、風が巻き上がり、そして雷が 落ちてくる。それらが襲いかかってくる他の魔物達を照らし出す。

 村の若い男達はなたやのこぎりを持って、震えながらも前に出て、他の者達は三々五々に逃げ惑う。

 「くっ。時間がない!」

 「私が村の人たちを誘導します!」

 「頼んだ。 クブ、行くぞ!」

 「はい、父様!」

 シュピヤは先に逃げた村人達の方に向かい、クブはソッツに言われたように周囲にいる魔物達と戦いに行く。

 「私も行きます!」

 「待て、バラ!」

 ソッツの制止も聞かずにバラもいつも使っていた棒を持って魔物達に向かっていく。

 バラの戦いは、決して悪いものではなかった。鍛錬の成果があってか敵の攻撃を受けることなく、こちらの攻撃はしっかりと通す。――しかし、魔物達が傷つく様子はない。

 「くっそおおおお!」

 どれだけ棒を振っても、突いても、魔物達はただ怯むだけ。バラの行動は挑発と取られ、あっという間に囲まれていく。

 「あっ。」

 ついには三つ頭の獣さえもがバラを囲み、その鋭い爪を振り上げていた。

 やられる……。足は動かず、ただ顔を身を守ることしかできなかった。

 しかし、想像していた衝撃は待てども来ない。顔を上げれば、左腕と、淡く輝く細剣で爪を絡め取っているソッツの姿があった。

 「父様!?」

 「大丈夫か、バラ。」

 ソッツはそのまま爪を折ったかと思うと、獣の体を蹴り上がって六つの目の内の一つを切り払う。

 「ぐっぐぐぐ。」

 喚く獣を前にソッツは改めて構え直す。よくよく見ればソッツの左腕からは血がしたたり落ちていた。

 「バラ、行け!」

 「そんな!父様をおいて逃げるなんて!?」

 「逃げるのではない。シュピヤを、村の皆を頼む。」

 そしてバラに紙を渡して蹴り飛ばす。先ほどまでバラのいたところを、獣が踏みつけてくる。

 「行け!しかし決して魔物と戦おうと思うなよ!」

 体勢を取り戻したバラは何か言おうと逡巡して、結局何も言わずに走って逃げた。

 その足音を聞いてソッツはにやりと笑う。

 「我こそはバルバの村のソッツ!ここより後ろに貴様らの道はないと思え!」

 父の名乗り上げと魔物達の雄叫びを後ろに聞きながらも、バラは振り返らずに皆の逃げたはずの道へと向かっていった。


 向かう道すがらに渡された紙を見ると、家の地図のようだった。逃げる道の途中にあったので急ぎながらも寄ってみると、印の付いているところには細剣があった。

 「これは?」

 ひとまず握ってみると、不思議と違和感がない。まるでずっと握ってきたような。

 それで気付いた。ずっと振ってきた棒と重心や握りがかなり近い。

 「これなら……!」

 一緒にあったソードベルトを巻いて細剣を差し、元の道に戻って母達を追いかける。


 道すがら不思議に思う。なぜ父はこれを渡しながら戦うなと言ったのか。


 *****


 バラがシュピヤ達に追いつくと、ちょうど小さな魔物達と対峙していた。

 (迷ってる暇はない!)

 バラは剣を抜いて人の間を抜けて出会いざまに魔物を剣で刺す。刺された魔物は苦しんだ声を上げたかと思うとすぐに消えた。その様子を見て、残りの魔物達も逃げ去っていく。

 小さく上がる歓声の中、バラは自分の握っている剣を見て、もう一度ぎゅっと握り絞め少し口角を上げた。

 「バラ!」

 「母様!お待たせしました、逃げましょう!」

 バラの姿を見たシュピヤは色々聞きたいことを飲み込み、頷いて周囲の人たちに動くようにと頼む。しかし、どういうわけか動こうとしない。

 「バラちゃんが追い払ってくれたし、少し休んでもいいんじゃないかね。」

 「だめです!さっき逃げた魔物が――」

 シュピヤが言い終わる前に、さっきよりも大きく、そして固そうな魔物が現れる。その後ろには先ほど逃げた魔物が。

 村の人たちを守るように、バラが魔物の前に立ち塞がる。

 「バラ!いけません!」

 「大丈夫です!母様達は私が戦ってる間に逃げてください!」

 魔物が繰り出す拳を避けつつ、攻撃を入れるタイミングを計る。

 (……ここ!)

