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後編

 一行は魔界と人間界を繋ぐ門を目指し、修行を重ねつつ馬車の旅を続けている。

 「テスカ様。」

 平原の中でコアが見上げた空は、昼間だというのに暗くなり始めていた。まるであの時の魔物の襲撃のように。

 後ろを見ればテスカも馬車から顔を出している。

 「分かっておる。テスカ、シュカ。行くぞ。」

 「うん!」

 「は、はい!」

 コアが馬車を止めると、戦闘準備を済ませた三人が後ろから出てきた。


 馬車から離れると、前と同じようにグレートデーモンがやってきた。

 「今度は空から二体ですか。」

 「大方戦場から抜け出してきたのだろう。やや遠いが、まあ逃げてくるとしてもおかしくはあるまい。」

 「シュカちゃんはテスカちゃんと一緒に後ろに隠れててね!」

 「は、はい!」

 空から降ってきたグレートデーモン達を前に、一行は臨戦態勢をとる。コアとバラは己の武器に魔力付与(エンチャント)を行い、テスカとシュカは敵と自分たちの間に前衛二人を置くように位置取りをする。

 「ぐ、ふふ、よにん。」

 「よにん、なら、たべられる。」

 グレートデーモン達は空にとどまったまま一行を標的に取った。

 「敵は手負いじゃ、油断するな。」

 「分かってる、よ!」

 テスカからの投げかけに応答する間もバラは敵から視線を切らず、空から降ってきた一体の拳をバックステップで避ける。

 「はあああ!」

 そしてそのまま前に飛び、地面に刺さる拳に剣戟を入れる。

 「ぐうううう!」

 グレートデーモンが切られた腕を押さえている間に、コアはグレートデーモンの首下まで跳び上がっていた。

 「良い動きです、バラ。」

 一閃。横薙ぎに剣を振ってグレートデーモンの首を切り落とすと、断末魔を上げることもなく消えることとなった。

 「さすがコアさん!」

 「さて、もう一体じゃが。」

 「うぐぐぐ、ぐぐ。こいつら、つよい。」

 その様子を空から見ていたもう一体のグレートデーモンは、苦しそうな声を上げたかと思うと、翼を羽ばたかせて高度を上げようとする。

 しかし、テスカがそれを見逃さない。

 「その力は何よりも弱く、されど誰もその力から逃れることはできぬ。塵よ積もれ、グラヴィタツィオネ。」

 テスカが声を上げると、グレートデーモンの周りの空気ごと落ちる。どれだけ翼をはためかせようと、だんだんと自分の重みに耐えられなくなったように、高度を下げ、ついには地面に着いた。

