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街の話

 これはまだ、テスカがバラと共に旅をしていた頃の話。

 魔王を倒すための旅の途中。馬車の中は平和そのものだった。

 「のうコアよ、次の街にはまだ着かんのか。」

 「もうすぐですから、もう少しお待ちください。」

 「だって、シュカちゃん。もうちょっとの辛抱だよ。」

 「はい……すみません。」

 酔い止めの葉を無くして苦しそうなシュカを除けば主立ったトラブルもなく、魔物の襲撃もほぼ無かったため、悪く言えば全員緩みきっていた。

 「街に着いたらちゃんと買いためないとね。」

 「うむ。しかし……シュカの薬もじゃが、そのほかの蓄えも少なくなってきたな。」

 馬車の中は三人が横たわってもまだ空間が余っていた。非常食ももって二日ほどといったところだろう。

 「そうは言いますが、旅銀もなかなかに寂しいものとなっています。」

 「うーん、これは次の街で稼がないとだね。確か次の街はまあまあ大きい街だったはずだから、魔物退治の依頼とかも色々あると思うし。」

 「まあ、仕方がないのぅ。」

 勇者といえど、軍属となっていないのであれば基本的に旅の資金は自分たちで稼ぐ必要があった。他の旅人と比べても、勇者であるということで、信用を持たれやすいという程度の差しかない。