 敵が振り切った拳に合わせ、伸びきった肘を狙う。しかし、

 グァイン。鈍い音を出してはじかれてしまう。

 「くっ。」

 そして無防備になったバラに目がけて、もう一方の腕が振り下ろされる。

 「ああっ!」

 なんとか細剣を戻して直撃は避けたが、それでも体が吹っ飛んで地面に何度も叩きつけられる。

 細剣を杖代わりに立ち上がろうとするが、視界が歪んでまた倒れてしまう。

 「バラ!バラ!」

 暗闇の中、遠くに母の呼ぶ声が聞こえる。――バラが覚えているのは、ここまでであった。


 *****


 再びバラが目を覚ました時、視界はまだ暗闇の中だった。

 (なに、これ)

 さらに何かが上に乗っているように重い。少し体を動かすと、上に乗っているモノがごろりと動き、目に光が入ってくる。

 「うっ。」

 急な刺激に思わず目を伏せて手で太陽を隠す。それで、手が真っ赤に染まっていることに気がついた。

 「えっ。」

 よくよく見れば体中に血がこびりついている。その容姿で、先ほどまでどういう状態だったかを思い出す。

 自然と浅くなっていく息。そして、先ほど動かしたモノに視線をやる。

 「う……あ、ああ。」

 そこにあったのは、見間違えるはずもない、小さいころから見てきた母の顔だった。

 まるで自分に覆い被さり隠すように倒れていた、血にまみれた母の体がそこにあったのだ。

 バラは抱き寄せ、もはやその体に熱が通ってないことを知る。目は閉じることがなく、口が力ないように開き、腕もただだらりと下がっているだけ。

 「ああああああ、あああああああああああああ!」

 バラはいつぶりになるかも分からない母の胸の中で泣いた。喉を枯らし、涙尽きるまで自分の無力さに泣き尽くした。

 空には雲一つなく、ただ夕焼けがバラを照らすだけであった。


 *****


 かすかな期待をもって、バルバの村だったところに戻ってきたバラは、そこでソッツやクブを含めた、村人達がみんな死んでいるのを見た。生きている者は誰もおらず、バルバの村の人で生き残ったのは自分だけのように思えた。

 「父様の言ったとおりだ……。私、私には、何もできなかった……。」

 でも、魔物と戦わないでいても逃げられなかった。私が弱かったから……。

 バラは涸れたと思っていた涙がまだ出ることに少し驚いて、そのまま声を上げてまた泣いた。


 一晩を泣き明かし、バラは心に決めた。守るべき人もなくなった私は倒す者になろう。もっと強くなって勇者となろう、と。


 *****


 その後バラはある旅人と出会い、別れた後に勇者となった。

 その後のことは勇者に関する物語りの通りである。 


魔王の生まれた日


 魔物には親はない。

 魔界に満ちる魔力の持つ流れがぶつかり合って、形を成したものが魔物である。多くの場合は即座に何らかの生物に似た形となり、知性なくただ本能のままに動く。

 しかし時折、大きな魔力同士がぶつかり合うことで結晶を生み出すことがある。その結晶は意思を持ちその中に魔力を集めていく。そして十分に貯まりきったときにその形を変え、意思と知性を持った魔物となるのである。

 その身に蓄えられる魔力は結晶の大きさにより、大きければ大きいほど強大な魔力を貯め、また扱うことができる。

 そしてその身を維持できるほどの魔力を失った時、また結晶に戻り魔力を蓄え始める。再び魔物の形を取り戻すか、あるいは結晶が壊れるその時まで。


 地形の問題か、魔力の流れの問題か、魔界にも結晶ができやすい地域というものがある。そのような地域は必ずといっていいほど強大な魔物が支配して、新たに生まれる結晶を我が物としている。

 テスカが産まれたのもそのような魔物の支配する地であった。


 テスカが産れた時、始めに感じたのは変化への渇望である。変わらなければならない。変えねばならない。何をかは分からない。それでも、変化させることこそがテスカに生まれた初めての意思であった。

 このときテスカは当然結晶体であり、そして外を見ることはできない。それでも、自らに触れる魔力は感じられる。テスカに意思が生まれたときとほぼ同じくして、テスカは自分に強い魔力が触れたこと、そして周囲の魔力の流れが速くなったように感じられた。

 テスカはこの自分の周りの変化を快く受け入れた。しかしこれはすぐに収まり、以降テスカがその姿を手に入れるまで魔力の流れ一つすら感じられなくなった。


 *****


 テスカが今と同じ姿、すなわちねじれた双角と豊かな胸をもった大人の女性然とした姿を取ったとき、最初に見たのは水晶だった。一面を水晶で囲まれた、自分が横たわる台座を除いてなにもない部屋。所々六角柱が突き出ている透明な壁は入ってくる光を乱反射させ、見る向きによって景色を変える。

 この景色はしばらくの間テスカを楽しませたが、壁の外に何の変化も現れないので、やがてまた退屈になった。

 自分の置かれていた台座から降り、壁のところまで歩いて叩いてみる。そうすると水晶の壁がパラパラと欠けていき壁の見せる世界がまた少し変わっていく。これに愉快さを感じたテスカはさらにまた叩いてみる。より強く叩けば、より強い変化が生まれていく。そしてついには壁一面にひびを入れ、そのまま壁を一枚割りきってしまった。