 「ぐぐぐう。き、さまさまさま。」

 「貴様呼ばわりとは分を弁えぬ奴じゃ。シュカ。」

 シュカはこくりと頷いて、目を隠すように帽子を掴む。

 「土よ蠢け、水よ踊れよ。スラッシュスラッシャー!」

 地面に押しつけられたグレートデーモンの周囲の地面が沸騰したかのように湧き上がり、鋭い刃となってグレートデーモンの翼を、腕を、角を傷付けていく。

 「ぐぐぐおおお。」

 踊る刃と重力に苦しめられ、首を下ろしたグレートデーモンにバラが近づき、

 「やああ!」

 細剣を三突き。グレートデーモンは右腕を上げ、そのまま消えていった。

 空が青くなったのを見て、四人は戦闘態勢を解いた。

 「ようやったのう、シュカ。」

 テスカはシュカの頭を帽子ごとなでる。シュカは帽子を掴みながらも少し嬉しそうだ。

 「バラもかなり魔力付与(エンチャント)が安定しましたね。」

 「えへへ、そうですか?」

 「はい。あの程度の敵なら一人でも戦えそうですね。」

 「ま、まあ相手も一体なら、そうかもしれませんね。」

 バラも少し照れくさそうに笑いながら頬をかいた。


 *****


 その夜。昼前にはデムビス王都に着き、宿を取った。いつものように二室。しかし、今度は珍しくテスカがバラの部屋へと向かわなかった。

 「珍しいですね。」

 「そうか?まあ、あの娘の体ももうそろそろ限界じゃろう。魔力を与えすぎて魔に堕としては元も子もない。」

 「魔力付与(エンチャント)による漏れもかなりなくなってきましたしね。」

 「うむ、それに。」

 ベッドに座ったまま、テスカは手の中に鏡を作る。その鏡は鳥が空から地上を見下ろしたように、人と魔物の頭を写した。

 炎と月明かりが照らす中、剣に突撃に魔法に、魔物と人が交わるところは混沌を極めていた。それでも。

 「押されておるな。」

 「テック様の軍ですか?確かこの辺りに陣を張っていたと。」

 「いや、トラロじゃ。……テックが崩れたから援軍を出したようじゃが、それが裏目となったようじゃな。」

 「夜襲というのに、ふがいないものです。」

 嘆息するコアを横目にテスカは目を瞑り、鏡を消してベッドに寝転んだ。

 「大方夜に襲われることはないと油断でもしておったんじゃろ。……どうもこの劣勢、あちら側にも優秀なのがおるようじゃな。」

 「それでは、いかがなさいますか?」

 テスカは灯りを目に入れないように腕で目の辺りを覆った。

 そして、何も話さなかった。

 「テスカ様?」

 「考えておる。」

 コアは邪魔をしないようにしばらく声を掛けずにいたが、やがてテスカの方からすぅすぅと規則正しい息の音が聞こえてきた。

 「テスカ様?」

 返事がないのを見て、コアは少し寂しそうに笑って、部屋の明りを落とした。

 暗闇の中でテスカにブランケットを掛ける。

 いかなる時でも、私は貴方様のおそばにいましょう。

 そしてコアも自分のベッドに入った。


 *****


 その日、バラは夢を見なかった。

 目を覚ますとすでにシュカは起きていて、自分がいつもよりも長く寝ていたことを知った。


 *****


 テスカとコアがカンターで注文をしてから食堂の席を確保していると、シュカとバラが慌てたように階段を駆け下りてきた。

 「ご、ごめん。寝坊した!?」

 「いえ、それほどでもありませんよ。」

 「注文は済ませておる。はよ席に着くがよい。」

 「あ、ありがとござます。」

 二人が席に着いたところでちょうど良く朝食が出てきた。


 朝食は炒り卵にパン、それにスープであった。

 「ま、可もなく不可もなし、といったところじゃの。」

 「おいし、です。」

 三人が食事を勧める中、バラだけは一口も口にしないでうつむいている。

 「どうされましたか?」

 「え?ううん、なんでもないです。」

 そうは言いながらも、パンのひとかけらにも手を付けようとしない。

 「なんじゃ、そんなに寝坊したことを気にせんでも。」

 「そうじゃなくて、……。」

 意を決したように首を振って、

 「あのね、実は――。」

 と、王宮からの遣いという兵士が数名訪れた。

 「お食事中失礼します。第六五代および六六代の勇者様はこちらですか。」

 「あ、はい。私とそっちの女の子です。」

 バラが聖印を見せつつテスカを示すと、テスカも食事をしながら左手の甲を見せる。

 「テスカちゃんお行儀が悪いよ。」

 「食事中に話しかけてくる方が悪い。」

 「まあ、それは……。」

 バラがばつの悪い顔をしながら直立姿勢の兵士達を見ると、どうも兵士達も恐縮しているようだ。

 「まあよい。ともあれ話せ。」

 「は。我らが王がお呼びでございます。」

 「え、でも私達は。」

 バラがテスカの方を見ると、テスカはコアの方を見る。それで、コアが話を引き継いだ。

 「テスカ様とバラは共に連合軍協力の任は免除されているはずです。一体王は何のご用でしょう。」

 兵士達は直立を崩さない。

 「王はただ呼ぶようにと。」

 そろそろ食堂の周りの客もなんだかざわめき出している。テスカは食事を終えたところでため息をついた。

 「着いていくほかないようじゃな。」

 「そうみたいだね。」

 テスカがまたため息をつき、バラは困惑した顔を浮かべながらも立ち上がった。


 宿から王宮まではおよそ三〇分ほどで、兵士達の用意したロバ車に乗って行くことになった。

 王宮は階数の少ない造りで、門を越えると、広い芝生の庭に泉が目立っていた。建物は白く、昼に向かう太陽の光を反射して眩しい。

 「こういう光ってるところを見ると気分が滅入るな。」

 「おや、テスカ様は光り物はお嫌いでしたか。」

 「そういうわけではないが……。」

 テスカが葉っぱを噛んで苦しそうな顔をしたシュカを見つけ、飛びかかろうとしたらバラに止められた。

 「ダメ。」

 テスカは舌打ちをして、また自分の席に戻った。やがてロバ車は停まり、兵士が扉を開ける。


 *****


 謁見の間でしばらく待つと、やがて衛兵の声が響く。

 「領王陛下のおなーりー。」

 そして幕が上げられ、玉座に座った王とその妃が現れる。四人は頭を垂れる。シュカは右手に持った帽子をぎゅっと握りしめている。

 「ずいぶんと大仰なものだ。」

 「しっ。」

 王が咳払いをすると、テスカもバラも王の方に集中した。

 「勇者殿よ、よくぞ参った。」

 「呼び出しておいてよく――。」

 「テスカちゃん。」

 むくれっ面でそっぽを向くテスカ。代わりにバラが謝る。

 「失礼しました。」

 「よい。そちの言うことも一理ある。顔を上げよ。」

 優しそうな人だとバラは思ったが、テスカとコアは違うことを考えた。

 この方、どうも一筋縄ではいかなさそうですね。

 「それで、我らに御用事というのは。」

 そっぽを向いているテスカに変わりコアが尋ねる。

 「なんということはない。勇者殿らがいつもやっていることであろう。」

 「つまり……。」

 魔物退治。しかしその程度であれば、王自ら話す道理はない。

 「どこの魔物だ。」

 「流石勇者殿は話が早い。我が軍は近々西の平原に大規模の魔物討伐にでる。そちらには追従してもらいたい。」

 「わかりーー。」

 「待て。」

 今度はテスカがバラを止める。代わりにコアが口を開く。

 「それは、我々に戦争の駒になれということでしょうか。」

 コアの物言いに王は笑い出した。

 「いや、実に率直な物言いだ。確かに触れで、そちらを軍属とせんようにとは聞いておる。しかし、戦争とは一言も口にした覚えはない。」

 「デムビスの西の平原といえば大きな戦場の一つであったはずじゃ。」

 「勇者殿は子供のように見えてよく知っておる。だが、それは過去の話だ。」

 「過去?」

 テスカの記憶する限り、ここデムビスの西の平原はテック配下の軍が攻めており、トラロ配下より援軍を受けて持ちこたえていたはずだった。

 「そう、過去だ。もはや魔物どもは規律的行動をとるに至ってはいない。もはや軍とは呼べようもないほどだ。であれば、これは通常の魔物退治と同じ。ただ、敵が少し多いばかりだよ。」