 一応緊急時には備蓄を譲るようにという命はあるものの、その場合にも勇者達はその街のために働くことが義務づけられていたのだ。

 「それじゃあ、宿が取れたら依頼屋に向かうということで。」

 「はい……。」

 シュカの弱々しい声が響く。

 「あ、シュカちゃんは宿でゆっくりした方がいいか。」

 「では依頼屋にはワシが向かうとしよう。バラはシュカに着くがよかろう。」

 「え、でもテスカちゃん一人で大丈夫?」

 バラからすれば何気ない一言だったのだろうが、テスカはその言葉にひどく顔をしかめた。

 「ワシも勇者であること、忘れてはおらんよな?」

 「いや、それは分かってるけど。」

 「私もついて行きますからご安心ください。」

 「あ、そっか。そうですよね。」

 それでバラは納得したようだが、テスカの方は納得いかないようだ。


 *****


 街に着いて、依頼屋に向かう途中ずっとテスカはイライラしていた。

 「のうコアよ。」

 「はいテスカ様。」

 「ワシは、そんなに子供っぽいか。」

 コアはテスカの全身をくまなく舐めるように見る。

 「どこからどう見ても子供です。さすがテスカ様の変装術。」

 「うむ、そうであろう。……ではなくてだな。」

 「バラ嬢のことですか。」

 テスカは苦々しい顔のまま頷いた。

 「うむ。バラなんじゃが、もう少しワシの正体の尻尾くらいは気付いてもいいと思うんじゃ。」

 「テスカ様の演技が完璧だからこそですね。」

 「ワシのせいと言うか。」

 「決して。」

 いつものように否定するコアに、テスカはため息をつく。

 「お主に相談するのは、間違いなのかもしれんな。」

 「私はいつでもテスカ様のお力になりますよ。」

 よく言いよる。顔の裏では笑っておるくせに。

 テスカはそう思うものの口にはせず、ただため息を重ねた。


 *****


 宿に戻ってきたテスカは、輪を掛けて不機嫌になっていた。ベッドの上でシュカの頭をなでながら、バラが二人を迎え入れる。

 「どうしたの?依頼取れなかったとか?」

 「依頼は取れた。ペット探しの依頼だがな。」

 そのままテスカは自分のベッドにふて寝した。仕方が無いのでバラはコアに詳細を尋ねた。

 「どうも街の名士のペットが逃げたそうで、それを探して欲しいとのことです。」

 「ペットっていうと……犬とかですか?」

 「いえ、鳥だそうです。」

 「鳥……。」

 鳥は見つからないんじゃなかろうか。

 「なんでも大型の猛禽だそうで、この辺りにはいない種だから見つけられれば一目で分かるとか。」

 「はあ……。どの辺にいるかとかは。」

 コアは黙って首を振る。

 「ただ、テスカ様は、一目で分かるなら、今は誰も見ぬ所にいるだろうと仰っていました。」

 「ふーん……。」

 バラは横になったテスカの方を見る。

 「時々思うけど、テスカちゃんってすごいですよね。」

 「ええ。テスカ様は深謀遠慮の使い手にして知るを知らぬと言うお方ですから。」

 バラの頭の中に思い浮かんだのは、お菓子を食べて「知らぬ」というテスカだった。

 「コアさんも苦労してるんですね。」

 バラの反応が腑に落ちないコアだったが、

 「私はそんなテスカ様を敬愛しておりますから。」

 気にしないことにした。


 *****


 テスカをコアに任せ、バラはシュカと共に街中を歩き回ることにした。

 「気持ち悪いのはもう大丈夫?」

 「はい……。すみません、心配掛けて。」

 「大丈夫大丈夫。でも乗り物酔いも大変だよね。基本的に馬車の旅な訳だし。」

 「で、でも少しは慣れました。」

 「そうなの?」

 「たぶん……。」

 バラはたぶんかーと思いながら、特に答えないことにした。代わりに空を見上げる。

 空は雲一つ無い青空が広がっていた。

 「うーん、鳥なんだし、やっぱり空にいるのかな。」

 「だと、見つけられない……かも。」

 「かもね。でも、たぶんなんとかなるよ。テスカちゃん達の取ってきた仕事だし。」

 実は、テスカの選んだ依頼はキャンセルしたことがなかった。

 と、シュカの足が止まる。

 「シュカちゃん?」

 「あの、バラさんはテスカさんのこと、どう思ってるんですか?」

 「テスカちゃんのこと?」

 バラはまた空を見上げ、少し考える。

 「うーん……妹、とか?ちょっと年は離れてるけど。」

 「妹、ですか。」

 「うん。私って一人っ子だったからちょっと嬉しいというか。まあ、私の妹というにはちょっと頭がよすぎるけど。」

 バラは空笑いをするが、シュカは特に反応を返さない。

 「あ、シュカちゃんも妹みたいに思ってるよ?嫌じゃなかったら、だけど。」

 「いえ、むしろ私なんかがすみません。」

 相変わらずの卑屈さに、思わず吹き出してしまう。

 「そういうシュカちゃんはどうなの?」

 「私……ですか?」

 「うん。テスカちゃんのこと、どう思ってるのかなって。」

 シュカは、地面を見て、言いあぐねたように口を開く。

 「すこし……怖いです。」

 怖いと言われて、バラの頭に浮かんだのはシュカに魔法を教えるテスカの姿だった。

 「あー、まあ確かにちょっと厳しい……というか変に楽しんでるよね。でも別にシュカちゃんをいじめたいわけじゃないと思うし――」

 「そうじゃなくて!」

 珍しくシュカが大きな声を上げ、街の人たちに注目を受ける。はっと気付いたシュカは恥ずかしくなって、バラの手を引っ張って路地の方に駆けていった。


 シュカが人を避けて走った先は、薄汚れてどことなくくらい路地の中だった。

 「ちょ、ちょっとシュカちゃん。そんなに手を引っ張ったら痛いよ。」

 バラの声にはっと気付いて、走るのをやめる。

 バラにとっては少しランニングした程度だったが、シュカにとっては全力疾走し続けたような速度で、肩で息するほどになっていた。

 「ご、ごめ、なさい。」

 「大丈夫。ちょっと休んだら戻ろう?」

 「は、い。」

 そうして二人で休んでいると、遠くから足音が聞こえてくる。

 バラはシュカの方をみるが、まだ膝に手をついて動けそうにはない。

 (こんなことなら剣を持ち歩けばよかったかな。)