 部屋の外はまた大きな部屋になっているようだった。内側の壁や床と同じく水晶でできているようだが、その外側は真っ黒で光が入ってこない。部屋を一周してみると、一か所だけ鉄でできた部分がある。軽く叩いてみるが、金属感のある高い音が鳴るだけで欠けることもない。強めに叩くと少しへこんだ。

 やることもないのでその鉄を叩いていると、唐突にその鉄の部分が飛び出してくる。避ける間も考えもなく、テスカはただ飛んでくる鉄の塊にぶつかり吹き飛ばされる。

 「ああん?いねえじゃんよ。」

 どこからか声が聞こえるが、鉄と壁に挟まれ身動きが取れなくなったテスカの目には何も映らない。やがて鉄がどかされ、ふわふわした紫の毛の塊が目の前に現れた。

 「なんだいるじゃねぇか。返事くらいしろよ。」

 「へん……じ。」

 その毛の塊……二足歩行する狼のような男はテスカの初めての声を鼻で笑った。

 「でかいのは図体だけか。まあいい。俺の名はトーリ。お前の主だ。」

 トーリはそれだけ言って去って行った。後ろに控えていた、皺だらけの老女だけを残して。


 その老女は名前をコメと言い、テスカに言葉と魔法を与えた。コメの外見は人とほぼ変わらず、テスカとも大きくは角のあるなしほどしか違いがなかった。

 コメはテスカの求める知識をすべて与えたが、教えたはずのことを知らぬと言うと杖で殴った。

 また魔法の訓練のときにも必ず杖を持ち、うまくサボろうとするテスカのことを常に見張っていた。


 ある日の魔法訓練のときも、コメは杖を見せつけてテスカを威嚇していた。

 「ほれ、魔力の出力が落ちておるぞ。」

 「くっ。」

 テスカはバケツの水に手を伸ばし、ぶくぶくとあぶくを作っていたが、やがて大きく息を吐いて「やめじゃやめじゃ」とその場に寝転がった。

 すると床にバシンと杖がたたきつけられる。

 「なんじゃ、今日はもう終いか。」

 杖の音にはびくりとしたが、それでも「ふん」とそっぽを向いて反抗する。

 「それよりあのトーリとかいう奴はもう来んのか。」

 「トーリ『様』じゃ。……まああの方はお忙しいからのぅ。必要が出るまでは来んじゃろう。」

 「そうは言うが、あやつが来んかぎりはこの部屋から出られんと言うじゃないか。ワシはもうこの部屋には飽きた。」

 テスカの不遜な様子にコメはため息をつく。

 「トーリ様にはすべてご報告差し上げておる。トーリ様が来ぬというのは、すべてお主が不要であり続けるゆえじゃ。」

 コメの言葉にいらついたバラは、自らの持つ爪を立てて威嚇する。

 「ワシが不要とは、どういうことかの。」

 しかしコメはまったく動じない。

 「それならばトーリ様に直接聞いてみればよいじゃろう。」

 予想外の言葉に、力が抜けてしまう。

 「いや、しかし直接といっても、いかにして聞けと言うんじゃ。ワシはこの部屋から出られんと言うのに。」

 「出られるぞ。」

 「は?」

 コメはトーリがこの部屋に現れて以来開きっぱなしになった壁の穴……というかドアのあったところを差す。

 「ほれ、あそこを通れば部屋から出られる。」

 「いや、それはそうじゃろうが。」

 「ワシは出られぬのではなく、出てはならぬと言ったのじゃ。ところで、なぜお主はワシの言ったことに従っておるのじゃ。」

 テスカはしばらくぽかんとしていたが、コメの言わんとしていることに気づき、慌てるように部屋を出て行った。


 部屋を出ても、壁や床は変わらず水晶でできているようだった。すでにこの景色に飽きていたテスカは脇目も振らずただ直進していた。

 (よく考えたら、ワシはどこに行けばいいのじゃ)

 よく分からないままに階段を上がり、ひとまずは上を目指す。


 上を目指していると、段々と魔物とすれ違うことが多くなってきた。それで自分の方針に自信を持った。そしてやがて大きな扉の前にたどり着いた。周りの壁もヒビだらけで中の様子が見られない。