 テスカは内心唇を噛んだ。これが真実かどうか、少し調べれば実態がすぐに分かる。その『少し』が今は取れない。

 「分かった。では持ち帰って――。」

 「分かりました。私達が魔物を退治します!」

 ひとまず回答を後回しにしようとしたところで、バラが了承を出してしまった。

 テスカは舌打ちをギリギリで押しとどめて、バラを睨むだけなんとか留めた。

 一方の王は上機嫌な様子だ。

 「そうか引き受けてくれるか。それでは細は追って知らせる。よろしく頼んだぞ。」

 そして王は控えの近侍に合図をして、幕を下ろさせる。

 幕が下りたところで、ようやくシュカは帽子を握る力を緩めることができた。


 *****


 夕食の席の空気はかなり悪かった。

 今にも噛みつかんとする獣のようにバラを睨みながら食事を進めるテスカ。

 何も気にしないように振る舞いながら、食事よりも飲み物にばかり手を付けるバラ。

 普段通りのコアにただおろおろするシュカ。

 やがて耐えきれないといった風にバラが口を開いた。

 「言いたいことがあるなら言って?」

 テスカは口に持って行こうとしていたさじをスープに戻した。

 「では言わせてもらう。なぜ依頼を受けた。」

 「むしろ、どうしてテスカちゃんはそんなに嫌なの?魔物退治なんていつもやってるのに。」

 「それとこれとは話が違う。それの今は特に路銀に困っているわけでもないだろう。」

 「それはそうだけど、でも魔物で困っているのなら私達が頑張らないと。」

 「あの王は困っておるわけではあるまい。ただ、楽をせんとするだけじゃ。」

 「それでも私達が行って兵隊さんを守れるなら。」

 「じゃがそれは――。」

 どん、とテーブルが叩かれた。見るとシュカが震え下を向きながらもテーブルを叩いたようだ。

 「あ、あの。その。」

 テスカはため息を打って、先ほどよりもゆっくりと話した。

 「そも、なぜ我らが兵役を免除されておるかは分かっておるか?」

 「……戦争で魔物を押さえている間に魔界に打って出るため。」

 「そうじゃ。膠着状態の戦場に戦力を割くのでなく、少数を魔界に渡らせ頭を……魔王を討つためじゃ。であれば、わしらがここで数百の兵を守るということは、世界中の兵の苦しみを長引かせることになるのだぞ。」