 バラはさりげなくシュカを足音の方から隠すように動いて身構える。

 現れたのは、いかにもなごろつき二人だった。

 「おやおやぁ、道に迷ったんですかぁ!?」

 「奇遇だねぇ。自分らもそうなんだよねー。」

 二人組は軽薄そうな笑いを浮かべながら近づいてくる。

 「……私達は別に迷ったわけじゃ。」

 「そーなんだ!いやー助かった。じゃあさ、道案内してくんない?」

 「いや、この辺りに慣れてるわけじゃーー」「ついでに金貸してよ。人助けと思ってさ。」

 一瞬本当に道に迷っていたのかもしれないと思っていたバラも、この一言で相手にしないことを決めた。ただ、後ろのシュカはまだ逃げるにはつらそうだ。

 「……いくら必要なんですか?」

 ごろつきは互いに顔を合わせてにやりと笑った。

 「なぁに、手持ち全部でいいさ。」

 「そっくりそのままおいてけや。ああん?」

 ナイフを見せてきたごろつき達にため息をついて、バラは手持ちの見せる用の袋のお金をすべて渡す。

 「これで全部。私達も急いでるから。」

 「おいおい、そっちの奴のはどうした。」

 ごろつきはバラの背に隠れていたシュカを指さす。

 「あ……えと……。」

 「こっちの子の分も合わせて私が持ってたから。」

 シュカは実際お金を持っていなかったが、ごろつき達は認めようとしない。

 「おいおい本当だろうなぁ。確かめさせてもらおうじゃないか。」

 「嘘だったら承知しないぜぇ?」

 ごろつき達がいやらしい手つきで近づいてくる。

 (面倒ごとは避けたかったんだけど……仕方ないか。)