 「……ここか?いかにも尊大な奴が好きそうな扉じゃしな。」

 試しに押してみるとその扉はあっけなく開いた。中には、例の狼のような男、トーリが座っていた。

 「どうした?なぜこんな所にいる。」

 「あの部屋にいるのももう飽きた。はよワシを外に出さんか。」

 トーリはため息をついて立ち上がった。

 「おかしな奴だ。そんなに外に出たいなら勝手に出ればよかっただろうに。」

 トーリに言われて初めて気がついたように、テスカはあっと声を上げた。

 「……それじゃあ、さらばだ。」

 「待て。」

 テスカがきびすを返そうとすると、いつの間にかトーリが目の前に移動していた。

 「俺が素直にはいそうですかと言うと思ったか。」

 そのままトーリはテスカを蹴り飛ばした。すんでの所で腕で受け止めたが、それでも部屋の中央にまで吹き飛ばされる。

 「一つ教育をしてやろう。俺がお前の主ということをしっかり刻んでやらねばなな。」

 テスカは舌打ちをして呪文を唱え始める。しかし、

 「遅い!」

 詠唱を始め無防備になったテスカを再度蹴り、倒れたところを馬乗りになる。

 「ぐぅっ!」

 「戦い方をまるで知らんようだな。」

 そのままテスカを突き刺す。何度も。何度も。

 「あ、があああああああああ!」

 テスカはそのまま体を維持できなくなり、そして結晶体に戻った。

 「ふん、変身体も持たんとはな。」

 トーリはテスカの結晶を掴み、虚空に話しかける。

 「聞いているんだろう、コメ。」

 どこからも返事はないが、気にせず続ける。

 「懲罰が終わり次第こいつに戦いを教えろ。……あまりふざけた真似はするなよ。」

 「仰せのままに。」

 どこからともなく聞こえる言葉ににやりと笑い、テスカの結晶を眺める。


 *****


 テスカにとっては二度目の結晶体だが、初めと違い今度は知性を持っていた。すなわち、感覚から現状を推察するだけの知恵があった。

 例えば、体に触れる強大な二点の魔力は誰か――つまりはトーリに掴まれていることを推察させ、周囲の魔力の流れが速くなったことは移動していることを思わせた。

 このときテスカの中にあふれていたのは怒りだった。なぜ自分はこんな扱いを受けねばならないのか。なぜ再び動けぬ身にならねばならぬのか。なぜあのトーリという者に従わねばならぬのか。

 (聞こえるか)

 不意に誰かの言葉が感じられた。掴んでいる者が流してきているようだ。

 (貴様に教えてやる。俺に逆らうとはどういうことか。例えばこういうことだ)

 テスカは自分の魔力がいくつにも裂かれるように感じる。つまり、結晶が割られようとしているのだ。

 やめろ。やめろ!嫌じゃ!まだ死にとう――。

 願いが通じたように自らの身に掛けられた力が収まる。

 (俺は優しいから、今日はこれだけにしてやる。だが忘れるな。貴様が誰のおかげで生きていられるのか)

 自分の身が安全となったと知ると、またふつふつと怒りの念が浮かび上がってくる。しかしその感情はどこにもぶつけられない。

 やがてまた自分の身がどこかに運ばれていくのを知った。


 動きながら感じたのは、段々と周囲の魔力が弱くなってきているということだ。はじめは、そういうこともあると思ったが、自分が感じられないほどに弱くなると、流石におかしいと思い始めた。

 おかしい。これでは傷ついた体を癒やすこともできないではないか。

 それで気がついた。この魔力では、自分の体を取り戻せない。いつまでたっても、どれだけ待っても。何も変わらず、何の刺激もなく、休むことも、動くこともない。ただただそれを受け入れ、考える頭だけが残っている。

 はじめはたいしたことではないと思っていたが、少しずつそれは恐怖になっていく。

 何もできない。何も変わらない。ただ時間だけが過ぎる。どれだけ過ぎたかも分からない。いつまでこのままなのかも分からない。あるいは一生このままなのかもしれない。

 これでは死んでいるのも変わらない。いや、死んだ方が何もできない苦痛を感じない分ましかもしれない。

 いっそこのまま、思考を殺してしまおうか。


 気がつくと、目の前にコメの姿が見えた。

 下を向けば自分の体が見える。

 「ワシの体……!」

 テスカは自分の体を抱きしめて涙を流した。

 コメはその様子を見てため息をついて、杖を鳴らした。テスカの体がびくりと反応する。

 「泣くほど怖かったか。」

 「泣いてなど!」

 言いながらも視界が歪んでいることに気付き、慌てて目をこすった。それでまたコメはため息をついた。

 「まったく弱ったらしい。同じ思いをしたくないなら、二度とトーリ様には逆らわぬことじゃな。」

 お主がそそのかしたんじゃろ。そう思ったが、コメがトーリと繋がっていることを思い出して反論するのをやめた。


 *****


 それからテスカはコメの言う通りの戦闘教練を受けた。コメを相手に戦い、魔法を飛ばし、時に退く技術を教わった。

 そうするうちにテスカはトーリに呼ばれ、戦争にかり出された。


 魔物同士の戦闘は非常に分かりやすいもので、宣戦布告や名乗り上げもせず、ただ思い立ったときに思い立った場所に攻め込む。そして戦力を失った側が逃げる。戦略や戦術もない、足が速く数が多い方が勝つだけの戦い。

 テスカの初陣はなんてことはなかった。敵は弱く、こちらは強い。大きな流れに逆らわないだけで、いくつもの敵を倒すことができた。敵を倒して結晶ができれば、その結晶を持ち帰り味方にするか割るかした。

 結晶を持ち帰ればそれだけ待遇が上がり、トーリの城の中で動ける場所も増えていった。それが愉快で次の戦いではさらに多くの敵を倒した。

 長い時が経ち、コメがテスカの教育係でなくなった頃には、城の中で出入りが許されないのは二か所だけとなった。トーリの部屋と出入り口の二つ以外であれば、テスカを止めるものはいなかった。