 「それは……そうだけど。でも。」

 理論も何もない。だからこそ、説得出来るようなものでもない。

 テスカはまたため息をついて、バラを説得するのを諦めた。

 「分かった。何よりもう決まったことじゃな。」

 「テスカちゃん、その。」

 「もうよいと言ったじゃろ。やるからにはさっさと終わらせよう。」

 テスカは先に食事を終えて、そのまま部屋に上がっていった。

 「……なんだかすみません。」

 テスカの姿が見えなくなったところでバラが謝ると、変な方向に曲がりそうなほどにシュカが首を振った。

 「きき、気にしてないです。」

 知らない人が見ても気にしていることが分かるような風である。

 だが、それがむしろバラの罪悪感を和らげた。

 「ありがと。コアさんもすみません。」

 「いえ、テスカ様もあのように口論されることがあるのだと、なんだか微笑ましく思いました。」

 「あの、追いかけなくてもいいんですか。」

 「たまにはテスカ様も一人になりたいことがあるでしょう。」

 コアはまた変わらない様子で食事を続けた。そんなコアをバラがじぃっと見ている。

 「あの、何かありましたか?」

 「あ、いえすみません。なんというか、テスカちゃんのこと信頼されているんですね。」

 コアはさじを置いて、優しい笑みを浮かべた。



 *****


 同じ頃、部屋に戻ったテスカは、例によって手に鏡を出して西の平原の様子をうかがっていた。

 「やはりこちらの将は生きておるではないか。何が規律が取れていないじゃ。」

 と、壁に作られた影がせり上がって人型を成した。

 「コアか。二人の様子は。」

 「お二人ともテスカ様のことを気にしておいでのようですよ。」

 「そうか。」

 間。

 「テスカ様、バラのことですが、どうやらこの辺りに故郷があったそうですよ。」

 「我らに焼かれたという村か。……なるほど、敵討ちも兼ねて、ということか。」

 「バラはそれを負い目に感じているそうですが。個人的な理由で多くの人を苦しめやしないかと。」

 「は、一体自分を殺して何が得られるというのやら。勇者であれど人の子、感情を捨てた勇者の下に誰がーー。」

 テスカは何か気付いた様子で、考え事をしながら手鏡を見つめる。

 やがて手鏡を捨て、目を瞑って、体をベッドに投げやる。

 「……のうコアよ。」

 返事はないが、テスカは少し溜めを作ってから続ける。

 「ワシは決めたぞ。もう良い頃合いじゃ。これ以上続ければ、向こうもやりづらくなろう?それに――。」

 テスカが目を開くと、コアの影はすでになく、代わりに部屋の扉が開いた。

 「如何様なものであれど、私はテスカ様について行くだけでございます。」

 「そうか。そうじゃったな。……もう寝る。灯りを落とせ。」

 テスカの言葉通りに灯りを落とし、コアはテスカが眠りについたのを見てから自分もベッドに入った。


 *****


 しばらくして、テスカ達の泊まる宿にまた兵士達がやってきた。そうして、四人は戦場へと連れて行かれた。


 西の平原にはいくつもの天幕が張られ、その内外で兵士達が作業をしたり傷ついた体を休めたりしている。

 「勇者だ……。」

 「勇者様。」

 そんな兵士達も、勇者達四人が通りすがると口々に反応を返す。

 「あ、あの、やっぱり勇者って。」

 「うむ。兵士達には心の支え、力の象徴なのであろう。」

 シュカは帽子から手が離せない様子。テスカもなんだが気が立っているようである。

 「おい、どこまで連れて行くつもりだ。」

 「は、もう少しであります。」

 言うやいなや目標の天幕にたどり着いたようで、兵士達が幕を上げて四人を迎え入れる。


 中にはこれまたえらそうな、鎧姿の男がいた。四人が入ってきたところで椅子を立った。

 「おお、来たか。待っておったぞ、勇者殿。」

 「御託はいい。用件を言え。」

 「て、テスカちゃん。」

 バラがテスカを止めようとするが、テスカはひとにらみして逆に黙らせる。

 初老といった様子の鎧の男は不機嫌そうに眉を寄せる。

 「まあよい。主らに頼みたいのは一つ。私らが敵を割ったところを行き、喚嵐の三頭獣を撃ち取って欲しい。奴こそがこの戦場における敵どもの指揮官と見られておる。」

 喚嵐の三頭獣と聞いて、バラの表情がこわばるが、テスカは気付かず話を続ける。

 「中央突破か。」

 「何か言いたいことでも?」

 鎧の男の問いかけに、テスカは不敵に笑った。

 「いや、嫌いではない。それより、領王はここの魔物にはもはや指揮系統はないと言っておったが。」

 「ふっ。かの王がなんと言おうが構わんが、戦場において私は下に嘘は言わん。」

 「くっく。ワシらが下か。」

 「そうだ。少なくとも今は私の指揮下にある。」

 「まあよい。のうバラ。」

 「な、何!?」

 自分に声が掛けられると思っていなかったのか、バラは少々トーンの外れた声をだした。

 「いや、バラは何か聞きたいことはないのか?」

 「いやまあ、大丈夫。です。それじゃあ!」

 バラはそのまま天幕の外へと去って行き、慌てて三人が追いかけていった。

 「お、おい!……本当に大丈夫なのか。」

 鎧の男は少し不安になった。


 *****


 勇者二人とそのおつき二人の前には、松明を掲げ隊列を成す兵士達。そしてその向こうには魔物の群れ。

 戦場には強い風が渦を巻くように吹き、黒く重い雲が暗い空を踊る。

 「すごい暗い……なんか嫌な感じ、です。」

 シュカが目を隠すように帽子をぎゅっと握る。

 「本来空高く登っておる太陽を隠すため、魔の満ちる所には雲が出る。これだけ魔物が集まっておれば、当然それだけ雲の層も厚くなる。」

 やがて兵士達の号令と共に矢が打ち放たれ、それに合わせるように魔物達が兵士達に向かう。地を這い、空を飛び。塵が炎を覆って行く。

 そんな様子を、コアが腕を握り絞めながら眺める。

 「うまくいく、のかな。」

 「陣形を見る限り、作戦通り敵陣を左右に割ることはできよう。しかし、もしワシらが遅れれば残った兵士は敵に囲まれ、そのまま逃げることもできずに潰されるやもしれん。」

 バラが生唾を飲む。見れば手も震えている。

 テスカがコアに目配せすると、コアはバラの両肩に手を置いた。

 「ひっ。」

 「大丈夫ですよ、バラ。私達の仕事は何も変わりません。」

 「で、でも。」

 「同じことです。守るべき人が側にいるか、遠くにいるかの違いだけで。」

 包み込むような声と優しい微笑みを見て、バラも少し落ち着いたようだ。自分の剣を握る。

 「さあ、シュカも心せよ。そろそろ第二陣も出る。ワシらは死ぬ気で着いていかねばならんぞ。」