 バラが先手を打とうとしたその瞬間。

 「よく見たら結構かわい゛っ!」

 ナイフを持っていた方がバラの視界から消えた。代わりに見えるのは、たなびく金色の髪。


 目の前には、足下でうずくまっているごろつきの男と、よく見知った金髪の少女。

 「……え?」

 「おおバラ、こんな所におったか。」

 ごろつきの肩に降り立ったテスカが、なんてことないようにバラの方に振り返った。

 「テスカちゃん!?なんで!?というか、どこから……?」

 「空じゃ。手近によいクッションがあって助かったわ。」

 空をみれば極彩色の怪鳥が旋回し、地面ではごろつきの一人が肩を押さえてうめいていた。

 「て、てめぇ!マッちゃんになんてことを!!」

 「ん?ああ、そういうこともあるわな。それじゃ帰るぞ、バラ、シュカ。」

 「あ、う、うん。」

 それでテスカは二人を連れて帰ろうとするが、

 「まてこの!このまま帰せると思うか!?」

 テスカはため息をついて、

 「おいシュカ、手当てしてやれ。」

 「あ、は、はい。」

 「待てまて待てまて!こんなガキにあんなんを治せるって!?」

 「は、はい!すみませn……。」

 シュカが尻すぼみに言った言葉に、逆に残ったごろつきが元気になっていった。

 「おいおいほれほれ!いやぁコイツはどうしたもんかねぇ。こんなひどいの見たこともねえわ。これじゃ治療費だけじゃ済まねえわな!」

 実際、マッちゃんと呼ばれた方のごろつきは早く治療してやった方がよさそうなほどにうめいている。

 テスカはため息をついて、

 「それじゃ、せっかくじゃから見るだけじゃなく感じてもらおうか。」

 「は?」

 テスカは言うやいなやごろつきに足払いを食らわせ、体勢を崩したところを掴んでバラの方に思い切り投げる。

 「え?わ!」

 思わず出した右手の掌底がきれいにごろつきの肩に入り、変な音が鳴ってごろつきの肩は外れた。

 「ぐああああああああああああああ!」

 「あー、えっと、大丈夫……ですか?」

 ごろつきは返事を返さず、ただ左肩を押さえたまま唸るばかりだった。

 「うむ。少し弱くなるかと心配しておったが、まあ悪くはなさそうじゃな。」

 「いや悪いでしょ!なにやってんのテスカちゃん!?」

 「最後の一撃はお主がやったと思うが。」

 「いやそうだけどそうじゃなくて!」

 「ほれ、シュカははよう手当をしてやれ。」

 「あ、は、はい。」

 テスカが乱雑にはめ直した肩に対してシュカが魔法を掛ける。

 「ちょっとテスカちゃん!っていうか聞きたいことは他にも!」

 「ほれ、ワシらはあの鳥を届けに行こう。話は道すがら聞こう。」

 「あ、でもシュカちゃんが。」

 「コア。」

 テスカが呼ぶと、コアがどこからともなく現れた。

 「こちらに。」

 「え、どこから?」

 「バラ、シュカさんのことは私にお任せください。」

 「あ……はい……。」

 バラがあっけに取られている間にテスカは空の怪鳥を呼び寄せ、肩に止めた。テスカの顔の三倍はありそうな、大きな鳥だった。


 *****


 道行く人が二人……というか一羽のことを二度見していくのも気にせず、テスカはずんずんと歩いて行く。

 「まったく、あのようないかにもな路地に行くとは気が緩みすぎではないか。」

 「いや、そこに関しては言い訳もないけど……なんで?」

 テスカと怪鳥が息を合わせるようにバラの方を向いて、首をかしげた。

 「いや、その鳥とどうしてそんなに……うー、仲、いいの?」

 「そう妬くでない。」

 「じゃなくて!そもそもどうやって見つけたの?」

 すべてを見渡せる手鏡を出せるテスカにとって、捜し物は一歩も動くことなくできるのだが、そんなことはおくびにも出さず。

 「かような鳥が見つからぬとなると、探すところはかなり絞られるものだろう?」

 「そんなになついてるのは?」

 テスカとコアは目を合わせるだけで相手を魅了する魔眼を持っているが、当然それは秘密であった。

 「ま、気が合ったんじゃな。」

 バラはさすがにテスカのことを訝しむような目で見る。しかし当然それはテスカの正体を怪しむものではなく、単に適当を言われているように感じただけである。

 「まぁいいか。これでお金ももらえるんだよね。」

 「うむ。こんな仕事はさっさと終えてゆっくり休むに限る。」

 「あまり仕事しすぎて、他の旅人さん達の分まで取っちゃったらいけないしね。」

 「そんなものなのか。」

 そうこうしているうちに大きな屋敷の門にたどり着いた。

 「……おっきぃ。こんなおっきな鳥を飼うっていうんだから大きいとは思っていたけど。」

 バラが怪鳥にちょっかいを駆けようとすると、暴れて逆に噛みつかれそうになる。テスカのひとにらみで鳥はすんと大人しくなった。

 「ま、気は乗らなかったが、ラッキーというわけじゃな。……何をしとるんじゃ?」

 バラが動くのを待つも一向に動き出さない。

 「え?ああ、えーっと。……どうすればいいんだっけ?」

 例の空笑いを見せ、どうやら尻込みしているバラを見て、テスカはまたため息をついた。


 使用人に屋敷に入れてもらってテスカとバラが怪鳥を飼い主に返すと、飼い主大変喜んだ。

 「そうだ、ちょうど三日後にささやかなパーティーをやるんです。是非勇者様にも参加していただきたい。もちろん、お連れ様も一緒に。」

 この誘いにはテスカも驚いたが、それ以上にバラのうろたえようといったらなかった。」

 「え、えぇ!?パ、パーティーって……。」

 バラは部屋の中を見渡す。応接室なのだろうこの部屋には、置いてある物は少ないものの絨毯から絵画に至るまで調和が感じられ、何よりどれも高そうなものばかりだった。座っているソファも大変手触りがよく、沈むような心地である。