 逆に言えば、テスカが望むものをトーリは与えられなくなった。どれだけ敵を倒そうとも、いかに大きな結晶を持ち帰ろうとも、トーリがテスカに与えられたのは「よくやった」の一言だけだった。


 *****


 もはやテスカにとってトーリの元にいる意味はなくなった。しかしそれでも、あの恐怖がテスカを縛っていた。

 戦い方を知らなかったあの頃とはまるで違う。それでも、もし負ければ?あの時は魔力のない部屋から出してもらえたが、今度は出してもらえないかもしれない。そもそも結晶を割られてしまうかもしれない。

 死ぬことに比べれば今は大分ましだ。城の景色はとっくに見飽きたが、戦いとなれば外には出られる。つかの間の幸せを受け入れるか、それとも危険を冒して自由を得るか。その決断をテスカは下せないでいた。

 「お悩みのようですね。」

 「誰だ!」

 いつものように不機嫌な顔で城内を歩いていると、どこかから声が聞こえた。少し探すと、水晶牢の中に女がいた。

 ……いや、本当に女性体だろうか。しかしテスカにはどちらでもよかった。コメが自分の教育係から外れて以来、テスカに話しかける者はほとんどいなかった。

 「私の名前などどうでもよいでしょう。重要なのは、貴女が何かにお悩みで、私はその相談に乗りたいと思っているのです。」

 「変わった奴じゃな。……じゃが、変わった奴は嫌いではない。」

 テスカは牢の壁にもたれるようにして座り、今の境遇を話した。不思議と口が滑ったのは、久しぶりに話す相手だったからだろうか。

 話をすべて聞いたその男性――あるいは女性は静かな微笑みをたたえて、しかし何も語らなかった。

 「……それで?」

 「それで、とは?」

 「相談とは、話を聞いて答えを出すことだと思っていたが。」

 牢の中の魔物はふむ、と顎に手を当てる。

 「ですが、すでに答えは出ているのではないですか?」

 牢から聞こえる声に、テスカはため息をついた。

 「……動けぬ答えに意味などなかろう。」

 「では、貴女に必要なのは助言ではなく励ましですか?」

 このとき、初めてテスカは牢の中の者に不信感を覚える。

 「待て……お主、ワシに何を望む。なぜワシに力を貸そうとする。」

 「簡単なことです。変化ですよ。私はいつまでもここにいたくはない。それは貴女も同じでしょう?そして私には力がないが貴女にはある。これが貴女に力を貸そうとする理由です。」