 「は、はひ!」

 シュカが返事をしたところで、二陣出陣の合図が鳴り響く。そこで四人はそれぞれ臨戦態勢をとった。

 しばらくして第二陣が接敵し、再三の合図。四人は一斉に駆けだす。

 「足よ走らせ駆け馬のごとく、ラピッドトレッド。」

 テスカの魔法により、まさに駆け馬のような速さで戦場を突き進んでいく四人。

 あっという間に先行していた隊列に追いつき、左右に割るようにして突き進む。

 「ほれほれいけいけー!」

 「どいてぇぇぇ!」

 ついには勢いのままに薄くなっていた敵の列を抜ける。

 抜けた先には耳をつんざくどの雷、鼻を突くほどの豪雨、そして目に見えるほどの竜巻。

 「ほう、これは。」

 「あ、あ、あ、あ、あのあの。」

 「後ろを見る必要は……なさそうじゃな。」

 振り返っても、敵はこちらを振り返りもしない。人の兵士達が奮闘しているのもあるだろうが、それ以上に感じられるのは信頼である。

 高々四人程度に、この魔物は倒せはしないと。

 「ワシらは嵐の前の塵に同じ、ということか。」

 「……行こう!」

 バラの声を合図に、全員で目の前の天変地異に向かう。


 やがて見えるは聞いたとおりの三つの頭を持つ獣。黒い毛を持ち、それぞれの頭が火を、雷を、そして風を生み出している。

 「無謀にもよく来たな人間。勇者と言ったか、我の前に立つとは恐れを知らぬも甚だしい。」

 そして獣が吠え立てると、火も風も勢いを増す。短い毛が踊るようにたなびく。

 「ひぃっ!」

 「案ずるな。奴は炎や雷を生み出しはしても操ることはできん。落ち着いて攻めればーー。」

 そしてバラは見た。この獣の炎の頭にある傷を。右目を塞ぐような、細剣の切り裂きを。

 「バラ?」

 「見つ……けた。」

 細剣が振るえている。恐れによるものではない。感情の高ぶりがそうさせている。

 「っ。コア!」

 言うやいなやコアは突進しようとしたテスカを止める。

 「ぐっぐっぐっ。仲間割れか。良いぞ良いぞ。」

 獣のさえずりも気にせず、コアに止められてもテスカは振り向こうともしない。

 「……邪魔しないでください。」

 「落ち着かんかバラ。突っ込んで行って勝てるわけでも。」

 「でもあいつが私の村を!」

 獣が襲ってこないのを見て、テスカはバラの方へ寄る。

 「本当か。」

 「見間違えるわけがない。あいつが私の村を焼いたんだ!あの右目の傷が何よりの証拠。あれは、私のお父様が私を逃がすために。」

 と、話を聞いていた獣は先ほどまでとは打って変わって目の前の少女達を睨む。

 「貴様、あの男の娘か。」

 「そうだ!私こそバルバの村のソッツの娘、バラ!」

 「そうか。この傷を付けた代償は一人の命では足りぬ。貴様もこの業火の糧としてやろう。」

 「望む、所だぁぁ!」

 バラはテスカを振り切り、獣に対して斬りかかりに行く。獣もバラに向けて吠えかかり、炎をまき散らす。

 「コア。」

 バラが炎の渦の中に消えようとしたところで、テスカは指を鳴らし、コアに呼びかけた。

 すんでの所でバラはコアに抱き上げられ、炎は宙に沸いた穴に消えていった。

 「この魔法……それにコアという名は。」

 テスカは深く深いため息をついた。

 「ここまでか。ま、仕方あるまい。おい、バラ。」

 バラはコアの腕の中で暴れている。

 「何!?邪魔しないで!」

 「いや、ワシは邪魔することにした。お前にコレは殺させん。」

 コレ呼ばわりをされて獣の六つの目がテスカを睨むが、テスカがにらみ返すと、テスカの何倍もあるその体を小さくすくめた。

 「何で!どうして!?」

 「なぜ、か。ふ、ふふ。教えてやろう。」

 テスカは自分の左手を握ると、勇者の聖印の付いたその手を引き抜く。

 「コア。こっちへ来い。」

 「はい。魔王様。」

 「ま、おう?きゃっ!」

 コアは乱暴にバラの体を突き放すと、ひとっ飛びでテスカの下へ降りる。

 テスカは引き抜いた左手を獣の炎の中にくべ、本物の腕を出す。

 テスカがゴリゴリと首を鳴らし、腕を回すうちにみるみる背が伸び、胸が出て、そして頭に角が生えてくる。

 気がつけば空は青色を忘れるほどに暗く、雷鳴が鳴り響いていた。

 喚嵐の三頭獣と呼ばれたものは、まるで子犬のように震えて小さくなっている。

 「コアもいつまでひげなぞ生やしておる。」

 「おや、コレは失礼を。」

 コアが顔を一なですると、髪は黒くなり、顔に生えていたひげも落ち、唇を舐める舌は先が割れていた。

 コアの姿が元に戻ったところを見て、テスカは満足そうにうなずき、自らの身をなでるように、頭から腰まで手を動かしながら指を鳴らす。

 そうしてこの戦場中に自らの姿を映し出すように、空と自分の周囲の空間をつなげた。


 時折雷光が光る戦場の黒い空には、双角を生やした女の姿が写る。

 あからさまに魔物達に動揺が広がっていく。

 やや押され気味であった兵士達は、これを好機とばかりに攻勢に出ようとする。しかし。

 「我こそ魔物どもの首魁にして混沌の主たる魔王。勇者が打つべき存在にしてお前の仇に命令を出した者だ。」

 写った女の声に、金色に輝くその瞳に、人間達も動きを止めた。誰一人動ける者はいなくなった。

 魔物達はその映像に対して跪き、大半の人は力を失ったように地面に膝をついた。


 *****


 テスカのその変わりよう、そして放たれた言葉のないように、バラはただうろたえるばかりだった。

 「え、え?な、なに?て、テスカ……ちゃん?」

 「気安く名を呼ぶな。まだよく分かってないようだな。ならば。」

 周りを見渡し、後ろでぶるぶる体を震わせていたシュカを見つけたテスカは、コアを呼び、シュカを捕まえさせる。

 「やっ!嫌ぁー!」

 片腕で引っ張り上げられて宙に釣り上げられたシュカは何とか逃げようと暴れるが、頭の帽子が外れる位で、コアは少しも動揺しなかった。

 少しその様子を眺めていたテスカは、やがて指を鳴らし、

 「やれ。」

 その言葉でコアは少し笑って、シュカの胸元に腕を突き刺した。

 「あ……え?」

 コアは掴んでいた腕を放し、突き刺された腕だけでシュカを支え、もう一方の手でシュカのまぶたを閉じさせた。

 シュカは糸の切れた人形のようにぶらんと腕を落とし、動かなくなった。

 「シュカ……ちゃん?」

 コアはシュカを地面に捨て、またテスカの元に戻る。

 「さて勇者よ、目が覚めたか?まだなら次は下の兵士ども。それでも駄目なら街の者どもだ。」

 困惑の表情を浮かべていたバラは、ぴくりとも動かなくなったシュカを見、テスカを称えるようにかしこまる獣を見、邪悪を浮かべたテスカを見て、震えて音を鳴らしていた歯を強く噛みしめた。