 ささやかとは言うがこんな家の主人がいうパーティーとは公式の社交の場であり、バラにとっては親から語られた物語にしかなかったものだった。

 「わ、私には荷が重いといいますか……っていうかこんな格好じゃ出られないですよね!?」

 「あら、ドレスだったら私のを着ればいいわ。お古で申し訳ないのだけど。」

 「いやいやいやいや!そんな、悪いですから。依頼のお金だってもらってますし。」

 「悪いだなんて。そんな遠慮しないでくれ。」

 「そうですよ。お礼もですけれど、きっとみなさんも勇者様にいろんな話が聞きたいと思うわ。」

 飼い主はなかなかに押しの強い夫婦だったが、バラも負けじと恐縮する。

 「私なんてマナーもよく知りませんし、きっと不快にさせちゃいます。」

 「そんなの誰も気にしないさ。みんなみうちみたいなものだしね。」

 全く逃げ道が見つからず、なんだか泣きそうになってくるバラだった。

 「て、テスカちゃんからも何か言ってよぉ……。」

 バラはテスカに助け船を求めるが、

 「ま、好意を無下にするのもよくあるまい。」

 その言葉で夫妻の顔がぱぁっと明るくなる。反対にバラは口を半開きに開け力なくうなだれる。

 「それじゃあ三日後の夜に準備させます!」

 「どうぞバラさんも、私達のためと思って来てくださいね。」

 「テスカちゃん……。」

 ぎょーぎょーと、極彩色の怪鳥、飼い主曰くキューちゃんが鳴いた。


 *****


 それから屋敷に世話になりながら四人分の服を慌ててしつらえ、パーティー出席の準備を済ませる。そして当日。

 「しかし今更ながら数日しか準備期間を作らんというのもどうなんじゃ。」

 テスカは下着姿のままシュカの着付けを優先して手伝っていた。

 「聞けばテスカ様の一声で決まったといいますが。」

 コアの方は気を使ってシュカの方はなるべく見ず、ドレスの部品を並べて準備をする。」

 「それはそうだ、が!ふんっ!」

 バラにコルセットを締められて、シュカは声にならない声を上げる。

 「シュカ嬢、我慢ですよ。」

 「し……い……。」

 「ほれ息を吐かんか!」

 肺の中の息を全部吐き出されたような姿になって、ようやくシュカのコルセットを縛る。

 「ではドレスを着けていきましょう。」

 「は……はい……。」

 縛ったあとに多少緩んだのか、締められているときよりはシュカの声が出ているようだ。

 「テスカ様もそろそろ準備を始めませんと。」

 「なに、直にバラが。」

 と、別室で着替えをしていたバラが入ってくる。

 「……ねぇテスカちゃん、これで本当に大丈夫なの?」

 バラの格好は明らかに男装のそれであり、臙脂のジュストコールに入った刺繍がきらめいている。

 「うむ。髪もしっかりキマっておるな。」

 「たいへん凜々しいですよ。」

 「かっこいい……です。」

 「うーん……そういう問題なのかな。」

 コアとシュカの方を見ると、早いものでもうほとんど着け終わっている。

 「わぁ、シュカちゃん、すごい可愛い!」

 言われたシュカは顔を真っ赤にして後ろを向こうとするが、着付けているコアに止められる。

 「あ、あ、あありがt……。」

 ようやく口にした言葉もすんと消えていく。それを見ていたバラはなんとなく口角を下げてしまう。

 「ほれバラはこっちを手伝ってくれ。」

 「あ、うん。えーっとどうすればいいの。」

 テスカの指示通りに、ぎこちないながらもドレスを着付けていく。テスカの髪色と同じきらびやかな黄色のドレスを触っているバラの目が、知らず知らずのうちに細くなっていく。まるでテスカの姿をうらやむように。