 テスカは考える。この者の言うことが本心か、それとは別の真なる目的があるのではないか。

 しかし、牢の中の者が言うとおり、答えはすでに出ていた。

 テスカは牢を破り、また一つため息をついた。

 「……励ましは要らん。助言をもらおう。確実な勝利のための筋道を。」

 牢の中の者、後にコアと名乗るその魔物は直にテスカの姿を見てにっこりと、先の割れた舌を出して笑った。


 *****


 戦いから帰ったテスカはトーリに呼び出され、いつものようにねぎらいの言葉を掛けられる。

 「ご苦労だった。今日も大戦果だったと聞いている。」

 「そうじゃな。それだけか。」

 トーリは満足そうな顔をしながら、顎で出口を示す。しかし、それをテスカは無視した。

 「何だ。何か用か。」

 「なに、ワシにも欲しいものができただけじゃ。これまでの褒美と合わせて、どうじゃ?」

 トーリは大層な椅子に座ったまま手を広げる。

 「なるほどそうか。それもそうだな。俺が渡せる物ならいいが。」

 「きっと大丈夫じゃ。単なる石ころじゃからな。詳しくは分からんが、きっととてもとても小さいはずじゃ。」

 「ほう、鉱物か。宝石類なら俺も嫌いじゃない。今度からいくつかを譲ってやってもいいだろう。」

 同好の士が出来たとトーリは少し前のめりになり、自分のあごをさする。しかし、テスカは変わらずトーリを冷めた目で見る。

 「いや、一つでいい。たった一つでな。」

 テスカが指を鳴らす。瞬間、トーリの首が後ろから握られる。

 トーリが後ろに手をやって空を掴み、自分の置かれた危機に気付いた。

 「っ貴様っ俺を殺す気か。」

 「残念じゃ。ワシひとりの力で手に入れられんのがな。」

 テスカはそのままトーリに近づきながら爪を伸ばす。

 「恩を忘れたか……?」

 「恩?お前に感謝することがあるとすればただ一つ。ワシの元にコメをやり、知恵と力をくれたことだけじゃ。」

 ついにはトーリの座る椅子の元にたどり着き、その喉元に爪を立てる。

 「臆病者が!貴様には俺のは大きすぎる!」

 「臆病者……認めよう。じゃが、今日の勝利はワシの物じゃ。」

 トーリの首をかっさき、その身をバラバラに分解する。六つに分かれた体がついには消え、テスカの目の前には大きな結晶が現れる。

 「そして、お前の勝利はもはや永遠に来ん。」

 その結晶をテスカは歯で噛み、にやりと笑い、そしてかみ砕いて飲み込んだ。

 これが、テスカが生まれて初めて笑った瞬間だった。


 「勝利の余韻に浸るのもいいですが、そちら側に行ってもよろしいでしょうか。」

 「ああ、すまんな。」

 テスカはまた指を鳴らし、椅子の上に開いた穴を大きくする。なんてことはないようにコアが現れる。

 「お主には礼を言わねばならんな。」

 「私も望んだことです。お礼など。」

 「じゃが、此度のことはすべてお主の計画通りじゃった。この力も含めてな。」

 テスカがまた指を鳴らし、穴を空ける。その先にはまだ何も知らない城の住人がいた。

 「私は教えただけ、すべては貴女の力です。正直な話、空間魔法の無詠唱化は実現不可能だと考えておりました。」

 「……まあよい。礼も要らぬと言うならこれまでじゃな。お主の知恵には驚くべきものがあるが、それに従っていればこれまでと変わらん。どこへなりと行くがいい。今なら送ってやろう。」

 テスカが指を鳴らせば、城の外の風景が目の前に映る。

 「貴女はこれから?」

 テスカは少し考えてから、城の中を映す穴を見た。

 「この城からは出るが……どうしたものか。どうせなら魔界そのものを変えるのも面白いかもな。」

 「それはようございますね。」

 テスカとしては適当を言ったつもりだったが、予想外のコアの反応に目を丸くした。

 「お主、本気で言っとるのか。」

 「はい。私はいつだって本気ですよ。よろしければおそばにてお見守りをさせてください。」

 コアの真面目な口調に、テスカは笑うしかなかった。

 「こっちは冗談のつもりじゃったが……悪くない。よかろう。じゃが、今度は口出しなしじゃ。」

 「仰せのままに。ただ、最後に一言だけ。」

 テスカはあからさまに不機嫌そうな顔をしたが、コアは動じずいつものように微笑みをたたえていた。

 「お名前を。全てを統べる王に名前がなくては滑稽ですから。」

 テスカは笑い、そして答える。

 「なるほど、お主に名前はあるか?」

 「いえ。ご存じの通り、あの方は名前を与えぬ方でしたから。」

 「よし、では今日からコアと名乗るがよい。ワシは……そうだな、テスカと呼べ。ワシが魔界を統べ、魔王となるその時までな。」

 「ご随意のままに、テスカ様。」

 コアは恭しく礼をし、テスカはトーリの椅子にふんぞり返り高笑いを放った。


 *****


 その後、宣言通りテスカは自らの戦略をもって王を僭称する七体の魔物を倒し、ついには魔界を統一した。この変わり者の魔王は生まれた結晶および戦えぬ者に体しての保護を命じ、百年にわたる平和を魔界にもたらした。