 剣に再度魔力がこもる。

 「うううああああああああああああああああ!」

 そのままテスカに向かって斬りかかる。

 速剣と言うのもためらわれる大振りをテスカは体をよじって数度避け、四度目には隙を見て腹を蹴り飛ばした。

 人一人分は吹き飛び、そのまま地面を回転したバラはその勢いのままもう一度立ち上がる。

 「そんな剣筋、興ざめにもほどがあるぞ!おい、コア。」

 「はい。」

 コアは口の中に腕を突っ込み、体の中から剣を出した。

 その剣を受け取って一振りして体液を飛ばす。

 「どれ、稽古をつけてやろう。」

 バラは首を振って、しっかりと構えを取り直した。

 「テぇスカぁあああ!」

 目にもとまらないような細剣の振りを、テスカはすべて見切り自らの剣で受ける。

 そしてそのままバラの懐に入る。が、そこでバラの短剣がテスカに襲いかかる。

 「それは知っておるぞ!」

 その攻撃もまた剣でいなし、そのまま跳び上がってバラの左肘に膝蹴りを入れる。

 「ぐっぐうぅ!」

 衝撃に思わず短剣を落とし、肘をかばうようにしながら数歩下がる。

 「おいコアよ。まさかこんなものとは、指導が甘かったのではないか?」

 「面目次第もございません。」

 恭しくテスカに礼をするコアを恨めしげに睨み、バラは再度構え直した。

 体を半身にして、今度は上下のコンビネーションを混ぜながらテスカに襲いかかるが、

 「知っとる、知っとる。コレも知っとる。」

 テスカは冷や汗一つかかずにすべて避ける。

 目にとまらぬ速剣も、上下同時に来るかのようなコンビネーションも、フェイントも時間差もあらゆるテクニックもすべて見切り、剣で受け、最小限の動きで避けていく。

 やがてバラにも疲れが見え始め、剣速がみるみる内に落ちていく。

 「つまらん、つまらんぞバラ!」

 テスカはついにバラの細剣に剣を打ち込み、バラの手から剣を吹き飛ばす。

 「はぁー、はぁー。」

 肩で息をするようになったバラに、テスカは剣を向ける。

 それでも、バラはテスカをにらみつける。

 「死ぬのは怖いか?」

 バラは答えず、ただ左腕をかばいながらテスカから視線を逸らさない。

 その様子を見てテスカは笑った。

 笑ったままバラの顎を蹴り上げ、もう一度蹴り飛ばす。

 今度は立ち上がることなく地面にそのまま突っ伏した。それでも、手を伸ばす。まるでテスカにつかみかかろうとするように。

 テスカは指を鳴らし、コアの下の地面を別の空間に繋げる。

 「さらばだ勇者よ。今は見逃す。そして次はないと思え。」

 バラは意識のある間テスカを睨み続け、そして時空の穴に落ちていった。


 *****


 テスカはバラが時空の穴に落ちたのを見て、その穴を閉じた。

 「お優しいのですね、魔王様。」

 「なに、花開こうとするつぼみを摘む馬鹿はどこにもおらんじゃろ。花開き、実が熟したところで刈り取るべし、というものじゃろう?」

 「なるほど。その為の環境にお送りしたと。」

 テスカは返事をせず、ただ目を瞑って黙り込んだ。

 そしてすっかり犬じみた獣に相対する。

 「さて、ここの戦は任せても構わんな?」

 「は、は!お任せを。それで魔王様は?」

 「ワシか?ワシは帰る。が、その前に、ワシを騙しおった不届き者にしでかしたことの大きさを教えてやらねばなるまい。」

 そうしてテスカは、まさに魔王といった風の見るものすべてを不安にさせるような微笑みを浮かべた。


 *****


 その日、デムビスの西の平原で起きた戦闘によって、参加した兵士すべてと第六六代勇者が死に、第六五代勇者は行方知れずとなった。そしてデムビスの都に魔王が現れ、王宮を消したという知らせが世界中に伝わった。王宮にいた者は領王を含めすべて殺され、死体は狩りの戦果を誇るように庭に飾られたという。

 もはや伝え聞くことしかなかった魔王の再臨に、その悪魔のような所業に人々は恐れおののき、魔王への憎しみと、残る勇者への希望を深めることになった。

 知らせを受けた第六七代勇者は軍の司令官の育成を急ぎ、自らは魔王打倒のために魔界を目指すことを誓った。

 そして行方の知れなかった第六五代勇者は……。


 *****


 深く深い森の中。日の光を遮る木々を避け、少女は木桶を持って池に急ぐ。

 「まったく、魔女の里一番の魔女だっていうのに何で水くみなんて。」

 獣も通るのをためらうような細い道を軽快に進んでいく。

 「そもそもこういう苦労をなくさないで、何が魔法の道ってのよ。」

 池に着くと木桶いっぱいに水をくみ、頭に桶を乗せて来た道を戻っていく。

 道すがら少し迷った風に少し留まり、そして道を変えた。

 「なーに、神域か何か知らないけど、ちょっとくらい通ってもばれないでしょ。」

 そうして木の根の上を歩くようにして足下の悪いなか進んでいく。すると、突然ぽっかりと穴を空けたように木が無くなった。

 「はいはい、神木様々どうもさまってね。」

 円形の広場のようになった中央に立っている巨大な木に向かって、気のない礼をした後に少女はその広場を突っ切っていく。

 と、突然緩んでいた顔をひきしめ、周りを見渡す。

 (この感じ、魔物?でも神域に魔物が出るなんて話聞いたことないし。)

 周囲を警戒したまま木桶を置いて唇を湿らせる。

 「う、うぅ。」

 「誰!?」

 音のした方に顔を向ける。そこには神木しか無いように見えたが、よく見ると根の間に何かがいた。

 それは人のようであった。

 (こんなところにどうして人が?)