 「どうしたそんなに睨んで。」

 「え?あ、ううん。きれいだなぁって。」

 ごまかすように手を動かしたことで、バラに「丁寧にしろ」と怒られた。

 「……なに、そのうちまた着る機会もあるじゃろうて。」

 「そういうわけじゃないけど……私ってテスカちゃんやシュカちゃんと違って鍛えちゃってるからドレスも似合わないんだろうし……。」

 実際、屋敷の夫人は小柄で、彼女の所有していたドレスはすべてバラには合わせられないものだった。

 「こういうものは本来着る者に合わせて作るものじゃ。他人の服が着られぬといって落ち込むものではない。」

 「そう……かもしれないけど。」

 「なに、どうせ――。」

 テスカは何かを言いかけて、言葉を止めた。背中をバラに向ける。

 「テスカちゃん?」

 「コッチを頼む。いや、どうせまた大きな歓待を受けることもあるじゃろ。なんせワシらは勇者なんじゃから。」

  バラはあまり納得がいっていないようだったが、

 「あ、魔王を倒せば祝賀会?みたいなのがあるよねたぶん。……って気が早すぎるか。」

 バラはあははーと頭をかきながら笑うが、テスカは返事を返さない。

 「……ごめん、やっぱりまだまだだよね。」

 テスカはため息をついて、バラの方にむき直した。

 「なに、このまま修練を積めばいずれ魔王にも挑めるじゃろ。なんせまだ若いんじゃからな。」

 優しくほほえむテスカのことをじぃっと見つめていたバラが急に吹き出した。

 「な、なんじゃ!?」

 「ごめんごめん。」

 すっとんきょうなテスカの声にまた笑いそうになるが、なんとか平静を取り戻す。

 「でもなんかその言い方だと他人事っぽいよ。魔王と戦うときは、テスカちゃんも一緒なんだから。」

 「まあ、そうじゃな。さ、これでワシの準備はできたな。」

 テスカがその場でゆったりと回ると、広がるレモン色のスカートと金髪がきらきらと光を放って

いっそう優雅に見えた。

 「すごい。お姫様みたい。」

 「うむ、もっとほめるが良い。」

 しかしながら腰に手を当てえばる姿は、見た目相応の年齢を思わせる。

 そこには触れずにシュカの方を見れば、そちらも準備万端といった風だ。ミントグリーンのドレスを着ながら縮こまっている姿は、童話の妖精を思わせた。

 「うん、やっぱりよく似合ってる。」

 「そ、そう……です?」

 「ええ、お二人とも時候にも合ったお色で大変美しいですよ。」

 「そう言うとお主のその重ったるい格好が気になるなぁ。」

 コアの格好はいつもと変わらぬ従者スタイルである。

 「私はあくまでテスカ様の付き人でございますから。」

 「それを言うとそも同じ席に従者が居ること自体がおかしいようにも思うのじゃが……。」

 「私も歓待を受けたと存じていますが?」

 恭しく礼をするこあをみて1,テスカは鼻を鳴らした。

 と、ドアがノックされ、案内役が姿を見せた。

 「お待たせいたしました。準備ができましたので、どうぞ。」

 「あ、は、はい。」

 それで四人はパーティーに向かった。


 *****


 名前を呼ばれたあとにホールに入ると、すでに仲にいた人たちはみな拍手で出迎えてくれた。屋敷の主人の言うとおり、パーティーはそれほど多くの参加者が居るわけでなく、和やかそうな雰囲気であった。

 しかし、バラやシュカにとってそれは初めて見る光景である。もともと人の視線が得意でないシュカは当然として、時に大男を前にひるまずに立ち向かうバラでさえカチンコチンに固まっていた。

 「おいバラ、息をせい。」

 テスカにひじで突かれるまで、呼吸できていないことにまで気づかなかった有様である。

 「シュカのようになっておるぞ。取って食われるわけでなし、もう少し気楽にせい。」

 「そ、そうは言うけど……。」

 バラの弱音を遮るように、アッシャーが主人の入場を告げる。

 その声を聴いて参加者は皆入り口の方に体を向け、礼をしながら入ってきた主人夫婦を迎える。

 「みなさん、お忙しいところこうして来てくださり大変うれしく思います。それともう一つ、今日はすてきなゲストがいらっしゃっています。にくき魔王を討ち滅ぼすために立ち上がった四人の勇士、勇者バラ様テスカ様、バラ様の従者コア様、そして薬師のシュキク様です。」