 しかし。


 *****


 自らの城の中、テスカは穴を空けて人間界を覗いていた。人間界では人同士で戦争を行っている様子だった。

 「また異界巡りですか、魔王様。」

 「コアか。下界の様子はどうだ。」

 コアはテスカの影から姿を現し、その場で跪く。

 「はい。はっきり申し上げますと、もはや臣民の苛立ちは抑えきれないものになりますでしょう。元来魔物というのは自らの意思には逆らえぬものですから。」

 テスカは椅子に深く座り、ため息をつく。

 「難儀なものじゃ。」

 テスカがまた指を鳴らして魔界の様子を眺める。歩いている魔物同士がぶつかって喧嘩をしている。

 「この光景も見飽きてきたな……。」

 「だから異界を眺めてらっしゃると。」

 図星を突かれてコアを睨むが、その目に段々力がなくなっていく。

 「魔王様?」

 「いや、そうか。戦いたい者には戦いたい者をぶつければよいか。」

 テスカはにやりと笑い、「魔物を集めよ」とコアに言う。


 *****


 テスカの城から少し離れたところにある、小高い丘を取り囲むように、魔界の大半の知性を持った魔物が集まる。

 そしてその丘の上に立つテスカが指を鳴らし、自らの姿を周囲にさらす。

 「聞け皆の者!これまでよくワシの命に従い魔界の秩序を守ってきた。この百年の平和が、皆の努力の結果であることをワシは忘れはしない!」

 一呼吸を置くと、周囲の魔物達からときの声が上がる。それが止むのを待ってテスカが続ける。

 「そして今!我らが新たに秩序をもたらすべきところが見つかった!そこは今内々で争い合い、まさに混沌を極めているという!」

 テスカが指を鳴らして人間界の様子を映し出す。そこに映っていたのは略奪と殺戮。魔物達にとって非常に刺激的な光景が繰り広げられていた。

 その様子を見て、魔物達がさらに声を荒げる。

 テスカは指を鳴らすように構え、少し間を置いてから指を鳴らした。すると、テスカの頭上に大きな穴が開く。大きな、大きな穴が。

 「さあ行こう!我らがたどり着くべき世界へ!」

 その穴に魔物達が我先にと入っていく。その魔物達をアオリながらテスカは逆の方に歩いて、自分の城に戻っていく。


 城の門のところで、自分の周りに魔物がいなくなったことを確認して、テスカはその場に崩れ落ちた。

 「魔王様!」

 完全に床にへたる前にコアが現れてテスカの身を支えた。

 「なに、大丈夫じゃ。もう、な。」

 「ご無理をなさいますね。あれほどの量を異界に通しつつ、なおも維持する空間魔法とは。」

 「なに、休めばよくなる。……ひとまずはうまくいったようじゃ。休み次第ワシも行くぞ。」

 言いながらもテスカはコアの補助を受けながらその場に座って門にもたれかかる。

 「人間界か……どのようなところじゃろうな。」

 「あまりお遊びが過ぎませんよう。」

 「それは難しいな。……ワシとて魔物じゃ。」

 そして中空に空いた穴をまた見て、テスカは高笑いを上げる。

 その笑いは魔界中、そして穴を抜けて人間界まで届いたという。


 *****


 その後、人間界と魔界は、勇者が魔王を倒すまでの永きにわたる戦争を行うことになったのである。

元勇者と元魔王のその後


 魔王討伐を祝うパーティーの後、バラはテスカにコア、シュカにナフプ、それとなぜかクルカとともにバルバの村のあったところに帰ってきた。


 半分朽ちたような家々の中にある、数多く並んだ墓の一つにバラが祈りを捧げ終わった

 「お待たせ、みんな。」

 「いいのいいの。久しぶりの里帰りだったんでしょ?」

 ナフプが周りを見渡せば、シュカやコア、クルカも頷く。

 「うんうん。・・・・・・ご挨拶は大事だからね。」

 「クルカさんもなんだかすみません。お店の方は大丈夫なんですか?」

 「大丈夫大丈夫。前に半年ほど開けたこともあるし。」

 それで大丈夫といえるのか不安になったが、それだけ自分の商品に自信があるのだと納得させたバラだった。

 「・・・・・・それで、これからどうするのじゃ?」

 今や廃墟となったこの地に入り、幼女の姿のテスカが初めて口を開いた。

 「うん、せっかくこの土地の領主さまにしてもらったんだから、やっぱり村をもう一度作り直したい。」

 魔王討伐の報酬として、バラとテスカは特別にバルバの村とその周辺の山野の領主――より正確には領王となることが許されたのだ。

 「そうか。」

 てすかはやはり言葉数が明らかに少ない。気にはなるものの、バラはあえて無視することにした。

 「でもこれは単に私のやりたいことってだけだから。こうやって付いてきてもらえたのは嬉しいけど、みんなそれぞれのところに――」

 バラの言葉を遮るようにナフプが手を挙げる。

 「あー、そのことなんだけど、さ。できればボクをその村人第一号にしてもらえないかなーって。」

 「それは嬉しいけど……ナフプちゃんは魔女の里に帰るんだと思ってた。」

 「いや、ほら、ボク勘当されてるから。」

 バラは驚きのあまり口がふさがらなかった。シュカも困惑している。

 「言ってなかったっけ?」

 「聞いてない!っていうか前に『帰る』とか言ってなかった!?」

 バラの言葉にシュカがうんうんうなづく。ナフプは頭をかきながら視線を逸らした。

 「いやあれはほら言葉のあやって言うか……ああでも言わないとバラがうじうじ悩みっぱなしになると思ったから。」

 こんどはバラの方がうっと詰まった。

 「まあともあれそういうわけだからよろしくね、バラにテスカ。後……コアだっけ?」

 「うむ。」

 「よろしくお願いします。」

 快く受け入れるテスカとコアを見て、バラも「まあナフプちゃんがいいならいいけど……」とどこか納得しないままも受け入れた。