 自分のことを棚に上げて、少女は警戒しながらその人に近づいていく。しかし、その人の左肘があり得ない方向に曲がっているのを見て、慌てて駆け寄った。

 近づくと、体中に擦り傷ができているのが見えた。

 「なにこれ……ワカにでも轢かれた?」

 左手の様子を見ると、手の甲に聖印を見た

 「これって勇者の……あそうだ。」

  少女は思いついたように木桶を持ってきて、傷だらけの体を拭いた。

 「っ。」

 「そりゃちょっとくらいしみるよ。ほら、女の子でしょ?」

 水が傷に浸みたのか、傷だらけのその人は目を開けて自分の体を拭く少女を見た。

 「テス……カ。」

 その人は少女に手を伸ばしたと思うと、のしかかるように倒れてまた気を失った。

 「あ、えっと、ボクはーって、ちょっと、どうしろっての!?」


 *****


 バラが目を覚ますと見知らぬベッドの上にいた。木で出来た家のようで、体を見ると着替えさせられて腕に接ぎ木が当てられていた。

 「あ、良かった起きたんだ。ずっと起きないもんだから死んだんだと思った。」

 急に聞こえた声の方を見ると、家の入り口に少女が立っていた。

 「あ、手当してくれたの?ありがとう。」

 「いいのいいのそんな畏まらないで。で、えーっと、テスカ……だっけ?」

 少女がその名を口にした瞬間に、バラは目を見開いてベッドの上で立ち上がり、腰に着いた剣を抜いた……そこに剣をさしていれば。

 「痛ぅ。」

 「あーもうほら急に動いちゃダメだって。」

 少女は慌てて近づいて、ズレた接ぎ木を手際よく戻す。

 「なんかゴメン。気を失う前に言ってて、あなたの名前だと思ったんだけど。」

 「ううん、こっちこそ。でも……その名前はもう出さないで。」

 「いいよ。でも、代わりの名前教えてもらわないと、勇者サマ♪。」

 バラは目の前でにっこりと笑う少女にあっけにとられ、それから気を取り直して自己紹介をした。

 「私はバラ。……何も聞かないの?」

 「人間一つや二つくらい秘密が無いとね。」

 バラは無意識に左腕を握る。

 「あの、ここは?」

 「ここは魔女の里。知ってる?こんな隠れ里なんて知らないよね?」

 おどけるようにいう少女に少し緊張がほぐれた。

 「いや、たぶん結構有名だと思うよ?」

 「そう?あそうだ、ボクはナフプ。こう見えて魔女の里一番の魔法使いなんだから。よろしくね。」

 確かにナフプはただの少女に見える。無邪気ともちょっと違う、面白いと思っていることを面白がっているような笑みを浮かべた、年頃の女の子といった風だった。


 *****


 進められるがままにお茶を飲んで、少しナフプと話す……というよりナフプが一方的に話すのを聞いているとばたばたとドアが押し開けられ、小さな子達がドタドタと倒れ込むように部屋の入り口に倒れ込んだ。

 バラと目が合った途端、三人組は入ってきたときと同じように慌ただしく走り去っていった。

 「こら!勝手に入り込むとはなんね!」

 もう誰もいなくなった入り口の方に怒鳴ってから、ナフプはドアを閉めに行く。

 「ごめんねーあの子らあんまり外の人と会ったこと無くって。ほら、ボク達ってこんな耳してるから。」

 ナフプが髪をかき上げると、先のとがった長い耳が出てきた。常人のものと違うその耳を見て、バラは言葉を失った。

 「あー、やっぱり変だよね。」

 「あ、ち、違うの。ただ、」

 「いいのいいの。ボクは里の外にも時々出るから変だって思われるのは慣れてるし、それに変だって思った人も三回も見れば慣れるもんだし。」

 ナフプは見せびらかすように何度も髪をかき上げる。それに合わせて耳がなんとなくひょこひょこと動いてるように見える。

 「ね?」

 「えー、ふふっ。」

 「ちょっ、なんで笑うの!?」

 「ご、ごめんなさい。何でだろ。」

 笑うバラを尻目に、ふくれっ面になるナフプ。

 「何もそんなに笑わなくたっていいのに。そんな反応されたのは初めてだよ。」

 「ご、ごめ。だからちが。」

 ふくれっ面でそっぽを向くとそれに合わせるようにナフプの耳も動き、バラはそれを見て笑ってしまう。

 態度で示す作戦は逆効果なことに気付き、今度はバラのことをじぃっと見つめた。

 これは効果があったようで、少しずつバラが落ち着きを取り戻していった。

 「ど、どうしたの?」

 「んー?いやー、はい口開けてー。」

 言われるがままに口を開けると、歯に手を当てられて固定させられた。

 「ひょ、ひょっと!?」

 「んー、ないなぁ。」

 今度は服の上からバラの体をなで回す。

 「ちょ、な、無いって何が!?」

 「異常。ほら、ボクの耳みたいな。」

 「だってこの辺りの出身じゃないし。って、そこはダメ!」

 慌てて右手でナフプを払いのけ、制止させる。

 ナフプは納得いかない様子だった。

 「出身は関係ないよ。高すぎる魔力が生み出すものなんだから。ここで生まれると魔力が高まるから、ここの里の人たちの耳が伸びてるだけだし。」

 「そうなの?でもやっぱり私にはそういう所はないと思う。故郷でも私は魔力がない子みたいに扱われてたし。」

 「いやいや、だってあんまり魔力が多いもんだから最初に見たときは魔物なんじゃないかとーー。」

 魔物という言葉にまたバラの表情が硬くなる。それを見て、しかしナフプは今度は引かなかった。

 「手を出して、バラ。」

 「あ、うん。」

 言われるがままに右手を差し出す。ぎゅっと握って目を瞑り、詠唱を始める。

 「傷ついた体を癒やし、失われたマナを取り戻せ。ヒーリング。」

 バラの体がほの青い光に包まれる。

 「どう?」

 「左手がちょっと楽になったけど……?」

 ナフプは納得がいかないように眉間に皺を寄せている。

 「ちょっと魔法を使ってみて。」

 「え?私魔法使ったことない。けど。」

 「うーん……じゃ、ボクに続いて?」

 右手を握られたまま、ナフプの言葉に合わせてバラは詠唱を始める。

 「風よ吹け、ブロウ。」

 すると部屋の中につむじ風が吹いた。

 「す……すごい!いまのって私がやったんだよね!?」

 初めての魔法にはしゃぐバラと対照的に、ナフプはかなり暗い顔をしている。

 「……どうしたの?私なんかやっちゃった?」

 「あのね、言いにくいんだけど……。バラの魔力は、バラのじゃない。たぶん、誰かから渡されたものだと思う。」

 「え……?」

 ナフプは自分の考えをそのままつらつらと続けたが、バラの耳には届かなかった。


 *****


 「……ら、バラ、ちょっと聞いてる?」

 「え?あ、ゴメン聞いてなかった。」

 バラが気がついたのは、ナフプの話が一段落したところだった。

 「もう、バラのために話してるんだからちゃんと聞いてくれないと。」

 「ご、ごめん。それで……なんだっけ?」

 「だから、バラの魔力はたぶん外付けのもの。普通は使った魔力はしばらくすれば元通りになるけど、バラのは戻らない。バラ自身の魔力がどれだけあるかは厳密には分からないけど、たぶんほとんどは後から渡されたものだと思う。」