 注目の集まるなかテスカとコアは優雅に返礼をする。バラは一瞬惚けてしまったが、慌ててテスカのまねをする。しかし男装しているバラにとってその礼はかなり滑稽なものになってしまった。

 「それでは勇者バラ様より一言いただきます。」

 心臓が跳ね上がったのが外からでもわかるかのようにバラの体がびくんと跳ね上がった。

 「バラ様?」

 「あ、は、はイ!」

裏返ってしまった声に赤面しながらも、なんとか話を続けようとする。

 「ただいま紹介に預かりました、バルバの村のバラです!不束者ですがどうぞよろしくお願いします!」

 くすくすと笑う声が聴こえて、このまま倒れるんじゃないかというくらいにバラが赤くなっていく。

 ため息をつきながらもテスカが続く。

 「バラと同じく勇者をしておるテスカじゃ。こちは幼き頃より旅をする身となっておったので、どうもかような場には慣れておらん。失礼があったとしても、どうか田舎の道化と思い笑って見過ごしてほしい。」

 それでまた礼をするテスカに、周囲の客も例を返す。それを受けてまた主人が口を開く。

 「それでは皆さんどうぞご歓談を。少ないながらもお食事も用意しております。自慢のシェフに作らせましたので、どうぞ召し上がってください。」

 それで主人がいなくなると、客は勇者一行を囲んで質問責めにした。テスカとコアはそつなくこなすものの、バラとシュカはあわあわとしているだけでほとんど答えられなかった。