 「それじゃあ、シュカちゃんとはここでお別れだね。」

 「はい……あの、……はい。」

 名残惜しそうにするシュカを見て、クルカがため息をついた。

 「シュカ。」

 「ははい!」

 「本当にしたいことを言ってごらん。話はそれからだよ。」

 師匠に促されて、小さく「ここに残りたいです」とだけ言った。

 「そうか。そうだよなぁ。」

 「あ、でもでも、別に師匠のところが嫌というわけじゃなくて、」

 「うんうん。分かっているとも。とはいえ、そうは言ってもまだシュカに教えたいことは山のようにあるしなぁ……。」

 クルカはしばらくうんうん唸っていたが、やがてぽんと手を打った。

 「よし、こうしよう。シュカはここに残ってもいいよ。ただし、半年に一度は私のところに戻ってくること。まあ、最初は護衛が雇えるくらいに安定してからでいいけどね。」

 シュカはぱぁっと顔を明るくしてクルカに抱きつく。

 「ありがとうございます。」

 「おお、おお。来るときはお土産を忘れないでね。どうもこの山にはあっちじゃ珍しい薬草もあるみたいだから。」

 「……もしかして最初からそれを見越して?」

 ナフプがじぃっと見てくるのでクルカは目をそらす。

 「なに、私は薬草がもらえる。シュカは私の師事を受けながらも君たちといられる。君たちは優秀な薬師を得られる。三者両得ってわけだよ。」

 ナフプが「思ったより商売人だったか」と睨んでいるのをみてバラは苦笑いしながら、

 「ま、まあシュカちゃんをそちらに送るときにはきっと安全を確保するようにします。」

 「よろしく頼むよ。まあ今日一日はお世話になりたいけどね。」

 バラは笑って「お世話できるか分かりませんが」とだけ言って、コアとテスカの方を向く。テスカはやはりどこか表情が硬い。

 「コアさんは……残りますよね。」

 コアは優しく頷いた。

 「テスカ様とバラがどのような村を作るのか、おそばで見守らせていただきます。」

 「お願いします。……たぶんまた色々教えてもらうことになりそうですけど。」

 「文字の書き方とかね。」

 バラはナフプを睨むが、ナフプはさっと空を見上げて視線を切った。それでバラはため息をつく。

 「だってこれまで名前くらいしか必要にならなかったし……っていうかそういうナフプちゃんはどうなの?」

 そう聞くと今度はナフプの方がため息をついた。

 「あのね、魔法使いなら普通は文字の読み書きくらいは出来るの。魔法使いなんてほとんど研究者みたいなものなんだから。」

 「そうなの……?」

 すがるような目でテスカを見る。テスカも頭をぽりぽりと掻きながら、

 「まあ、ワシも人間界の魔法を学ぶために覚えたが。」

 「そうなんだ……。」

 ちょっとへこんだあと、はっと気付いてシュカの方を見る。シュカもうつむきながら、

 「あの、薬草のこととかはほとんど本にまとめてます……。」

 「じゃあ、文字掛けないのって私だけ……?」

 完全に落ち込んだバラに皆で慰めることになったのだった。


 *****


 その夜。寝るところもないのでテントをはって野宿をしていたところ、ふとバラの目が覚めた。体を起こすと、外に人影がある。

 念のために剣を取って、静かに外に出るとそこにはテスカがいた。

 「テスカちゃん。どうしたの?って、眠れないんだっけ。」

 「正確にはほとんど必要とせんだけじゃ。時には体を休める。」

 テスカは焚き火に当たりながら何かを考えているようだった。

 「隣、いい?」

 テスカが特に答えないので、バラは自分の椅子を用意して、お茶を飲もうと焚き火に鍋を掛ける。

 お茶が沸いて、バラに渡されたお茶を一口すすったところで、ようやくテスカは口を開いた。

 「バラは……ワシを恨んではおらんのか。」

 「テスカちゃんを?何で?」

 バラは少し驚いてテスカの顔を見るが、テスカは表情を変えずに焚き火を見つめている。

 「お主からこの村を、両親を奪うきっかけを作ったのはワシじゃ。ワシがいなければ、魔物達が人間界に攻め込むことはなかったじゃろう。ワシはワシの行いを悔いることはないが、それでも、お主がワシのことを恨んでおるのなら――」

 そこまで言ったところで、バラが笑い出した。

 「なぜ笑う!」

 「いや、なんかテスカちゃんらしくないなって。」

 「そう……そうかもしれんな。」

 ひとしきり笑ったところで、バラも真面目に考える。

 「正直言うと……分からない。」

 「分からない?」

 自分の方を向いたテスカにこくりと頷く。

 「一応あの時の仇は取ったんだけど……たぶん、私はあの時のことを忘れない。この村が元通りになっても、もしかしたら夢に見ることもあるかもしれない。だから、許せるなんて簡単には言えない。」

 バラはお茶を飲んで一呼吸置いた。

 「でもね、だからってテスカちゃんを恨んでるとか、そういう訳じゃないの。テスカちゃんが悪くないわけじゃないと思うけど、でもテスカちゃんが悪い訳でもないし。」

 「支離滅裂じゃな。」

 ぼそっと言って、しまったという顔をするテスカを見て、バラが優しく頷いた。

 「そう思う。だから、私には私が誰を恨んでるかはよく分からない。でもね、あの時言ったことは本心だから。」

 「……『一緒に笑っていて欲しい』。」

 テスカの城の中で、バラがテスカにしたお願い。

 「だから、ね。とりあえずは村の復興を一緒にしてくれると嬉しいなって。」

 お茶を飲みながら、顔を隠しながら言うバラに、テスカがふっと笑った。

 「よかろう。今度はちゃんと約束を守ろうじゃないか。」

 「今度は?」

 「こっちの話じゃ。」

 そうしてテスカとコアは一夜を共に明かした。

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