 「そう……なんだ。そんなことも出来るんだ。魔法ってすごいね。」

 しかし、ナフプはゆっくりと首を振る。

 「普通は無理。一度にいっぱい魔力をつけないと定着なんて出来ないし、そんなに魔力を与えてたら自分自身が辛くなる。ボクだって、どれだけ出来るか。」

 「じゃあ誰が?」

 そこで、ぐいっとナフプがバラに詰め寄る。

 「聞きたいのはボクの方。そんなに魔力を持ってるのは魔女の里の人としか思えない。でもあなたは里の一人はこれまで会ったことないらしいし。ねえ、心当たりはない?普通じゃないくらいの魔力を持って、魔力の扱いにも長けて、それでバラとずっとくっついていたような人。っていうか心当たりあるよね?ね?」

 本当は分かっていた。誰かに魔力を渡されたと言われたときから。

 子供の見た目ながらに勇者に選ばれるほどの魔力。折れた枝も一瞬でくっつけるその扱い。そして寝床を共にしたことも。

 「ねぇバラーー。」

 「ナフプちゃん。この魔力って捨てられるの?」

 思い詰めたようなバラの顔を見て、ナフプは自分の質問をひとまず脇に置いた。

 「捨てるのは難しくない。けど、本当にいいの?」

 「どうして?こんな魔力が体の中にあるだなんて。」

 食ってかかるようなバラの左手を掴み、聖印をバラ自身に見せつける。

 「っ。」

 「『こんな魔力』でも、それのおかげで勇者になったんでしょ?」

 その一言に、食い気味だったバラの動きが止まった。

 「たぶんだけど、バラには魔力はほとんどない。魔力がないなら強い魔物には傷一つつけられない。だから魔王だって倒せるわけないし、勇者にもなれない。」

 「で、でも。」

 「バラの事情はよく知らないけど、でもなんか目標があって勇者になったんでしょ?

魔力を捨てたらそれも出来なくなるんだよ?それでもいいの?」

 バラは力を失ったようにうなだれた。

 ナフプは攻め入るような口調になっていたことを反省して、すこし優しげな声色に変えた。

 「……ねぇ、良かったらなんだけど、何があったか教えてもらえる?そしたら何かアドバイス出来るかもだし。」

 ナフプに促されるまま、バラはコレまでの経緯を話した。


 「そっか、魔王が……。」

 「信じてくれるの?」

 「だって嘘でしょ?」

 バラはがっかりした。

 「あ、冗談冗談。ゴメン。ほんとに。今のは流石にボクでもなかった。」

 「じゃあ……。」

 「信じるよ。だって勇者様の言葉でしょ?まあ、それに必死な理由も分かったし。」

 ナフプは何やら考え事をしている風にした後、ぽんと手を打った。

 「よし!じゃあこうしよう。ボクがバラに魔法を教えてあげる。それで使った魔力をボクが補充する。そうすれば、そのうち魔力も入れ替わるでしょ?」

 魔力には色はないので、魔力が入れ替わるということはないが、それでもバラには元気の出る話だった。

 「でもいいの?」

 「いいのいいの。で、ボクは勇者様と一緒に魔王退治の旅っと。」

 「えぇっ?そんな、悪いよ。」

 「いーや、着いてく。何てったって里一番の魔法使いだよ?絶対足手まといにはならないから。それにボクよりも強い魔法使いがいるなら。」

 「いるなら?」

 「ぶっ潰す!」

 ぐっと握りこぶしを作る。バラも思わず苦笑いを浮かべる。

 「えーと、それじゃ、よろしく。」

 「まあとりあえずその左手が治るまではゆっくりしなよ。その間に里長には話しつけとくから。」

 手をひらひらさせながらナフプが出ていくのを見送るバラだった。


 *****


 テスカとコアが魔界に戻ると、待ちわびていたかのように魔物達が列を成して膝をついている。

 「おう、今帰ったぞ。」

 迎え入れるは四天王の一人、炎のロトル。

 「お待ちしておりましたぞ、魔王様。」

 「ロトルか。腕の方はもう大丈夫か。」

 「おかげさまで、ほれこの通り。」

 ロトルは元通りにになった両腕を燃やす。

 「よしよし。しっかり備えておけ。」

 「ありがたきお言葉。」

 ロトルはその場で礼をして、そのまま進んでいくテスカ達を見送る。

 テスカ達は駆けられる声に反応を返しつつも、止まらずに進んでいく。

 「コア、他の勇者どもはどうだ。」

 「はい。六三代勇者は修行を終え、魔界へと向かう準備を進めているようです。六四代は六七代と一度合流し、戦術研究の後に再度別れたようですね。」

 「ふむ。向こうも着々と準備を進めておるというわけか。じゃが、まだ早い。もう少し、持ちこたえさせてもらおう。」

 いよいよ玉座の前についたテスカは肘掛けをなでて座る。足を組み、豊満な胸を少し上げるように腕を組む。

 コアはその隣に、控えるように、柱のように直立する。

 テスカは組んでいた腕をほどき、代わりに肘掛けに肘をついて顎を乗せ、もう片方の手で指を鳴らす。

 呼応するように空間が歪み、魔界人間界どちらともの魔物達が映し出される。

 「さて諸君。どうやらやや押されておるようじゃが、ここから先は安心するが良い。」

 テスカは口を裂けんばかりに横に広げる。

 「ワシはここにおる。さぁ、反撃を始めよう。」

 魔物達は思い思いの声を上げる。

 テスカがまた指を鳴らすと空間の歪みが元に戻り、広間にはテスカとコアの二人きりに戻った。

 「流石でございますね、どんな悪魔よりも騙すのがうまい。」

 「何のことじゃ?」

 そうしてテスカは、まるでびっくり箱を渡すときのような笑みをコアに見せた。

 それはその見た目とは反した、ずいぶんと子供っぽい笑みだった。

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