 「す、すみません、お食事を先に!」

 「あら、そうよね。お腹も空きますよね。」

 「ごめんなさいね、うちの主人よりもかっこいいものですから。」

それでシュカの手を引いてそそくさと食事の並ぶテーブルに逃げていくバラだった。


 食事を少しだけ食べてそのままホールの端に逃げたテスカとシュカは、それでようやく一息つけた。

 「ふぅ、立食形式で助かった……のかな。」

 「あ、ありがとう、ございます……。」

 「ううん、多分一人だとまた捕まってたから、私も助かったよ。」

 中央の方を見れば、テスカとコアは主人も輪に交えながら何やら楽しそうに話している。

 「すごいよね二人とも。あんなに堂々と話して。そういえばテスカちゃんって執事?連れてたんだから元々こういう場になれてたのかな?」

 「どう……でしょう。」

 仮にテスカが見た目相応の歳であれば、社交界に姿を見せるには少し早いようにも見えるが、バラにはわからないことだった。

 しかしシュカが言いあぐねていたのはそのことではなかった。意を決したように唾を飲み込んだ。

 「あ、あの。」

 「どうしたの?」

 「テスカさん……のことなんですけど。」

 「そういえば、前に何か言おうとしてたっけ。なんだったの?」

 自分の顔をじっくり見てくるバラに気圧されながらも、シュカは負けじとバラの口元を見る。」

 「テスカさん、中に何かがいます。……たぶん……。」

 バラはシュカの顔を見て本気で言っていることを悟る。

 「それって……どういうこと?テスカちゃんが誰かに操られてるってこと?」

 「……わからない、です。でも、時々テスカさんから、不思議な力、感じます。」

 「うーん……確かにテスカちゃんはあの歳の割にものすごい力を持ってるけど、そういうことじゃないの?」

 シュカはただ首を振る。

 「そう……かもしれません。でも……。」

 それでもまだ不安そうにしているシュカを見て、バラは微笑んでシュカの頭をそっと撫でる

 「きっと大丈夫。それに知ってる?いつもシュカちゃんが眠った後にね、テスカちゃん眠れないからって私のところに来るんだよ?」

 シュカはたいそう驚いたように目を見開く。

 「本当……ですか?」

 「うん。シュカちゃんって普段大人びてるけど、そうやって来るときなんかはーー」

 「来るときなんかは、どうするのじゃ?」

 いつの間にやらテスカとコアが二人のところに来ていた。なんとなく、テスカが怒っているようにも見える。

 「て、テスカ……ちゃん?どこから聞いてたの?」

 「シュカの頭を撫でたあたりからじゃ。まったく、人が身代わりになって引きつけとる間に、二人は人に聞かせられぬ話というわけか。」

 「い、いやぁ、そういうわけじゃないんだけど……。」

  気まずそうに笑うバラを無視して、テスカはシュカを睨み付ける。

 「ひっ。」

 「……。」

 その後、少し顔を赤らめながらそっぽを向いて。

 「べ、別に眠れぬわけではないからな。ただ、なんというか……。」

 「テスカ様、それよりも。」

 コアの視線の先には、数人の女性が待っていた。

 「おお、そうじゃった。シュカよ、お主に質問があると言われてな。なにやら薬について相談があるそうでな。」

 「え……でも……。」

 「なに、実際にはワシが話す。シュカは耳打ちをすればいい。」

 「う……それなら。」

 テスカはシュカの気が変わらないうちに手を引いて連れて行った。壁のあたりにはコアとバラが取り残された。

 「バラ、テスカ様のことですが。」

 「え、なんですか?」

 さっきシュカと話していたことが気になってバラは気構える。コアは少し考えた後、

 「テスカ様はバラからの扱いに不満を持っておられるようです。」

 「え?えーっと……それって?」

 「はい。要するにテスカ様は、バラとは対等でありたいのだと思います。」

 「……テスカちゃんは仲間ですから、私もそのつもりですけど。」

 バラはテスカ達の方を見る。テスカはシュカをフォローしながら、なんだかんだシュカにも会話をさせるようにしているようだ。

 「年相応の子供に見えることもありますし、かと思ったらひどく大人びて見えるときもあって、確かにすごい不思議に思うことはあります。時々妹みたいに思うこともありますけど、でもやっぱり頼れる仲間なんです。シュカちゃんも、もちろんコアさんも。……それじゃ、駄目なんですかね。」

 コアもテスカの方を見る。何をしたのか、テスカがシュカの頭を両手でガシガシと撫でている。

 「……あの方のお考えは、時折私の想像の埒外に及びますから。ただ、知れば道が見えることもございます。だから、バラに伝えた方がよいと考えました。それだけです。」

 「コアさんって、テスカちゃんのこと本当に大事にしてるんですね。あ、当たり前かもですけど。」

 コアはバラの方を見て、にっこりと笑った。

 「ええ、あの方は私の喜びのすべてです。」

 思っていた以上の言葉が出てきて、バラは思わずぱちくりとまばたきをする。と、テスカがバラたちの方にずんずんと寄ってきた。

 「ほれ、バラもあまり待たせるな。みな色々と聞きたがっておるぞ。」

 「あ、えっと。ちょっと待って!まだ心の準備が。」

 「バラ様、そんな固くならなくても大丈夫ですわ。」

 「あ、いやそうは言いましても。」

 そのままあれよあれよとバラはホールの中央の方に連れて行かれた


 矢継ぎ早に来る質問にあたふたと答えるバラの様子を眺めていたテスカは、コアにつぶやく。

 「……お主にはこういうことに口を出す趣味はないと思っていたのだが。」

 「申し訳ございません。少々勝手が過ぎました。」

 「よい。忠誠をうたがっとるわけではない。」

 コアは口を開かずにテスカに最敬礼をする。

 「ただ、どうもワシの思うとおりに動くことが少なくなってきておるな。」

 「ご命令があれば如何様にもいたしますが。」

 感情のないコアの目を見て、テスカはにやりと笑った。

 「いや、こうでなくてはな。人界に降りた甲斐がない。」

 そして着飾った人たちにもまれているバラの方を向く。その顔は、どこか子を見る母のようでもあった。

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